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運命の日〈丹治エント〉

「待てよ!」


 閉まりかけのエレベーターに無理やり乗り込む、という紳士的とは言えない行動。


 ちょうど周りに人がいなかったのもあって、つい大胆になってしまった。



 あざみちゃんは慌てて "開" を押したようで、いったん閉じた扉が再び全開になって止まってる。



「あ、危ないじゃないですかっ!」


 あざみちゃんは俺に険を浮かべて言った。



「‥‥‥‥ごめん」



 不自然な静寂。



 彼女は、俺との距離を取りたいかの如く、おもむろに大きなバッグを俺側の肩に下げ替えて、開いた扉の正面の方を向いたまま。



「‥‥‥ごめんなさい。でもさ、あざみちゃん、俺のこと怒ってるみたいだったから気になって。俺、なんかしちゃったかな? だったら言って欲しい」


「‥‥‥丹治さんは何もしてません」



 言いながら彼女は "閉" を押した。


 扉が閉まり、ガタンと揺れた。



 不自然な沈黙の中で、カタカタカタ‥‥‥エレベーターが揺れ始めた。



「‥‥‥でも、あざみちゃん明らかに怒っ───」



 不意に俺のポケットに入れた携帯が、ビービーでかい音を立て始めた。

 刹那、もうひとつビービー重なって警報音が鳴り出した!


 緊急地震速報だ!



 ガタガタガタガタ‥‥‥既に揺れは始まっていた。


 俺たちの目が合った。


 彼女は咄嗟に下の階すべてのボタンを押した。



 しかし!



 ガタガタガタンっ


「きゃーっ」


 大きなバッグを肩に下げているあざみちゃんがバランスを崩してよろけた。


 俺は自分が持っていた紙袋を投げ捨て、咄嗟にあざみちゃんをキャッチ。


 後ろから彼女を抱き抱えた。


 彼女と大きなバッグに押され、踏ん張りきれず、俺もヨタヨタと後ろに下がり背中と後頭部を壁にぶつけた。


「痛ってぇ‥‥‥」


 思わず声が漏れた。


 そのまま背中を壁に押しつけながら奥の角へ移動して揺れが収まるのを待つ。


 彼女の肩から大きなバッグがボスンっと足元に滑り落ちた。



 後から来た大きな揺れとともにエレベーターは停止し、オレンジ色の暗い非常用ライトに切り替わっていた。



「落ち着いて。大丈夫‥‥‥」


 声をかけると、あざみちゃんはこちらに向きを直して俺の袖をぎゅっとキツく握り直した。


 俺の腕の中で、感じる温もり。


 こんな時に俺ときたら‥‥‥不謹慎な事がチラリと頭をよぎった。



 カタカタカタ‥‥‥



「また来そう‥‥‥」


 収まってきていた振動が再び強まって来てる。



 再び大きな揺れがガタンと来てから、徐々に揺れは収まって来た。



「止まっちゃたな‥‥‥開くかな?」



 俺は彼女を放し、操作盤を触ってみたけど扉は開かない。俺が非常用連絡を押したり、反応を確かめていると、あざみちゃんは、青ざめた顔で大きな独り言を言った。



「‥‥‥うめちゃん! うめちゃんは大丈夫かしらっ? お母さんも!」


 青ざめたあざみちゃんが、慌てて家に連絡を送ってる。


 すぐにリプが届いたようだ。



 『良かった‥‥‥』と、小さく彼女の唇が動いた。



 俺は彼女を横目に見ながら非常用連絡ボタンを押し続ける。



 結局、非常用連絡ボタンを押しても向こうからの反応は無かった。


 俺は壁の隅に貼ってある管理会社のステッカーを見て電話をかけると、ラッキーにも2回目で繋がった。



 ───2名ですね? ケガ人はいませんか? 体調はいかがですか? 危険ですので決して自力で無理に脱出しようとしないで下さい。落下することはほぼあり得ませんから。換気もなされています。早ければ2時間前後で救助がそちらに着くと思われますので、落ち着いてお待ち下さい。



 概ねそんなことを言われた。



「あざみちゃん安心して。待っていれば救助は来る。ケータイのバッテリーはもたせた方が無難だから、もう安否を知らせ合えたなら無駄に使わない方がいい。確実なことなんて世の中には無いからな」


「‥‥‥うん。そうですね‥‥‥丹治さん、背中大丈夫でしたか? ごめんなさい‥‥‥私のクッションにしてしまって」


「何とも無いよ。最近鍛えてるしな。あざみちゃんのひとりふたり どうってことないさ」


 動かすと背中に走る痛みなんて無視だ。



「床に座ろう。体力を保っておいた方がいい」


 俺は紙袋から細長いスポーツタオルを取り出して奥の壁際の床に敷いた。なんも無いよりいいだろ。


 ありがた迷惑で彼女引いてる‥‥‥? のかな?


