日程厳守!
コメディです。
伝令のカササギ氏再登場(参照:書簡3)
この人が出る回はコメディ度が上がるなぁ。
本国の執政官からの軍令が来た。
友好国の国主が代替わりするから、即位式に出ろという。
外交交渉のできる使節はアトーラから出すが、大国の使節団の体裁を整えるために、ちょうどこっちにいるエリオスの軍を使うらしい。なんでも、急な話過ぎて、アトーラから大人数を派遣するには日が足らないらしい。
「(外交使節が誰だかは知らないが、ろくな伴もなしで、アトーラから強行日程で送り込まれるとは可哀想に)」
アトーラの使節とは、即位式の行われる王城のある都市よりも手前の町で合流しろとのことだった。
小さな町なので長逗留はせず、使節と合流しだい王城に向かえとある。略奪、暴行はもちろん、友好国の心象を損なうような行為は一切行うな、というから、移動は速やかに行わざるを得ない。大軍というのは小さな町には、その存在だけで暴力なのだ。
合流予定日に合わせて、全軍の進行速度を調整する必要があるだろう。
「今日は、何日だ?次の新月まであと何日ある?」
俺は、脇に控えている旗持ちのクルスに尋ねた。
「申し訳ありません。司令。わかりません」
俺は空を睨んだ。
このところ曇天が続いている。
今夜もこの分では、月は見えないだろう。
今が春分から3つ目の月に入っているのは覚えているが、新月から何日目かは、覚えていない。アトラスがいたら即答してくれただろうが、一般人で日数を意識して生きている者は少ない。
旗持ちのクルスは農民の五男で、軍に入る前は、麦刈り星が出る時期になったなぁだの、家畜の仔が生まれる月になったなぁだの程度の意識はあって、村の収穫祭も楽しみだったそうだが、軍に入って日や月どころか季節感すらまったくわからなくなったという。転戦で、農場の作物どころか気候が違う土地を移動し続けているので、仕方がない。
アトーラでは、日付はその年の春分から何番目の新月から何日目と数える。
夜に月さえ見えれば、形から概ね何日目かはわかるので、日々、意識してはいなかったが、こういうときには困る。
そういえばアトラスも、現行の月と日の数え方は、いい加減すぎると嘆いていた。
春分は昼の長さと夜の長さがほぼ等しくなる日らしいが、土地や測り方によってばらつきが出やすく、観測しづらいらしい。
東か西に山が一つあるだけで正確でなくなるとぼやいていた。
よくわからないが、星と水準器と何やら角度を測る器具でなんとかできなくもないが、やはり土地を移動すると変わってしまうので難しいらしい。
月の満ち欠けによる日の数え方も、新月から新月までの日数がぴったりではないため、勘定が微妙に定まらないという。
「少しぐらいズレていても問題ないだろう」といったら、「ひと月を30日と定めたら、10ヶ月で5日もズレるんですよ」というから、かわりばんこに29日と30日にすればいいといったら、1年の日数が11日だか12日だか余ると嘆いていた。
1ヶ月を30日と31日にすると12月でほぼ均等に収まるが、月の満ち欠けとは大きくズレるという。月を見ておよその日付がわからないのは困る。
