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二足歩行型ガトーショコラ  作者: 凛野冥
[死:女る嬲る女]
12/28

5「タロットが示す月の運命」

    5


 阿僧祇がポエマーbotじゃないと分かっても、有紀暮は落ち込むことなく、翌日には次の行動を取っていた。放課後に俺に電話を掛けてきて、今すぐ来てほしいなんて云う。

 彼女曰く、由莉園と交流があった生徒をあたっていたところ、重要参考人に行き着いたらしい。本当だろうか? だいぶ疑わしいが、麻雀牌やパスカルの三角形から妄想を膨らませるよりは現実的なアプローチだ。

 仕方なく、俺は原付を走らせて指定されたファミレスにやって来た。美濃和高校から徒歩十分の場所。彼女達は奥の席に並んで腰掛けていた。

「やあ正念坂さん、ご馳走様」

 有紀暮はそう云って、机上の超巨大パフェを指差した。

「なに。俺が払えってこと?」

「私の懐事情(ふところじじょう)は知っているだろう。しかし注文せずに居座るわけにもいかない」

「その理由ならドリンクバーとかだろ」

 別にいいか。絢の金だし。

 そんなことより、もうひとりの女子だ。深く俯いていて、頭につけたピンク色のカチューシャしか見えていない。

 俺は「その子が重要参考人?」と訊ねる。

「ほら(かすみ)さん、まるで授業中に先生から指名されたくない生徒が下を向いているみたいですよ」

「は、はい……」

 有希暮に促されて、やっと顔を上げた。それでも少し俯き加減だ。

 唇を噛み、眉根を寄せ、視線は窓の外を向いている。ひどく顔色が悪い。髪型と眼鏡は有希暮とかぶっている。と云うかシルエットがそっくりだけれど、有紀暮からポジティブな面をすべて抜いたらこの子になるという感じだろうか。

「三年の霞千津子(ちづこ)さんだ。天文部に所属していて、つまり姉の後輩だよ」

「ふうん。天文部ってほぼ帰宅部じゃないのか?」

 由莉園はそう云っていた。現に彼女はろくに参加していなかったし、所属していると知ったのも数ヶ月が経ったころだった。

「それは人によってだ。なんにせよ、姉は霞さんをよく気に掛けていたらしい。そうなんですよね、霞さん」

 問われて、首をわずかに縦に振る。

 人見知りなのかと思って見ていると、有紀暮が苦笑した。

「霞さんは正念坂さんのことが苦手みたいなんだ」

「ゆ、有紀暮さんっ」

 霞は急に慌てた様子となり、両手を身体の前でばたつかせた。俺の胸元のあたりに視線を向けて「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」と謝る。

