106:ヤベえ女と野蛮人
未知の魔力変質の性能が分からないから確定は出来ないが、少なくとも反応力の魔力変質とは違ってこの烏魔法の通信性能はそこまで良くないのではないか。
この推測はどうやら合っていたようで、小細工をしてから開放した烏魔法は飛び続け飛び続け、海を渡って最終的に湖を臨む館の一室へと飛び込んだ。
やはり生物じゃないってヤバいね。
数日に渡って飛び続けるから監視する方も辛い。心が死ぬ。
休日潰し尽くして明日は仕事っつうゴールデンタイムに爽やかな朝の陽ざしを優雅に浴びるクソ女を見た時にはもう最高にファッキンだったわ。
ひとまず烏魔法に植え付けた星コアから小規模の雹嵐を噴き出して烏魔法が余計な情報を渡さないように処分した後、メタルゴーレムを転送して応対する。
警戒度は最大だからな。四の五の言っていられない。
勇者氏との取り決めで現実での使用は最低限にするとは言っていたが流石にコイツは例外だろう。
臨戦態勢の向こうでクソ女は―――。
何か喋ってる……のか?
高速で口を動かしているようには見えるが、蚊の鳴くような音だし日本語じゃないしそもそもぼそぼそとして聞き取り辛いので何言ってるのか丸きり分からん。
取り合えず首を傾げて何言ってるか分からんとジェスチャーすれば業を煮やしたクソ女がテーブルから素早く用紙を取り出してペンを走らせる。
―――用意するから少し待っていなさい、野蛮人。
日本語で走り書きを残してクソ女は背中を向けて去って行った。
この状況でまあヤベえ女である。
隠れて余計な事をされないようにダガーコアを展開して天井に沿って後を追わせる。
ここは……図書館か?
壁を取り払った柱が林立する大広間には吹き抜けの先の上階通路の壁まで所狭しと本が並んでいる。
その割には装丁が新しい本が殆どなのは最近新設したのだろうか。
ヤベえ女は図書館の端を抜けるように通り、通路の先の一つの部屋から更に入った小部屋、ウォークインクローゼットという奴だろうか。意匠部屋の一室で黒色のローブを取り出してじろりとダガーコアを睨んだ。
そう言われてもこっちはお前を信用していないからな。
しばし睨み付けた後諦めたようにローブを羽織り、流石に飾りだろうと願ってスルーしていた大きな黒いとんがり帽子を被って腰に手を当てる。
……うん、ヤバくねこの女。
最後に手から紫色の呈色光を出して赤紫色の差し色を頭と翼に差した黒い烏を作成して振り返った。
『来なさい。変態』
流暢な日本語である。この烏。
主の代わりに喋り始めた烏は手から飛び立って狭い室内をしばし旋回した後、黒いとんがり帽子……どこのコスプレだよとツッコミたくなる魔女帽子のツバの上に収まった。
コスプレのまま館内を練り歩いたヤベえ女は、最終的に地下の一室、空の書棚が立ち並ぶ部屋の入口に据えられた机の前で振り返った。
『アイスウィザードがこんなに礼儀知らずだとは思わなかったわ』
「お前はもしお前の秘密を知っているって匿名の手紙が届いたらどうする?」
『鼻で嗤って私のガンドに追わせてその臭い口を縫いつけてやるわね』
「相互理解が得られて何よりだよ」
話しぶりからすると、烏魔法はガンドと呼ばれているらしい。
名前は分かったが原理は相変わらずさっぱりだな。催眠したかと思ったら代理でしゃべり始めたり器用な魔力変質だ。
『それで、何の用変態野蛮人』
「呼び出したのはそっちだろう。何の用か聞きたいのはむしろこっちだが?」
『わざわざ招待のスキルオーブを送ってあげたのに何故使わないの』
「逆に何故いきなり匿名で送られてきたスキルオーブを使ってくれると期待したのか理解に苦しむ」
ほんと何でだよ。
『残念だけどここで出来る事なんか限られているわ』
「じゃあまずその要件を言え。その後ならスキルオーブを使ってやるかどうか検討しないこともない」
暫く烏が喋らずにヤベえ女自身の口でぶつぶつと何かを呟いていたが、やがて肩を竦めると再び烏が口を開いた。
『大切なのはダンジョンで魔法を使うのは控えなさいっていう忠告ね』
「忠告……ね。理由は?」
勇者氏と話し合った通り、むしろ魔法はダンジョンでこそ使うべきだと思うがこの女は別の考えを持っているらしい。
『はぁ……。貴方は不思議に思わないの? なぜスキルオーブ何て言う物が出て来たのか。なぜ貴方の回復薬が世界中でドロップするようになったのか……』
「スキルオーブは知らんが回復薬は十中八九察しているな」
世界中でドロップするようになったって話は今初めて知ったが。
不透ビン以外は性能が自作のそれと同じだった回復薬。
ダンジョンはゲームのフィールドや敵などをパクってダンジョンを作り上げているが、それと同様に作り出したアイテムもパクっているのだろう。
そこから考えれば、旧starker、現怪力のスキルオーブがドロップしたのは勇者氏が攻撃力の魔力変質を会得したのをパクったからだ。そう推測するのが自然だ。確定は出来ないが。
で、コスプレ女が魔法使用を控えろと忠告するという事はつまり俺が使用した魔法もパクられるからだという事だろう。
『ダンジョンはダンジョン内での生命活動を観測して必要に応じて模倣しようとするわ。あなたが魔法を濫用すればするほどダンジョンはその危険な魔法を報酬に仕立て上げる』
「だろうな。だが濫用した覚えはないな。全て必要だからした事だ」
