悪魔のもっと近くに
いつからだろう。
メディに優しくされたいと、思わなくなったのは。
ヒイロの熱は、少し時間がかかった。
一日で治すとヒイロは言っていたけれど、他の子どもたちの様子からも三日はかかりそうと言われ、やっぱり三日めまではあまりよくなかった。
けれど、アマツキがスキルに少し慣れてきた三日めの朝には、ヒイロもよくなった。
まだ治りきってはいない子どもたちと、あいさつしてから、荷物を集めた。
シスターは、教会の入口ふきんにくるまで、まだわたしたちとついてくる気でいたらしい。
「本当にわたし、ついていかなくていいんですか」
「シスターの仕事は、あるでしょ」
「……本当はわたしついていったほうが、よろしいような気がします」
「子どもたちは、まだ体調万全じゃないでしょう」
「うぬぬ……」
「ほら、中央図書館のふきんで、あなたに合うのあるかもしれないから。黒鉄にも頼んでおいたから」
「ネネ!それまでには、実験をもっと重ねるわね!」
「教会の仕事もちゃんとしてね」
「そ、そうね」
どうやら、このシスターは根っからの研究者であり、シスターではなかったらしい。
まだ、体調がよくない子どもたちも含めて、入口ふきんでわかれると、アマツキがいまの気分を言ってくれる。
「どこもだけど、長居するとなんだか、わかれるときが寂しいね」
「それでいいのよ」
ミレイがアマツキの頭をポンと叩く。
アマツキは、素直にうなづいでいる。
「アマツキは、どこにいっても馴染むね」
「天使だから、珍しいのもあるんだよ」
「魅了悪魔もめずらしいのよ」
「ヒイロは、みんなで試そうとするから、逃げられるよ」
「……そうかも」
そういいつつ、ヒイロも少し寂しそうだ。
シスターに、熱の看病をしてもらっていたし、図書館の話しもけっこうしていたらしい。
少し教会から離れたあと、アマツキが再度花をみつけようとしてくれる。
ノートを広げるくらいの場所は、ほしいところだ。
アマツキがみつけたのは、公園ともいえないくらいのベンチと屋根がついただけの休憩スペースだ。
さっそく天使ノートと魔力布を拡げる。
「この魔力布、どういうのなの?」
「地下の実験室で、準備したでしょ。その布には補助で、魔力の減りが抑えられるようにしてあるのよ」
「魔力削減ってこと」
「そうそう。まだアマツキのは一定じゃないから、しばらく使うといいわ」
少し懐かしい気持ちになる。
わたしもスキルの覚えたての頃は、魔力が一定にならなくて魔力暴走したり、低下して発動しなかったりした。
「ヒイロはこういうの使うの?」
「わたしは使ってないわね。魅了は特に使うときの条件や段階の調節があるから」
「そっか。それぞれで条件が違うのか」
アマツキがノートに手を触れると、シスターから返ってきた花が光る。
ビンに入っていても光るのは、その周りの魔力が反応するからだろう。
そのままアマツキが魔力を込めていると、だんだんと花の魔力粒子が淡く光りながら、くるくるしたりふわふわしたりする。
「これは、なんていってるの?」
「花の魔力は、まだずっと遠くにある」
「……遠くかぁ」
「目印とかないかな」
「それか、この前のみたく路とか?」
アマツキが、少しだけ間をあけてから話す。
「路とかは、わかんないや。でも、少しずつ近づけるようになるんだとおもうよ」
「きっと、そうだね」
アマツキは、やや自信なさ気な感じだ。
「まだ、距離が遠いからだよ」
「そうそう」
まだふわふわくるくるしている魔力をみつつ、次の行き先を探す。
「これ方向はどう決めるの?」
「教えてくれるよ」
少しそのままみていると、回っていた魔力粒子が、一定方向に集まり、そして薄くなり消えていく。
「こっちだわ」
「そう使うのね」
