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ロックオン そしてテスト開始〈森木林あざみ〉

 彼を初めて見たのは先週の木曜日暮れなずむ街角でのことだった。街のネオンがそろそろ目立ち始めていた。


 それはここからすぐそこの駅前の交差点。



 私はその日、入会して間もないこのジムでのトレーニングを終えて帰るところだった。


 駅前の横断歩道。


 ここは渋谷ほど大きくは無いけれど、それでも片側3車線のスクランブル交差点。



 歩行者信号が青に変わった。


 スクランブル特有の長い待ち時間で、たくさん溜まっていた人々が一斉にあちこち方向に渡り始めた。


 人工的な鳩の声の始まりと共に、私も前方に溜まっていていた人たちに続いた。


 いつも思うのだけど、どうしてこの混雑で誰にもぶつかること無く、あちこちに行けちゃうのかしら? 


 あん‥‥‥?


 その時、目に入ったのは私の少し前を歩いていたおばあちゃん。横断歩道の途中で立ち止まってまごまごキョロキョロ。とても不安そうに見えるわ。


 何かを落とした訳ではなさそう。下は見てない。じゃあ行く方向を見失ってしまったとか? 誰かとはぐれたとか? 声をかけた方がいい?


 皆、素知らぬ顔でおばあちゃんを避けてさっさと早足で通り過ぎてゆく。


 こういう時って迷ってしまう。赤の他人に構うのは気が引けて。親切のつもりが、ありがた迷惑だってこともあり得るし。


 でも、おばあちゃんっ子の私からすると、見知らぬおばあちゃんとはいえ、放っておくなんて気になり過ぎる。


 私が迷ってるほんの数秒の間に、前から歩いて来た大きな紙袋を下げた、ちょっとダサい服装の男の人がおばあちゃんに声をかけた。


 おばあちゃんが何か言うと、その男性はうなずいてバス停の方を指差し、おばあちゃんを連れて渡って来た方向に戻って行く。


 私はその後ろについて歩く。男の人とおばあちゃんの背中を見ながら。


 おばあちゃんは無事交差点を渡りきり、その白ライン入り黒ジャージ上下男性にお礼を言ってる。


 黒ジャージは、『いえいえ。近くにいるかな‥‥‥』頭を掻きながら辺りを見回してる。



 そこに中年女性が駆け寄って来た。


『お母さん! いたわ! もう、気がついたらいないんだもの。焦ったじゃない! あ、お兄さん、どうもすみません。おばあちゃんをありがとう』


 黒ジャージに頭を下げてから、おばあちゃんと二人、背中を向けた。

 おばあちゃん、人の波で連れの人とはぐれちゃったのね。


 この黒ジャージ、渡りそびれちゃったね。振り出しに戻ってまた長い信号待ち。イライラしないのかしら? 


 私はさりげなく彼の後ろに立って信号待ちのふりをしていた。


 見てたら彼、おば様に手を引かれながら振り返ったおばあちゃんに笑顔で手を振ってる。



 ‥‥‥咄嗟の判断力と優しさを兼ね備えた素敵な人ね。行動力もあって。こういう人、いいよね。彼の薬指にリングは無い。



 私、こんな感じの人と結ばれたいな‥‥‥



 だって、見知らぬおばあちゃんに親切に出来るなんて、そんな人なら私がおばあちゃんになっても大切にしてくれそうだもの。


 彼の紙袋からはみ出した、そのタオルとシューズ。この方向からして、もしかしてそこの私と同じジムに行くところ?


 私はにわかストーカーとなり、彼を追跡。



 ───当たり! 駅前の商業ビルに入って、エレベーターへ。ジムの入ってる5階で降りた事をランプで確認。


 あの人、紙袋でジムに行くなんて、おしゃれには全く興味無さそう。ま、一目見ればわかるけど。あの寝癖全開の髪と服装。本当に独身だとしたら、あの調子なら彼女いない可能性が高いと思う。


 来週はこの時間にジムに来よう。さすれば会える確率は高い。



 幸せはね、待ってるだけじゃ掴めないよ? 私はその辺の普通の女の子なんだから。


 プリンセスじゃない。



 映画みたいな特別なハプニングなんて期待しても無駄なの。


 だったら、自分で作ればいい。



 女の子はね、みんな密かに打算的。



 特に女の子に甘い夢見てるような男子は、計算ずくの上目遣いの可愛い子になびく傾向あり。


 女を見る目が無い男って本当に可哀想。そういう子ってめっちゃ性格悪いのに。私は違うけど。


 そういう子にホイホイなびく男だったとしたら、パス! きっと浮気するし。



 来週は彼とジムで会えますように! 独身で彼女いないといいな。私の思い通りの人でありますように。


 そして、今度の人こそ私のテストに耐えられますように!



