魔列車当日、朝の準備
不安は、ないわけではないけど、
とくにそれで目覚めたわけではない。
ミレイがまだ寝ている。
いつもより身体が軽いな、と想っていたら、このごろ隣でくっついて寝ていたスズネが、もういなかった。
まだ、朝早い時間。
探そうか、というおもいと、まだ眠いというのと、これからの移動時間のことを考えると、もう少し微睡んでいたくなり、
ミレイの横顔を見ながら、もう一度ウトウトと夢のなかにおちていく。
異界にいるファルティが、パチッと眼をあけると、そこには、宝石であるはずのまいと、アヤネが連れていったりんがいて、
二人が仲良さそうに話している。
そっか、りんも生まれ代われたのね、という想いと、まいが側にいないのが不思議で、呼びかけようとする。
「まい」聴こえていないのか、りんと話しこんでいる。
気づくとわたしは、走っていた。
走っていって階段をおりた先には、少し幼い顔をしたメディがいて、なぜだか違和感があった。
よくみると、羽がない。
「メディ?」と聴くと、まるで知らないヒトのように、こちらを怪訝そうにみる。
「ミレイは、どこ?」と聴くと、
「君はだれ」と聞かれる。
「だれって……」と近づくと、パシャと足元に水たまりがあって、それを踏んでいた。
水がおちつくと、その反射した顔は、
悪魔なわたしではなかった。
「え、これって」そこには、まるで○トの姿をした幼い顔だちの少女が映っている。
「わたしは、だれ?」ふと、顔のふきんに冷たい感触がふれて、そこで、眼がさめた。
ねね、ネネと声がして眼をあけると、ミレイの顔が上にきていて、のぞきこむようにわたしをみていた。
わたしの顔に手を当てている。
少し冷たいのは、部屋の空調で冷やされたからなのかもしれない。
「ネネ、なかなか起きないから」
「あ、ミレイ、いま手を当ててたの」
「そうよ」
みると、ミレイの手が顔にあって、わたしの耳や唇を触れている。
なぜだか、わたしは冷や汗をかいているらしい。
「ありがとう。起こしてくれてたのね」
「それより、悪夢でも観てたの? すごい汗」
わたしは、服や首もとに手をやると、たしかに、ぺとついていて、気持ちが悪い。
そして、そう想うと同時に、なんの夢を観ていたのか、だんだんとワカラナクなる。
「汗かいてるけど、あれ、なんの夢だったかな」
ミレイが「ちょっとまってね」と言って、少し離れると、すぐにタオルを持って、わたしの首や胸辺りをタオルでふいてくれる。
こうしてもらうと、なんだか子どものようでいて、恥ずかしくなる。
わたしは、目もとに手を触れると、少し泣いていたのだろうか、濡れている。
「そう、たしか」
ミレイがタオルを置くと、今度は顔を近づけて、ひとつ頷いてから、また隣に寝転ぶ。
あまり気に病むことではないのかもしれないけれど、ミレイは、メディの秘書だからなのか、もともとなのか、
よくこうしてお世話をしてきて、そのときだけは、抱きしめることもせずに、なにも特別なことは言わずに、ただ黙ってしてくれる。
そうして終わると、ナニゴトもなかったようにふるまうのだ。
悪魔らしいのか、それがミレイなのか、
未来的なのか、そんなこの悪魔だから、わたしは、だれにも甘えることをしないはずなのに、ミレイには甘えてしまうのだ。
もし、わたしに弱点があるとするなら、
それは悪魔メディではなくて、このミレイなのかもしれない。
「たしか、まいとりんがでてきて、それで、それで、なんだったろう」
「そう、あまり覚えてないの」
「ううん。なんか、言葉にでてこないような風景だったのかも」
それを聴くと、ミレイは寝た姿勢のまま、こちらをみて、上半身を向けると、わたしの頭に、軽く触れる。
「そう。わたしはね、夢というものをあまり観られないの」
「え」
「観ているのだろうけど、そのほとんどは、自動でつかっている未来視なの」
「うん」
「だから、眠るときにも少しずつ魔力の量を調節していて、細かくは言えないけれど、眠る用のスキルみたいなのも利用しているわ」
「そうだったの」
「ミライに待っている数おおくの可能性のなかから、わたしは常にどこの部分に立っているのか、思案しているわ」
「大変ね」
「でも、悪魔ネネの未来のなかにある、 "それ" だけは、わたしが攫ってあげるから、ネネは安心して寝ていいわよ」
隣のミレイは、まるで告白するように、真剣に云う。
けれど、いまのわたしには、ミレイの視ているのが、いまのことなのか、明日のことなのかさらにあとなのか、区別もなく、少しずつ不安を抱いてしまう。
もしかしたら、ミライにあるものは、メディに対して抱いた不安感と同じなのかもしれない。
聴くのが怖い。
聴いていいのかもわからない。
結局、また過去のわたしがしたそれと同じように、いまのわたしは置き去りにしてしまう。
「スズネは、いないのね」
「あの娘も、慎重に観てあげないと」
「ミライ?」
「ううん。ミライより、いま」
また少し、隣のミレイがわかって、
また少しだけ、後輩のスズネのことがわからなくなった。
わたしのことは、未来でスズネは現在なんだ。
スズネは、わたしになにを求めるのだろう。
ミレイがわたしをみつめて、微笑する。
不安と焦燥と、そしてその眼にあるのは、愛情なのかもしれない。
ノックの音が三回して、
はぁいと返事をすると、入ってきたのはスズネだ。
「あ、もう起きてたんですね」
「スズネ、はやいね」
