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もう泣きたい〈森木林あざみ〉

『優しい』は、先週のおばあちゃんお助けの一件で既に合格。見た目も性格のチャラ男とは正反対で問題無し。


『真面目』『向上心がある』は、ジムに通ってトレーニングに励むのなら一応合格?‥‥かな。


『不潔感が無い』も、大丈夫。全然おしゃれじゃないけれど、不潔にしているわけじゃない。



 残りの確認事項を早くテストしなくちゃ。



 私は予定通り、偶然のハプニングを装い彼に接近。


 めまいに襲われたように装って彼の腕にすがりついた。



 私、貧血気味だと言うのは本当で、時々立ちくらみに襲われる。でも、今のは違ったけど。



 でも、そんなお芝居を仕掛けたバチが当たってしまったらしい。


 最近始めたばかりの使い慣れていないハードコンタクトレンズを、片方落としてしまうというハプニングに見舞われた。


 彼の立っている回りをカッコ悪くはい回る、という悲劇に襲われたものの、無事彼と知り合いになれた。



 その時の彼の態度から、『女の子にデレデレしない』も、合格!


 だけど‥‥‥


 だけどね、ラウンジでのお礼を申し出た私の誘いを即答で辞退されたのはちょっとショック。


 この知り合うチャンスを生かさないってことは、私には興味は無いし、コンタクト探しで引き留められたことも、それほど迷惑に思って無いってこと? 


 これは、あのおばあちゃんを助けてあげた時と全く同じ感覚なのね。あなたにとっては誰にでも与えるただの親切。



「あ‥‥‥そうですよね、かえってご迷惑でしたね。すみませんっ」


 私は思わぬ返答にプライドを傷つけられ、やんわり涙が出そうなのをこらえて言った。



「はっ? 迷惑な訳ありませんよ。俺はどうせプロテイン飲んでから帰ろうと思っていたし」



 なんなのよ? ならどうして断るの? よくわからない男心。



 でも、ラウンジで同席させて貰うことは大丈夫みたい。なら‥‥‥


「‥‥‥でしたら、私も同じですからどうせ(のち)ほどご一緒になりますね」


「理論的には‥‥‥そうですね。じゃ、後ほど」



 私にこんな素っ気ない態度取るなんて。


 今まで出会った男たちの中にはこんな人、いなかった。


 世間一般では美人だとされているこの私に、デレデレすることもなく、淡々と答えるあなたはカッコよき。腹周囲は残念だけど。



 彼の名前は丹治エントさん。



 彼とラウンジで少し話した結果、丹治さんは私の理想にかなり合致している事が判明した。


 ワンルームで独り暮らし。ってことはたぶん独身ね。


 肝心なこと、気になるけれど、初対面の年上の人に、『彼女いますか?』 なんて聞けるわけない。けれど、なんとなく彼女はいなさそう。


 彼がジムに通っている時間をさりげなく聞き出した。それに伴い、お仕事も判明。数学の塾講師だそうです。


 数学得意なんてすごい! 尊敬。


『頭脳が優れている』


 うん、これも合格! 遺伝子的にもいい感じ。


 タバコ臭もしないし、歯もきれい。ひげもちゃんと剃ってある。ますます好感度UP。



 私は彼にもっと接近しようと、この時決めた。


 でも、ちょっと手強そう。この人、私には興味が無いみたい。やたら素っ気無い態度。



 ‥‥‥まさか、女性は相手にしないとか? ‥‥‥もしくはロリ好みだったらこちらから願い下げだけど。


 とりあえずもっとお話してみなきゃ本当の所なんてわからないよ?



 私は彼の来る時間に合わせてジムに通うことにした。



 会うたびに丹治さんにアピール。無駄に話し掛けてくるスタッフやトレイニーたちはさらりとかわしながら。




***




 ───時間ばかり過ぎて行く。




 私たち、出会ってもう3月‥‥4月‥‥もう、5月に入った。


 それなのに‥‥‥



 まだ連絡先さえ交換してはいない。


 だって、丹治さんは私に聞いてこないし。聞かれたら私、すぐに教えるのに。


 私から聞いた方がいいの?



 でもそれはプライドが許さない。丹治さんから私に興味を示して欲しい。



 私の好き好きアピールは空回り。私から話しかけなければきっと会話も交わすことは無い。



 ───私、諦めた方がいいのかな‥‥‥脈無しかな‥‥‥



 ラウンジでの会話は普通っぽい。何回も顔を合わせて親しみは多少増した感じはするけれど、ただのジムのお友だち以上にはなれていない。


『丹治さんから私にコクらせたい』という密かなる私の計略は挫折ぎみ。



 なら、私の方から告白? それは無理っ!


