101:久々の第7階層
何だか無茶苦茶慌ただしいここ一週間だった気がする。
最初は優雅に守衛先生スパでも洒落こもうと思っていた。
そこから何となく奥を目指してしまい、帰ってからはもう流されるがままの毎日だった。
何となく自分の中の流れが非日常的な、ハレな流れになってしまっている、そんな感触がある。
やはりここ最近外のダンジョンに現を抜かしてしまっていたのが原因だろう。
ケの流れに戻すためにもここは自宅ダンジョンに今一度向き直った方がいいだろう。
第7階層は入口崖下坑道の徒歩探索可能な範囲は探索し終えた所だ。
次の方針としては坑道の更に奥、溶岩に閉ざされた区域を探索するのが一つ、それから入口崖下方面を更に回り込んでその先を目指すのが一つ、最後に赤熱カエルにひたすら集られて殆ど進めなかった溶岩河の上流を目指す。全部で三種の方針がある。
溶岩閉鎖区画は以前考えていた斥力魔力を纏って予備探索してみるというのもアリだが、仮に存外溶岩区域が深かった場合には改めて対策を講じる必要があって二度手間になるリスクがある。
念動ドローンにもだいぶ慣れてきた事だし、ここは一つ、耐溶岩念動ドローンを作成して下調べだけならば低コスト無制限な状況を目指した方がいいだろう。
幸い階層を跨がなければ同調コアを使ったドローンの通信限界は地球規模に及んでいる事は今も時折同調してくるどこぞの気持ち悪いコアのおかげで確認済みだ。第7階層全域を探索する程度訳ないだろう。
そうと決まれば早速準備だな。
久々……って程でもないがここ一週間忙し過ぎて久々に感じる第7階層は……何だか新鮮だった。
それもそうか。
いつもの喧しい奴らがいないからな。
いつもどこぞから俺のダンジョン探索を嗅ぎつけていた黄昏世界の精霊たちだがここ最近は大人しくしているようだ。
こちらとしては好都合である。
銀腕の先の紺鉄鋼爪を崖の先に突き刺して絶壁を滑り落ちる。
難なく着地をすれば少し離れた先には見辛いがぽっかりと開いた穴、坑道入り口がある。
橙色空間魔力を緑色斥力魔力で雑に包んだ赤肉メロンの中に腹腔内の金鱗から斥力焔を供給し続ければ即席の魔法カンテラの出来上がりだ。
これのいい所は―――。
「飛んで火に入る何とやらって奴か」
削岩ケラが勝手に飛び込んできて勝手に炎上していく所だな。
勿論こっちから焙りに行くことも出来る。
坑道の側面から穴を掘って飛び出してきた削岩ケラが赤肉メロンに突撃して炎上し、ひっくり返った所に改めて赤肉メロンを覆い被せてじっくりと斥力焔で焙れば削岩ケラは間を置く事もなく光の泡を吐き出して消えていく。
こんなに簡単だったかとふと疑問に思ったが、そういえば喧しい奴らに任せきりで俺自身が戦ったのは初めてだったな。
精々が削岩ケラの引っ掻きを身体で受け止めたくらいか。
まあ、こんなもんだろう。
ドロップを回収して奥へと進む。
その後も何匹か飛び出してきた削岩ケラを同様に軽くあしらえば、前回切り上げた地点、溶岩閉鎖区画に辿り着いた。
人が三人並んで通れる程度の広さの坑道が梯子の下から緩やかに下り坂を描き、その途中から赤熱する溶岩が通路を浸している。
俺は腹腔から紐を取り出して放り投げた。
紐、もといヘビ型ドローンは溶岩に浸ると解けて柔らかくなり、頭部の碧白銀と星白金を張り合わせた通信ユニットを介して蛇行運動を繰り返し、溶岩の上を半ば埋没しつつも進んでいく。
この耐溶岩ヘビ型ドローンの運動機構は主に二つの素材から成り立っている。
赤熱カエルと削岩ケラのドロップアイテム、不燃油と溶岩繭の欠片だ。
溶岩繭の欠片を細かく粉砕した上で不燃油を少量加えて混ぜ合わせれば溶岩の温度帯で程よい硬さになる粘土となった。
それをコブラ型ゴーレムの構造を模倣した骨格筋構造材として成形したのが耐溶岩ヘビ型ドローンだ。
何というか、雑魚敵のドロップ素材からフィールド攻略アイテムを作るって言うのがゲーム染みていて少し楽しい。
慣熟のため少し溶岩の上を泳がせた後、いよいよ首を下に下げて溶岩の中へと潜らせた。
視界は……案の定、赤色一色で何も見えない。これは目に悪い。
ここら辺の知覚システムは今の所改善できるアイディアが思い浮かばなかったので唯一感受可能な障害物に接触した反動から来る制動のブレを頼りに坑道天井に沿うようにして進む。
幸いなことに溶岩閉鎖区画は行き止まりもせず、道こそ少々カーブを描いていたような感触はあったものの、無事に閉鎖区画の向こう側へと辿り着いた。