まだアマツキの魔力の量が調節できないらしく、すぐに消えてしまう。
けれど、時間が経ってくれば、長めにその場で目印になってくれるだろう。
「いきましょ」
花の在り処まで、まだ先はありそうだ。
メディがときどきいなくなるのは、仕事の用が多そうだ。
ミレイも秘書の仕事として、シスターの場所から離れてから、また連絡が細かくくるようになった。
わたしは、できれば次の教会にも寄りたいところだ。
どこまで移動するかは、わからないけれど、先に黒鉄から渡された書類のなかに、やはり教会の魔力配分や統合についての話しも書かれていた。
メディの書類を盗み見たおかげで、内容は予想通りだけれど、このところ教会だけじゃなくて街なみや沿岸地域の建替え、移転も進んでいる。
「ここのところ、建て替えしてるね」
「そういう時期なのかも」
「時期?」
「悪魔天使開戦から、もう少しで節目なのよ」
「そろそろ悪魔がわの建物が古くなってるところあるのよね」
「あの時期に、かなり新しくなったからね」
「あのときね」
なんだかミレイとメディが遠くをみている。
「あのときって言っても、あなたたちみてきたように」
「みてないのよね」
「もう何年も前の出来事だからね」
「でも、資料館はよくみにいったわ」
たしかに、いまのクイーンから小さい頃に何度も悪魔天使開戦からの酷い状況を教えてもらった。
ひどい有様、といっても戦いのなか傷ついたこと、それだけではない。
お互いの意見がなにも通ることなく、天使の魔力と悪魔の魔力をぶつけあい、さまざまな空間のもの、その他を破壊していった。
それは天使だけではなく、悪魔がわもそうであったため、後にそれらの争いの時期を、失われた世界と云われるまでになった。
その通りに、いまもそのあとに再建されたものがあり時間が経って、建て替え時期にきている。
「そっか。あの話しからもうそんなになんだわ」
ヒイロとアマツキは、よくわからない様子だ。
わたしだって、もはや歴史の資料扱いになっている話しなため、実感があるというよりは、お祭りやそれに似たイベントが行われるからだ。
「イベントがこれからよ」
「少しニガテだな」
「なんでメディ?」
「トラブルがたくさん起こるのも、そういうとき」
「楽しいこともあると思うんだけど」
「ま、まあせんぱいたち。いまから落ち込まないで」
スズネは、イベントなどは楽しめそうだから、いいなと思う。
「スズネは、いいわね」
「仕事ってくるときは、なぜか一気にくるんですよね。構えましょ」
「えと、そういう感じなの?」
「統括の立場って、なにかこれならなくてもよかったんじゃ」
「まぁスズネ、そういうことも楽しんで」
「せんぱい、仕事って……」
スズネもかなり不安定なようだ。
いや、仕事のせいらしい。
悪魔界も最近仕事疲れだ。
「それで、どう移動しましょうか」
ミレイがそう切り出す。
いまのところそんなに長い距離を歩いていないけれど、花のエリアにいくのに遠いのなら、飛んだほうがいい。
「どこまでいくか」
一気に飛んでいくのもいいけれど、水の妖精たちと違うのは、いろんな場所が考えられるからだ。
街中かもしれないし、洞窟かもしれない。
水の洞窟からは、離れていいとは思っている。
「アマツキはどの辺りだとおもう」
「ぼくは、知らない場所おおいからなぁ。ヒイロは?」
「わたしは、図書館とか……」
「それは行きたい場所だよね」
「さっきの地下もなかなか、楽しい思い出だわ」
教会の地下のことらしい。
本の棚がつくってあるところは、ヒイロには図書館らしい。
少し離れてみよう。
羽を拡げると、ふわりと上に飛ぶ。
みんなもそれぞれ飛んでくる。
「そういえば、ミレイの荷物は小さくなったの?」
「黒鉄に持っていってもらったわ」
「買いものしすぎよ」
