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二足歩行型ガトーショコラ  作者: 凛野冥
[死:女る嬲る女]
9/28

1「美少女と新しき秩序の訪れ」

    1


「フライドポテト、そうやって人差し指と親指で一本ずつ摘まんで食べるよな」

「そうですねー。調子が良ければ二、三本摘まんだりしますけど」

「そこをさ、一気にぜんぶ手で鷲掴みにして、口に押し込んでみて」

「えー、嫌ですよ」

「俺だって嫌だよ。でもきみのために云ってるんだ」

「どうしてそれがボクのためなんですかー」

 まつりは前下がりのボブカットを揺らして笑う。

「きみ、本当に可愛いから。色んな姿を見たいんだよ」

「それって先輩のためじゃないですか」

「奇蹟的だと思うんだよね、その造形は」

「んー。造形って云い方なんか嫌です」

「芸能界とか興味ないの? アイドルになってよ。ファンがたくさん付いてるの見ながら、でも俺の女なんだよなって優越感に浸るから」

「先輩がそう云うなら、考えなくもないですけどー」

 当然、本気では云っていない。この子に滅茶苦茶なことを云うのが好きというだけだ。

 安斎(あんざい)まつり。脳が溶けそうになるほど可愛い声と容姿を持っている俺の後輩。現在は美濃和高校の三年生。

 彼女は一年生の夏に、当時二年生だった俺に告白をした。俺はそのときに初めて彼女を知ったが、彼女は以前から俺のことを話に聞いて、何度も遠くから見ていたらしい。由莉園と交際していた俺は告白を断ったのだけれど、色々と面白い子なので仲良くするようになった。

 絢のもとに帰りたくない俺は、昨日からまつりの部屋に泊まっている。彼女は親が金持ちで、百条駅前にある高層マンションの十五階に部屋を借り、一人暮らしをしている。

「ほんと可愛いなあ。見てるだけで癒される」

「そうですか? ずっと見てていいですよ」

「うん。そうする。結婚しよ」

「しましょー」

 ジャンクフード好きの彼女が買ってきたハンバーガーほかを食べ終えた後は、二人でテレビゲームをする。彼女は生粋(きっすい)のゲーマーで、特にFPSの腕は相当なものだ。意外と凝る性格らしく、「技術を磨けるゲームが好きなんですよねー」と前に話していた。

 もっとも、俺はこの部屋に来たときくらいしかゲームをやらない。対戦系では歯が立つわけがないので、協力しながらゆるゆると進められるソフトをまつりが選んでくれる。

「先輩、そっちです」

「こっち?」

「わあー違います。そうじゃなくて」

「分かった。大丈夫」

「えー、大丈夫じゃないですっ」

「こういうことでしょ? ほら」

「あーん。絶対わざとやってるじゃないですかー」

 遊んでいると、俺の携帯に電話がかかってきた。相手が絢なら無視するところだが、絢ではなかった。

「ごめん、俺の分もやっといて」

「ラジャーです」

 まつりは平気で二人分のコントローラーを操作し始める。俺は電話に出る。

『やあ正念坂さん、いま大丈夫かい?』

 有紀暮だ。彼女が鷹峰たちに攫われた夜以来、はじめて会話する。

「大丈夫だから出た」

『先ほど、十四人目の被害者が発見されたんだよ』

「毎日ひとりだからな。それがどうしたんだ」

 ポエマーbot事件はまだ進行中だ。嫌でもニュースが目に入るので知っている。

 他にも郵便配達員が人妻三人をレイプしただの、隣町にある原子力発電所からプルトニウムが盗まれただの、近頃、ポエマーbot事件に引っ張られて地域全体の調子が狂ってきた観がある。

