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1:出来の悪い画像生成AIみたいなダンジョンに自慢のゲーミングPCを食われた話

 特に変わりない普通の休日の夜のはずだった。

 だというのに眼前には干し草色をしたアシっぽいナニカが揺れる湿原が広がっている。


「……VRゲームかよ」


 当然そんなものはファンタジーだ。

 気が向いたので長らく積んでたPCゲーをやっていたら突然部屋の中が閃光に包まれて、気が付いたら訳の分からない場所にいたのだ。


「異世界転移…とか?笑えるわ」


 根強いジャンルは当然知っている。

 けれども周囲のアシ湿原には微妙に違和感があり、手近の茎を触っても何故かつるりとしている。足元に伸びている木道も蹴り音こそ小気味いいものの、やはり木道特有の柔らかな感触はなく、コンクリートでも蹴ったかのような硬質感だった。第一印象がVRゲームというのもここから来ている。


 何よりこの場所には見覚えがある。

 さっきやってた消化中の積みPCゲーの攻略中のフィールドだ。

 素材を拾ってモノづくりして強化した戦力をもってまた素材拾いに行く。そんなゲームの中盤でアシ湿原を通ってストーリー進行に必要なモノづくりに必要な植物素材を集めに行く、そのクエストの途中だった。


 じゃあゲームの中にでも転移したのかと思えばそれも違うようで、現在地はプレイ中のマップでは見覚えのない一本道の行き止まりであり、後ろを振り返っても現実感のないアシ野原と触れても水気すらないエフェクトだけの水が広がっているだけだ。


「一体何なんだよ……ってぅおッ!」


 あまりの自体に空を仰いで目を瞑ったら脳裏に突然字面が浮かんだ。


「……いや読めんが?」


 しかし並ぶ字面は日本語でも英語でもない。というか若干溶けているとでも言えるような気持ちの悪い融合があり、よく見ると漢字ひらがな英字などなどの特徴が入り混じっているかのようだ。


「これは、そう。画像生成AI」


 既視感があると思ったら、最近こそすっかり定着したAI技術がまだ草分け的な段階だった頃の画像だ。様々な画像から抽出している分、文字に関してはごった煮の闇鍋みたいな混じり方をして気持ち悪さが跳ねあがる。その特徴がよく似通っていた。


 ともかくこの脳裏に浮かんだ出来の悪い画像生成AIみたいな字面を眺めると、文字化けはともかく書式体裁はステータス画面と似通っているようだった。

 これがステータス画面であると仮定して、画像生成AIが文字をごちゃ混ぜにしたのだろうと仮定を重ねて見てみるとこう読み取れた。


名前:尾崎幻拓

種族:人間

レベル:1

魔法力:10

攻撃力:11

耐久力:11

不明 :7

機動力:7

不明 :20


特性:なし


 見てもよく分からんステータスとよく分からんステータスが低いし高い。それ以外は出不精のセミアーリーリタイア崩れの一般成人ゆるふわブルーワーカーだというのが透けて見えるステータスだった。

 因みに数字は若干溶けた程度のアラビア数字だったので間違いないだろう。共通規格助かる。


 解読中に発見した脳裏のステータス画面をタップして出来た文字編集機能で各闇鍋文字に手書きルビを振って目を開き、いい加減俺は移動を開始する事にした。

 



 始点の木道端から出て暫くは緩やかにくねる一本道が続いた。

 凡そ記憶にある限りのゲーム中マップでもそのようなプレイヤーから不満を買いそうなムダ通路に心当たりはないので恐らくはよく似た別の何かなのだろう。ゲームならば途中にせめて採集ポイントが幾つか欲しい。

 手持無沙汰に途中で手慰みに引っこ抜いてきた根すら存在しない謎アシモドキの束を捻じりながら代わり映えのしない湿原を進むと急に開けた場所に出た。

 高原の散策コースの途中に設けられた休憩所を歪にしたような楕円の木目広場ではどこかで見たような物体が跳ねていた。


「いや、ゲーム違うだろお前」


 光沢のある涙滴状のしっぽを器用に使って飛び跳ねるデフォルメしたおたまじゃくしみたいな謎動物はさっきプレイしていたゲームのモンスターではなく、同じく積んだままにしていたアクションRPGに出てくるモンスターだ。

 文字どころか作品すらも闇鍋してるらしい。

 こちらのツッコミが終わったのを見届けると敵オタマジャクシもしっぽを撓ませて突っ込んできた。


(ふっ……)