『本当? ……低品質エリクサーが出回るようになってからダンジョン階層の更新が頻繁に行われるようになったかと思ったら、魔石炭が出回って更に加熱してるじゃない。おまけに召喚石も頭が痛くなるほど作り出して……魔法を野放図に広めようとしているとしか見えないわ』
「待て。その低品質エリクサーやら魔石炭やらに心当たりはないんだが?」
コスプレ女にしてみれば俺は魔法を野放図に作り出してはダンジョンに模倣させようとしているらしい。
そもそも俺は必要に応じてクラフトこそするがそこまで魔法開発をした覚えがない。
そう言うとコスプレ女は机の引き出しから一冊の本を取り出して広げる。
白紙のページにコスプレ女が魔力を流すと色が浮かび上がり、やがて修復薬やら豆炭、それから星コアの形を模った。
「低品質エリクサーやら魔石炭やらは知らんが修復薬と豆炭なら知っている」
『ッ、それよ。それ!』
帽子の上の烏がぱたぱたと羽ばたいた。芸細かいなこいつ。
『貴方ネーミングセンスがなってないわ。名前も被っているし何より地味じゃない! 貴方が毎回魔法を作り出すごとに溜息を吐かなきゃいけない私のことも考えなさいよ!』
「アホか! 勝手に名称変えるのは百歩譲って勝手にすればいいとして、その勝手にてめえがやってる事の不満を俺にぶつけるとかどう考えて理不尽だろうが!』
俺はこんなチンケな言い合いをするために呼ばれたのだろうか。
……いやうん? 今間接的に重要な事言ってた気がするな。
俺が修復薬やら豆炭やらを作り出すごとにって事はだ。
『……仕方ないわね。ではこれからも貴方の作り出した魔法の名称はこちらで自由に付けるわ。これで手を打ちましょう』
「仕方がないのはこちらの方だが?」
これは……演技なのか地なのか分からんな。
言葉尻あげつらって勝手に話を進めていく姿勢に思う事が無い訳ではないが名称自体に興味は無いのでどうでもいい。それよりは。
「……そもそも勝手に変更できるのはお前くらいだろ。鑑定さんよ」
俺を探し出した、つまり人物鑑定の魔法。
最初の内は強化鑑定のスキルオーブでも拾ったのかと思っていた。
だが、コスプレ女の忠告やら要求や話振りやらから推測するに、コイツこそがスキル:鑑定の源流になる魔力変質を会得したのだろう。
そう話を振れば。
何ともまあ良く似合う小憎たらしいドヤ顔をかましてコスプレ女が口元を手扇で隠した。
『ようやく気付いたのね。……そうよ。直感力の魔力変質を最初に見つけ出したのは私。クリムゾンウィザードって呼んでいいわ』
いいえ。私は遠慮しておきます。
しかし、ふむ。鑑定は直感力の魔力変質と。
ステータスを考えれば俺も直感力の魔力変質は十分可能なハズだが、今までその試みは失敗し続けていた。
アイディアが湧かないのもあるが何より直感と言われてもイメージが出来ん。なにそれ目か脳辺りに魔力を凝集させればいいの?
コスプレ女の瞳が鮮やかな緋色に染まってメタルゴーレムを観察する。
鑑定をかけると傍からはこう見えるんだな。他のスキルと比べれば目立たない部類だが人前での鑑定の濫用も控えた方がいいだろう。
『……あなた。なにそれ』
「今お前が鑑定した通りだが?」
『鑑定したからこそ余計に分からないのだけど』
俺のメタルゴーレムに鑑定を掛けたコスプレ女の表情が固まる。
なにそれも何もメタルゴーレム以外何物でもないが。
『あなた。人間じゃないの?』
「お前が読み取った事が全てだろうな」
実際人間じゃなくて精霊憑きではある。違いは分からんが。
だがコスプレ女が言いたいのは恐らくそういう事ではなく、コスプレ女の館に転移してきたメタルゴーレムが俺自身だと思い込んでいた。そんな所だろう。
ふむ。この様子からでも読み取れる事は多々ある。
こっちに送り込んできたガンドとやらと接触する前に破壊できたことは十分に効果があった事。
スキルではない源流の鑑定、魔力変質の使用も一瞬で終わる訳ではなく、じっくりと眺め回す必要がある事。……そらそうか。
コマンド選択すればパッと表示されるゲームとは違う。むしろアウレーネがやっているような解析に近い事をしているのだろう。
それからもう一つ。
「おかしいな? こいつはダンジョン探索の基本装備なんだが……知らないのか?」
ダンジョンが模倣する事は知っている。
だがそうであるならば俺が納品してきた回復薬や修復薬と同じようにこのメタルゴーレムもコスプレ女がどのような手段でか知っていてもいいはずだ。
けれどこのコスプレ女の様子を見るに存在すれば模倣する、といった単純な仕組みではなくもっと条件があるのだろう。
『……そこも踏まえて。送ったスキルを使いなさい。私の禁書庫、ダンジョンに招待するわ』
そう言うとコスプレ女は踵を返して地下の一室から出て行った。
推測するに招待のスキルオーブとは識別のスキルオーブの亜種だろうか。行った事のないダンジョンに行けるとは予想外だが。
だがとりあえずある程度の情報は集まった。
後はコスプレ女の招待を受けるかどうかだが。
しばし考えを巡らせた結果、幾つか対策してから招待を受ける事にした。
身バレなどのリスクが下がった事も大きい。
しかしそれより。
直感力の魔力変質に加えて、恐らくもう一つの魔力変質。未知の魔力変質を少なくとも二種類抱えたあいつの持つ情報は俺にとって大きな価値があるだろう。
拙作をお読みいただきありがとうございます。