溶岩からヘビ型ドローンを這い出させて緑色斥力魔力を展開し、表面に貼りついた溶岩を内側から剥がし落とす。
準備が整った所で橙色魔力を展開すれば。
「向こう側も坑道の続き……いや、ちょっと広いか?」
本体のメタルゴーレムも溶岩閉鎖区画の向こう側へと転送する事が出来る。
向こう側にも坑道的な崩落防止の補強支柱のような構造が伸びていたが、こちらは気のせいか向こうのそれより少し広く感じるな。
溶岩湖側の坑道とは違い梯子は見えず、緩やかに登りつつ所々屈曲を付けて蛇行した坑道がだらだらと奥へと続いているのが見える。
「で、まあこうなるわな」
斥力焔入り赤肉メロンに飛んできた削岩ケラを適当にあしらいながら進むこと暫く。
当然のことながら坑道の側道は主道へと合流した。
主道に出たはいいのだが、広がる光景は勿論主道に接続するムカデの足のような側道の列だ。
索敵自体はアウレーネの実力であれば申し分ないだろうが主道に接続するムカデの足のような側道一本一本に潜む削岩ケラなどの敵を排除しながら進むのは負荷が高い。直面して改めて人海戦術の強みを感じるな。
探索途中から今更呼ぶのもどうかとは思ったが、便利な事には変わりはないので靄る気持ちを抑えて腹腔内に精霊たちのコアセットを転送する。
それぞれ魔力を込めて呼びかけた各精霊たちのコアは、意外にも幾つかは応答がなかった。
「あれ、こいつらっていないのか? スラー、エコー?」
『し、知らないよー?』『秘密! 内密!』
隠す気ゼロやん君ら。
とんがり帽子を被ったハーピィといったいで立ちの二人の舞火精が慌てたようにくるくるその場で宙を舞う。
応答していないコアの共通点は……ぶっちゃけどれが誰のコアかそこまで顔ぶれを気にしている訳ではないので当てにできるモノではないな。
そもそも人海戦術のために呼びつけたのだから頭数さえ揃っていればどうでもいい。
精霊たちが隠している秘密について気にならない訳ではないが、問題があるようならウヅキかア~シャ辺りが伝えてくるだろう。
それ以上の詮索は切り上げて改めて用件を伝える。
既に一度一日かけてやり倒した作業の延長だ。
特に躓くわけでもなく、慣れていない精霊は慣れている精霊たちがドヤ顔をしながらメンバーの中に組み込んで即席の側道探索小隊が出来上がる。
「私も行けるよー」
アウレーネも既にスタンバっているらしいので準備の出来た小隊から順次放流していく。
自前の灯りやら金鱗を先端に埋め込んだコア質のトーチやらを掲げた小隊が各々側道の奥へと消えていき、後を追って光の尾を曳く種弾がふわりと側道に飛び込んで行った。
異変が起こったのは1巡目が終わり2巡目の小隊が少し進んだ先の側道に潜り込んですぐの事だった。
―――ゴゴゴゴンッ、ゴゴゴン!
突然何かを素早く打ち付けるかのような騒音が響いたかと思うと、遠くでわきゃわきゃと精霊たちの叫び声が聞こえてくる。
「……ゴーレム?」
「いやそこで疑問符打たれても反応に困る」
俺には見えんからな。
「あ、挟み撃ち」
「助けに行った方がいいか?」
「こっちが合流した」
さいで。
言われてよく聞いてみれば精霊たちの騒ぎ声が心なしか増えている気がしないでもない。
帰ってきた別の探索隊を次の側道へと送り出して暫く。
一際大きな歓声が上がったかと思うと騒ぎが収まり、やがて2個小隊が興奮したように身を躍らせながら側道から姿を現した。
『俺はやったぜ!』『強かった!』
「何をやったんだ?」
『『巨人!』』
君らの背丈からしたら粗方巨人にならんか?
イマイチ要領を得ない精霊たちの解答にそれ以上の追及を諦めて次の側道へと送り込む。
どうやらここに来て新顔が混ざっているらしい。
推定図体のデカイゴーレムのような敵。
そうは言っても側道だから背丈もいい所3メートル弱が精々だろう。
次発見報告があればちょっと念動ドローンを飛ばして顔を見ておくくらいはしておくか。
「あ、出口かなー?」
そう思ったらこの側道探索も一区切りが着いてしまったようだ。
アウレーネによれば先ほど送った上へと向かう側道の先で石扉がつけられているらしい。
まだ半数近く残っている全ての側道を探索するのは石扉の先を確認してからでもいいだろう。
散らばった各小隊を回収してから件の側道を登って石扉を開ける。
坑道の先は、石造りの大講堂が広がっていた。
両脇に並び立つ柱の数がその広さを主張する。
……のだが。
その広さを存分に占有する半透明の巨人が立てた剣に手を添えて、彫像のようにその場に直立していた。
何故か後ろ向きで。
拙作をお読みいただきありがとうございます。