 運動不足とはいえアクションRPGに出てくる雑魚敵の汎用モーションは見慣れたものなので余裕を持って脇に避けるとそのまま敵オタマはぺちょっと湿り気のある音を響かせて広場の床に這いつくばる。

 とっさにしっぽを掴んで持ち上げると湿原の水同様に音の割に湿っぽさのない合成皮革のような触り心地だった。


「まあ、初討伐っと」


 具合のいい持ち手があるからいいものの10キロはありそうな重量感をいつまでも支えていたくはないので振り回して勢いを付け、床に叩きつける。

 べちょんといい音はしたものの、痙攣するだけで相変わらず動いていた。

…………―――。

 テイク1を黒歴史にしまってテイク2を始める。

 その後何回か湿った重い音がアシ湿原の中に消えていった。




「……こっちは変化なしか」


 脳裏のステータス画面を払って視線を下げると床には小さなガラス球のようなものが転がっている。

 安直に考えればドロップアイテムという奴だろうか。

 テイク5の直後、しんなりとしていた敵オタマは突然炭酸水に漬けたかのように光の泡を噴き上げて消えていった。

 死骸の欠片すら消えた後に残されていたのが件のガラス球モドキだった。


「何からパクって来たのかが分からんのが怖いが……嵩張るものでもないしいいか」


 軽くタップしてみて何も変化しないことを確かめてからジャージのポケットに突っ込む。

 周囲を見回して他に変化がない事を確かめてから先へ進むことにした。




……

…………

…………―――。




「で推定ボス戦ってところか……」


 太く分かれた枝道の先では木道が途切れ、先ほどからアシモドキの向こうに見えていたヤドリギを5つほど背負った背の高い樹木が差し渡し20メートルはありそうな大きめの広場に鎮座している。

 広場を見かけたらボス戦と思え。

 ゲーマーの法則に従って考えればあそこに踏み入れたらあそこから何か出てくるか、あるいはあれ自体がボスなのだろう。


「ひのきのぼうでボス戦かー」


 手元にはやっぱりパチモノっぽい質感をした1メートルくらいの棒。

 最初の広場から進んだ分かれ道の行き止まりに置かれていた某金字塔RPGから引っ張ってきたような宝箱の中に入っていた。

 どうやらこの状況は俺にダンジョンハックをさせたいらしい。

 その時点でそう見切りを付けてマップ埋めに勤しんだ結果、追加で12体のオタマを光に返して5つのガラス球モドキと1枚の合成皮革っぽいしっぽを手に入れた。突撃を躱してパチモノ棒を突き入れるとブヨッとしたゴムボールのような手ごたえと共に一撃で倒せたのであっけないものだった。初戦?そんなものは知らんね。

 推定ボス広間以外の木道ではオタマ以外の敵は見当たらなかった。アシ野原をかき分ける事も出来るだろうが見通しの悪い中を敢えて進むのは気が進まない。とりわけ今は道の枝分かれがどうなっているかうろ覚えに把握している程度の貧弱脳内マップしかないので闇雲に踏み入ったら下手すると遭難するかもしれない。


 かと言ってボス戦に挑めるほど自信があるかといえばそうでもない。

 手持ちはパチモノ棒とパチしっぽ、謎球6つに何となく腹に巻いたアシモドキの捻じり紐だけだ。

 おまけにステータスも代わり映えしない。


名前:尾崎幻拓

種族:人間

レベル:2(↑1)

魔法力:10

攻撃力:14(↑3)

耐久力:13(↑2)

不明1:8(↑1)

機動力:8(↑1)

不明2:25(↑5)


特性:なし


 増加傾向を見ると行動に応じてステータスの増減があるようだ。数値自体はあるもののまるで実感がない推定魔法力が一切伸びていない一方で攻撃力と不明ステ2の伸びが好調だ。何なんだろうかこの不明ステ2。

 上昇の恩恵は……多分ある。試しに振ったパチモノ棒は多少軽く感じる。ただしレベルアップ直後に突然というわけではなくいつの間にかそう言えば…といった感じだったのでレベルはあくまで目安で各ステータスは反映の外で独立して増減しているのかもしれない。

