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運命転換地点〈丹治エント〉

 俺の休日、今は木曜日。大型家電量販店にて、最新家電品を見て回る。



──店の中。ここの本社員、派遣、メーカー販売員に説明員、バイトさん。いっしょくたに見える店の人も実は色々。こいつらの能力スペックさまざま。家電以外も見所多々。


 どれどれ? パソコンとかカメラとか、高額商品の方があいつらの食い付きがいい。



 ‥‥‥来た来た。こいつはメーカー販売員か。やたら薦めて来る自社製品。ノルマかよ?


 しつけーな。じゃ、ついでにメーカーごとのスペックと値段の比聞いてみっか。他社製品についても教えてよ。


 細かく質問しておいて手間取らせてから、『考えておきます』で終わる会話。ノルマ達成を邪魔する嫌な客を演じる。

 

 ──次。


 話しかけられたく無さそうな店員さん わざわざ選んで、ノートパソコンの細かいとこ、製品スペックについて突っ込んでみる。


「お客様、申し訳ありません。少々お待ち下さい」


 焦って手にしたインカムで説明員呼んだ。


 次々、次世代型に変わってくプロダクト。進化が止まることはない。家電販売員、知識も合わせてアップデート、大変だよな。


 うん、大変だ。どんな仕事だってさ。不労所得で生きてる上級国民が羨ましいぜ。


 俺は買わないけど買う振り。


 冷やかしご苦労さん。お互いにな。



 ──このまま行ったら俺、迷惑老人一直線。やべーな。


 許せ。


 俺、彼女もいねーし、休みったって暇じゃん。数独にも、手間かかるめんどくさいゲームにも、妄想小説にも もう飽きた。


 職場にいたかわいい女の子も数ヶ月前にいきなり辞めてしまった。


 彼女を近くで見ていられるだけでも幸せだったのに。はぁ‥‥‥



 いつの間にか、3時過ぎてるな。もう、帰ろう。スーパーで弁当とビールでも買って。



 帰り道、駅前で。


『よろしくお願いしまーす』


 ポニテミニスカの女の子から、張り付いたような作り笑顔と共に、むりくり紙切れを寄越された。同じの重なって3枚。


 ‥‥‥これもノルマかよ? ふっ、早く配り終えるといいね、君。


『春の入会金無料キャンペーン 入会無料 月会費3ヶ月0円! ーーー但し6ヶ月以上の在籍条件あり』


 ちらりと見て、取り敢えずポケットに突っ込んだ。道端に捨てる訳にもいかないし。


 ゴールデンカープス スポーツジムか‥‥‥


 そういや、この駅ビルの向かい側のビルのどっかに入ってたっけ?


 今まであんま気にしてなかったけど、そう言えば前からあったよな‥‥‥でっかい看板。




「ただいまー‥‥‥」



 帰ったところで誰もいない部屋。出迎えてくれる犬なんていないさ。

 ここはペット不可のワンルームマンション。


 部屋に入って上着を脱いだ時、クシャって音がした。



 ああ、そう言えば。チラシ、ポケットに入れたんだっけ。ジムのチラシ。


 ‥‥‥なんとなく目を通す俺。


 爽やかな笑顔を見せてるはつらつとした男女。引き締まった体をさりげないポージングで見せつけてるモデルさん。


 対してこの俺の腹‥‥‥


 いやいや、俺だって20代前半はこんなんじゃなかった。つい最近までは。



 俺はセレブ御用達の学習塾の数学講師。


 これ、精神的にも結構キツい。金持ちは普段は礼儀正しい人が多いが、怒らすと始末におえない。そのご子息を扱うのはそれなりに気を使う。


 思い出す。2年前から去年までの1年間。あの特別塾生待遇の業村ゴウシくんの数学個別担任に任命されたお陰で、散々な目に遇わされた。


 お坊っちゃまは俺には言いたい放題。教えれば飲み込みは早い要領は良い生徒だったけど、いかんせん、性格が悪過ぎた。


 俺は当時中学3年生の彼から、からかわれ、いたぶられ、モテないことを同情され、高飛車に慰められたのだった。会長直々のお達しにより、特別待遇の彼にはあからさまに注意することも許されず、このガキのいじりに1年近くも耐え続けたのだ!