「今なんて10月までは数えるが、残りの冬の間はまとめて無月で、春までろくに勘定していないんだから、10日かそこいらあまりが出てもいいじゃないか。最後の数日はまとめて無月にすればいい」といったら、唸っていた。
天部院の奴らは計算が得意すぎて数字に細かすぎると思っていたが、なるほど、離れた場所の者と連携してなにかする場合に、同じ時間の尺度を共有する"同時性"というものは重要なのだな、と思った。
今回は使節との待ち合わせ程度だから、数日、到着がズレていてもさほど問題ないが、軍事的作戦行動で、多方面からの同時攻撃が同日に行えなかったら笑えない。
「明日の夜は晴れるだろう」
とりあえずその日の軍議では、当座の目的地が変更になったことを各部隊長に伝えることにした。
軍というのは血の気が多い男の集団だ。どんなに規律が行き届いた軍でも、揉め事はしょっちゅうある。
「しかし、お前が当事者というのは珍しいな、ゴドラン」
俺は、ムスッと口を噤み腕を組んで座り込んでいる男を見て、呆れた。
何があったのかはわからないが、この場で口をきける状態なのは彼だけで、彼は口を開く気がないのは、一目でわかった。
困ったものだ。
昔、俺が乱闘騒ぎを起こしたときの隊長もこんな気分だったのだろうか。
近くにいた者などから事情を聞き出したところ、最初はゴドランが若い伝令を酷く叱りつけていたのだという。そこに通りかかった他の隊の士官がなだめようとしたところ、言い方が悪かったのかゴドランが烈火の如く怒り、その場の数名で殴り合いになったらしい。ゴドラン相手で劣勢になった相手側が加勢を呼び、ゴドラン1対正規兵複数人の状態を見てイッカク隊の連中が参加して、乱闘状態になったところで、ゴドランが「テメェら、口出しも手出しもすんじゃねぇ」と言って、イッカク隊も正規兵もまとめてブチのめし……。
「こうなった。というわけか」
見事に全員やられているが、見たところ、出血や骨折など重症の者はいない。明日の行軍も訓練もできるが、しばらくものすごく痛くて苦しい……程度に手加減はしてくれたらしい。鬼か。
俺は総司令として、その場の全員にこういう場合の定番の罰則を言い渡し、ゴドランにはそれに加えて、後ほど個別で自分のところへ出頭するように命じた。
「軍内の規律と、俺の名誉の問題だ」
出頭したゴドランは謝りもせずにそう言い切った。
その後の関係者からの聞き取りで、未熟な伝令役が声もかけずに隊長の個人天幕に入り、置いてあった私物をゴミと間違えて捨てようとしたらしいとは聞いている。たしかに気が利かないし、気の利かせ方が間違っているが、それだけなら目くじらを立てる程のことでもない。
それを名誉の問題だとまでいうからには、なにか個人的に不都合なことを見られたかなにかなのだろうか?
「でも、空の小壺だったのだろう?なんの壺だったんだ?」
俺がそう問うと、ゴドランは猛烈にバツの悪そうな顔をした。このいつも不遜でふてぶてしく落ち着き払っている男でも、こんな顔をするのかと、俺が驚いてまじまじと顔を見返していると、ゴドランはギュッと眉根にシワを作って、嫌そうに顔をしかめた。
「あれは………………蜂蜜で」
「蜂蜜?」
そんなものを後生大事に隠し持っていたのか?この南の黒龍と呼ばれた厳しい英雄が?
