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意気地無し〈エント〉

 さて、今日もトレーニング! ひと汗流そうか。



 今日は金曜日で俺は仕事があったから、ちょっと遅め9時スタート。


 来てすぐあざみちゃんの姿を探した。これはいつも俺が期待を込めて一番最初にしてしまうこと。


 彼女がいる時といない時ではトレーニングだってやる気が違って来るってもんだろ。


 あざみちゃんがいるからこそジム通いだって続いてるんだ。



 ───いたっ! 今日も俺、張り切れそう。



 あざみちゃんに頑張ってトレーニングしてるところ見せたいし、やっぱぶよぶよの腹では他のトレイニーたちからマウント取られっぱなしだから、早く成果を上げて見返したい。


 うっすらでもシックスパックくらい見えてないとな。せめて体つきだけでも良くなればあざみちゃんへのアピールポイントになるだろうから。



 あざみちゃんはランニングマシーンで有酸素運動をしている最中だった。


 揺れるポニーテールの軽やかな走り。彼女、最初出会った時より腕も脚もシルエットが引き締まって来てる。ずいぶん体脂肪率下がってるだろうな。


 最近の子って何でこうも棒のように手足が長いんだろう? ついつい見とれてしまうその後ろ姿。


 ‥‥‥って、いっけね。ガン見してんの誰かに見られた?


 俺は辺りを見回すと、俺のこと見てる人なんていなかったみたいだけれど、 野々村とかいう、俺より1ヶ月前に入ったとか言ってた男が、あざみちゃんに視線をロックオンしてた。


 ──くっそ。あざみちゃんを見んな!


 気持ちはわかるけど、やめて欲しい。彼女をぽーっと見んの。


 不快だ。




 こんなに人目を引く可愛い女の子が、自ら俺を好きになるわけが無いとは思うのだけど、俺の願望がそう思わせてんのかもしれないけど‥‥‥俺はどうも彼女に好かれているような気がしてる。真意は解りかねるけれども。


 偶然彼女を助けたことがきっかけで俺に親しみ感じてるみたいだし、たぶんこのジムの中で一番彼女と親しく話してるのは俺っぽい。


 そりゃ俺だってそんな風に感じたら、嫌でも彼女を意識しまくってる。

 ここ2ヶ月で俺のあざみちゃんへの想いは募る一方だ。



 彼女との会話は楽しい。


 あざみちゃん、おばあちゃん子みたいで、よく祖母のうめちゃんの話をする。


 前にラウンジで聞いた "うめちゃん包丁さばき伝説" は面白かったな。



 彼女は程よく俺に話題を振って、俺の下らない話も興味ありげに聞いてくれる聞き上手だから、俺は彼女といると心地良く心が弾む。


 隣にあざみちゃんがいると癒される。


 このままずっとこんな風に友だち風でいいから、側にいられたらそれだけでも幸せだと思う。下手にコクってこの関係が崩れてしまったら俺には相当のダメージとなるだろう。


 彼女を俺の生活から失いたくない。



 だから気持ちを伝えるのも憚られて、迷いに迷ってショウに相談を何回もしてたんだ。


 あいつはその度、俺にコクれと言って来るけれど、そういうのって自分に自信があるからこそだろ? 


 俺には無い! 数学以外自信は無いから。



 俺ももうじき30代。20代にさよならだよ。この境界線は事実、心が痛い。


 この戻れない区切り目は、この先の人生を考えさせる。


 仕事面でじゃない。プライベート面でのな。



 俺だって幸せになりたい。


 人の御祝儀ばっか出してる俺。ここのところラッシュで、(ふところ)も傷んでる。そろそろ俺だって祝って欲しいわ! しかしながら‥‥‥



 だから俺はいい年して躊躇してる場合じゃないのだ。


 あざみちゃんがこのジムを不意に辞めてしまったら、もう俺たちに繋がりは全く無いのだから。


 俺はまだ連絡先すら聞けていない。


 彼女と週一でいいからSNSでやり取り出来たら、たったそれだけでどんなに生活(うるお)うことかって思うよ。


 俺は、そういうの全部ひっくるめて考えて、今日思い切ってデートに誘ってみようと決めてる。いきなりコクるのはやはり無謀だ。俺、イケメンじゃないし。



 切り出すタイミングが難しい。


 話題のそっち方面への振り方も俺にはムズ過ぎる。


 だが、今日の俺は。


 

 購入済みの今人気の映画チケット。良さげなシネコンの場所もいくつかリサーチ済み。


 トレーニング後のラウンジに、あざみちゃんが来た時に誘うつもりだった。 



 ───そうするはずだったのに。



 挨拶すると、いつも俺の隣に座ってお喋りしてくれるから、今夜もそのはずだった。




「あざみちゃん、お疲れ」


「‥‥‥あ、丹治さん。お疲れさまです」



 周りには誰もいない。ナイスタイミング。



 喉がゴクリとなった。


 声を出そうとしたけど、いざとなると緊張して喉が詰まってなかなか出て来ない。


 どうしちまったんだ? まるでウブな中学生のようだ。いや、今の中学生の方が俺よか上手いことやってんだろ。



 「‥‥‥ぁ‥‥えいが‥‥‥‥‥」



 俺のかすれた声は、あざみちゃんが買った自販機のペットボトルが、ガラガラガタンッと、落ちてくる音でかき消された。



 ───え?



