100:リザルトとバタフライエフェクト
大蜘蛛は痙攣する前肢を天に伸ばすようにして光の泡になって還って行った。
何やらムダに印象的な最期である。直後に後を追うようにして消えた大天幕のせいで一斉に降り注いだ土砂降りが無ければの話だが。
さてドロップ回収だ。
大蜘蛛の後にはコアと束ねられた蜘蛛糸。
銀腕から銀糸をさり気なく伸ばしてこっそりと回収しておく。
何故かと言えばもちろん。
『そちらの人……は、誰でしょうか?』
大天幕が消えたおかげで障りが無くなった面倒な手合いが雁首揃えて突っ立っているからだ。
『たぶん…………アルファさん、だと思います』
『え!? 彼が、あなたが探していた? 本当なのですか!?』
『確証はありません。多分、です』
勇者氏が煮え切らない応答を返している。
まー肯定しても何故知っていたのかという話から日本を差し置いてドイツと密会していたという話になってしまうだろうしな。今バレてしまうのは都合が悪かろう。
俺としても都合が悪いのでこのままずらかる所存です。
辺りを見回せば大天幕の最奥に位置していた場所にいつもの転移象形が。
警戒して動かない日独合同探索チームを放置して出来るだけ機械的に見えるように淡々とメタルゴーレムを操作して歩を進める。
『あの! アルファ……さん?』
何か呼びかける声が聞こえたが無視無視。
『ありがとうございました! あなたが居なければ私は死んでいました!』
…………無視無視。
俺がしたいからやったことだ。こちらにもメリットもあったからこその結果であり、礼を言われる筋合いはない。
進むの転移象形を起動した後でちらりと振り返れば先ほど下半身を潰されていたおっさんが手を振っていた。律儀なもんである。
すぐに受信ゴーグルに映る視界が真っ白に塗り潰されて、土砂降りの中のずぶ濡れ探索チームの姿は見えなくなった。
……と、いうのは見せかけだけで。
次の階層へと飛んだメタルゴーレムは即刻回収して工房に転送し、受信ゴーグルは念動ドローンへ……メタルゴーレムに乗り換える前に使っていて切り替え後は付近の樹木に引っ掛けて安置していた念動ドローンに切り替えて現場へと戻る。
グロ巨人との戦闘現場へは苦も無く辿れるし、大蜘蛛の領域ともそう離れている訳ではない。
強いて言えば重い暗雲が垂れ込めた暗い森の中を進む視界の悪さだが、光が一切差さないという訳ではないので見分けは付く。
程なくして現場に戻れば日独合同探索チームは未だにミーティングの途中だった。
『成果物としてはこのような所です』
『推定エリクサーですか……是非その情報が欲しい所です』
『次の問題はこのまま進むか、それとも戻るか。ですね』
簡易的に張られた天幕を2つ寄せ合って2つのチームが話し合っている。
最も蜘蛛に囚われていた二人はまだ本調子ではないようで奥の方で毛布に包まってミーティングを眺めているようだった。
転がしておいた豆炭は既に燃え尽きたのだろうか。案外耐久力が無いな。紺鉄鋼製錬用に藍色耐久魔力を練り込んでおいたはずなのだが。
まあいいとして勇者氏御一行はその進退で揉めているようだ。
日本チームは力不足を実感してこの場は戻り、改めて鍛えてから挑みたい派、ドイツチームは階層を進めば進むほど得られる資源や経験値、まあ恐らくレベルの上昇効率の事だろう。これが大きく、またこの階層がトラップなどの地形障害を中心としたハズレ階層なのでさっさと進んで得られるものを得た方がいい派。意見をまとめるとこんな所か。
まあこの場合はドイツチームに一票だな。
次の階層は俺の自宅ダンジョンの第4階層よろしく渓谷マップだった。
足場こそ悪いものの、そこをクリアできればドローンも使えそうな良好な見通しと自宅ダンジョンではあった謎鉱石柱が次の階層にもあるのなら一気にボーナスステージになるだろう。俺ですら未だに在庫が減ってきた一般金属があれば偶に第4階層まで採掘しに行っているからな。
喧々諤々の話し合いは結局のところ今回はドイツチームのやり方を学ぶという点を根拠に押し切られて進むことになっていた。良かったね。
白い光に覆われて消えて行った日独合同探索チームを見送って。
……これ幸いと戦場漁りをしたものの、めぼしいものは粗方回収された後だった。
あれだけ大量の子蜘蛛を倒したのに殆ど盗られたのはまあ、思うところがないわけではない。
けれども大天幕跡地辺縁の大樹の根元で幾つか子蜘蛛のドロップらしきものを回収できたので今回はヨシとする。
まあこういったのは概ねお蔵入り……もといコレクション品になるのがオチだしね。ふと思いついて試したくなった時用に少量あれば最低限は足りる。
一通り確認し終わったので俺もその場を引き上げる事にした。
後日、日独ダンジョン会議の最終日において、勇者氏率いる日独合同探索の結果、日本は高品質なダンジョン金属鉱山を発見したことを発表して財界を湧かせた。また日を置いてドイツ側でも通常の石炭より桁違いにエネルギー効率のいいスーパーコール、魔石炭の製造方法を発見したらしい。ドイツはこの魔石炭で既存の火力発電所に資金注入して新時代の魔力発電、魔石炭発電を推し進めていくそうな。アウレーネがそう言ってた。
どうでもいいが景気のいい話である。俺が張っていた金属関連株もうなぎ上りで嬉しい悲鳴だね。追加で詳報を確認したらまだ金銀銅なんかの一般金属が中心だったから、ここからアダマンタイトやオリハルコンなんかの幻想金属へ踏み込めばもう1ステップ跳ね上がるだろう。長期的に見ればまだ保持安定かな。
唯一の悩みは未だに勇者氏に貸した星コアに魔力が流される事か。
魔力が込められて同調が合うと感覚的に分かるんだよね。
昼も夜もお構いなしに同調が繋がる時があるっていうのがまあ、気持ち悪い。
余りに節操無いからこちらから魔力を抜き取って消してやろうかとも思ったが、それはそれで次に勇者氏を捕まえる必要が出来た時に後を追うのが面倒だ。
損益判断悩ましい所だが最終的に悩むこと自体がバカらしいという判断に達してスルーする事にした。もう勝手にやってろ。
* * *
ふうん。マメタン……ですか。
特徴もオリジナル、ですねぇ。また彼ですか。
既存の名前をそのまま着けてしまうのはよろしくありません。それからセンスが無い。
やはりこれは耐久力の魔力変質を含んだ物質ですしエターナルコールがステキでしょうか。うーん……、言葉に偽りアリなので悔しいですがナシですかねぇ。
その辺は追々頑張って研究開発して貰うとして、現時点ではスーパーコールで我慢しておきましょうか。
……それにしても、二人とも派手に活動し過ぎですね。
勇者さんの方は大した影響が無いので放っておいてもいいのですが……。
―――アイスウィザードさんの方には少しお話が必要、かもしれませんね。
拙作をお読みいただきありがとうございます。