「苦手、とは云ってないです。全然、本当に……。少し、少し怖いと……いえっ、違います。そういう意味じゃなくて、ですね……あまり、近づきたくないと、云いますか……」

「俺、きみに何かしたっけ?」

「えっ? いえっ? そんなことは、ないです。全然、本当に……」

 声が消え入り、再び直角以上に俯いてしまった。

 有紀暮が「どうやら」とフォローする。

「話したこともないそうだよ。ただ、正念坂さんは色々と目立っていたのだろう?」

「ああ、そういうこと……。でも警戒しなくていいよ。なにもしないから」

 でないと話が進みそうにない。

「重要参考人と云うからには、由莉園の後輩ってだけじゃないだろ。ポエマーbot事件について、思い当たることでもあるのか?」

「ほら霞さん、まるでホームレスの人が小銭を見つけようとして下を向いているみたいですよ」

「は、はい……」

 霞は鞄からカードの束を取り出して、机上に置いた。

 トランプかと思ったが違う。一番上のカードには、派手な服装をした男の絵と〈THE FOOL〉の文字がある。

「タロットカードか?」

「そう、ウェイト版タロットだ。〈力〉と〈正義〉の順番から分かるとおり、姉が元ネタにしたのもウェイト版だね」

「なんの話だよ」

「知らないかい? マルセイユ番では8が〈正義〉で11が〈力〉なんだ」

「それも知らないが、由莉園が元ネタにしたってのは?」

「詩だよ。『午前21ヶ月』。タロットをなぞっているという話」

 それでも俺がピンときていないのを見た有紀暮は「うわ!」と声を上げた。

「私が送ったメッセージ、全然読んでくれていないんだね!」

「いや、ちゃんと読んでるよ。たまたま見落としたみたいだ」

 実際はほとんど読み飛ばしていた。

 有希暮は自分の携帯を操作してから俺に差し出す。

「既に気付いた人が大勢いて、ネット上でもまとめられているよ。現場に残されている詩には、タロットの名称がちりばめられているんだ。大アルカナの1から順番にね」


1:魔術師

『逢〈魔〉が時に、どろりどろり/益体もない権謀〈術〉数だって/〈師〉曰く、それが啓示なのだ』


2:女教皇

『黒甜郷裏、あり得ない〈女〉に〈教〉わる/〈皇〉子を摘み取り、また隆起すると』


3:女帝

『頭が割れた〈女〉がひとり/天〈帝〉が嗜む血肉なれば/赦して下さい、赦して下さい』


4:皇帝

『飛翔する〈皇〉居を一瞥、珈琲を淹れる/〈帝〉國が推奨する低酸素エアロビクス』


5:教皇

『異〈教〉の者共、雑誌の付録で〈皇〉胤となる/明日の我が身を嗤われまいと必死みたいね』


6:恋人

『〈恋〉する気持ちをすり潰しては/ジャリジャリと噛んで飲み込んだ/〈人〉間になることを恐れるあまり』


7:戦車

『貴方が眠れない夜のために〈戦〉う/朝焼け、涙と空回る〈車〉輪/穢れを知らない子供の声を聴く』


8:力

『きみを〈力〉一杯、絞め殺す癖がなおらない』


9:隠者

『一緒に〈隠〉れた屋根裏部屋で/何〈者〉かの思惑が朽ちていた/ウィん、ウィーーーん、と』


10:運命の輪

『循環する〈運命〉はメビウス〈の輪〉に巻き取られ/紐が千切れては天秤でも量れはしない』


11:正義

『きみが〈正〉しかったなんて/指を何本折られても云う〈義〉理はないよ』


12:吊るされた男

『莫迦な奴らを〈吊る〉し上げては/フィルム・ノワール・カタレプシー/美容整形を施〈された男〉が哭く』


13:死神

『〈死〉体にされて貴女の部屋に飾られたかった/ただひとつだけ〈神〉様と呼べる存在に』


14:節制

『こんな季〈節〉がきたんだ/肘と膝を離してはいけない〈制〉約を課された/哀しきモンスターが押し寄せる』


15:悪魔

『〈悪〉の華、踏み散らして〈魔〉性/キスをしたって味がしないガムのよう』


 なるほど、タロットに馴染みがある者なら簡単に気付けそうだ。一方で、馴染みのない俺では気付けるわけがなかった。

「大アルカナは21まである。その数からしても、『午前21ヶ月』はこれに沿って書かれた詩集だと分かるね」

「それは分かったが……だからなんだという話じゃないか?」

 ただの言葉遊びだ。連続殺人の手掛かりにはなりそうにない。

「私もそう思っていたよ。霞さんの話を聞くまでは」

「どんな話だ」

 俺は霞に視線を投じる。

「ほら霞さん、まるで悪魔憑きの少女が治療で催眠術をかけられて下を向いているみたいですよ」

「は、はい……」

 彼女はやや顔を上げ、両手で眼鏡の位置をなおしながら口を開く。

「う、占いです……。殺された人達は、私が占うと……そのカードになるんです」

「正念坂さんにも見せてあげてください」

「わ、分かりました……」

 有紀暮の注文に小さく頷くと、彼女はタロットカードを机上でばらばらに崩した。それから震える手で、円を描くようにかき混ぜる。

「誰を、占いますか……?」

「正念坂さん、何人目の被害者か云ってみてくれ」

「じゃあ十二人目」

「十二人目は……久木(くき)康暉(こうき)さんだね。十九歳、男性。浪人生で、予備校からの帰り道に清逸夜見川近くの空き地で殺害された」

 霞はそれを聞きながら、混ぜ終えたカードをひとつにまとめる。続いて適当に三分割し、順番を入れ替えるように再度ひとつの束に戻すと、裏面を上にして置いた。

「ワンオラクル……一枚だけ引いて、占います。久木康暉さんの運命を……」

 カードがずらりと並ぶよう、横向きに崩される。彼女はその中央あたりにあった一枚を選んで、ひっくり返した。

 露わとなったのは、両手を背中に回して足を交差させた男が逆さになっている絵だ。

「〈12:吊るされた男〉の逆位置です。残念ですが……久木康暉さんの苦悩は、報われることがありません。すべてが無駄となってしまうのです。実際、殺されてしまったのですから、そうですよね……」

 そう告げて、霞は小さく息を吐いた。緊張の糸が切れたかのような仕草だ。

 有紀暮はなにやら得意げに俺を見て、「どうだい?」と訊ねてくる。

「つまり……そうだな、三人目なら3のカード、九人目なら9のカードが出るって云うのか? 何度やっても、絶対に?」

「そのようだよ。霞さんの占いは本物で、姉が目をかけていたのもそれが理由らしい」

「いえ、私なんて、全然、本当に……」

 恐縮そうに肩を縮める霞。

 しかし俺にはまだよく分からない。

「きみは被害者全員を、生前に占ったことがあるのか? 本人に対して?」

「そうではないよ」と有紀暮が答える。

「被害者の情報をもとに占ってみて、はじめて気付いたらしい。詩が大アルカナをなぞっていると知ってからね」

「じゃあなんだ、本物の占い師ってやつが占えば、タロットの結果はみんな同じになるのか? ポエマーbot本人なのか、その周りかは知らないが……向こうも同じように占って、殺す相手を決めてるってことか?」

