103:呼び笛
今しがた警笛を鳴らした手のひらサイズの4本の手を持つ天使。
容姿には殆ど面影が残っていないが唯一警笛と音色には聞覚えがあった。
笛告精ピケティ。こいつも精霊たちをテイムするシリーズで出て来た精霊の一種だ。
こちらも先ほどの巨影騎士の元ネタ、ブロッケンリッター同様聖域だか霊域だかで見られる精霊で役割は勿論―――。
―――ゴゴゴゴンッ。ゴゴゴンッ!
石造りの通路全体が揺らぐような重い振動音と共に大きな黒い塊が通路の先から飛び込んで来た。
笛告精の警笛で呼び寄せられたこいつは……黒いロックゴーレム、か?
黒いゴツゴツとした岩肌の太く大きな両腕と短く頑丈そうな脚部。
色合いと相まってゴリラのように見えなくもない。
と思ったら黒いロックゴーレムが両腕で激しく通路を叩き……ドラミングすると、一足飛びに飛び跳ねて距離を詰めて来た。ゴリラだこれ。
握られた両拳の叩きつけを回避して銀腕の先の紺鉄鋼爪を振り上げるとゴリロックゴーレムは橙色空間魔力を纏って素早く後方へと下がる。
追撃にもう一度伸ばした紺鉄鋼爪が掴まれるのを見て慌ててダガーコアを射出して牽制し、拘束を振り払った。
うーむ。グラップラー相手だと得物が拘束される可能性もあるんだな。そらそうか。
銀腕は制動しやすくて重宝するが、あくまで紺鉄鋼製なのは爪などの攻撃部位のみで基本は碧白銀アマルガムなので銀腕自体を攻撃対象に取られると不安が残る。
勿論メタルゴーレムを懸下出来る程の堅牢性はあるが、脳まで岩が詰まってそうなゴリラの膂力相手では流石に荷が重いだろう。
第7階層は地形と言い敵と言い俺が今まで愛用してきたアマルガム素材をメタって来ているのが辛いな。
ダンジョンの深層へ潜るにつれて素材の暴力が通じなくなっていくというのはゲーム的なお約束ではよくある事だがこうもガンメタ張られると中々にお辛い。
で、まあ当然そんな感じで手をこまねいていれば。
―――ゴゴゴゴンッ。ゴゴゴンッ!
反対の通路からも重い音を響かせてゴリロックゴーレムが飛び込んで来た。
肩を怒らせて飛びかかる姿勢を取るゴーレム相手にコア質のシールドを展開しようとして。
『コイツさっきの強いのだ! さっきのやろう!』
『皆でやろう!』
『乱射? 斉射!』
掛け声とともに一方向に色とりどりの弾幕が降り注ぐ。
精霊たちの話からすると先ほど坑道内で精霊たちとドンパチやっていた新顔がこいつらか。
精霊たちの弾幕はゴリロックゴーレムが幾つかを両腕で打ち払うも捌き切れずに被弾する。
色とりどりの爆風を胴体に受けたゴリロックゴーレムが大きく仰け反り、……弾けた胴体の内部から赤熱した溶岩がにじみ出て来た。
成程、岩というよりは冷えて固まりかけた溶岩なのかこいつは。
ゴリロックゴーレム改めゴリラヴァゴーレムは防戦の不利を認識したのだろう。両腕を前面に構えて突進し始めた。
溶岩材質の均一素体ゴーレムであれば多少思いつく事もある。
もう片方に展開していたコア質のシールドを緑色斥力魔力で覆った隔離障壁を消せば先ほどまでひたすら障壁をドラミングしていたもう片方のゴリラヴァゴーレムもタイミングを合わせて突進してくる。こいつのドラミング地味に威力高くて障壁の魔力消耗が辛かったな。
その分のお返しは伸しを付けてしっかりと返そう。
細氷の霧に同調魔力を混成させて形成した同調細氷の霧を展開し、突進してくるゴリラヴァゴーレムを包み込む。
脚部を重点的に冷やされたゴリラヴァゴーレムは途中で制動が崩れて通路に這った火山岩に足を取られてすっ転ぶ。お仲間だろ君ら。
追い撃ちに氷杭を生成して突き刺せば勢いよく噴き上げる水蒸気と共に岩体が冷やされて。
追加で突き刺した氷杭が胸部のいい位置に入ったのか、一度大きく身を震わせるとゴリラヴァゴーレムは光の泡を吐き出して消えて行った。
うむ。俺が高温環境を苦手とするようにゴリラヴァゴーレムも低温を苦手とするようだ。
一応精霊たちへのサポートとして反対側のゴリラヴァゴーレムにも同調細氷の霧を少し纏わりつかせたが、動きが鈍った所で上手く第二射を叩き込めたようだ。
ボロボロと岩肌が崩れて滲み出た溶岩が同調細氷の霧とせめぎ合っている所に第三射が着弾して胴体部を半ばまで崩壊させたもう片方も光の泡になって還って行った。
何だかんだで頭数は力だ。
弾源が一つしかなければ避けたり掴んだり柔軟な対処が出来るが飽和攻撃にはそうもいかない。
とはいえ頭数を揃えたら揃えたでどうしても一つ一つの攻撃の強度が下がるから攻撃強度を上回る堅牢性を持つ遮蔽の前には無力という欠点もある。要は使い分けだな。
『なーこれも突いていいか?』
「やめれ」
人型が混じった竜鳴精といった風体の竜人精霊がいつの間にか少し行った先に見える溶岩瘤の前でスタンバってる。
