二人旅:弔い
前話から年数も場所も飛んでいます。
閑話的なものです。
辺境での男二人旅の話。
「酷いものだな」
「一夜の宿をと思ったが、これでは無理そうだ」
二人の旅人が立ち寄った小集落は、廃墟だった。
焼け落ちた家々、焼け残ってはいても崩れた小屋。人の残っている様子はない。
「あの外れにある家なら、雨風程度は凌げそうじゃないか」
若い方が指さした先には、なるほど、かろうじて屋根も壁も崩れずに建っている小さな家があった。
「よした方がいい」
「なぜ?」
年長の方の旅人は、荒れ果てた集落内を見渡して、首を振った。
「賊に襲われて全滅したのだろう。死者がろくに弔われず放置されている。こういう場所に長居するのは良くない」
今更、悪霊の類を気にするのかと軽口をきこうとした若い旅人は、外れにある家の脇に立つ人影を見つけた。
「人が残っているようだぞ。話を聞いてみよう」
年長の方の旅人は、あまりいい顔はしなかったが、渋々、若いのに続いた。
「仰るとおりここは賊徒に襲われたのです」
影の薄い痩せた男は、二人を家に案内すると、ポツポツと当時の状況を語った。
近隣の山塞にたちの悪い賊徒が溜まり、このあたりの集落を襲っているらしい。抵抗してもしなくても、母親ごと幼子まで突き殺して、笑いながらすべてを破壊し尽くして行くような連中で、元々何もない貧しいところだったここからも、彼らは何もかも根こそぎ奪っていったという。
「ただ、わずかばかりですが塩と酒はございます」
そう言って男は、一欠片の塩と大した量も入らない酒壺を旅人の前に差し出し、深々と頭を下げた。
「旅の御方。どうかこれで我らが無念、弔っていただきたく」
断りの文句を言うまもなく、それだけ言い終えた男の姿は、すうっと溶けるように消えてしまった。
「……怪異の類か」
「”未没”だな。強い意志のものが死に損なうとああなることがある。あれで生前は一角の人物だったのやもしれん」
「詳しいな」
「俺も見たのは初めてだ。俺の生国では死んだ者が未没にならんように、きちんと弔いをする」
お前と一緒にいると怪異に会う機会が多くてかなわん、と年長の旅人はぼやいた。
「ならば、ここの者達も弔うか?」
「いや、俺は司祭ではない。それに異国異教の流儀で弔われたとしても、こやつらの無念ははれんだろうよ」
「たしかにな……」
二人の旅人は、塩の欠片と酒壺をじっと見つめた。
「俺は実はこのところ、穫って焼いただけの肉には飽き飽きしていたのだ」
「お前もか。俺もせめて塩の少々ぐらいは欲しいと思っていた」
「屋根があるところで寝られるのも久しぶりだ」
「そうだな」
二人は酒壺を覗いて、中身がすっかり悪くなって飲めたものではないのを見て笑った。
「この依頼、受けるか」
「おう」
酒は賊徒の山塞にたんまりあるだろうと言って、男達は汚い床にゴロリと横になった。
山塞の間に合せの柵と門の前にフラリと現れた二人組は、留め立てしようとする見張りを無視して無造作に門扉を蹴りつけた。
雑に組まれていた丸太がバラバラに吹っ飛び、門の近くにいた賊が巻き添えになった。
「ナニモンだ?!テメェら!」
慌てて飛び出してきた有象無象に向かって、冷ややかな青い目をした男は黙って剣を抜いた。もう一方の浅黒い肌の男は、そんな相方を横目で見ながら、黒い口髭の生えた口元をニヤリと歪ませた。
「通りすがりの英雄殿だ。死にたい奴からかかってこい」
「痴れ者がっ!」
「やっちまえ!!」
叫び声を上げながら掴みかかってきた巨漢の腕が飛んだ。
悲鳴を上げて倒れる巨漢を避けるように両側に別れた男達の周囲で立て続けに悲鳴やうめき声が上がる。
黒い男は、いつの間にか賊徒の一人から奪った槍を手にしており、その槍が唸りを上げる度に何人もが打ち倒された。そしてもう一人の男の剣はひと薙ぎされるたびに確実に賊徒を屠っていた。
中には腕の立つ賊徒もいて、二合、三合と打ち合うこともあったが五合と打ち合えるものはいなかった。
「馬が手に入ったのは、ありがたいな」
「酒もな」
岩場が疎らにある丘陵地を馬を並べて進みながら、二人は手に入れた酒を一口ずつ飲んだ。
「昔……あんたを初めて見たのがこんな丘のある戦場だった」
「そうか?お前に会ったのは枯れ谷の戦いが最初だと思ったが」
「それよりも前だ。俺がまだ木っ端の若造だった頃だから、あんたは覚えていないだろうよ」
「お前が木っ端の頃なら、俺もたいしたもんではなかったろう」
「いや、あんたは恐ろしい将だった。俺が初めて”英雄とはこういう男か”と思ったのはあんただ」
年嵩の男は喉の奥で小さく笑った。
「こんなところで今更おだててもなにも出せんぞ」
「おだてる気はない。あんたは恐ろしい敵だった……それだけの話だ」
「俺にとってもお前は嫌な敵だったさ」
年下の男は顔をしかめた。
「”嫌な”……だったのか」
「ああ、お前は今でも嫌な男だぞ。頭は回るくせに気は利かないし、バカ強いくせにすぐにクヨクヨ悩んで手間を掛けさせるし、なんだかんだ言って頼るくせに素直に俺を尊敬しようとせん」
「あんたも十分に嫌な男だ」
「違いない。良い奴は皆、戦場で先に死ぬ」
「……そうだな」
日が暮れて薄紫になった空に、細い月が浮かんでいた。
「俺が今でも尊敬している隊長も、戦場であっけなく死んでしまった。激戦で……死を悼む暇も遺品もなかった」
「そういうものだ」
年長の男は馬を止めて、連れの男に「なんという名の男だったんだ?」と尋ねた。
「俺の国では戦場で死んだ奴を弔うために、そいつの名前を月に捧げて返してやるんだ」
遺体も遺品も誰のものやらわからなくなる戦場でも、名前は覚えていられるからなと言って、男は死んでいった奴らを思い出すように黒い目で彼方を見た。
「異国異教の流儀で今更弔って、隊長は怒らないだろうか」
「司祭の弔いじゃない。戦場で死んだ奴なら敵だって誰だってかまわん弔い方だ。それともお前の隊長とやらは細かいことを気にする男だったのか?」
「いや、そういうことに関してはひどく大雑把な人だった」
「お前のいい加減さはその男譲りか」
「悪かったな」
「さぞかし良い奴だったんだろうよ」
男は教えて貰った名前を唱えながら、酒を大地にたらした。
できなかった弔いを終えた二人は、後は黙って残りの酒を飲んだ。
10年以上越しで果たされた”断られた約束”。
こんな話を恋愛ジャンルにぶっこんでいいんだろうか?
……番外短編集なんでご容赦ください。