「えーっと、どうなんですか、霞さん」

「わ、私? 私には、分からないです。ごめんなさい……」

 俺は呆れてしまった。胡散臭すぎる。

 疑惑の眼差しに気付いたのか、霞は「も、もう一回、やりますか……?」と訊ねた。今にも気絶するんじゃないかというくらい血の気が引いている。

「いや、いい。それより由莉園についてだが、きみとよく話していたのか?」

「はい、すごく……」

「すごくって? 毎日か?」

「いえ……たまに、姫乃先輩が、天文部にいらしたときですけど……」

 それはすごくとは云わないだろ。

「で、きみのタロット占いを褒めていた?」

「そうです。姫乃先輩は、私を認めてくれました……。素晴らしい才能を、持っていると……認めてくれて、とても良くしてくれました……」

 霞は遠い日々に想いを馳せるかのように目を細めた。

 由莉園と多少の交流があったのは事実なのだろう。俺にこの子の話を聞いた憶えはないけれど、そもそも由莉園はなんでも共有しようする性格ではない。

「ポエマーbot事件に話を戻すが……他にはないんだな?」

「ほ、他と云いますと……?」

「心当たりとか、気付いたことは」

「はい……タロット占いのことだけです」

「じゃあ正直、犯人の特定には繋がらないな。これから殺される人間を予知はできないだろ?」

「できないです。ごめんなさい……」

 謝らせるつもりはなかったのだが。

 この手のタイプとは会話が噛み合わない。

「正念坂さん、そんな云い方をしなくてもいいじゃないか。調査には活かせそうにないけれど、驚嘆すべき話だろう?」

 活かせないなら、ただの与太(よた)話だ。それでいちいち呼び付けるなと思ったが、霞に傷付かれても面倒なので口には出さないでおく。

「そうだな。折角だからきみも占ってもらったらどうだ」

「おお、たしかに興味深いね。霞さん、お願いできるものですか?」

「いいですけど……何を占います?」

「では、さっき久木康暉について占ったのと同じでお願いします。私の運命で!」

「分かりました……」

 霞は先ほどと同じ手順を繰り返した。カードが混ぜられて、横にずらりと並んだ中から、適当な一枚がひっくり返される。

 夜空に浮かんだ大きな月を、二匹の犬が見上げている絵が描かれている。

「〈18:月〉の正位置です。有紀暮さん、貴女は過去に大きなトラウマがあるのではないですか?」

「トラウマですか。そうですね……」

「もちろん、トラウマがあるのは多くの人が同じですが……。ひとつ、真っ先に思い浮かんだものがありますか?」

「はい」

「それのせいで、貴女の行く先に不安が待っているようです。あるいは現在、既にその状態でしょうか……。不安の先については、見通すことができません。もしかすると、どこにも行き着くことができないのかも知れません……」

「……なんだか、暗い結果になってしまいましたね」

 霞は「ごめんなさい……」と謝って、フォローめいたことをいくつか付け加えた。しかし印象が大きく変わるようなフォローではなかった。

「まあパフェでも食って元気出せ。そのカード、ちょっと見てもいいか?」

 俺は霞からカードを受け取って、大アルカナという(くく)りらしい二十二枚を適当に眺める。

 これはあくまでも、由莉園の詩の元ネタだ。

 連続殺人について重大な示唆(しさ)になるとは思えない。

 納得したところで帰ることにした。すると有紀暮が原付の後ろに乗せて家まで送ってくれと頼んできた。別に構わないが、俺への馴れ馴れしさが加速している。

 霞はこれから近くの塾に行く予定とのことで、ファミレスに残った。もうこの子と会うことはないだろう。昨日の阿僧祇ほどではないにせよ、無駄足には違いがなかった。

 だがそれを云い出したら、今のところすべてが無駄足なのだ。

「霞さんがポエマーbotだと思うかい?」

 原付に跨ったところで、有紀暮がそう問うてきた。

「いや、まったく考えてなかった」

「私は怪しいと思うんだ。占いの結果がタロットの順番と完全に一致するなんてね。彼女が犯人で、占いで殺す相手を決めているという順序なら、説明が付くだろう?」

 片手を顎にあてて、なにやらしたり顔だ。

「それなら俺達に話したりしないだろ。そんなに隙のある奴なら、とっくに捕まってると思うが」

「うーん、それはもっともだけれど……」

 したり顔が崩れる。彼女の推理は思い付きどまりで、推理と呼べる代物(しろもの)ではない。

「きみのトラウマってなんだったんだ?」

「うん?」

「霞に云われて認めてただろ。トラウマがあるって」

「それはまあ、いいじゃないか。大したことじゃないよ」

 彼女は曖昧に笑って誤魔化した。俺もそれ以上は訊かなかった。

 結局のところ、ポエマーbotは鷹峰らで、三人麻雀に見立てた連続殺人をやっているというのが本当なのだろうか。だが冷静に考えると、いくら鷹峰でもそんな馬鹿らしいことをやるものか疑問だ。〈十萬〉とかパスカルの三角形の話もある。

 確認しようにも、鷹峰の電話番号なんて知らない。絢に訊くのも、絢と連絡をするのが嫌だ。〈明日暮れぴおす〉に出向くのも気が進まない。

 今の俺は面倒事に包囲されてしまっている。

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