「あん‥‥‥これは使って無いからキレイだって。無理に座れとは言わないけど」



 そういや、俺の隣に座るのが嫌だって思ってる可能性。さっきラウンジでだって避けられた。


「‥‥‥ううん、ありがとう。座るね」



 ‥‥‥ぎこちない静寂時間。



 俺は横で立ったままいたら彼女は俺の袖をツンツン引いた。


「‥‥‥ここ、座らないの?」


 俺を見上げるその上目遣いが可愛い過ぎる。



 俺は黙って隣に体育座り。彼女と二人。


 今ならじっくり聞けそうだ。誰も邪魔出来ないこの空間で。



「‥‥‥教えてくれよ? さっき避けられてる理由聞いたら、俺は別に何もしてないって言ったよね? 何もして無いならどうして?」


 膝小僧を抱えた彼女が、丸まったまま少し顔を横に、こちらを見た。


 非常灯の灯りの中で見るあざみちゃんはいつもより色っぽく見える。



「‥‥‥丹治さんは何もしていません。私には何も言ってません」


「‥‥‥そう、ならなんで?」


「‥‥‥だからです」


「え?」


 なんもしてないのに、どうして怒ってる?



「‥‥‥もう、いいですから」



 彼女はそのまま膝小僧を抱えて顔を伏せて丸くなった。


 もう、俺は何も言えなくなってしまった。



 ───撃沈。



 そして、またもや続く気まずい沈黙‥‥‥



 その沈黙を破ったのは俺のスマホ。


 不意に電話が鳴った。


 ショウだ。なんだよ? こんな時に通話して来て。



「もしもし?」


『エント? 繋がってよかったぁ~、で大丈夫?』


「大丈夫って訳でも無いけど大丈夫」


『ふ~ん? もう家? 余震に気をつけろよ。でさ、さっき途中になってたあれ、どうなったんだよ?』


「‥‥‥あれって?」


『ちゃんと割り込んで、あざみちゃんとやらにつきまとう虫を追っ払っえたのか?』


「うっ、ちがっ! うわっ」



 俺は焦って終了ボタンを押そうとして手を滑らせて、スマホを床に落としてしまった!



 その間にも流れ出るショウのお喋り! 黙れショウ!!!



『ったくさ~、エントはうだうだしてるから気になってさ~、三日に一度 "愛しのジムの君" の相談されんのも、そろそろ僕、疲れちゃっ─────》



 普段通話してくることなんて無いくせに、こんな時に限って!!!



「ぐわ〰️〰️〰️〰️っ、やめろっ! 黙れ、ショウ!」



 俺は狼狽し過ぎて3回指から滑らせて掴み損ね、やっとのことで拾い直して切った。



 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥‥‥‥


 ビックリしたっっっ‥‥‥‥


 ‥‥‥聞かれた? バレた? 俺の気持ち。



 いい年して顔が熱い。


「‥‥‥えーっと、まさか今、何か聞こえてました?」



 これが聞こえていなかった訳はないけれど。



 俺は、膝を抱えて下を向いてるあざみちゃんを恐る恐る見た。



「‥‥‥‥‥」



 あああああ‥‥‥‥完無視かよ。


 あざみちゃんは丸まって顔を伏せたまま動かない。



 ───もう、やけくそだ!



 今ここで当たって砕けてやろうじゃないか! どうせなら、ぱーっと散ればすっぱりと諦められるってもんだ。


 振られてこのジムやめたって、他のジムに行けばいい。



 俺は顔を伏せたままの彼女の真正面に正座した。


「あざみちゃん、いきなりごめんね。でも、聞いて欲しい事がある」



 彼女は顔をそろりと上げた。目の前で俺が正座しているのを見てびっくりしてる。



「それは大事な話なのですか?」


「そうです!」


「それは真剣な話なのですか?」


「はい、その通りです!」


「わかりました」


 あざみちゃんはスッと脚を引っ込めて背筋を伸ばして正座した。



「どうぞ、丹治さん」



「ううううんっ、‥‥‥‥あー、私、丹治エントはあなたが好きでたまりません。よろしかったら私とお付き合いしてくださいませんか?」



 俺はそのまま手をついて頭を下げた。





 そして、その結果は─────



 サンキュー、ショウ。


 俺の運命を変えたおまえの一本の電話。



 そして────




 ***




 ────彼女と俺の季節は巡る。



 あれから3年経った。



 あざみが大学を卒業し一年。


 木漏れ日が眩しい6月の昼下がり。彼女の誕生日の今日。



 森木林家のホーム・メイドケーキの小さなお茶会が始まった。


 俺たち二人はここにて、『人生における大きな選択をしたあかし』を、つい先ほど提出して来た、という報告を『うめちゃん』にした。






             ロックオン! 〜好きの覚悟を見せるまで 終♡



 

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