『しかし今日のは奇妙なんだ。〈十萬〉なんて刺青が彫られていたそうなんだよ』

「十萬? そんな牌、ないんじゃないか?」

『そう。〈九萬〉までしかない。これは一体どういうことだろう?』

「さあ。オリジナル・ルールでやってるんじゃないか」

 それよりも、ポエマーbotが鷹峰たちで、由莉園はまったく関係なかったという話をこいつに教えてやらないといけない。

『いいや、違うね。この前の三人麻雀の推理は忘れてくれ。私は今度こそ気付いてしまったんだよ。ふふふ。自分が天才すぎて怖くなる。褒めてくれていいぞ』

「切っていい?」

『聞いてくれよ! どうしたんだい、正念坂さん。また連絡をくれると云っていたのに、私のメッセージも読んでくれないじゃないか』

「それは悪かった。で、なにに気付いたんだよ」

『麻雀牌はカムフラージュに過ぎなかったのさ。時間稼ぎと云ってもいいね。一の牌ばかりに偏っていて、おかしかっただろう? そこにきて今回の十だ』

 有紀暮はわざとらしい溜めをつくってから云う。

『パスカルの三角形だよ』

「……なにが?」

『うん。これだけ云われても分からないよね。私が描いた図を送るから、電話しながら見てほしい』

 スピーカーに切り替えて、送られてきた画像を開く。それを見て思い出す。

 パスカルの三角形というのは、最上段を〈1〉として、以下の段に右上と左上の数字の和を書いていくことによって出来上がる三角形だ。右上あるいは左上がない両端は、どれも〈1〉となる。


挿絵(By みてみん)


『これは六段目まで書いたパスカルの三角形だ。数字が二十一個となって、『午前21ヶ月』というタイトルから予想される姉の詩の数と一致する。そして三つの頂点に西、南、東を割り当てた。ポエマーbot事件で被害者に刺青されている麻雀牌を順番に云うから、西、南、東の順でその数字を探してみてくれるかい?』

「ああ」

『いくよ……一週目〈一索〉〈一索〉〈一萬〉……二週目〈一筒〉〈伍筒〉〈一索〉……三周目〈一萬〉〈一萬〉〈伍索〉……四週目〈二筒〉〈四筒〉〈四索〉……五週目〈一筒〉〈十萬〉……以上、十四人だが、分かっただろう? 西、南、東の頂点から、それぞれ中心へと埋めていくように数字を選んでいるんだ!』

「本当だ。よく気付いたな、こんなの」

『ふふふ! しかも地図上で現場の位置を見てみると、パスカルの三角形における数字の配置とも(おおむ)ね対応しているんだよ! 凄いだろう? もっと褒めてくれていいぞ!』

 やたらと褒められたがる奴だ。

『数学の阿僧祇(あそうぎ)先生がよく、パスカルの三角形の話をするんだ。それでピンときた』

「ああ、俺も丁度、そいつのことを思い出していたよ」

 美濃和高校の数学教師だ。人類の繁栄だとか、人間関係とか組織の成り立ちだとか、とにかく色んなことをパスカルの三角形に結び付けて、いちいち黒板に図解する奴だった。

 気の利いたことを云いたいのだろうが、パスカルの三角形というチョイスとそのこじつけ方がなんとも云えずダサくて恥ずかしかったので、よく憶えている。パスカルの三角形ってそんな事あるごとに持ち出すようなものじゃないだろ。

『そうか。正念坂さんも授業を受けていたんだね。話とかちゃんと聞いていたのかい?』

「いや全然」

『だろうね。だが知っているなら話が早い。私は阿僧祇先生がポエマーbotじゃないかと疑っているんだ』

「そんな安直な……」

『しかしポエマーbotは美濃和高校の関係者だよ? それでパスカルの三角形に執心している者と云えば彼だ。調べてみる価値はある』

 彼女がこれ以上の徒労を重ねないよう、俺はポエマーbot事件の真相を話そうとした――が、そこで不意に、頭の中で点と点が繋がってしまった。

 阿僧祇がポエマーbot?

『もしもーし、正念坂さん? さっきからゲームみたいな音が聞こえるんだが――』

「明日、授業が終わるころに電話くれるか? 美濃和高校に行くよ」

『本当かい? 信じていいんだね?』

 連絡を無視してばかりいるせいで、信用を失いかけているようだ。

「本当だ。じゃあ明日な」

『うん、楽しみにしているよ! おやすみ!』

 通話を切ると、まつりが「面白い話をしてましたねー」と話し掛けてくる。

「詰まらない話だよ。ジョーカーがないトランプでババ抜きするくらい」

「それは詰まらないですね……」

 俺がひとりで考え事に入る気配を察してか、まつりはそれ以上の追及をしなかった。この子はこういうところが賢い。

 考えてみれば、鷹峰らがポエマーbotというのは彼らの自称でしかない。そうする必要性は全然分からないけれど、まだ犯行の証拠を見たわけではない。

 そして俺は思い出したのだ。阿僧祇が昔、よく由莉園に絡んでいたことを。

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