 いずれにしてもこのまま推定ボスエリアの危険地帯に突撃して逝って脳筋攻略するには心許ない手札であることには変わりない。

 休憩も兼ねて少し考察と検証を取る必要がありそうだ。




  *   *   *




 風も無いのにアシ野原がさわりと波打っている。

 もう少しリアリティを追求して欲しい。プレイしてたゲームだってもう少し変化に富んでいたぞ。木道の先の小樹林のイベントエリアとか作成したアイテムを使って跳んでいける離れ苔島とか。

 けど水気の一切ない水とマウスパッドのような柔らかいだけの質感の泥の水底は便利なので続投で。

 どこともしれないこの状況を用意したナニカにアホな要求を念じながら立ち上がって軽く伸びをする。パキポキと運動不足だった体が心地よい悲鳴を挙げる。

 そのままごく簡単な柔軟とアップをして推定ボスエリアを眺める。

 予想ボスは大別して3種類。作戦は撤退含めて4本。1本手札を増やすために少し伸びをしたくなるくらい余計な時間を食ったが手間を惜しんで苦難を拾うよりはマシだろう。

 期待していたオタマのリポップがなかったのは残念だったが。

 作った手札を肩に掛けて(・・・・・)俺はいよいよボスエリアに踏み込んだ。




 アシ野原がざわりと騒ぐ。

 鳴いた穂先がぐるりと巡って、ヤドリギを背負った樹木がぶるりと震えた。

 巡り巡る穂先に合わせて樹木の震えは呻きに変わり――。


「ォオオオオオオオオ―――ッ」


 洞の裂け目から黒い吐息を噴き上げて咆哮した。


「ビンゴ」


 予想ボスその2ハードモード版ドンピシャな状況を尻目に俺は飛んできた光弾を躱して樹木に駆け寄る。

 おそらく呪醸樹カースブリュワーに加えて厄介なことに宿樹精ルーネアドを5体トッピングしたのがこいつのモチーフだろう。

 精霊をテイムして育成し、魔王だか邪神だかシリーズによって色々倒しに行く育成RPGから闇鍋してきたのだろうそいつは樹木自体がボスだったらという条件と状況に一番合致していた。

 見上げるとぼんやりと明滅する幼い姿がかざした両掌に光を生み出して放つ。

 手前と奥、2か所から放たれたそれを大回りに回り込むようにして避けて、俺は更に前傾して横薙ぎの枝を回避した。

 緩く追尾してきた光弾が後ろの方で爆ぜる。

 今のところ敵の行動は想定内だ。どこまでパクリ元を踏襲してくれるか未知数だが折角用意した作戦だ。撤退するまではやるだけやらせて貰おう。




………正直少し舐めていた。自分の運動不足を。


 予備動作と性能に慣れ親しんでいるから敵の攻撃を避けること自体はそう難しくもなかった。

 ただ攻撃頻度がキツイ。特に呪醸樹の枝ぶん回しは近付けば近づく程頻度が増えるので容易に近付けない。

 躱して躱して光弾を大回りして躱しての繰り返しで5メートルより先からは一向に作戦位置まで距離を縮められないまま、流石に息が上がってきた。元運動部とはいえ10年のブランクはどうしようもない。

 口惜しいが一度距離を離して光弾が飛んでくるだけのジョギング程度の軽負荷な間合いで観察に徹する。

 裏側の、既に半周回り込んでいるので正確に言えば入口正面側の宿樹精が2体ほど呪醸樹の枝影に入って光弾が弾かれているが、他3体の明滅するおぼろげな幼女がめいめい光弾を作り上げて放ってきている。


「……ふむ?」


 何度か避けながら観察していると違和感に気付いた。左右の宿樹精に比べて正面の宿樹精の攻撃頻度が少ない。というか攻撃するたびに左右をきょろきょろと見回して両隣が光弾を放ったのを確認してからこちらを恐る恐る見た後に目を瞑って光を溜めて光弾を放つ。

 挙動不審な上に目を瞑ってるからなのだろうかまさかの光弾の追尾性も失ってただの直進弾になっていた。

 何故他の宿樹精と差があるのか不明だがこの仮称へタレ子が突破口になるだろう。

 俺はそれぞれの宿樹精の位置関係を念頭に置いてボスエリア外周ジョギングを再開した。




 3周目のジョギングを終えて俺は修正作戦案を固めた。

 場所はボスエリア入口を時計の6時に見立てると10時の位置外周。仮称へタレ子右隣の宿樹精に対面し、後の4体が丁度隠れる好立地だ。あと俺が見えなくなった途端に砲撃を止めて呑気に足ぶらぶらを始めたへタレ子は才能あると思う。

