スズネの贈りもの
「こんなときで、少し言いにくいです」
スズネが、少し寂しそうにそう話す。
スズネと少しビルのなかを歩きまわり、ホールのようなところまでくると、小さい屋内庭園があった。
案内を見逃したのか、それとも少し気が急いていたのか、ここのビルの入口から来たときには、気づかなかった。
「ミレイが休めているのなら、あとはそこまで、気を張らなくても平気だよ」
これは、ミレイが倒れたショックというより、タイミングがそうだと、言いたいのはわかる。
「ミレイせんぱい、なんで強情なんですかね」
「言わなかったから?」
「それもですけど、メディせんぱいに対しても、ネネせんぱいにでもよくわからない意地を張るんですよね」
それは、そうなのかもしれない。
「いや、まぁ少ないけど意地はあるよ。悪魔としても」
「悪魔としても……ね」
スズネは、庭園の植物を少し観察している。
植物や生き物は意外と好きなのかもしれない。
「スズネもギャル言葉とか、しゃべりかたとか変わった?」
「あはっ……あぁはい。なんかいろんなところで、ヤメたらって言われる」
「スズネは、素直なんだよ」
「はっ! え? わたしウソつきで、ただの悪魔ですよ」
少しくすっと笑う姿は、やはり前とどこか違う。
前の頼まれごとは、まだあまり進まない。
「前の頼まれたの、まだよくわかってない。ごめん」
「いいえ、謝らないでくださいよ。まぁ連絡はきてますけど、まだ平気」
こう言うからには、ほかのことがあるみたいだ。
こちらから見れば、以前後輩スズネとして接していた少し軽薄そうで、あまり仕事熱心じゃないかもというイメージはもうなくて、いまは頼りになる悪魔スズネで、いまいるメンバーのなかでは、気配りもできて明るく話す姿は、とても好意的だ。
悩みがあるから、ときどき考えごとをしているようだけど、それぞれの得意分野で考えれば、もう後輩とはいえないだろう。
「ミレイは、たぶん未来視での活動のなかで、一番ではなくても、できるだけいい方向を目指してるんだと想うよ」
「そうですよね」
「でも、それをすると、ミレイにとっては不都合もあるかもしれない」
「どういう意味ですか?」
これは、どこまでミレイが望むのだろうか。
けれど、いまのスズネならもう話してもいいだろう。
「ミレイが、自身だけにいい未来にしたいなら、もうとっくに仕事もやめてるだろうし、こんなに苦労しながら、ヒイロやアマツキのためのことは、しないよ」
「うん」
「おそらくだけど、いまいるみんなにとって、できるだけいい場所を創りたくて、それで、何度も未来視スキルで選んで、それから行動しているよ、きっと」
「……でも、それだと、結果ミレイせんぱいは、不幸になりませんか?」
なかなかに、するどいことを言う。
「不幸かは、どうかわからないな。けれど、ネネに対してあんなに愛情をもっているんだから、そういうのが、ミレイの行動力になるんじゃないかな」
すると、スズネは少し納得できていないようだ。
「ミレイせんぱいは、メディせんぱい好きですよね? ネネせんぱいへの態度と、自身の幸せは、反対なんじゃないかなぁ」
う〜ん。
悩んでしまうのは、ミレイの好きはなんていうか……。
「ミレイのスキって、なんだか悪魔的だから好きであって、男としてリードしてもらうとか、女の幸せや身体でのつきあいとは、また違うんじゃ」
そういうと、スズネはあきれてしまった。
「はぁぁぁぁ。せんぱいまだそれ言ってるんですか? わたしやミレイせんぱいが好きなのは、悪魔だからで、別のなにかになったらメディナナタリアを好きにならないってこと?」
「そこまでじゃ……」
「男の子って単純バカもイヤになるけど、せんぱいみたく、なにか釈然としないバカもため息ですよ」
「いや、いい過ぎ……」
スズネは髪を何度か触りながら、続ける。
「まぁミレイせんぱいの特殊性癖は、わかんないですけど、わたしのは、ちゃんと好きってこの前にも言いましたよね?」
「あ……うん」
「……とか、忘れてましたか? なんですか? わたしから無理矢理押し倒しましょうか? せんぱい!」
「わかった」
はぁ、まったくとか、また少しスズネはあきれた感じだけど、そのあとまた少し反省している。
「ほら、わたし可愛いくないでしょ? えへへぇ〜とか、ギャルメイクつけてるときは、平気なんですけど、少し油断すると、素で可愛いくなくて」
「いや、素直で可愛いとは想ってるよ。見た目じゃなくてね」
「そこは、見た目も素敵だぜ! とか言いましょうよ」
今度は、背中を向けて、少し笑っている。
理解はしているけれど、これはわざとしてるわけではないらしい。
きっと、こうした照れた仕草や態度が、スズネの魅力なのだろう。
もし転生者でなかったならと、ときどき考えることがある。
普通の悪魔として生きていたら、公園でネネに拾われることはなく、悪魔スズネとつきあったりしたのだろうか。
順序の問題ではないだろうけれど、スズネのこうした態度は、ときに切なくなり、上手く応えられないときがある。
けれど、ネネに好かれていて、これまでの出来事を考えると、あまりに甘えすぎなのかもと思う。
ヒトの時の記憶は、もうだいぶ遠くにあり、なぜ自分があれほど焦ってヒトに戻れるかを探していた時代は過ぎて、いまは悪魔としての矜持もある。
そして、それ以外もある。
「スズネは、これからしたいことってある?」
「え? なんです突然」
振り向いたあと、不思議そうにしている。
「ヒイロやアマツキのことじゃなくても、ここいきたいとか、こうなってみたいとか」
「わたし、誘われてる?」
