凛夜の花
草原のなかの十字路にいる。
洞窟も湖も離れていて、遠くまで草原が拡がる。
何度も分かれ道があったけれど、この香りを追いかけてきた。
無数の香りがするなかにも、いま眼の前に、いい香りがある。
「ここが妖精のお庭?」
「あのとき観た水の洞窟にも似てるけれど、ここにはひたすら草原ね」
スズネとアマツキは、少しかがみ込み、草のなかをみている。
妖精たちは、いろんなところにいると言われ、そして、どこにいるかわからないと言われた。
どこかみた景色が拡がるのは、もしかしたら、妖精たちは故郷がこういう景色の場所なのかもしれない。
「ここの交差している道が、わたしたちが目指していた場所なのよね」
ミレイが少し髪を払い、風に気持ちいいようにしている。
「そうだよ」
アマツキが草を触りながら、そういうため、ヒイロも隣に触る。
「わかるの?」
「うん……ほら、これ」
ヒイロの持っているビンも、アマツキの持つ欠片も、魔力がここで強く反応している。
「でも、花の妖精は、どこにいるのかしら……」
「……だれか呼んでる?」
「えっ!?」
「……だれか……いるのね」
近くから声がするけれど、どこにいるのか。
「花の……」
「はぁい」
草の間から、ぴょんと頭がみえた。
「近い!」
「……寝てた」
寝てたらしい。
しかも近くにいた。
ゆっくりと起きている。
薄い青のおおきい羽根に、赤みたいな少し橙のような衣装で、上着にパーカーを着ている。
もっと小さいかと思っていたら、わたしたちより少し小さいくらいだ。
「お、おはようございます」
「ええ、おはようございます」
頭を触ったり衣装をパタパタしている。
「妖精……」
「はぁい」
「わたしたち……」
「悪魔に天使……めずらしい集まりね」
「そうなんです。悪魔ここに来ませんでしたか?」
「ここ最近はあまり来てないわ」
まだ眠そうに話す。
けれど、花の妖精で間違いないらしい。
「あ……」
よく妖精の着ているものをみると、足元の裾や袖が少し破れている。
「どうしたの?」
アマツキが包んで持ち歩いていたものを取り出す。
少し膝をついて、着ているものと比べている。
「これ。あなたが歩いてきたあとにあったんです」
「あ、破れてる。わたしのだわ」
あまり気にしていないのだろうか。
破れをみて、受け取っている。
「あなたの魔力を追いかけてきたんですよ」
「わたしの……?なにかわたしした?」
「違うんです。わたしたち探しものをしていて」
「探しもの……」
ヒイロが中央図書館で渡された、ビンに入ったものをみせる。
「この花を探しているんです。青い花。わたしたち……わたしに必要なものです」
ヒイロが青い花を渡すと、妖精は受け取りビンをあけている。
水は入っていたけれど、少し元気がなかった。
それを土に埋めている。
ふわりと元気になる。
「元気戻ったね」
「ここの花たちは、ここの土の魔力ととても相性がいいんです」
「じゃ、この青い花は」
「ここで咲いたものですよ。これはどちらでみつけたのでしょうか」
「悪魔中央図書館です」
「中央図書館……では、そちらで植えられたのでしょうか」
「いいえ。司書が活けていたらしいです。とても変わっている司書の悪魔なんです」
羽をパタパタさせて、考えている。
もうずいぶんと前のことのはずだ。
「そうですか。ここ最近ではなかったことのようですね」
妖精のここ最近は、いったいどれほど前のことなのだろう。
ルルファイスが青い花を渡されたのは、妖精だと言っていた。
この妖精だったかは、わからないけれど、無事に、戻せたろうか。
「あなたは、天使よね。不思議な悪魔たちね」
アマツキをみながら、たずねてくる。
「いま修行中なんです」
アマツキは、修行気分だったらしい。
スキルのことかもしれない。
「ようやく眼が覚めてきたわ。それで、青い花をなにに使うのかしら……」
「スキルを進化させるのに、必要と聴きました。水の妖精たちにも会ってきてそれで……」
「水の妖精のところには、ときどき遊びにいくの。そう。花も届けるのよ」
「そうなんですね」
こちらの妖精が、ふわりと移動するため、話しの途中なのだと思ったら、すぐ近くになにか隠してあったらしい。
「みつけた」
「隠してるんですね」
「花に埋もれてるの」
「埋もれてる」
隠したのではなくて、埋もれてた。
小さいけれど、ボトルのようだ。
もう何個か、コップもだしてくれる。
「はい、いまハーブティー入れますね」
花でつくったハーブティーらしい。
少しひんやりしているため、冷やしてあるものだ。
