星と月の城塞都市2
オルウェイ再建計画の話の続きです。
もうこの「星と月の城塞都市」は徹底的に趣味に走ります。
その図案は東方の絨毯の幾何学文様に似ていた。
「星?」
「そう。これが星状城塞都市の基本城壁パターンよ」
何重にも重なった線で描かれた、複雑な凹凸のあるギザギザした突端部の付いた多角形は、なんとなく魔物が呼び出せそうだった。
単純に城壁で都市全体を囲むなら、高い城壁で周囲をグルリと囲めば良い。囲む土地が四角い場合はその土地の四隅に四角い塔を建てて、その間を直線の城壁で結ぶのが城壁のスタンダードな作り方だ。
囲む土地が不規則な場合は周囲に丸い塔をほぼ等間隔になるように建てる。丸い塔なら直角でない城壁の交点とできるからだ。
だが、それでは防衛上の死角ができるのだと彼女はあらかじめ用意されていた図版を指しながら説明した。
なるほど。直線上の城壁の交点に丸く張り出した塔の一番外縁部は、城壁の上にいる兵士からは見えない。
「あなたなら、こういう城壁は、どうやって攻略する?」
話を振られたのは、あの人の良さそうな初老の小柄な男だった。この男はダヴィデというアトーラの退役軍人で、先月までは攻城戦用の兵器を扱う特殊部隊の隊長をしていたそうだ。
「そうですな。ここが城壁の兵士からは見えないと言うなら、塔の上の見張りを弓兵に撃ってもらって、ここに長梯子をかけます」
寄せ手にとって、塔上という限られた場所以外からは狙われないというのは魅力的だし、それが塔の数だけあるというのは良いという。
また、丸い塔の壁穴というのは外に広がるようにだけ視線がきくので、真横の城壁に取り付いた敵兵を塔から狙うのは意外に難しいらしい。
両目を覆った妙な格好の細身の男はミケルという名で、腕利きの弓兵らしく、丸い塔と城壁の略図を見ながら、ここからここは狙えないと、意外に広い範囲を指した。
「そこでこの死角を埋めるのが鏃型の突端部なの」
たしかに、城壁の端からの視線の延長線上に外側の面が来るように設計することで、外縁の死角が消えてる。鏃の付け根のえぐれた部分に相当する構造を造ることで、隣接する外壁に取り付いた敵兵に対しても突端部から攻撃ができるようになっている。
さらに隣接する突端部から、間に挟まれた同一の敵を射撃すると効果的だと彼女は説明した。
「矢を防ぐのに歩兵は盾を使うでしょう?」
「ああ。機動性が不要な攻城戦では、大盾や鉄で強化された盾を使って城壁からの投擲物を防ぐこともある」
「でも、盾は面防御だから、こうして両側から射線が交叉するように撃たれると、一人では防ぎきれない」
「なるほど」
退役工兵と弓兵の二人は、揃って唸った。
ニッカは図面で描かれた美しい幾何学文様の城壁からの射線が、ことごとく見事に寄せ手の兵を2点以上から挟み撃ちにできる構造になっていることを読み取って、思わずうへぇと変な声が漏れた。
「何食って生きてると、こういうこと思いつくんだ?」
「最近は粗食よ。胴回りがいい感じにくびれたわ」
「奥様……」
思わず彼女の腰回りに視線がいった男連中を睨みつけながら、補佐役の男は「軽食をお持ちします」と言って部屋を出ていった。
「このちょっと離れたところの飛び出た三角は?」
「それは三日月堡。都市のサイズで城壁を造ろうとするとどうしても直線の壁面が長くなるから、それで防衛ラインを補うの」
「ここにも弓兵を配置するのか」
「ええ。城壁とその突端の稜堡、出島の三日月堡、周囲の堀の斜堤内縁沿いの遮蔽道にそれぞれ兵が配置可能よ」
「線だけだとよくわからないんだが、ここの二重線で書かれているのが堀でその横の細い二重線線が遮蔽道?と言うやつなのか?」
「待って。基本構造単位の立体模型を用意してあるから、今、出すわ」
「そもそも、単純に都市を壁で囲うだけでも大変なのに、こんなに何重にも複雑な構造を造るには石材がバカみたいに大量に必要だぞ。わかってんのか?」
「それについても模型を見せながら説明するから……よいしょっと……これ、これ」
補佐役が置いていった大きな袋から女が取り出したのは、木切れと粘土で作られた模型だった。
「お嬢は昔から絵も上手いが、工作も相変わらず上手いのう。おぬしのあの多段アーチ水道橋模型を思い出すわい」
「先生。子供の頃の話は持ち出さないで。それにコレはアレと比べたらやっつけ仕事だから」
白髪の老人と女は、なにか常軌を逸した話を、ほのぼのと交わしていたが、石工のニッカはそれどころではなかった。
「これは……すでに壁ではないのでは?」
「そうね。堡塁と土堤という方が近いかも」
彼女は白くて細い指で模型の端を指した。
「外から城壁を攻撃するとき、弓や投石機を使うとしても、射程範囲までは近づく必要があるでしょ」
「射程?」
「石や矢が届く限界のことだ」
「高く飛ばすにも遠くへ飛ばすにも機構的限界距離はあるわ」
石でも矢でも撃ち出す力と角度で、どこまでどのように飛ぶのかの基本の軌道は決まるのだと説明されても、ニッカは今ひとつ腑に落ちなかったが、投石機のプロと弓兵が揃って肯いていたのでそういうものだと納得することにした。