 俺はストレスから暴飲暴食に陥った。当時大切な髪の毛一部までも無くしたことも追記しておく。お陰で俺はニット帽が必須アイテムとなった。


 主に俺の努力と忍耐の末、業村くんは余裕で見事志望校に入学し、俺は無事解放された。

( まあ、他の教科の講師も頑張ったけどな。毒にあたって散った講師もいたが )



 彼の世話から解放され1年の月日が流れた今、俺の一部失った髪は見事復活した。そして俺の暴飲暴食の成果のこの腹。服の上からでもバレるほどになっていたが、一度付いた脂肪は何もしなけりゃそのままで。



 気にはなっていた。食生活改善を試みようとはした。


 されど独り暮らし。夕食の用意なんて面倒過ぎる。材料揃えて作って食って皿洗いだなんて。


 だから俺は仕事帰りは店で食って飲んで帰るか、弁当買って帰る。


 コスパを考えればその方がよっぽど効率的じゃないか? 店だったらすぐに温かく旨い物が食えるんだぞ? 家の光熱費も水道代だって時間さえ節約出来るんだ。ゴミだって少なくて済むし、部屋もキッチンもそんなに汚れない。


 部屋で自分でくっそ不味いもん作って食うより全然いい。



 ただ、外食続きの弊害はこの腹の脂肪。



 何ごとにしてもマイナス面は付き物だ。完璧なんて無い。予想外の脆弱性が現れることだってある。その為のアップデートすりゃいいだけ。



 よーしっ! この紙切れを受け取った偶然も運命なのかも知れない。



 学生時代の体型を取り戻してみっかな。今なら間に合う。半年もトレーニングすれば元に戻んだろ。きっと。


 取り敢えず体験申し込んでみよう。ええと‥‥‥webで申し込めばいいのか。




 ──それは俺の運命の転換点だった。



 俺はその後すぐに入会し、そのジムで一人の女性と知り合った。

 彼女も俺と同じく春のキャンペーンで入会した人だった。




 それは俺のいつもの木曜休のある日のことだった。


 その時は既に仕事帰りに数回ジムに通っていて、休みのその日はいつもより早めの時間の午後7時から始めて9時までの予定で入った。 


 俺はトレーニングを終えて退室するところだった。


 ランニングマシンを終えた彼女が通りがかり、軽いめまいを起こし、偶然側にいた俺が支えてあげたのがきっかけだった。


 数秒、俺の腕に掴まってめまいが治まるのをじっと待っていた。


「‥‥‥すみません。私、貧血気味で。もう、大丈夫です。‥‥‥‥‥ん? あれっ‥‥‥うそっ、落ちたっ?」


 その時ついでにハードコンタクトを片方落としてしまったらしくて。


「大変非常にごめんなさい、そのまま一歩も動かないでくれますか?」



 慎重に床に這いつくばって俺の足元を探す彼女。


 俺はただ、用心深くペタペタ床を探っている彼女の背中を見てる。


 ポニーテールの細いうなじが眩しい。



 この事態に気がついてる人もいたけど、ヘタに近づいてレンズを踏んでしまうといけないと思ったらしく寄っては来なかった。


 他のトレイニーたちは、チラ見はするものの、素知らぬ顔でマシントレーニングを続けてる。途中で止めたらリズムが狂ってしまうしな。そんなもんだろ。


 レンズはなかなか見つかんなくて、彼女が諦めかけた時、俺は彼女の右の二の腕に何かゴミみたいなのがくっついているのが見えた。



「君、そこんとこに何か付いてるけど、それは何?」


「えっ? これですっ! あった。奇跡です。やだぁ、こんな所にくっついてたなんて‥‥‥あの、引き留めてしまってごめんなさい」


 レンズが無事見つかって我に返ったようで、彼女は顔を赤らめて俺に謝って来た。



「俺、ちょっとラウンジで休んでから、もう帰ろうかと思っていたとこだから気にしないで」


 俺はそう言って立ち去ろうとした後ろから呼び止められた。


「あの‥‥‥私もご一緒してもいいですか? よろしかったらお礼にお飲み物を差し上げたいのですけど‥‥‥」


 どぎまぎした様子がかわいい。二十歳前半くらいかな? 彼女から見たら30の俺はオッサンだろうな。そんな子に奢らせる訳には行かないし。



「え? 俺に気を使わなくていいですよ」


「あ‥‥‥そうですよね、かえってご迷惑でしたね。すみませんっ」



 俺のつっけんどんな言葉に気を悪くした? 俺は同僚の古典講師のショウみたいにスマートにはいかないんだよなぁ。



「はっ? 迷惑な訳ありませんよ。俺はどうせプロテイン飲んでから帰ろうと思っていたし」


「‥‥‥でしたら、私も同じですからどうせ(のち)ほどご一緒になりますね」


「理論的には‥‥‥そうですね。じゃ、後ほど」


「はい、では後ほど。私、コンタクトを入れ直してからすぐ行きますから」


 頬を染め微笑んだその顔はすごく愛らしい。



「あー、俺は丹治エントって言うんだけど、君は?」


「私、森木林あざみです」 



 約束したって訳ではないんだけど、約束した彼女と俺。




 ──俺さ、多分こん時、あざみちゃんがさ、コンタクト片方しかなくて俺の姿形、よく見えてなかったんじゃね、って思ってんだけど。






全5話くらいの予定

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