それぞれ受け取ると、妖精はこちらをみている。
わたしたちに、飲んでほしいらしい。
「あ、美味しい」
「香り強いわ」
「なめらか」
感想を伝えると、嬉しそうだ。
「ほかにもたくさんあります」
「ここで作っているのかしら」
「いいえ。一度持ち帰りそれから、作り置きしてますよ」
「いいなぁ」
この妖精の趣味は、花でハーブティーをつくり、飲むことらしい。
おしゃれだ。
「青い花って、どういうのに使うの?」
「スキルを上げたり、変化したり」
「あなたは、なにをお望み?」
「わたし」
「そう」
ヒイロに向かってたずねている。
ヒイロは、慎重に応える。
「わたしは、より強い存在でいたい。そのために、手に入れたいの」
「手に入れる」
「転生がわたしを呼んでいるわ」
「……そう、あなたが悪魔の転生者を導くのね?」
「そうしたい」
「わかったわ」
そういうと花の妖精は、歩きはじめる。
「ついていこう」
植えられた小さい青い花を残し、妖精が草花の路を進んでいく。
ここは、見渡す限り草花がある。
これだけ集めたのか、それとも元からあったのだろうか。
進んでも先には、ずっと拡がっているため、なにを探せばいいのかもわからない。
「こちらには、どうやって来ましたか」
「香りがあって」
「香り。そうですね。たしかにそれなら来られるかもしれません」
「どうやってみつけるのですか?」
「ふふ、わたしは花と同じですよ」
「それじゃ」
「花たちが呼びかけてくれます」
妖精はやはり不思議だ。
自然とこういう性格なのだろうか。
それとも、その特徴がそれぞれ違う妖精になっていくのだろうか。
「なにかいい香りが」
「そこら中でします」
スズネたちが、みてまわるも区別はつかないらしい。
「ヒイロは、わかりますか?」
「ううん、わからない」
ときどき花に埋もれて、羽根がみえる。
ほかの妖精も、遊んでいるらしい。
けれど、そちらではない方に向かっている。
どこまでいくのだろう。
「ここの辺りです」
みんなして、ピタッと立ち止まる。
いきなりだった。
「なにも目印とかない」
「そうですね」
「でも、少し日陰にはなってる」
「そうですね。よくみてみてくださいね」
どこをみれば、いいのか。
「どこ……」
アマツキがそっと探している。
「ふふふっ、少しだけ草を分けるんですよ」
みんなして、草のなかを少しだけのぞくようにすると、小さい青い花がいくつもある。
「もしかして……」
「そうですね。ここの辺りはすべて青い花の咲くエリアですよ」
そう言われて、もう一度辺りをぐるりとみると、今度はたくさんみつけることができた。
「こんなに!」
「けれど、先ほどの香りに一番近いものは、これです」
そっと妖精が手を伸ばす。
地面にかなり近く、花びらも小さい。
けれど、香りはほどよく、たしかに記憶にある。
「青い花は、数百種類ともそれ以上とも言われます。わたしたちもまだ咲かせきっていませんわ。けれど、この花には名前があります」
「摘んでもいいのですか?」
「そのために、来られたんですよね。いいですよ」
ふたつだけ、ヒイロとアマツキが手にとる。
「名前、あるんですね」
「りんやの花です」
「りんや……?」
「凛夜。旅する妖精ともう一妖精が、この花の種を咲かすため、ずっと大切にされていたそうですよ。たしか……生まれ変わる意志がある者たちが、それを咲かせるためにくると。夜のように青い色でしょ」
「種は、どうすればいいですか?」
「元気に持ち帰り、その後少し日陰に置いてください。以前は三百三十三年かかるはずでしたが、いまは三日まで改良されています。その花びらと種から魔力がとれるはず」
「三日ですか」
「せっかくですから、そちらのハーブティーもお出しします。わたしの部屋までいきましょうか」
妖精の部屋に招かれた。
どうやって来たのか、よくわからない。
草原に入口があったのだ。
そういえば、水の妖精は、水でトビラを作っていた。
花の妖精は、花のトビラらしい。
「部屋すごい近くだわ」
「驚きましたか?でも、少し距離は離れているんですよ」
「ほかの妖精たちは」
「ほかの妖精たちは……どうしているんでしょうか。こちらのは、もう一妖精と暮らしています」
ハーブティーを入れてもらいつつ、椅子に、座って待つ。
なんだか、すっかりのんびりしてしまうけれど、なにかたずねてみないといけないことがあったはずだ。
なんだったろうか。
スズネと眼があう。
そうだ。
たしかあった。
妖精がにこりと笑う。
テーブルには、天使悪魔数分のハーブティーと、フルーツのお菓子が並ぶ。