「矢が越せないぐらい高くて、投石機に崩されないぐらい頑丈な壁を造るには、大量の硬い石材が必要でしょう?」
「そうだ」
ニッカはそれは専門だった。
アトーラで、城壁に最適な石が採れる石切り場は、ここよりもっと北のアトーラの都に近い内陸の山地にあり、切り出した大量の大石の運搬は大事業となるだろう。
「でも、そんな資金も時間もない」
女はニコニコしながら、ニッカに向かって「だから」と続けた。
「高さじゃなくて奥行きで守るのよ。幸いなことにここには、土地はいっぱいあるから」
外から来た敵はまず、斜堤と呼ばれる土塁構築物の緩やかな斜面を上ることになる。
退役軍人の談によると、大型の攻城兵器はこの時点でかなり運用が難しくなるらしい。
斜堤の内側には遮蔽道という通路が作られており、敵兵は上り坂の向こう側で死角になるそこに配置された兵からの攻撃を受ける。
その先はグルリとめぐらされた堀だ。トンネルを掘って城壁の下を潜ろうとしても先に堀に出てしまうことになる、
「城壁の下を掘って地下部分にまで石を埋めなくていいの」
「それはかなり経費と工期が浮くな。いや、必要な石は減るが、堀を掘るならその手間は同じか」
「掘った土はそのまま土塁に使うから廃土の運搬の手間はないし、堀の水はエーベ川から引けるのよ」
堀の中には三日月堡があり、その低い防壁越しの射撃を受けながら堀を渡るのは、困難と思われた。
もちろん城壁自体やそこから張り出した稜堡からも死角なく狙われるのである。
「とすると、この城壁……かなり低いな?」
「そうよ。低い防壁を稜堡部分が交互に張り出す形で二段にする」
「三日月と合わせて三段構えか」
土塁との併用で、一段の壁自体はさほど高くはしないのだと彼女は言った。
「壁材は瓦礫と砕石をモルタルで固めたコンクリート。木枠式での工法を予定。城門以外は外壁の化粧仕立ては不要。無骨でもそれはそれでいいでしょ?」
ニッカはとっさに声が出なかった。アトールコンクリート工法は最新鋭の技術で、石工でも詳細を知る者は少ない。
「なんでテメーはそんなことに詳しいんだよ?!」
「お若いの。彼女はかのユステリアヌス殿のご息女だ。おぬしの背丈の半分ぐらいの頃からアトーラの水道事業の現場に出入りして、あれやこれや言っておったわ」
「げっ」
ユステリアヌスといえば大水道事業をゴリ押しして、アトーラに遠い山地から水を引いた政治家だ。アレは英断というより気違い沙汰だと思ったが、その娘がコレとは……。
「えっ、都市計画ってことは、まさか水道もやる気か?」
「上下水道は都市の基本よ」
何を当たり前のことを、みたいな顔をされて、ニッカは目眩がした。
「とはいえ最初の5年は上水は川と井戸からの調達に甘んじるわ。防衛が優先」
水道橋は諦めるが、域内の上下水道は建物を建てる前に最初に仕込むので、区割りと都市計画は最初から最終型を想定して立案すると、女は言い切った。
「ダンおじさま、よろしくね」
「お嬢の無茶振りはいつものことだが、今回は桁が違うな」
「おじさまのお好きなパイ包みを焼くわ」
「酒と甘味もつけてくれ」
苦笑しながらも目尻を下げているこのダンダリウスという壮年の男は、なんと、アトーラの歴代執政官三人の補佐官を務めたバリバリ現役の行政官なのだそうだ。
どうやって引き抜いてきたのかは不明だが、オルウェイの都市計画はこの男が仕切るらしい。
「先生もご協力お願いね」
「おうおう。何でもいいなさい」
ただの孫が可愛い老人みたいになっているこちらの白髪の老人も只者であるわけがなく、ニッカは後から確認して、測量用の十字棒や水準器を発明した、かの有名なダロスの賢人シダソリオン殿だと聞いて引っくり返った。
ちょうど補佐役が軽食を持ってきたところで、このとんでもない相手を、お願い!の一言で使う女は、楽しそうに「では」と言った。
「コンクリートの材料の調達方法の話に移りましょうか。ね?ザジさん」
これまで大人しく隅に座っていた大男は急に話を振られて、まごまごしながら、なんとかコクコクと頷いた。
十字棒;
古代ローマで使用されていた測量器具。直角に組んだ2本の棒の端から糸で錘を垂らし、十字の交点に付けた長柄と糸が水平かを確認して、都市の区割りでの直角を測る器具。
水準器:
脚付きの長方形の箱の各面から糸で錘を垂らし、箱の脚と糸が並行かを見て水平を測る器具。箱の上部には溝が切ってあり、そこに水を入れて正確に水平を見る。
機構は単純だが、かなり精度はよい。水道橋の建設に使用された。
すみません。
趣味全開でまだ続きます。
エリオスとヒロインのイチャイチャをお待ちの皆さん。申し訳ない。
父親の仕事仲間のオジサマと、家庭教師のオジーサマに可愛がられているちっちゃい女の子が、水道橋の模型持って目をキラキラさせているところあたりを想像して和んでください。
(なお、模型の精度は……)