 私から当たって砕ける気は無いよ。誰かを振るのはいいけど、誰かに振られたら耐えられないと思うから。想像しただけでも闇。


 丹治さんに振られたら顔見るの辛いし、ジムに来にくくなっちゃうし、ここで噂になるのも嫌だもん。


 もしかしたら丹治さんには彼女さんがいるのかも知れないね。だってこんなに真面目で優しくて、女の子にもストイックな人だもの。


 見た目がイケメンとは言えないからって、見る目のある女の子なら丹治さんのこときっと放って置かないよね‥‥‥


 私、人生初めての失恋? の可能性。






 5月も半ばの木曜日。


 木曜日はほとんど丹治さんは来てる。だから私も絶対来る。


 私はさりげなく今日もアピールすれど、何の進展も無し。


 次の日。金曜日


 今日は来れたら夜9時ごろ来るって言っていた。だから私は午後8時半入りして待つ。


 予告通り現れ、黙々とトレーニング。


 午後10時。丹治さんは上がってラウンジにて今日もプロテインを摂取される模様。


 丹治さんのお腹はだんだん引き締まって来てる。頑張ってるね。


 私もトレーニングを慌てて終了し、彼を追ってラウンジへ。




「あざみちゃん、お疲れ」


「‥‥‥あ、丹治さん。お疲れさまです」



 カウンター席に座っていた丹治さんは、入って来た私を見つけて、相も変わらず同僚に交わしてるであろう仕様の声かけ。



「今日はどれにしようかな‥‥‥」


 この時間はスタッフさんは入っていないから、販売機でグレープフルーツジュースを買った。


 その間にも、彼から挨拶以上の会話は無い。私が話を振らなきゃ何の会話も始まらないよ‥‥‥



 2ヶ月プッシュしてもこんな調子だもの。私はもう諦めたほうがいい?



 最近はなんとなく気になって来てた。丹治さんは私に話しかけられると、周りをキョロキョロ見回したり、不意に目を反らしたりするのを。


 

 私に話しかけられるのって、実はずーっと迷惑していたのかな‥‥‥?


 ねえ? そうなんですか?


 

 挨拶したきり私の方を見てもいない、その横顔に心の中で問いかける。



 はぁぁ‥‥‥


 


 ───なんだか急に萎えて来た。



 私はグレープフルーツジュースを持ったまま、なんとなく今日は丹治さんのいる横には向かわず、他の空いてる席に座った。


 これは意地悪ではないよね。ラウンジで私がいつも隣に座るのは約束してたわけでもないし。


 このまま全く振り向いてくれない人にアピールし続けるのも、もう辛くなって来たかも。



 どうして? 私、そんなに丹治さんの好みと外れてるの? このジムの中にだって私に気があるアピールして来てるスタッフさん、若干2名とトレイニー男性2名いるのよ?



 それなのに───



 私が丹治さんの後ろ側にあるがらがらに空いてる大テーブルの椅子に座ってジュースを飲んでいると、自称大企業の正社員だとか言ってた野々村さん(26)が休憩ラウンジに入って来た。



「あれ? 森木林さん1人? 隣の席空いてる?」


「あ? 空いてるなら空いてるんじゃないですか」



 見ればわかるでしょ。ガラガラよ。



 ここには丹治さんと私しかいなかった。それなのに丹治さんは───



「そう。じゃ遠慮無く。ねえ、森木林さん! 見てみて、俺のこのアブ! 3ヶ月でこれってイケてない?」



 あの、いきなり女子に腹筋見せられても‥‥‥


「えっとー、あー、すごいデスネ‥‥‥」


「だろー? でさぁ、森木林さん、聞いてよ────────────」


 椅子を引きながら、もう喋り始めた。



 あああ‥‥‥最悪。この人も私に気があるとか? ただの暇なお喋り男? どっちにしろ勘弁。1人で鏡でも見てろ!



 さあて。今日はここでシャワー浴びて帰ろうっと。


「えっと、野々村さん。ごめんなさい。私シャワー浴びて帰るからもう行くね」


 私は立ち上がった。



「そうなの? じゃあ、俺もそうするから、そのあと二人で一緒に食事でもどう? 好きなものごちするよ」


「ええと‥‥‥」



 これ、カウンターの丹治さんにもまるまる聞こえてるよね。


 ねぇ? 丹治さんは知らんぷり?


 ねえ、やっぱり脈無しってこと? 私、こんなにあからさまに誘われちゃってるのに───



「遅くなっても帰りはタクシーで送るから大丈夫だよ。森木林さんもどうせ家、近くなんだろ?」


「‥‥‥もー、お寿司食べたかったなー、でも残念っ! 私、門限がありますから。今日はいつもより遅くなってしまったし。また機会がありましたら。じゃ、お疲れ様でーす!」


「ちぇーっ‥‥‥、じゃあまたね」



 私は差し障り無きように慎重にお断りを入れてその場を去った。



 私は、本当に泣きたい気分。



 丹治さんは何も言ってくれなかった。


 シャワー室で汗を流しながら、涙がにじんだけど、シャワーに溶けて無くなった。



 もういいわ! 丹治さんなんて!


 このムシャクシャな気持ち。どうすればいいの?


 早く家に帰ってそのまま夢も見ずに寝てしまいたい!


 


 帰り際、ジムの男性インストラクターさんに声をかけられた。



「今帰りですか? 森木林さん、おつか‥‥‥あ、今揺れてる?」


「えっ? そうですか? 私、わからないけど‥‥‥」


「‥‥いや、僕の気のせいかも。ここのところ悩み多くて寝不足でさ、あはは。‥‥‥今日は酔っぱらいが多いよ。金曜の夜だし。心配だから僕が送ってあげたいくらいですよ」


 憂えた眼差しを私に送り、ボディーガードに最適そうな体型をさりげなくアピールして来た。



「えっと‥‥そのお気持ちだけで十分嬉しいです」


「森木林さん、あと30分遅かったら送ってあげられるのにな~‥‥‥帰るのか‥‥帰るんですよね。‥‥‥じゃ、気をつけて帰ってくださいね」



 うっざ。



「ありがとうございまーす。さようなら~」




 さっさかスルーしながらジムを出ると、出た廊下には丹治さんが────








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