悪魔なネネの初召喚 (続き)
それからの二週間、ネネはとても忙しくなった。
朝準備中に、まいに喚ばれて、病室にいくと
「わ、本当に来ちゃった。喚ぶ練習してたの」
とか、夜に喚ばれて、まいのところにいくと
「夜に空飛びたい」
という話しになり、まいを抱きしめながら、空を飛んだりした。
ときには昼間、休みの日に
「兄の様子が知りたい」
と言われ、一日まいの兄を観察したり、
次のときには
「わたしなんか、もういつ死んでもいい」
という、まいの話しを聞いたりした。
日にちを置くと、今度は
「わたし、もう少し外を観てみたい」
と前向きになり、ミレイとメディを紹介したりもした。
二週間、あっという間だった。
二週間めに、喚ばれて、病室にいくと、まいの母親と時間が重なった。
ネネは珍しいな、と思っていたらまいは、泣いていた。
泣き止んでから、聴いてみると
「あとは、治療もなにもしなくていいの、だって。ただ、待つだけ。くやしいから、怒ったら、今度は、母が泣いちゃって、もらい泣き」
「そう」
「ねえ、ネネ」
「なに」
「キスって、いままでで、した?」
「えっ」
「兄が、彼女としてるっていうの。じゃ、わたしにも初キスって言ったら、ばか、兄妹じゃしない、だって。もう死んじゃうのに、ばかってひどいよね?」
「そうね」
「ねぇ、ネネ」
ベットの上で、ひざ立ちになったまい。
ネネの肩に手を回してくる。
眼をみてそのまま、唇をあわせる。
ねばっこい、一瞬、殺意の芽生えるほどのキス。
それは、わたしがヒトの世界でみてきた、小学生の魅せるキスではなかった。
けれど、ヒトの大人が魅せるじゃれた甘いものでもなく、それは、とても脅威的な彼女からの愛情表現だった。
ネネは身体が熱くなる。
ネネは、手や羽まで、ふるえてしまう。
唇を放したあと、口もとがトロっとして、彼女の眼をみつめ返して、そのまま時が止まってしまったように、無言が続いた。
三十秒くらいみつめあったあと
「ねえ、どうだった、ネネ?」
まいは聞いてきた。
「わたし、キス初めてだから、わからないよ。こんなこと、どこで覚えるの?」
そう答える。
「兄です。病院に一緒にきた彼女と、わたしが留守の瞬間に、やってました。観てました」
「そう、そうなのね」
「悪魔って、いい香りするね。甘くて少しくすぐったい。ネネって、可愛い。まだ身体が真っ赤になってる」
ネネは、自身が悪魔であることも忘れて、まいに魅せられてしまった。
まるで、恋してしまったようだった。
翌日、十三時少し過ぎて、まいが死んだ。
ネネは、その知らせを悪魔ノートで知った。
契約していた一つの印が消えたことが、記載されていた。
それは、まいと契約したわたしを喚ぶための印だ。
それで、まいはもう生きていなく、契約が一つ終わったのだと、想った。
ネネは、不思議と涙はでてこない。
すぐにでも、回収しにいこうと、慌てると、ミレイが、今日の仕事の割り当ては、と聞いてきた。
ミレイに、仕事の大半を渡して任せると、ネネは、ピンクの模様が入った翼を拡げて、まいのいるところまで、いく。
エネルギー体の魔力のかたまりになった、薄れている身体で、まいは、いつもの病室から、屋上にでて、屋上の扉のところにすわって、ネネがくるのを待っていたようだ。
そう契約は、もう一つ残っているのだ。
「まい、話せる?」
うまく話せないみたいだが、顔の表情はまだわかる。
「いまから、契約通りに、回収して分霊するね。もうここには戻れないけど、いい?」
うなずく。
「まいを分けて、魔力を分けて、まいの持つこのネックレスに」
ネネが言い放つと
魔力のまいは、額に模様が浮かび、最後に、ありがとう、と言った気がした。
そして、まいはわたしの目の前から消えた。
一つだけ、まいに話さなかったことがある。
それは、分けるときの本体のことだ。
本来なら、異界の扉にいるドラゴンに引き渡すのは、そのひとのエネルギー体そのものだ。
でも、まいは半分にした魔力だけを差し出すことにして、残りの本体をネックレスの宝石のなかに閉じ込めた。
ドラゴンや女王に怒られるだろうか。
その本体ではない魔力だけを持って、異界の扉にいく。
ドラゴンは、なにも話さなかった。
わたしは、これからは、この宝石のついたネックレスと、いつでも行動を共にするだろう。
まいが寂しくないように、胸もとが少し開いているのを着て、宝石が外を観られるように。
ときには、まいの兄にも会いにいこう。
あなたは、悪魔を視たことはある?
まいは、いまも悪魔と一緒にいるよ。
まいの兄には、宝石がわかるだろうか。
ネネは、涙をひとつぶこぼす。
胸のネックレスについた宝石が、その涙を受け止める。
黒と赤の色をしたバラの模様が入った、世界にひとつのわたしのダイヤ。