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二足歩行型ガトーショコラ  作者: 凛野冥
[愛:凄惨かりん]
6/28

9「世界一の女の子の裏側」

    9


「スイートポテトまん、できたよお」

 夕方になって、絢が数時間前からつくっていた品が完成したようだ。皿に乗せて盆に乗せて、ベッドで横になっている俺のもとまで運んでくる。

 見た目は中華まんだが、彼女が手で二つに割ると中にはスイートポテトがぎっしりと詰まって、その香りと共に白い湯気を立ち上がらせている。

 そのまま口元に差し出されたのをひとくち(かじ)る。

「美味いな」

「そお? 良かったあ」

 絢は幸せそうに笑うと、俺が齧ったスイートポテトまんの残りを自分の口に入れて頬張る。なんだか俺は彼女のことが愛おしく感じられて、その頭を撫でた。

「ユウくん、絢のこと好き?」

「うん」

「絢が一番?」

「一番と云うか、他がいないな」

「嬉しい……。ユウくんのカノジョには、絢しかいないよ。絢は世界一の女の子」

 そのとき、枕元に置いてある俺の携帯が着信音を響かせた。

 俺はそれを拾い上げて、鳴り止むまで待つことにする。

「出ないの?」

「ああ、どうせ迷惑電話だろ」

「有紀暮って書いてあったよ」

 ちらと見れば、画面にそう表示されている。

「出ていいよ。スピーカーにして、絢にも聞かせて」

「なんでだよ」

「できないの? 絢に聞かれたらまずい話をするの?」

 少し首を(かし)げて俺を見る。とろんとした目つきと、悪戯っぽい微笑。

 だから電話はしてくるなと云ったのに。

「面白い話じゃねえぞ」と云って、俺は通話ボタンをタップした。早速、根暗な奴が興奮したとき特有の声がスピーカーから発せられる。

『やあ正念坂さん、いま大丈夫かい?』

「いや、すげえ忙しい」

『では手短に済ますけれど、私の天才的思い付きを知らせたくなってね! ポエマーbot事件のことだよ。死体に麻雀牌の刺青がされているのは知っているだろう? 送ったサイトは見てくれたかい? 私の頭脳はあれが意味するところに到達してしまったよ。ふふふ。今から話すが、きっと驚くだろうな。褒めてくれていいぞ』

「手短に済ますつもりあるのか?」

『あるとも。結論を云うとね、ポエマーbotは複数犯だ。おそらくは三人。そして彼らはなんと、百条市を(たく)に見立てて麻雀を打っているのだよ。正念坂さんは麻雀を打ったことがあるかい?』

「ない」

『私もだ。だからルールを調べたのだが、麻雀のプレイヤーは四人で、それぞれ東家(トンチャ)南家(ナンチャ)西家(シャーチャ)北家(ペーチャ)に分かれる。手元には十三枚の牌が配られ、順番に山から一枚取って十四枚にしては、役と呼ばれる所定の組み合わせを目指すらしい。役が完成していなければ不要な牌を一枚捨てる。これを捨て牌と呼ぶ。役はいくつもあって珍しいものほど点数が高いのだが、誰かひとりがアガるとその局は流れてしまうから、のんびりもしていられない。そこは駆け引きだ。なかなか奥が深いゲームだよ』

「で、どうして三人だかいるポエマーbotは死体に刺青するんだ」

『ふふふ。逆だよ、正念坂さん。ポエマーbotが、殺した人間に刺青しているのではない。麻雀牌の刺青をしている人間が、ポエマーbotに殺されているんだ』

 なに云ってんだ?