 勿論右隣子はバカスカ光弾を放ってくるが愚直に胸の位置しか狙わないので光弾を放った一瞬後に深く沈み込んで前進し、光弾をやり過ごした後に元に戻る事で動作を最小限に、他の宿樹精の射線に入らずにポジションをキープすることが出来る。

 そうして暫くやり過ごした後に、右隣子の更に右隣の宿樹精が光弾の無駄撃ちを止めてパッシブになった瞬間に、俺は作戦を開始した。


 8メートルを越えてすぐ飛んできた枝の薙ぎ払いを跳んで直進。

 5メートル地点で降ってきた光弾はラッキーなことに潜り抜けた枝のぶん回しに払われて爆ぜた。

 左下手投げに担いでいたアシ縄(・・・)の一端を流し目に投げつつ樹影を抜けて射線に入った途端に放ってきた右隣の右隣子の光弾を逆に足元を通過する形で避ける。

 そのまま反時計回りに樹木の周囲を疾走すると、ボスエリア入り口と正対する厄い吐息を噴き上げる樹洞が見えた。


「オオオオオ――オオッ!?」 


 視線を察知したのか呪醸樹が洞の周囲を固めるように枝を集めたのに思わず笑みを漏らしてしまいつつも樹洞を通り過ぎて、後ろからの薙ぎ払いは枝の幹側部分から予測して跳ねながら若干外周に膨れつつ避ける。

 愚直に放つが故に常に移動しているとあまり考慮しなくても避けられる光弾の爆ぜる音を背後に聞きながら枝ぶん回しの障害物競争の中を進む。

 左手にゴール地点を確認し、枝付きから予測した逆袈裟の薙ぎをスライディング染みた低姿勢で滑り込んで避けた後に鋭角に折れて左のゴール地点、アシ縄の一端に飛びついた。


「うぐッ!?」


 縄の両端を掴んだ瞬間、左肩に鈍痛が走る。

 至近距離の爆発で左耳が聞こえなくなった。

 見上げると恐る恐る目を開ける両手を向けたへタレ子と目が合った。


「……やるじゃねえかぁ、お前」

「ぴぃぃいッ!?」


……そこで悲鳴かよ。

 思わずめくれ上がってしまっていた口辺をテンションと同時に下げつつ、ショボい直進弾を直撃させた(・・・・・・・・・)へタレ子が後ろ向きで縮こまり戦闘不能になっているのを確認して、俺は縄の両端を結ぶ。


「オッ、オアアアアアアァァァ―――ッ!?」


 結んだ瞬間変化した呪醸樹の呻き声に俺は仮定に仮定を重ねた敵の弱点が的を射ている事を確信した。

 設定的に呪醸樹は樹洞という閉所で淀み、濃縮された呪いが樹洞から溢れ出るまでに溜まり、溢れ出た呪力を操って暴れる。この呪い系統は各シリーズに大体揃っている結界術で制御することができ、つまりは結界を作れば呪醸樹の攻撃を弱めることが出来るかもしれないというのが仮定の一つ。

 もう一つはシリーズ三作目、和風テイストな作品で出てきたシナリオボス呪醸神桜チスイザクラを調伏するために用意したアイテムの注連縄だ。アイテムで結界を張れる、結界を張ったと見做せるなら注連縄を模したものでも一定の効果が見込めるのではないかという仮定だ。

 もちろん休憩がてら作ったアシ縄と注連縄など比べるのも烏滸がましいし、精々正月の門松作りを手伝わされたくらいしかない俄か知識に期待出来るハズもないダメもと作戦だが効果は覿面だったようだ。


 振り回す枝も注連縄から出た先では上手く制御出来ないようで雑に避けても掠る気配すらない。


「が、時間はあまり無いようだな」


 見ると結ばれたアシ縄の内側がチリチリと焦げている。

 素人作りの猿真似ごしらえでは最弱のボスですら時間稼ぎにしかならないようだ。


「なら、さっさと締めに入らなきゃいけねえなッ!」


 両隣子から飛んできた光弾を大きく下がって避けると、爆音を合図に助走を付けて呪醸樹に接近する。


「アアアアァア―――ッ!?」


 アシ縄の手前でヌルい枝の振り下ろしを右に躱しつつ踏み込んで、俺は右手に持ったパチモノ棒を振りかぶる。


「ガス抜きくらいしろってのッ!!」

「アギャァアアアアア――――――ッ!!!」


 回り込むように振ったパチモノ棒。その先端に結わえつけられたアシ紐と穴を通して括りつけられた謎しっぽ。その謎しっぽが防御が間に合わない枝を潜り抜けて樹洞に落ち、中の呪液を一気に吸い取った。

