悪魔なネネの初召喚
きみは、悪魔をみたことある?
小学五年生になるわたしは、もう学校には通っていない。
大病し、小学四年生までは、入院退院を繰り返しながら、なんとか登校していた。
でも、五年生にあがるときには、病気が進み、五年生のはじめを少し登校して、あとはそのまま長期入院になってしまった。
わたしには、ニ個上の兄がいるため、学校終わりに、お見舞いにきてくれる。
友だちを連れてくることもあるし、一人できて、母親が迎えにくるまで、そのまま病室で過ごすこともある。
まだ、兄は中学生だ。
きっと遊び足りないだろうけど、口ぐせを言っては、いつも病室にきてくれる。
「まいは、寂しがりだもんな。たまには来ないと」
「部活は?」
「基礎練習だけして、終わりにしてるよ」
兄はたぶん分かっているんだと思う。
もうわたしは、長く生きられない。
お医者さんの話しは、いつもこうだ。
ここまで、もっているのが、いい方です。
調子もいいし、このまま回復する見込みもあります。
でも、母親に話す内容は違うことを、トイレに行くときに、談話室の前で聞いてしまった。
「もう長くもたないでしょう。たぶん、一ヶ月から、三ヶ月」
母親はそのとき泣いていたが、わたしの病室に来るときには、もうぎこちなくも笑顔でやってきた。
その日から、夜に眠れなくなって、ふとんのなか、泣くようになった。
でも、一週間も経つと、今度は泣かなくなり、代わりに夜に、願いをするようになった。
「もう死ぬのなら、せめて、悪魔や天使みたいなひとに逢って、なにか替わりにわたしにできなかったことを頼みたいな」
その願いが、兄に伝わったのか、それとも、わたしが話してしまったのか、
「これ、夜にでもみるといいよ」
兄に手渡された本がある。
それが、 "小悪魔な水着の彼女たち" 、というタイトルの写真集だ。
なかの内容は、高校生くらいの可愛い顔をした女の子たちが、ビキニ水着で、海で泳いだり、水をかけあったりしている、写真ばかりの本だ。
それだけなら、なにこのエッチな本は、だったのだか、秘密があった。
五ページくらいだけ、悪魔召喚と血の契約、代償と損失、悪魔の種類、陣の模様、魔法の言葉が、描いてあった。
わたしは、その夜どきどきして、その召喚と契約のページを読み、三日くらいかけて準備をした。
この日、小悪魔な水着の彼女たちをもう一度だけ読んだあと、それを枕もとに置いたまま、兄がくる夕方時間になる前の、ひとが来ない時間に、悪魔召喚をおこなった。
わたしのはじめてで、最後の悪魔召喚の儀式だった。
悪魔ネネは、その日もいつものように、朝を過ごしたあと、仕事にでかけた。
今日は、担当エリアがミレイとも、メディとも近くて、回収作業というより、話しが楽しみで、仕事に向かった。
夕方になる前の時間、
「そろそろここの回収も終わりかな」
「ミレイ、このあとどうするの? ライブ?」
「たしか、今日はライブない日だから、ネネの買いものにいこうかな」
「メディは、予定って」
「特にはないな」
「じゃ、カラオケでも一緒に」
と言おうとしたら、
ネネの額のところとお腹に、陣が浮かびあがった。
「え、わ、これって」
ミレイが、言う。
「きたね。悪魔召喚だよ。すぐに飛ばされるよ。いってらっしゃいね」
「気をつけて、ネネ」
メディが言うころには、ネネの周りはかがやきだし、陣が魔法の言葉を発生させ、悪魔ノートが返事をするように、ノートにも陣が浮かんで、あっという間に、ネネは異空間に飛ばされていく。
ハッとして、陣から弾きだされて、
ネネがいたのは、ヒトの世界の病室にいた。
ネネは、いくらか頭がくらくらして、魔力が使われたのがわかる。
目の前にいたのは、ベットに座って、いま召喚の言葉を唱えただろう、女の子がいた。
「わ、可愛いお姉さんだ。すごい。
えー、でも、悪魔なんだよね。羽ついてるし。わー!」
「あ、あの」
「そうだ、代償用意しないと。そう、あの、わたしの血、取ってください。あの代償で」
「あ、えと、とりあえず名前」
いきなり女の子は、枕の下に隠してあった果物ナイフをとりだして、手の甲を切ろうとする。
「な、名前は、まいです。さぁ、早く」
「待って。ちょっと待って」
「だ、だめなの?」
なんか涙目でかわいそうだが、とにかく説明をきいてもらわないと。
「とり、とりあえず、その果物ナイフ、置こう、ね」
「じゃ、じゃぁ」
その女の子は、ナイフを布団のうえに置くと、普段着だろう長袖の上着を一枚ぐいっと、脱いでしまう。