「違う……けど、聴いてみたいことではあるよ」
「う〜ん……」
スズネは、近くにある植物の葉っぱを触ったり、遠くにある名前もよくわからない花を観たりして考えている。
「ゆっくり考えてもいいよ」
「そうですね。メディせんぱいとしたいこととか、いまの仕事からチャレンジしたいこととかは、すぐに浮かぶけど、わたしだけのなにか、ってなんだろうなぁ」
植物のサワサワした音やときどき来る散歩の悪魔が通り過ぎるのをみながら、焦らせても仕方ないか、と思う。
普段、ミレイに面倒を押しつけて、仕事のことばかりを頭に巡らせていたのは、ここ最近では、逃げなのかもしれないなと少しずつ思うようになった。
もしかして、ネネに応えないのもそうだったのか。
まだ、考えているようなので、こちらも植物園となっている風景を少し眺める。
ときどき、子どもの悪魔が通りすぎる。
「ヒイロ、アマツキかな」
「え、どれです」
「あの、向こうの」
植物園の窓の外に、似ている悪魔が通る。
天使はアマツキしかいないため、そうだろう。
「目立つよね」
「天使いいですね」
ミレイの心配をしていたから、また療養している部屋まで、見にいっていたのかもしれない。
「アマツキは、ときどきしっかりと天使だなって想うよね」
「そうなんですよね」
「悪魔として、これはいいやとか投げてしまうこともアマツキはそう捉えないこともあるよ」
「メディせんぱいとしっかり仲良し」
「え、そうかな」
「そうです」
「その歳ごろの悪魔と、なにを話そうか考えることもあるけど、結局は教えられることは、こちらの考えている思考の捉えかたとか、経験した内容とかそれくらいだよね」
「えっ! メディせんぱいの経験ならいつでも聴きたいです」
スズネが、眼をキラキラさせている。
ホントに聴きたいらしい。
「応えられるときは、応えるけどね……スズネのほうがいろいろ経験してそうだよね」
そう言うと、なんだかにやにやしている。
「そんなことないですよぉ。あ、でも、せんぱいなら特別にいろいろ教えてあげますよ?」
「仕事は、なんとかなってる」
「あぁ、仕事の話しはなしで」
「じゃ、スキルの修行とかはまだしてる?」
「スキルの話しは、なしで」
「そうだなぁ、じゃ欲しいものとか」
「さっきの話しみたいですね。ていうか、あまりわたしのことキョーミないですか?」
「なぜ? そんなことないと想うけど」
「男の子とか、恋の話しとかぁ」
「苦労してるの、知ってるから」
「はぁ。あ、でも、わたしだけのなにか、もしかしたらあるかも!」
「聴いてもいい?」
「ふふふっ。あ、でも少し待っていてもらってもいいですか?」
「いいよ」
「もう少しちゃんとできてきたら、言います」
「わかった」
そういえば、と言いながらスズネは、バックの中身を見ている。
「バックのなかにあったのみて、そうだ、いましかないかもって……」
取り出したのは、少し細めのケースに入ったものだ。
「それは」
「はい。わたしから贈りものです!」
「ネックレスだよね。もらってもいいのかな」
「メディせんぱいにあげるものです!」
「ありがとう」
受け取るものの、なぜ急に渡されたのかはわからない。
急じゃないプレゼントが、あるのかはわからない。
「よかった」
「これ、スズネがつくったの」
「ネネにお任せしてしまいました。デザインとか少しお手伝いだけ」
そう言って、少し照れている。
懸命に考えてくれたのだろうことだけは、よくわかる。
「そっか。ありがとう。でも、まだスズネになにもできてない気がするよ」
「そんな……メディせんぱいに会えて……なんか……ごにょにょです!」
ケースから外して手にしてみると、小さいけれど宝石が真ん中にあり飾りがしっかりとしている。
魔力付加をしている辺り、なにか防御とかに役に立ってくれるのかもしれない。
「大切にするよ」
その場で、首にかけようとするもスズネが止めてくる。
「うわぁ! まって。あの、しまって置くだけでもいいです!」
「え、でも、普段からかけておくものじゃ……」
「あ、じゃ、特別仕様で!」
「……わかった。いまだけ特別でかけてみるね」
サッと首にかけてみるも、上手く後ろが繋がれない。
「まって。後ろ」
スズネが後ろに周り、金具を上手く留めてくれる。
「どう?」
「似合うです」
「それはよかった」
スズネが、また前に来ると、ジーッとみて、うんと頷いている。
「なんか、お返しとか……」
「いいです! いいです! どうしても、渡さなきゃと想っただけなんです」
「そ……っか」
なんだか、先のことを見透かされている気がしてくる。
スズネに任されたものは、いま黒鉄と調べているところだ。
ミレイがいま休んでいるから、仕事の段取りまではわからないけれど、合間でみたところでは、状況がよくない。
「ひとつ聴いてもいいかな」
「なんです! どうぞ」
「スズネの固有スキルって、実はあまりみたことないよね。隠してるでしょ」
「あ……えぇと、ムズカシイ」
「……そっか」
「メディせんぱいってそうですよね」
「えと、なに?」
「こっちが応えにくいと想うことは、なにも言わないし、スルーしていいよってことは、ホントにスルーして忘れてる」
「あぁ、あるかもね」
「かもじゃないですね」
黒鉄鳥が、植物園のなかで飛びまわっている。
担当の黒鉄だから、なにか報告にきてくれたようだ。
もう一羽いるから、それはスズネの担当だろう。
こちらに降りてくるのを観ていると、前にいたスズネは、眼をみつめてきて、くすっと笑う。
たぶん、スズネはもう少し話しをしたかったな、とそういう仕草なんだと、わかるようになってきた。