「あぁ、寝る場所が変わると早くに目が覚めちゃうんですよね」
スズネが、笑って受け答えるも、どこか様子が変だ。
近くにきて、自分がつかっていたベットメイクをしている。
「あんまりキチンとしなくて、端にたたむだけでいいみたいよ」
「そうなんですね」
よく横顔を観ていると、ほんのり赤くなっていて、目もともこすったように赤い跡がついている。
わたしは、荷物の整頓をやめにして、
横までいくと、スズネの顔に手を添える。
「ねぇ、スズネどうしたの? 平気?」
すっとスズネの眼がこちらに向くと、
まるで、おびえた少女のように身体を強ばらせている。
ミレイも、なにかみてとったのか、心配そうな表情をしている。
「い、いやだな、せんぱい朝の散歩してきて、気分がブルーなだけっすよ」
そう言って笑うスズネは、
けれど、とても普段みせていないような不安な様子だ。
「話せないならいいけど、スズネ少し前から様子おかしいわ。ほら、力少しラクにしなよ」
ふぅ、とスズネは眼をみつめたまま、ニ、三度深呼吸をして、目もとをこする。
ミレイは、バックの中身をたしかめたあと、「ほら、これでも飲んで」と小さいボトルの自然水を渡しにくる。
スズネがそれを受け取り、ひと口飲むと、わたしとスズネをミレイが軽く抱きしめる。
「せんぱいたち」
「なに?」
「ときどき想うんですよね。シアワセだなぁっていうときと、いまナンダカイマイチだなぁっていうときが同じくらいあって、もう少しシアワセなのが、分量多めなのがいいのはわたしワガママ?」
「ううん」
「でも、いませんぱいたちが、こうしてダメ悪魔なわたしを支えてくれるのは、きっと幸せな部分って、そう想います」
ミレイがきつめにわたしとスズネを抱きしめるものだから、
わたしは、スズネの首から胸あたりに、顔をとじこめてしまう。
しばらくそうしていると、さきほどまで汗をかいていて、肌が寒いかもと思っていたはずなのに身体は熱くなり、スズネとミレイの息つかいのなか、わたしは励ましていたのか、反対に励まされていたのか、わからなくなる。
たぶん、きっと、この状況でミレイの腕のなかにいるのは、ミレイの想う通りなんだろうと考えると、悔しいのと嬉しいのと、そして不思議な安心がある。
ミレイが、パッと腕を放すのと、
わたしが「あ、ねぇ」と声をだすタイミングが重なり、わたしが変な声を出してしまうと、スズネが笑ってくれて、
少しの間、笑っていた。
「あ、時間平気かしら」
「わたし、サッとシャワー浴びたい」
「なんか、扉にだれかいますよ」
叩いている音が聴こえていなかったため、
スズネが扉を開けに走ると、
開けてすぐに、ヒイロとアマツキがいた。
「ごめんです。時間おくれてますかね」
「ううん。少し早くに起きちゃったから、メディのところに遊びにいったのだけど、メディが悪魔ノートと途中から仕事しはじめちゃってて、アマツキが仕事ジャンキーだねって言って、つまりは、そのあと逃げてきたから」
なぜだか、ヒイロが早口に言うため、不思議な顔をしながら、とりあえずスズネが部屋に入れる。
アマツキが「じゃ、これで」と、ヒイロとは反対向きに歩こうとすると、ヒイロがその腕をとって、強引に部屋まで引っ張ってしまう。
「あ、わたしシャワーしてるから、ゆっくりしてていいわ」
わたしがそういうと、それぞれ返事がきて、ミレイはさきほどの続きで、バックの中身をたしかめはじめる。
わたしは、タオルと着替えを抱えて脱衣室に向かい、内側の鍵を閉める。
「メディは、仕事かぁ」
そう口にしつつも、さきほどのスズネの様子が、やはり気になってしまう。
少しずつ思考の波のなかに向かいそうなのをコントロールしつつ、いま着ている服を脱いで軽くたたみながら、最後に宝石を置いてシャワールームに向かう。
そうしてお湯をだし、温度をたしかめている間に、再びわたしは流れてくる考えを止められずにいた。
シャワーの音だけが響くなか弾ける粒を見続けてしまう。
「スズネはかわいいってわかってる」
悪魔スズネは、ギャルっぽくても芯のしっかりしている娘だ。
ヘアスタイルもそのときどきで変化していて、私服も軽装が多いみたいだけど、充実している。
しゃべりかたを "ワザと" 崩して話すのも、
できるだけ相手に威圧を与えないで、話しやすくするためだと、長くつきあううちにわかってきた。
わたしはこの顔をほめられることは、よくあるけれど、
実質の性格やオシャレ感は、わたしはスズネの可愛さには、ときどき敵わない気がしていて、きっと同じくらいの同僚悪魔には、よく可愛がられているのだろうと想う。
メディもスズネに対して、けっこう甘い態度な気がするから、ホントのところは、メディだってスズネみたいなタイプの悪魔のほうが、好みなのではないだろうか。
わたしは悪魔に自信が、
ないわけではない。
ミレイも保証してくれる。
だから、それを伝えられないのは、わたし自身の精神的な部分での問題なんだろう。
かわいいやがんばってるね、やよくできてるね、も嬉しい。
わたしは、ようやく身体を洗いはじめ、懸命に泡立てた石鹸で、身体を泡だらけにして、羽や髪もキレイにしていく。
ひとつひとつ意識を流されないようにしながら、それでもひとつのことが、離れなくてシャワーで流しおえて、シャワーをとめた、ただ水の落ちる音を聴きながら、声が零れる。
「あなたにだけは、わたしだけをみてほしいのに、わたしだけみてって、なぜいえないの?」