 オタマのドロップ品、謎しっぽは検証によって吸水性が高い事が判明した。

 そこで今回の呪醸樹またはアクションRPGの敵オタマの上位種がボスとして出て来たときの対策として作ったのがこの吸水しっぽフレイルだ。

 設定的に呪醸樹は溢れ出た呪いを操って暴れる。ならば樹洞の中の呪液が急減してしまえばどうなるか。


「――――――……」


 黒く染まって若干膨らんだ謎しっぽを抜き取ると、あれほど暴れていた樹木が微動だにしなくなった。

 静かになった樹洞を覗き込むとそこには小さな頭蓋骨が宙を睨んでいた。


「淀んでても何にもならねえぞ。さっさと巡れ」


 フレイルの下端を突き入れると幼い頭蓋骨はあっけなく崩れ……、

 呪醸樹だったモノは光の泡を吹き出して消えていった――。


「――なのにッ、いい感じに締まらねえんだよなぁ」


 余韻を感じる暇もなく横に跳ねて光弾を避け、降ってきたヤドリギ、宿樹精に黒く染まったフレイルを叩き込む。圧殺しようと思って振ったのだが、吸い込んだ呪液が何か悪さでもしたのか黒しっぽに当たったヤドリギは見る見るうちに黄変して枯れていき、明滅する幼女が光の泡を吹き出して消えた。

 取り合えず使えるならいいとその情景を思考の隅に追いやって3方向からバラバラに飛んできた光弾の安全地帯を見つけて潜り込み、また1体宿樹精を光の泡に返す。

 最後の宿樹精が先に逝った3体と全く同じ断末魔っぽい何かを上げて光の泡に消えるのを見届けて……、俺はため息交じりに振り返った。


「ハァ――。で、お前はどうする?」


 向いた先は一人戦いすらせずにいたへタレ子だ。

 戦闘中は気にしていられなかったが、よく見れば震えつつも健気に這って逃げようとしている。本体のヤドリギも何故か合わせてゆっくり動いているようだ……。いや待て動けているのが何よりビックリだわ。植物だろお前何だアレまじで。

 呼びかけにびくりと肩を震わせるとへタレ子はサビついたロボットのようにギシギシと振り返って怯えた顔でふるふると首を横に振った。ボディランゲージの意味は敢えて言うまでもない。


 ここまでゲーム内の呪醸樹の設定と今回の状況の中での推定呪醸樹の特徴に乖離は見られなかった。

 ならばコイツの特徴もゲーム内に準じるだろう。


「死にたくなければ俺と一緒に来い。……精霊契約だ」


 精霊をテイムして育てる育成RPG。類縁種の樹精ドリアードはシリーズ皆勤賞で概ね人気も高く、当然テイム可能精霊だが、宿樹精ルーネアドは前作初登場であり、テイム可能化に至っては積んだままの最新作が初めてらしい。情報サイトのギャラリーで仲間になっている画像を見て大きなお友達がざわついていたその喧噪を覚えているだけだ。未プレイではあるが設定があるなら可能性は高いだろう。……何より怯え切ったへタレを今更介錯するのは凄まじく気まずい。


 言葉の意味が通じたのか、逡巡するように固まっていたへタレ子は暫くしておずおずと上目遣いに首肯した。へタレ子をこれ以上怯えさせないようにゆっくりと腰を落として目線を合わせ、こちらも首肯してからゆっくりと近付く。


「じゃあ、精霊契約だ。……魂魄あい結びて奇福の縁を―――」


 セリフは和風テイストの3作目だがまあ適当でもいいだろう、多分。ゲームならこの後名付けになるんだが、流石にへタレ子は不味いだろう。名は体を表すでへタレ道を突き進まれても困る。