 絢はベッドのふちで頬杖をつき、退屈そうな表情を浮かべて聞いている。

『麻雀牌の刺青を扱う彫り師がいるんだよ。そして麻雀牌の刺青を彫られた客が、百条市の西、南、東に十三人ずついる。それから毎日ひとりずつ、西、南、東の順で追加されていく。追加された方角ではひとりを殺害する。つまりポエマーbotの被害者とは捨て牌だ。東家、南家、西家の三人が、不要な牌を捨てながらアガリを目指しているんだ』

「きみ、今が何時だか分かるか?」

『うん? 十六時半を回ったところだね』

「そういう話は深夜だから許されるんだよ。この時間にはきつい」

『ええ? もしかして真面目に取り合ってくれていない?』

「意味が分からねえよ。色々と分からねえが、麻雀なら北もいないと駄目だろ」

『それがね正念坂さん、三人麻雀というものがあるんだよ。三麻(さんま)と云って親しまれているそうだが、この場合は北家を抜くんだ』

「ああそう……」

『そして東家、南家、西家の順で回していく。ポエマーbot事件は西、南、東の順だけれど、麻雀での各家の配置図を見て納得したよ。麻雀では南を手前とした場合、左が東で右が西なんだ。するとぴったり一致しているじゃないか。どうだい?』

 まさか、有紀暮の云うとおりなのか?

 人間を麻雀牌に見立てた、いわば人間麻雀……。

 いや、普通に麻雀しろよ。なんで連続殺人で再現しようとするんだ。

「その、麻雀牌の刺青を扱う彫り師ってのは誰だ」

『それはこれからだよ。まだ私の推理でしかないからね』

「やっぱり妄想じゃねえか」

『推理だって。散らばった諸事象を統合して、ひとつの合理的な解釈を与えているだろう? こういうのは妄想じゃなくて、推理と云うんだよ』

「分かった。推理でもいいが……俺の方も考えてみる。一旦切るぞ」

『そうだった。手短にだったね。どうだろう? 明日あたり、また会わないかい?』

「それも考えておく。じゃあな」

 終話する。とにかく絢だ。まずはこっちを落ち着ける必要がある。

 しかし目の前の彼女は心乱れている様子もなく、薄く笑ったまま俺を見据えていた。

「姫乃有紀暮ちゃん。由莉園さんの妹だね?」

「ああ。お前は知ってたのか? 由莉園に妹がいるって」

「知ってたよ。この前、ユウくんが美濃和高校に行ったとき、その子が一緒だったことも知ってる」

 ゆらりと立ち上がる絢。

 それから化粧台のもとまで行き、抽斗(ひきだし)からなにかを取り出した。

「おかしいと思ったんだ。蛸マキちゃんは金髪だからね」

 ビニールケースの中から摘まみ上げられたのは、一本の毛髪。その頭の天辺から肩甲骨まで届く長さは、絢のものではない。

 有紀暮を部屋に入れたとき、落ちたのか。

「ねえユウくん、やめてくれないかな? 絢とユウくんの部屋に、他の女を入れるのは」

「それは悪かったな。だが、あいつはそういうのじゃないぞ」

「そういうのって?」

「浮気とか、そういうのじゃない。全然まったくな」

「へえ?」

 ああ憂鬱になる。こんな明らかなこと、どうしていちいち説明して納得させないといけないんだ? 俺と半年も同棲していて分からないのか?

 そんな疑念は持たれるだけ時間と気力の無駄だ。こいつが有紀暮の髪を見つけたときにそれを指摘しないで、わざわざビニールケースに入れてここぞってタイミングで出してきたことも、すべてが根本からずれていて本当に面倒だ。

