102:悠久の巨影騎士
立てた剣に手を添えた見上げるサイズの巨影の騎士。
その後ろ姿には見覚えがあるようなないような。
あいつとは対面してばかりだったから仕方ない。
『おっ、敵か敵だな!』『行くぞーッ!』
『あー行っちゃったー。……行っていいー?』
『吶喊? 突撃?』
「もう始めてるし行っていいよ」
マテの効かない奴らが既に魔法をぶつけ始めているし今更だね。
そのまま引率してきたのは失敗だったようで、血気盛んな精霊たちが勝手に攻撃し始め、俺の許可を受けて他の精霊たちもそれぞれ戦闘態勢を取る。
攻撃を受けて初めて振り返った巨影の騎士は、やはり何となく見た事のある面影を残していた。
ブロッケンリッター。
精霊たちを使役して魔王だか邪神だかを倒しに行くシリーズにて聖域の森やら霊域やら霊廟やらの前に立ちはだかる障害だ。
作品ごとで細部が異なるものの概ねコピペで似通っているのでコイツもその類だろう。
巨影騎士が剣を手に取って上段から振り下ろす。
腰部推進器を使って緊急離脱すれば破石を巻き上げて半透明の巨剣が元居た場所を断ち切っていた。
半透明ではあるものの実体を持っているようだ。
よく見れば巨剣の刃は透明度が増してガラス質になっている。もしかすると耐久力の魔力変質と似たような材質なのかもしれない。
巨体の割に重量を感じさせないステップで巨影騎士が距離を取ると元居た場所に火球が着弾して爆発を起こす。
『避けないでー!』
そう言われてご親切に被弾してやる奴見たことねえわ。
スラーに続けてエコーが火を剣のように成形して飛び込んだが、左手の大盾で防がれてそのまま弾き飛ばされる。
続く精霊たちの応酬も精霊たちが自分の好きなように攻撃するせいかタイミングが合っておらず、巨影騎士は弾き、躱し、その隙を縫うようにして丁寧に対処する。
普通に上手い。
技量はお隣ダンジョン第4階層の宮殿守衛先生以上……いや、身のこなしが軽やかな分上に感じるだけで同程度か?
勇者氏の剣捌きも中々見栄えのする雰囲気ではあったがあちらは緑色斥力魔力を纏った鎧で受けることも前提とした引き付けタンク役の動きだったからあまり比較にはならんかな。
ともあれこうして眺めていても埒の明かない手合いである事は確かだ。
腹腔から紺鉄鋼が癒合したコア、投剣タイプのダガーコアを取り出すと、それを見て取った巨影騎士が急速に距離を詰めて斬りかかってきた。
腰部推進器を使って加速しつつ緑色斥力魔力を斜めに張った傾斜装甲で受けてわざと弾かれつつ回避する。
優先順位の付け方が嫌らしい。
こっちはまだ何も攻撃していないのに完全に警戒されている。
2本飛ばしたダガーコアの片方を巨影騎士の反対側へ送ろうと回り込めば、精霊たちを適当にあしらってすぐにステップを踏んでその場から距離を取る。
こちとらただの鈍な重金属の塊なのにな。
嘆いていても仕方がない。
角度を調整してダガーコアを射出し、横へと飛び退いた巨影騎士に合わせるようにもう片方のダガーコアの位置を調節すれば。
―――…………ッ!?