「………………俺は甘党なんだ」
俺は必死で笑いを堪えた。
頬が引きつって変な顔になった気がするが、幸いゴドランはそっぽを向いていて、気づかれなかったようだった。
「わかった。この件はこれ以上詮索しない」
他の者にもそう通達しておくと約束して、俺はゴドランを放免した。
翌日、オルウェイから、伝令のカササギがやってきた。
定期連絡よりも随分早いと思ったら、即位式対応の緊急対応だという。アトーラ、オルウェイ間の距離と、それらの都市から我が軍までの距離と、我が軍が移動中なことを考えると、異常に早い。この男が優秀なのは知っていたが、それだけではあるまい。
「緊急の要件とはなんだ」
「即位式典出席で必要と思われる物資を特別支援します。補給品の受け取りのために指定する地点に立ち寄ってください」
「だが使節との待ち合わせに遅れるわけにもいかんぞ」
「はい。困難な場合はそちらを優先していただいて良いそうです」
「日数次第だな……今日は何日だ?」
「はい。日程がわかるように、こんなものをお持ちしました」
なにかと思えば、カササギは背負っていた革袋から、書簡のようなものを取り出した。
見てみると、一面に数字が規則正しく並んでいる。そのうち上から半分ほどの数字は横線で消されていた。
「これは?」
「天部院が作成中の新式の暦表です。ここに来る途中も毎日1つずつ数字を消してきたので、今日はこの日です」
聞けば、使節も、オルウェイの補給部隊も同じ物を持っているので、毎日忘れずに数字を消せば、互いに連絡するときでも落ち合う日付が正確に連絡できるという。
数字に黒い丸印があるのが使節との合流予定日で、赤い丸印があるのが即位式らしい。
「今日はこの暦だと6の月になるのか」
「冬至の次の新月から始まるようです」
なるほど。1から12まで30日と29日が交互に並んでいる。
冬至付近で余った月なし日はどうなるのかと思ったら、それは数字がつかない"正月"と書かれていた。
「そこは年の終わりと始まりで1年のズレを正す月で休暇と祝祭を充てる予定なのだそうです」
「ほう」
「年の始まりが冬の最中ってのはピンときませんが、みんなで休んで新年の祝いで祭りをするってんなら、冬のなんにもないつまらない時期なんで、それはそれでいいんじゃないですかね」
まだ本決まりではなくて、関係者内で試行検討中の段階だという。今回導入されたのは有効性の検証の一環らしい。
「補給船が間に合うかどうかわからなかったので、最低限必要な物はお持ちしました」
そう言って、カササギは革袋から、大事そうに大きな包みを取り出した。
包みの中身は、真っ白な上衣と上等の半革靴だった。
「正装です。お持ちでないか、汚れているでしょう」
たしかにそのとおりだが、急使にこんなものを持たせて走らせたのか?
疑問が顔に出たらしい。
カササギは声を落としてこっそり忠告してくれた。
「国同士の公式の付き合いの場で、身なりの劣る者は侮られます。名高い英雄とは言え、ひどいナリで即位式のような公式の場に出ると、以後、アレは戦だけが取り柄の野蛮人よと侮られます」
「そういうものなのか」
"戦だけが取り柄の野蛮人"に妙に圧がこもっていたあたりが、笑い事ではなくて、俺は神妙に頷いた。
「身だしなみには十分お気を付けください」
カササギは、革袋からさらに小物を次々と取り出した。乳白色の塊は石鹸。刃の薄い小刀。丸い小さな鏡。
「ヒゲは前日だけではなく、前もって剃るようにせよとのことです」
前日に剃ると、頬や鼻だけ日焼けしていて、口周りや顎が白いというマヌケな姿になると脅されて、俺は思わず自分の顎を撫でた。
「それと、これはあっしからの個人的なご忠告ですが……」
カササギは、俺の顔をジロジロ見た。
「旦那は、えらく男ぶりがいいんで、キチンとして出かけたらあちらさんではきっと凄くモテるでしょう」
即位式のある先方の国には、名高い妙齢の美姫もいるという。
「でも、だからってフラフラ浮気して、あっちの女に手は出さないほうがいいですよ」
そんなことをする気はないと、俺が反論する前に、カササギは続けた。
「なんたって、今回の特使は奥様のお父上ですからね」
日程厳守!絶対に使節を待たせるべからず!!合流は事前連絡どおりに粛々と実行すべし!
俺は軍の総司令として、斥候と先遣隊を複数走らせ、合流地点までの経路と移動に必要な予測日数を可能な限り正確に割り出して日程をくんだ。
そして、オルウェイの補給部隊はきっちりこちらの日程にあわせて、特別支援物資を納品してきた。
即位式の話に続きます。
次回、父上こと大ユステリアヌス降臨!
ちなみにエリオスは、婿として名前を継いでいるため公式には同じユステリアヌスの名を貰っています。区別するために"小"ユステリアヌスと呼称されることもあります。