「知ってるよ。一緒にポエマーbot事件を調べてるんでしょ?」

「ああ。いまの電話を聞いてたらそりゃ分かるだろ」

「違うよ。蛸マキちゃんから聞いたの」

 あっそうと思いかけて、思い止まる。

「それは、いつ聞いたんだ? 連絡先とか知ってんの?」

「ううん。聞き出したって感じかな。あの子、ひとりで出歩いてたから」

 薄く笑って、小さく左右に身体を揺らす絢。

 その可能性に思い至る。と云うより、どう見たって(ほの)めかされている。

「……お前が、大蛸を襲ったのか?」

「どうかなあ?」

 あからさまに白々しい態度。

 間違いないが、しかし俺は思い出す。大蛸が襲われたのは、ラーメンを食いに行った日だ。絢と俺は昼からずっと一緒にいた。実行犯は別の人間だ。

鷹峰(たかみね)にやらせたんだな?」

 絢は否定しない。その微笑には、しょうもない優越感まで滲んでいるようだ。

 合点(がてん)がいった俺は、大きく溜息を吐いた。

 絢が「なに?」と反応する。

「いや……お前ら、また無駄なことをしたもんだと思っ――」

「ユウくんが悪いんでしょお? 絢に嘘をつくからあ!」

 やっぱりだ。結局は激昂する。

 俺のもとまで詰め寄ってきて、必死に訴え始める。

「絢がどんなに傷付いたか、ユウくん全然分かってない! 絢がユウくんのために頑張って働いてる間に、ユウくんは別の女といたんだよ? この部屋で、絢に秘密で! 訊いても全然相手にされないし。絢、理解ができない。本当に理解できなかったの。どうしてそんなことするの? ユウくんは絢のこと、好きじゃないの?」

 お前こそどうして、十九歳にもなって一人称が自分の名前なんだよ。

 それよりも俺は気付いたことがある。絢は嫉妬心を暴走させて大蛸を意識不明の重体にまでした。その際に俺と有紀暮のことも聞き出して知っていた。だが、まだ有紀暮は無事でいる――まだ、現時点では。

「おい絢、お前、有紀暮にもなにかしようとしてるなら、やめろよ」

「は……もう遅いよ。今夜であの子はおしまい」

「本当に笑えねえ。鷹峰の連絡先を教えろ。俺が話す」

「嫌だ。どうでもいいでしょ? そんな女のこと」

 両目に涙を浮かべて、声を震わせている。

 俺はまた溜息を吐きたくなる。

「絢、本当に怒らせないでくれないか。冷静になれよ、頼むから」

「冷静になるのはユウくんの方だよ。絢のことが好きなら、姫乃有紀暮がどうなっても関係ないじゃん。絢が一番なんだって、行動で示してよ」

 本気で殴りたくなったが、さすがにそれはしない。

 俺は自分の携帯で有紀暮に電話を掛けようとする。絢がほとんど飛び掛かるようにして、その手を掴んでくる。

「嫌だ、嫌だ、やめて!」

 どうかしちまってる。俺は絢を突き飛ばす。絢はひっくり返ってソファーの側面に後頭部をぶつける。ベッドの上にあったスイートポテトまんも巻き込まれて、床の上に散らばる。そして絢は「うわああああん」と声を上げて泣き始める。構ってられるか。

「うわあああああん! うわあああああん!」

 また有紀暮に電話しようとしてやめる。テーブルの上にある絢の携帯を取る。パスワードは俺の誕生日だ。ロックを解除して鷹峰の連絡先を探し、絢の泣き声がうるさいので部屋を出て電話を掛ける。

『おう、どうした』

「俺だ。鬱陶しいリアクションはするなよ」

『正念坂か? はっはっは! 久しぶりだなあ!』

 リアクションするなと云ったのに。

 相変わらず声がでかくて品がない。

「お前、姫乃有紀暮になにするつもりだ? 絢に頼まれてるだろ」

『あー、バレたのか。それともバラしたのか?』

「絢の頼みは取り消しだ。しょうもない行き違いがあったんだよ」

『そう云われてもなあ、もう(さら)っちまった。つい今だ』

 こいつ、なんも進歩してねえ。すっとぼけたことばかり抜かしやがる。

「じゃあ家に帰せよ。なにもするな」

『正念坂あ、俺はがっかりだぜ? まだ姫乃のこと引きずってんのかよ。こんな芋女、あいつに顔が似てなきゃあ気に入る要素がないもんな』

「有紀暮はそういうのじゃねえんだよ。絢にも云ったぞ。やめろ、そういうアホな勘違いは。情けなくってしょうがねえ」

『情けねえのは俺の方だ。絢を悲しませるなよ。この電話もお前から掛けてるってことは、絢は納得してねえな。姫乃有紀暮はまあ、面白くするから心配すんな』

 通話を切られた。こいつ殺すしかねえ。

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