けれど、ミレイはしばらく秘書としてもいそがしく、まともな買いものは久しぶりだったかもしれない。
「体調は」
「いいみたいよ」
「そう」
しばらくわたしが先頭で飛ぶと、隣街まできた。
一度降りて、近くにいた悪魔たちに聴いてみても、花の妖精や花の魔力の話しは、あまり聴かない。
「次いきましょ」
「そうね」
この街は、小さくて教会もなかった。
また飛んでから、先にいくと別の街があった。
「その先は山だわ」
「山のなかはどうするの」
「とりあえず、まず降りて話しを聴いてから」
降りても、なんだか悪魔は少ない。
少し歩いてから、ようやく見つけて話しかける。
「花のかぁ。たしかに山が近いから珍しいのはあるよ。でも、種類までは」
「そうですか」
「泊まるなら、宿泊施設は一か所しかないから、早めにいくといいよ」
「わかりました」
こちらも山のすぐだからか、そんなに大きくないらしい。
自然はおおそうだけど、アマツキの花の魔力には、あまり反応していない。
「ここで休憩かな」
「そうしたほうがいいわ」
「山の向こうには、いかないの?」
アマツキがたずねてくる。
「山越えたり、その先の街にいくのだと、わからないからここでにしましょうよ」
「もう少し進みたいよ」
「アマツキ、なんか変じゃない」
「え、そうかな」
「ヒイロはどう?」
「どう……かな。たしかに少し違う」
「そんなことない、かも」
気のせいだろうか。
なんだか、いつもより積極的というか、少しテンション高いというか。
「とりあえず、ここで少し聴いてみましょ」
スズネとミレイは、荷物を確認したあとは、もう、たずねてまわっている。
山や町には川が通っていて、自然は豊からしい。
山すぐの場所には、いくつか建物があるも、主な町並みはこちらの川の下流になる場所らしい。
スズネとミレイが先にあちらこちらに行くため、こちらはメディと行くことにする。
アマツキの様子も少し気になるため、アマツキとヒイロにもきてもらう。
花やなにか変わったこと、妖精を探していることを伝える。
「妖精はみないかなぁ」
「花はいくつもあるけど、数えたりとかしてないよ」
「イベントするから、長居してよ」
これからのお祭りの話しは、よく聞くけれど、花の話しはそんなにではなさそうだ。
ようやくひとまわり話しを聴いたあと、ミレイやスズネに連絡すると、宿泊施設もみつけてくれたらしい。
「ここで泊まることになりそうね」
「まだ、先にいかないの?」
「アマツキそんなに、山向こうにいきたいの」
熱があるわけでも、なにかみつけたわけでもないようなのに、なぜか遠くをみている。
「まだ遠い」
ミレイやスズネと合流して、宿泊施設の悪魔と話していると、アマツキがフラフラしている。
「あれ、アマツキどうしたの?」
「ふぇ」
あっとヒイロとわたしが気づいたときには、アマツキが地面にへたりこんでいた。
「あ、わかった!」
「ヒイロなに?」
アマツキのそばでヒイロも座りこんでいる。
メディと近くにいくと、ヒイロがアマツキをなでている。
「魔力きれ」
「え、もしかして」
「そうみたい」
アマツキが顔を青くして、力が入らないらしい。
「もしかして、ずっと魔力つかって探しているの?」
「うん……ふらふらするよ」
ときどき天使ノートをみていたけれど、そういうことらしい。
「アマツキそんなにずっと探さなくていいのよ」
「でも」
「もう天使ね」
ヒイロがなでていたのは、アマツキがずっと探していることが、嬉しいのかもしれない。
「ほら、一度部屋で休むよ」
ミレイとスズネに説明すると、ミレイはくすくす笑っている。
「ここで少し休んでから、もう一度探しにいくわ」
「アマツキがしばらく休むって」
「少し探してみたいの」
ミレイは夜に、また出かけるらしい。