先ほどの笛告精はどこかへ逃げたようだが再び警笛を出されて少しも探索しない内から再度戦闘に入るのは勘弁してほしい。
とはいえ少し遅かったようだ。
突かなくとも接近しただけで溶岩瘤は裂け目を作り、中から白い柔肌に淡い薄黄色の小鳥羽を持った笛告精が羽化をする。
双眸を綻ばせた笛告精がこちらを見つけて警笛を取り出し―――。
そのままの姿勢で凍り付いた。
精霊だからね。初手に時間をくれるならそりゃもう同調氷晶で鎮圧する。
取り出して胸中に収めた存在核は……何やら恐慌状態に陥っていた。
束縛と強制、暴力に対する濃密な恐怖。
いったいどんな罪を犯したらこんな精神状態で溶岩瘤の中に閉じ込められるという罰を受ける事になるのやら。
まあそんな恐慌状態には彼女が適任だろう。
「ウヅキいるか?」
「なんじゃ?」
「ウヅキに変わってくれ」
「しょうがないのう。……変わってやっても良いのだがおぬしの頼み方が、のう?」
はよしろクソガキ。
真心を込めて殺意を飛ばせばビクリと震えたサンドラがそれ以上何も言わずにウヅキへと切り替わる。
ウヅキに事情を話せば彼女は二つ返事で笛告精の存在核を落ち着かせ、引き受けてくれた。
可能であればずっとウヅキが表に出ていて欲しいのだが、そう頼んでもウヅキは曖昧に言葉を濁すだけなんだよな。二人の間で何か取り決めでもあるのだろうか。
少々邪魔が入ったものの、笛告精の鎮静化と黄昏世界への引き渡しは問題なく終了した。
新顔に多少面食らったものの比較的安易に対処する事が出来たな。
問題が無い訳ではないが、逆に言えば銀腕を使わなくても対応できる内に問題が顕在化してくれたおかげで十分に対策を考える時間が得られた。
ゴリラヴァゴーレムにはある意味感謝だな。
ひとまず通路のクリアリングが完了して暇になった精霊たちがふらふらと通路の向こうへと進んでいく。
―――ピルピルルルルピルルルルッ!
―――ゴゴゴゴンッゴゴゴンッ!
……お前らはもう少し自重しろ。
漢探知ならぬこども探知は流石に面倒が過ぎる。
坑道も過ぎたので精霊たちを黄昏世界に返そうかと思ったが精霊たちから盛大に不満を突き上げられたので、今度やった奴から送還という事に取り決めて引き締めを図る。
精霊たちも普段は好き勝手に動くが明確な罰の取り決めがあるならば少しは大人しくなるようだ。
神殿遺構の中を徘徊するゴリラヴァゴーレムに精霊たちをけしかけ、笛告精の宿った溶岩瘤を遠間から解体引き渡し処理しながら進み。
やがて通路は大仰な階段が剥き出しの岩場の先の溶岩湖まで伸びる外へと続いていた。
正面から望む溶岩湖は天井から一条の溶岩がゆっくりと滝のように流れ落ちるファンタジックな光景だった。
生物の生存など微塵も許さない光景に見えるが、既に溶岩の中には赤熱カエルがいたり、坑道の中には削岩ケラなんかの存在がいた。恐らくこの溶岩の中にも何かしら敵が潜んでいるのだろう。
ルートは大別して二つ。どちら側から溶岩湖を回り込むかだな。
良く見渡せば右回りは溶岩湖の湖岸を行くルート、左回りは暫く進んだところで緩やかに登り岩棚を進むルートになっているようだ。
流石に今日は坑道から溶岩閉鎖区画を経てまた坑道からの神殿遺構探索と長丁場だ。もう時間もいい頃合いだし溶岩湖ルートを通って前の赤熱カエルとの連戦みたいな状況になるのは避けたい。
そう言った都合もあって今回は左回りの岩棚ルートを通ることにした。
……通ることにしたのはいいのだが。
岩棚の奥から削岩ケラが飛び出してきて崖下の溶岩湖へと突き落そうとして来るのはまだいい。
重量差からびくともしないので掴んで精霊たちのオモチャにするだけだからな。
「ここに通じてるのねー」
いつの間にかコア質のヤドリギを岩棚の上方に生やしていたアウレーネがぽつりと零す。
溶岩湖の狭隘部を越えた先、一段と高くなった崖からは横から見た急須、あるいは歪んだハート形のような形の広い溶岩湖が良く見えた。
良く見えるついでに狭隘部で大小に分かれた溶岩湖の内大溶岩湖を囲む岩肌の中腹に最早見慣れた薄白く光る細長い構造が見える。
戻るの転移象形がひたすら積み上がった塔だ。
どうやら先ほどの神殿遺構へは溶岩湖を回り込むルートでそのまま入る事が出来たらしい。
もっと言えば巨影騎士の立っている向き的に順路としては湖岸から神殿遺構に入って巨影騎士をあしらいながら坑道へと進むルートだったのだろう。
これは、そう。
対策に対策を重ねた結果一段飛ばしで探索が進行して裏回りから逆走してきた。そう言うパターンだなこれ?
……まー稀に良くあることだね。うん。
それ以上の思考は濁りそうな気がしたので早々に切り上げて、帰ってふて寝する事にした。
拙作をお読みいただきありがとうございます。