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二足歩行型ガトーショコラ  作者: 凛野冥
[体:しぐさ花束]
20/28

2「お面の下の不気味な小心者」

    2


 有紀暮が住む団地の裏は雑木林になっており、少し這入ると街灯の明かりも届かず真っ暗で、身を潜めるには打ってつけだった。携帯のライトで照らしながら「有紀暮!」と呼んでいると「正念坂さん!」と反応があって、無事に合流することができた。

「良かった。良かったよう。ありがとう、来てくれて」

 心細い思いをしたのだろう。泣きそうな顔で俺の腕を掴んできた。

「相手はまだ近くにいるのか?」

「分からない。しばらく物音はしていないけれど、それより……」

 鷹峰らを見て戸惑っている。彼女からすれば誘拐犯なのだから当然だ。

 鷹峰は片手を上げて、「こないだは悪いことをしたな」とニヤけ面で謝った。

「安心してくれ。今回の俺達はお前を助けに来ただけだ」

「ふざけんな。お前の仲間が有紀暮を襲ったんだろうが」

 すると有紀暮が「え、そうなの? 女の子だったけれど」と首を傾げる。

「いや、男だよ。髪が長いから見間違えたんだろう」

「えーっと……どういうことだい?」

 雑木林を抜けて有紀暮の部屋へと向かいながら、俺は簡単に経緯を説明した。説明していると、改めてこの状況に腹が立った。鷹峰と部下二人は周囲に中郷がいないか探すために散った。

 しかし中郷を発見したのは俺達の方だった。中郷は有紀暮の部屋の前で血を流し、仰向けで倒れていた。顔面がぐちゃぐちゃなのは先日に俺がやったことだが、それとは別に側頭部が殴られて変形し、中身がこぼれ出している。

「え? え? え?」

 有紀暮は理解が追いつかないのか、驚きや恐怖にまで至っていない。

 俺はとりあえず確認する。頸動脈に指をあてても脈動は感じられない。呼吸もない。死んでいるようだ。

「ポエマーbotだな」

 極めて不可解だが、そう示されている。死体の傍ら、コンクリートが打ちっぱなしの床に血で短い詩が書かれている。

『穴を掘り続ける/貴方がひとたび落ち』

 へにゃへにゃした字で分かりづらいものの、かろうじてそう読めた。

 さらに中郷はシャツのボタンが上半分ほど外されていて、露出している左胸に〈發〉という字が刺青されている。

「わけが分からないな……」

 一体なにが起きたのか。頭がおかしくなった中郷は此処で有紀暮を襲おうとして、有紀暮は雑木林に逃げ込んだ。有紀暮を見失った中郷は此処に戻ってきて、ポエマーbotに殺された? そんな偶然があるか?

「今日の被害者はこの辺で出るはずなんだっけか?」

「違うよ。今日は十八日だ。東……清逸夜見川のあたりじゃないと」

「そうか。此処は南寄りだな。平気か、きみ」

 有紀暮は壁に背中をつけて両手で口を塞いでいる。そうして中郷の死体を見下ろしている。釘付けになっている様子だ。

「大丈夫。冷静でいられているよ」

「声が震えてる」

「そ、それは仕方ないじゃないか。……それに、おかしいんだ。今日の麻雀牌は〈十萬〉のはず。〈發〉じゃない」

 たしかに。パスカルの三角形に対応しているなら、そもそも字牌の時点で外れている。

 だが、これは国士無双だかのために、もとから彫ってあった刺青だろう。脱がして確認すれば、新たに〈十萬〉も彫られているのだろうか?

 そこまで確認する前に、他にも規則性はなかったかと考えて、思い至る。

「詩はどうだ? タロットの十八番目は?」

「〈月〉だよ。その詩、よく読めないけれど……」

「月なんて書いてないな」

 ここにきて規則性が崩れまくっている。もちろんそんな規則性は俺達の推測とはいえ、詩については問題だ。由莉園の詩がこうなのか? 午前18月だけ、タロットの名称を入れなかったのか?

「どうする? 正念坂さん。通報しないと……」

「ちょっと待て。もしかしてこれ、途中なんじゃないか?」

 詩を書ききっていない段階で俺達が来たのだとすれば、説明がつく。俺達の話し声を耳にして、作業を中断したわけだ。その場合、退避できる先はひとつしかない。

 俺は階段を上がる。有紀暮も慌ててついてくる。

 この建物は、通路があって玄関扉が横にずらりと並んでいるのではない。各階、玄関扉が向かい合っており、そのブロックごとに階段がある構造だ。それぞれの階段は最上階の六階まで上がると行き止まりとなっている。