 大学合格の時に御礼参りの時、ついでに付梨神社で入手した お財布に忍ばせている恋愛成就の御守り。


 神様、お願い! 今年こそ、効果効能発揮お願いしたいの!



 5階で止まったままの数字を見上げて、心の中で祈った。




 ***




 ───間違えようもないあのカッコ。先週と全く同じ。



 あの人だわ。黒地に白の三本線の上下のジャージ。


 やったあ! 本当に会えた。木曜日の同じ時間に来る確率に賭けてた。


 神様! ありがとうございます。私の願いを聞いてくれて。


 つきましては、彼が私の理想の心の持ち主でありますように。で‥‥あったなら、どうか独身でありますように。彼女いませんように‥‥‥



 木曜日の午後7時過ぎ。

 あの人が遂に登場! あの時と時刻を合わせて来たスポーツジム。


 彼は上のジャージを脱いで白T姿になった。

 あらら。着痩せするタイプだったのね。そのお腹、ビール飲み過ぎって感じ。


 いいのいいの。そのためにジムに通っているんでしょ? 3ヶ月もトレーニングすればかなり改善されるはず。


 人間、外見なんて、特に体型なんて、努力次第で変えられる。それでも足りない部分はファッションで誤魔化せる。



 髪型と色、メイク、洋服、補正ランジェリー、シークレットブーツ。


 見掛けだけなら、なりたい自分になるためのアイテムなら、いくらでも。


 お金と勇気があれば整形手術って手もある。痛いだろうし、失敗の可能性だってあるだろうし、以降のメンテナンスが大変らしいから私は遠慮しておくけど。今のところ必要も無いし。



 人間、美しくいられる時間は短いと思う。花の命は短いって言うでしょう?


 だから私はそこまで高い外見の理想は求めていない。いくら今 美しくたって、年を追う毎に衰えて行くものだし。


 今私は若いし、周りからは可愛いと言われてるけれど、私より可愛い子なんて同学年にも何人もいるし、年下からだって次々可愛い子は現れる。



 私の周りにもいるよ。男子にちやほやされて自分の価値を確認してる美人の女の子たち。


 ダメダメ。そんな刹那なものだけにすがっていては人生失敗してしまう。



 私、30才迄には結婚したいと思う。祖母のうめちゃんも口を酸っぱくして私に言っている。もし、私が結婚を望んでいるのなら早くから探さなきゃダメだって。うめちゃんは相手探しにそれはそれは苦労したとかで。



 10代の頃は単なる楽しさで同年代と遊んで楽しかった。でもね、私はもうすぐ21歳。いつまでも子どもの恋愛ばかりしているべきでは無いの。



 相手の顔なんて、嫌悪感さえ抱かない程度ならそれでいいわ。同学部の男子の顔だって、好みじゃないにしてもしょっちゅう見ていれば慣れてくるし、見馴れてくると安心感漂って親しみさえ湧いて可愛く思うわ。顔なんてね、そんなものよ。


 人間、大事なのはね、中身よ! 本質的な性格はなかなか変えられないよ。外見みたいに。




 私の理想の恋人の条件──



 ⑴真面目で、優しくて、向上心があって、頭脳が優れていること


 ⑵私だけを愛してくれる人


 ⑶チャラチャラしてなくて、女慣れしていないこと


 ⑷可愛い女の子が近寄って来てもデレデレしないこと


 ⑸お金と時間にきちんとしていること


 ⑹不潔感漂って無いこと



 ──たったそれだけなのに、周りを見回してもなかなか条件に合う人がいなかった。



 でもね、今、候補を見つけた。それが、この黒ジャージの人。



 さてさて、今日は深掘りさせていだだきます! 彼の帰り際がチャンス。


 私はトレーニングに励みつつ、彼の様子をさりげなく随時観察していた。



 ‥‥‥もうすぐ9時。


 どうやら彼はトレーニングを終えたみたい。来た時脱いだ黒ジャージの上着を羽織った。


 ‥‥‥緊張するけど、やってみる価値はあると思う。勇気を出して、行くよ?



 Ready , steady , go!




 ───私は彼の横で、軽くめまいを()()()()ふらついた。



「あっっ! ‥‥‥大丈夫ですか?」



 次の私のセリフは決まってる。



 「すみません。私、貧血気味で──────」





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