ビクリと身を震わせるように巨影騎士の肩が飛び跳ねた後に、その場で膝をついて巨影騎士の動きが止まった。
黄色く点滅するダガーコアのコア部分を巨影騎士に近付けて出力を絞り、周囲の精霊たちへの影響を控えめにする。
ダガーコアのコア部分は黄色同調魔力との混成魔力でもある。
ダガーコアとの位置と同調圧力とを上手く調節してやれば俺が対精霊戦術としてよく使っている同調氷晶の代替品としての役割も果たす事が出来る。
外観通り、巨影騎士はその図体に反して実体を殆ど持たない霊体の存在だ。剣の刃先や盾の表面などで実体を作り出す事はあれど土や礫を操る夜喋精と似たようなもので本質は精霊に近いのだろう。
流石第7階層と言うべきかは、ダガーコアを介して同調共鳴を仕掛けても完全に支配する事は出来ずに足を止めるくらいが限界だったが十分だ。
こぞって魔法をぶち込みまくる精霊たちを尻目に大講堂の端を通って反対側へと抜ける。
「倒さないのー?」
「まーね」
気配を察して飛んできた種弾が頭上の石造りの通路の天井にコア質のヤドリギを生やす様を眺めながら返す。
その時背後で歓声が響き渡った。
振り返れば多大な光の泡を吐き出して還っていく巨影騎士の姿とその周りでくるくると踊り出す精霊たちの姿が。
達成感に浸っているところ悪いんだが、元ネタ通りならこいつは―――。
―――フォゥオオオオオーーーゥ。
『なにー!? なんなのー!?』
『敵襲!? 逆襲!?』
その時、何処からともなく機関車の汽笛を鳴らすかの様な吹き抜ける音が鳴り響き、慌てふためく精霊たちの頭上に紫色の呈色光の塊がふわりと現れた。
紫色の呈色光の塊は強い光を放ったかと思うと、半透明の身体を形成していき……。
光が収まるとそこには直立した巨影騎士の姿があった。
ブロッケンリッターは元ネタにおいてギミックボス、あるいは進行制御用の障害だ。
シナリオの進んでいない段階で特定のエリアに進入しようとするとエンカウントする強敵で、やっとの思いで倒してもすぐに復活して再戦が撤退するまで続く実質の進入制限。
その本質はボスの召喚魔法で、こいつとまともに戦える作品ではブロッケンリッターのガードを掻い潜って術者を攻撃するのが正解のギミックボスだった。
ダンジョンでも元ネタの性質が受け継がれているようで、倒したと思った巨影騎士は勝利に浸る余韻も切れない内から即効で復活した。
戸惑っている精霊たちに呼びかけて撤退させて両開きの扉を潜る。
剣を構えた巨影騎士もこちらが撤退する素振りを見せれば警戒態勢に戻り、更に離れれば剣を立てて最初の直立態勢へとその姿勢を戻した。
門番ガバガバで助かる。
元ネタのゲームでもあったな。シナリオの一環で通るために陽動作戦……という名のパーティー分断イベントやら秘密の抜け道やら。
ゲームというシステムの都合上強いだけでまともに相手をしなくていい手段が取れるならば付け入りようはある。今回のコイツもそう言った部類の手合いだろう。
まだ混乱が収まっていないのか消化不足で不満垂れる精霊たちを宥めて通路を抜ける。
大講堂に入ってくる光源の色合いから察してはいたが、手摺すらない開放されたバルコニーのような場所からは眼下に広がる溶岩湖が望める。
第7階層入口の崖上からはこのような石造りの……見た所神殿だろうか?
神殿遺構は視認できなかったので別の空洞なのかそれとも入口からは死角の位置にあるのか。
進めばその内分かる事か。
そう内心で結論付けて先へ進む。
バルコニーのような外回りの通路のような場所を沿って別の室内へと入り、運よく見つけた階段を降る。
神殿遺構の下階は比較的整っていた上階とは違い侵蝕が進んでいるようだ。
黒いごつごつとした、恐らく火山岩が白い石造りの広い回廊を縦横無尽に這いまわり、所々丸く節くれ立っている。
『なにこれ気になるー』
『敵? トモダチ?』
だからそこ、あちこち弄り倒さない。さっきそれで余計な手合いを相手したばかりだろう。
節くれを突いたスラーを窘めようとした時―――。
節くれに一本線の裂け目が開き、中から白い……手のひらサイズの天使が殻を脱ぐようにして出て来た。
天使は鮮やかな薄黄色をした小鳥羽を羽ばたかせてまばたきをすると、こちらに気付いて祈るように手を組み。
―――ピルピルルルルピルルルルッ!
もう一組の手に添えられた笛を吹き鳴らした。
拙作をお読みいただきありがとうございます。