「わかった」
部屋がけっこう空いていたらしく、三つになった。
それぞれで荷物を置いたあと、夜にでるならと、わたしはシャワーを浴びて、それからアマツキの様子をみにいくことにする。
ヒイロは、たぶんアマツキと一緒だろう。
シャワーをしたあと、部屋にいくと黒鉄がまた仕事を置いていったらしい。
無視しよう。
「ミレイは……」
いたスズネに話すと、少し施設のなかで聴いているらしい。
探してみる。
「あ、いた」
「……花や妖精、それにここの辺りでなにか、魔力の変化あったかしら?」
「花や妖精は、わからない。けど、ここのところ魔力の様子は、少し変かもね」
どうしたのだろう。
「ミレイ」
「ネネ、どうしたの」
「夜にでかけるなら、わたしもいくわ」
「そう」
魔力の変化を感じているのだろうか。
「なにか花の魔力とかわかったの?」
「違うわ」
探しているのは、花ではなさそうだ。
「アマツキの様子みてくるけど、どうする?」
「ヒイロはどこにいるの?」
「見かけてないから、アマツキの部屋よ」
実際はメディとアマツキの部屋なのだけど、ヒイロの部屋にもなっていると思う。
みにいくと、やっぱりヒイロはいて、メディはいなかった。
「ヒイロ、どう様子は」
「魔力切れよ。うなってるけど、目眩と少しダルさがあるだけみたい。あの魔力布もあって、そこまで消費がひどくなかったのかも」
「そんなに無理しなくても」
ミレイとわたしで交代に看るも、軽い症状らしい。
魔力ダウンで軽い症状なら、天使でも一日で治るはず。
「天使のがよくわからないわ」
「また、アヤネに書こうかしら」
「そうしてね。アマツキの様子これからも変わるかもだし」
アマツキが、もごもごなにか言っている気がするけど、元気がないらしい。
部屋をでて、近くのわたしたちの部屋に移ると、ミレイが笑っている。
「わたしもあぁだった?」
「ミレイは、あんなに素直じゃないでしょ」
「……それもそうね」
「それで、夜に調べもの?」
「少し気になるの」
ミレイがカバンからなにか取り出す。
前には、持っていなかったものだ。
「それは」
「シスターに分けてもらったのよ」
シスターの地下の実験室で静かだとは思ったけれど、いつの間にか実験につかっていた試薬や作成できたものをもらったらしい。
「それ使えるのかしら?」
「さぁ」
ミレイがまた笑っている。
楽しそうなのはいい。
けれど、怪しい試薬を持ってにこやかにされるのは、ちょっと怖いのだけどな。
ミレイと話して、ミレイもシャワーを浴びたりしてから出るというので、その合間だけ仕事をすることにした。
黒鉄は、相変わらず遠慮なく仕事を置いていったらしい。
統括エリアの階級から、もう上げてもいいと言われたのは、この前だ。
黒鉄から伝達がきて、そのあとクイーンからも連絡がきた。
ついでに、教会とアヤネのことも話しておいたけれど、それはまた今度と言われてしまった。
「いい加減、もう出世したくない」
メディの仕事量をみても、いまのスズネのいそがしさをみても、そろそろ悪魔の仕事は量を減らして、教会とそれに子どもたちのもっとよい環境をつくりたい。
けれど、いまのメディの補佐をするのなら、悪魔の出世をしなければ、ついていけないかもしれない。
考えごとと仕事をこなしているうちに、ミレイが戻ってきた。
「じゃいきましょ」
ミレイと夜のおでかけにいく。
もっとサポートしたい。
子どもたちに、上手く繋げたい。
メディに優しくされたいのではない。
ただ優しくじゃなくて、メディともっと近くでメディと強く生きたい。
ミレイが秘書になった、ミレイの契約のときを思い返す。
未来視でミレイは、わかっていたらしい。
悪魔メディナナタリアと、この先も強く生きたいとはじめに願ったのは、ミレイだった。