 果たして、五階と六階の間の踊り場で、女がひとり座り込んでいた。知っている人物。しかし予想外の人物だ。有紀暮が「霞さん!」と声を上げる。たしか霞千津子。天文部で由莉園の後輩だった女子。

 霞は引きつった笑みを浮かべ、俺達を見下ろす。夜空に浮かんだ月を背景にして。照明に照らされたその顔は、相変わらず血色が悪い。

「何してるんだよ。此処に住んでんのか?」

「え、えっと、えっとですね……」

 眼鏡の奥で目が泳ぎまくっている。

 俺は間近まで階段を上がり、リュックサックを抱き締めているその手を掴んで掲げた。指先が血で汚れている。霞は「あっ、あっ、あっ」と吃音(きつおん)みたくなる。

「下の人、霞さんがやったんですか?」

「お、襲われたんです! だから咄嗟に……」

 汗だくの顔で、俺と有紀暮に交互に訴える霞。

「本当ですよ! 有紀暮さんの部屋の前で、いきなり……襲い掛かってきたんです!」

「どんなふうに?」

「だ、抱き着かれました。あの人、私のことを、有紀暮さんと勘違いしたみたいで……ビーナス有紀暮って、呼ばれました。変なこと、されそうになって……」

「……ビーナス・ユキgrayだな、正しくは」

 正しくはじゃないが。

 そんな呼び名まで聞いたなら、中郷が霞を襲ったというのは本当かも知れない。この子は有紀暮とシルエットがそっくりだ。

「どうして有紀暮の部屋の前にいたんだ」

「それは……有紀暮さんが〈月〉だからですよ。ファミレスで占いましたよね? あの後も……何度占っても、そうなんです。〈月〉の人が殺される日ですよね、今日は。危ないじゃないですか。報せようと、思って。それで来たんです……」

「霞さん」と、有紀暮が呼び掛けた。それから険しい表情で問う。

「私を追いかけてきたのは、貴女じゃないですか? お面をかぶって……」

 霞は硬直した。その脳内がパニックになっているのは明らかだ。

 俺は彼女のリュックサックを指差す。

「それ、貸してくれるか」

「え? なんでですか? 無理です、それは……」

「見られて困るものが入ってるのか」

「ち、違います。あの、あの、生理用品が、入ってるので……」

「じゃあ気にするな」

 強引に奪い取った。取り返そうとする霞の頭を押さえて、有紀暮にパスする。だが有紀暮はキャッチに失敗して床に落とした。「いきなり投げないでくれよ」なんて云っている。

「有紀暮になら見られても平気だろ」

「いやっ、駄目です。有紀暮さん、有紀暮さん!」

「開けろ有紀暮。生理用品なわけがねえ」

 有紀暮がジッパーを開けて(あらた)める。

 そして中から取り出されたのは、有名なアニメキャラのお面だった。

「きみを追いかけてきた奴がかぶっていたものか?」

「そうだ。それに、ハンマーも入っているよ。追いかけてきたとき、これも持っていた」

「血がついてるだろ。中郷を殴り殺した凶器だな」

 しかし霞は「知りません……」とうわ言みたいに呟く。

「私のじゃありません。勝手に、入れられたんですよ。私を襲ってきた人に……」

「きみがポエマーbotなのか?」

 驚愕を(たた)えた顔が俺を見上げる。絶句しているようだ。

 この疑いは、以前に有紀暮が口にしていた。そのとき俺は否定したが、今日のこいつは確かに有紀暮を殺しに来た。不測の事態により中郷を殺すことになったわけだが、それでも詩を残そうとした。

「あっ、あの、占いを――させてください」

「は?」

「中郷さん? と云うのですか? 私を襲った人は。有紀暮さん、リュックの下のポケットです。タロットが入ってますから、ください。占います」

「なに云ってんだ?」

「占いですよ。タロットで。中郷さん――中郷なにさんですか? 今日は彼だったんですよね? なら彼は〈月〉のはずです。早く、カードを」

 呆れた奴だ。

 俺は有紀暮に、カードを俺に向けて投げるように云う。すると有紀暮は近くまで階段を上がって手渡した。コントロールに自信がなかったのだろう。

「わ、私に貸してください。早く」

「ファミレスで見て、もう気付いてるんだよ」

 カードの裏面は花柄となっている。俺はそれを突き付ける。

「左上の花だ。花弁が二十二あって、必ずどれかひとつだけ微妙に短い。カードによって違う。時計回りだな。十八番目の花弁が短ければ〈月〉だって分かるんだろ」

「え? 知りません……知りませんそんなの!」

「きみの占いはイカサマだ」

「違います! 私は本当に!」

「うるせえよ」

 頬をビンタする。霞は床に這いつくばって「いひ、いひひひひっ……」と笑い出した。

 とにかく鷹峰を呼ぼう。

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