そして、袖なしのシャツ姿になると、さらにそれも脱ごうと、シャツのすそに手をかける。
「ま、待って、なにしてるの?」
「血でダメなら、か、身体差し出します。は、は、裸になるんで、あの」
顔が真っ赤なその子を、どうしようか。
ホントは抱きしめればいいのかも。
でも、それは天使の仕事。
悪魔の出番ではない。
ネネは、一度深呼吸する。
「あの! 話しきいて。身体もらうこともできるし、血を分けてもらってもいいけど、召喚には、成功してるんだから、話してみて」
「は、え、うん。えと」
「落ち着いて。名前はネネ」
「はい!」
「大丈夫。順序よく契約するからね」
「わたし、もう長くないんです。それで、悪魔のネネさんに、あげるものなくて、それで」
「ネネで、いいよ。そっか。わたしも主従関係になる気はいまのところないから、やっぱり血の契約で、細かいところを決めてみよう」
「はい」
「契約の描いてあった、本みせて」
「あの、これ」
女の子から、渡された本は、タイトルが、
"小悪魔な水着の彼女たち" 、というものだった。
ネネは本をサラっと、めくっていくと、真ん中の辺りに、悪魔召喚と契約の章があった。
「あ、しっかり描いてある」
「それ、中学生の兄が買ってきてくれたんです」
「そっかぁ」
きっと、これを描いたひとは、悪魔を喚びだそうとしたひとだけが、手にとるような魔法の仕掛けと、その意志を持っているひとが見ると、この章が視える特殊なインクで、描いたのだろう。
「よく見つけたね。じゃ、まずは願いだね。悪魔になにを願うの?」
「兄のこれから、を見まもってください。それから、死がくるまでの話し相手に」
「あとは?」
「あとは、その」
頭のなかが、まっ白になっている、その子は、なかなか続きが、でてこないようだ。
「そう。契約で死んだあと、わたしを一緒に連れていって」
「それは、悪魔になること、それとも、分霊かな」
「分霊?」
「貴女を分けてしまい、何か一つそれからもエネルギー体として一緒にいられるようなものに、換えてしまうの。例えば、宝石とか、剣とか、腕時計でも、指輪でも」
「うん」
「分けてしまうと、もう戻れないと言われてるわ。少なくともわたしの力では、戻せない」
「いいです」
「わかった」
「あと契約されると、どこか身体にわたしとつながる模様、つまり印のようなものが、浮きでるの。たぶん、二か所くらい」
「はい」
「一つは額に、できるはず。もう一つは、どこがいい?」
「身体のどこでも?」
「ひとが見ても、ただの痣だけど、隠れて見えないところのほうが、まぁいいのかな」
少し女の子は落ちついてきたみたいだ。
眼をしっかりみて、理解しようとしている。
「はい」
「いい娘ね」
「じゃぁ、お腹の横辺りに。ここなら、普段は隠れてるし、手でも隠せるし」
「わかった」
「あとは、宝石を準備するのと、あと喚び出すときの合図ね」
「あの」
「なに」
「どこで、喚び出しても、大丈夫なのかな? 兄や親、先生もくるから、その、姿とか」
「ええ、悪魔の姿は、基本ヒトには視えなくなってるわ。透明化という周りの景色に溶け込む魔法が、ヒトの世界にくるときには、包まれてるの」
「はい。そっか。視えないのね」
「宝石だけ、いま準備するから」
すると、廊下から足音がする。
「あ、もう兄が来ちゃう。隠れて」
「いや、視えないから、そのままで」
言いかけると、すぐにお兄さんの声がした。
コンコンコン
「着替えてるか? 開けるぞ」
「あ、えと、その」
もう扉を開けていた。
「どうした? あ、着替え途中か、ごめんな」
まだまいは、シャツのままだ。
「いま、上、着るね」
悪魔ネネは、本当に見えないようだ。
すぐ兄の側にいて、羽をパタパタし、目の前にいるのに、気づかない。
そのまま、兄と一時間くらい話しているけど、
その間、ネネはふとんに腰かけて、ポケットからアクセサリーケースをだしたり、なにか創っていた。
ときどき、光ったり、本を見たりしている。
「できた」
兄が、母に電話してきいてみる、と病室をでてから、ようやくネネに話しかける。
「本当に視えないんだね」
「そうだよ。できた」
「なに、創ってたの?」
「これ」
見せてくれたのは、かがやく宝石と、ネックレスだった。
「いまスキルで魔改してたの。しばらくは、これつけてなさい」
「え、いいの?」
「もちろん、貴女のだからね。わたしが回収するまでの間、身につけているように」
ネネが渡してくれたのは、宝石とそれのついたネックレスだった。