 彼女はジュースを販売機から取り出すと、他の席にすーっと行ってしまった。



 こんなこと初めてだった。俺の頭は真っ白になってしまった。


 俺たちのトレーニング後のお喋りは、恒例だと思っていた。当然いつも隣に来るものだと。



 そして、彼女の横には、わざとらしく現れた野々村!


 きっとあざみちゃんをつけて来たに違いない。


 野々村は、いつもは俺とばかり話している彼女が一人になった隙を見逃さなかった。



 あいつ‥‥‥‥ランニングマシンしてるあざみちゃんのこと、やらしい目でじーっと見てた。今日もトレーニング中、彼女に声をかけて一言二言交わしてたの、俺見た。


 野々村があざみちゃんに気があるのは駄々漏れだ。



 気になるけど、なぜか俺を避けたあざみちゃんに声はかけにくい。



 ───俺、何かしたっけ? いつもと同じことしかしてないよな? どうして今日は俺をスルーした?



 俺の心は大混乱。


 どうしたらいいんだ!


 こんな時はショウに聞くしかない! たぶんもう家に帰ってるはずの時刻だし、風呂入って無きゃ出てくれるはず!



 俺は慌ててショウに手早く詳細を短文にまとめあげ、緊急マークをつけて送信。


 ショウは秒で出てくれた。


《状況説明が作家並だなwww》


 笑い事じゃねーんだよ! ショウのやつ‥‥‥

 俺のクライシス、わかってんのかよ!



 俺がチマチマ入力に躍起になっている間に野々村があざみちゃんを誘いやがった! 俺より先に彼女を誘うとは10年早いわっ!


 こいつ、あわよくばあざみちゃんをお持ち帰りしようとしてるのが見え見えだ。やめてくれ!



《俺はどうしたらいいと思う? あくまで俺に合った対処法ないのかよ?》


 ショウならこんなシチュエーション、さらりとカッコつけて割り込んでくだろう。



《割り込め!》


《無理だって!》



 野々村の方が若いし、俺より背も高いし、腹も割れてるし、顔だってそこそこイケてるし、財閥系企業に勤めてるとかって噂だ。俺はベンチャーなのに。そこそこ負けてる俺。



《行け、エント。意気地無し! さもなくばここでマジ終わる》



 ───それは嫌だ。ショウのやつ、はっきり言いやがって。


 よし、俺だって背水の陣ともなれば。



「待‥‥‥‥」


 俺が立ち上がったと同時に、あざみちゃんはいかにも残念で申し訳なさそうに甘えた声で言った。


「もー、お寿司食べたかったなー、でも残念っ!‥‥‥私、門限がありますから。今日はいつもより遅くなってしまったし。また機会がありましたら。じゃ、お疲れ様でーす」



 営業スマイルのような微笑みと共に、トレーニング後とは思えない軽やかな足取りでラウンジを去って行くあざみちゃん。


 俺には目もくれずに‥‥‥‥



 あざみちゃんの後ろ姿が見えなくなった。


 俺は野々村と目が合う。


「はぁ~‥‥‥ねえ、丹治さん。でもさ、今のもっと早い時間の時ならオッケー貰えたような気がしませんか? 俺、次回は行けそうな気がします!」 



 ───俺にマウント取ってるつもりかよ? 完全振られてんじゃん。



「‥‥‥それはどうかな?」


 こいつの能天気なポジティブぶりが羨ましい。この鈍感力は、ある時は自身を幸せに保つのに役立つだろうな。


 俺もラウンジを出た。



 ここで俺の腹は決まった。


 このままでいたらあざみちゃんは、野々村じゃなくたって他の誰かにさらわれてしまう。


 どうせ砕けるなら、当たってから砕けた方がいい。



 なんであざみちゃんが俺をスルーしたのかは謎だけど、それを含めて彼女と話をしなければならない。



 俺はジムを出た廊下で彼女を待った。時刻は11時になっていた。




 ***



 一瞬、あざみちゃんだとわからなかった。髪を下ろしていたから。



 野々村にシャワー浴びからて帰るって言ってたの本当だったんだ。髪型違うだけで雰囲気が違って見えるんだな‥‥‥


 まだ少し濡れてる長い髪にドキッとした。



 大きめのトートバッグ。オーバーサイズの白いパーカと黒スキニー。スニーカーの女の子。


 待ち構えていた俺を見てビックリしたみたい。


 こちらを向いて目を見開いた。



「あざみちゃ‥‥‥‥」


「あ、丹治さん、さよなら~。お気をつけて」


 俺の言いかけで遮り、張り付けた笑顔を刹那投げてさらりと俺をかわし、エレベーターの下りを押した。



 ───頭を思い切り張り倒されたような感覚。



 俺が彼女に好かれている、だなんて‥‥‥‥‥ただの幸せな勘違いだったみたいだ。


 だからって態度変わり過ぎでは?



 開いた扉に吸い込まれるあざみちゃん。俺を無視してさっさと "閉" を押したようだ。


 なんでだよ? 俺なんかした? 無意識に気に触ること言った?



「待てよ!」



 閉まりかけたドアに手をかけて、俺は無理やり乗り込んだ────



 


次回最終回 m(_ _)m

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