 へタレ子、ヘタレーネ、ヘリオレーネ………そう。


「―――アウレーネ。その名、その命、この身、この魂尾崎幻拓に、……宿れ」


 下手からゆっくりと差し出した手にカエデよりも小さな掌が合わさる。

 合わさった掌が柔らかな熱を持って、淡い緑金色に輝き始めた。

 輝きは掌からアウレーネを包み込んで一層輝きを増し……何か、いやアウレーネが俺の中に入り込んでくるのが分かった。

 その感触と輝きが落ち着くのを待っていつの間にか瞑っていた目を開けると、手の甲から突き出たヤドリギの枝葉からアウレーネがするりと飛び出て前腕に腰かけた。手の甲から直物が生えているにも関わらず違和感は微塵もない。体が当然の事として受け入れているようだ。

 アウレーネと目が合うとぎこちないながらもほんわかな笑顔を返してくる。胸中を通じて伝わってくるのは幽かな怯えと少しの期待、それからよろしくお願いしますという挨拶。


 契約をしてもなおこびりついている怯えに苦笑を漏らしつつ、俺もまたこちらこそよろしくと返した。




   *   *   *




「―――さてと」


 散らばったドロップ回収に一区切りつけて俺は後回しにしていたボスエリア奥を見遣る。

 ボス戦中はただのエリア端だったそこには脳裏に浮かび上がるような特徴的な象形、半分溶けた闇鍋文字が浮かんでいた。

 左右二対の象形は何となく察しが付くものの、ふと思い立ってアウレーネに尋ねる。


「これ、読めるか?」


 胸中を通じて伝わってきたのは読めないという思念。身内ですら読めない文字作るなよとツッコミつつ解読しようとして、……続いて伝わってきたのはでも分かるという思念。


「―――まあ、だろうな。ありがとなレーネ」


 やはり左右の象形は更に先へ進むか、それとも戻るかを意味しているらしく、更にはそれに触れて念じれば移動……転移することが出来るようだ。

 ついでにアウレーネを介すれば脳裏に浮かぶステータス画面をタップして編集したように書き換える事が出来るそうなので頼んでそれぞれの闇鍋文字の上に進む、戻ると手書きルビを振っておいた。

 修正が終わると指先から伸びたヤドリギの枝葉ペンが輝きを失ってしゅるしゅると体内に戻っていった。

 

「さぁ、覚悟はいいか?レーネ」


 当然無事にこの状況から脱出できるかどうかだ。

 まず戻るを意味するらしい象形が本当に戻れるのか、戻ったとして元の場所、俺の部屋に戻れるのか、ドロップアイテムと何よりこの状況の中の存在のはずのアウレーネが無事のまま戻れるのかどうか。

 何一つ分からないままだがここに居ても埒が明かないのだけは確かだ。

 問いかけると、ぶわりと膨れ上がった怯えの念の後に長い逡巡を経て、それから幽かな期待の後ろに隠れた肯定の意志が返ってくる。


「じゃあ逝くぞ」

「ピィ―――ッ!?」


 勿体も付けずに象形に歩み寄り、隣で膨れ上がった挙動不審で慌てた思念を無視して戻る象形に触れる。優柔不断なレーネは多少強引に行く方がいいだろう。埒が明かない。

 肩の上から引っ込んで胸中に逃げたレーネを感じつつ、象形に念じる。

 すぐに象形が青色の光を発し始めて、やがて全感覚を覆い尽くした。




「……ん、帰ってきたようだな」


 気付いたらいつの間にか蛍光灯の灯る一室、自宅に突っ立っていた。

 手元には黒ずんだ吸水しっぽフレイル。その他の戦利品も合わせて持ちだしOKなようだ。無論胸中にまだ震えたままのレーネの存在も感じる。いつまでやってんだか。


「そうだ、折角だからお前が出てくるゲームでもや…る……?」


 思いつきにPCデスクを振り返った先には見た事のない光景が広がっていた。

 PCデスク一式の代わりとばかりにデンと浮かぶ光る球体。夕焼色から宵闇色までの昏い虹色に光るそれはマジックアワーに因んでマジックボールとでも呼べばいいのかはたまた逢魔が球とでも呼べばいいのか。

 すくなくともこいつが俺のゲーミングPCをどこかへやったのは確かだ。


「ッつ、ちょふざけんなよ。おいマジでお前これな――ッ!?」


 あまりにも迂闊だったのは俺も気が動転し過ぎていたんだろう。

 思わず触れてしまった昏い虹色の光球がひときわ輝いて全感覚を覆い尽くし……、

 間抜けにもゲーミングPCのダンジョン2周目に挑んだのは帰還直後の事だった。


ゲーミングPCエアプなので実は適当です。

USBメモリ含め蓄積データ全部飛んだら頽れるけど

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