表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二足歩行型ガトーショコラ  作者: 凛野冥
[死:女る嬲る女]
10/28

2「帰納された10の56乗」

    2


 十二人目の被害者は清逸夜見川近くの空き地で発見され、〈四索〉の刺青を彫られていた。詩は『莫迦(ばか)な奴らを吊るし上げては/フィルム・ノワール・カタレプシー/美容整形を施された男が()く』。


 十三人目の被害者は国道一号線近くにある映画館の非常階段で発見され、〈一筒〉の刺青を彫られていた。詩は『死体にされて貴女の部屋に飾られたかった/ただひとつだけ神様と呼べる存在に』。


 十四人目の被害者は百条湖近くのキャンプ場で発見され、ありもしない〈十萬〉の刺青を彫られていた。詩は『こんな季節がきたんだ/肘と膝を離してはいけない制約を課された/哀しきモンスターが押し寄せる』。


 ……ふざけてるのか?

 もとより由莉園が書く詩のセンスは俺にとって理解不能だが、たまにどう見てもふざけているのが混じっている。エアロビクスがどうとか、肘と膝を離してはいけないとか。

 さて、三時半過ぎに有紀暮から連絡を受け、俺は美濃和高校に向かった。先日、大蛸と話すにも使った裏門の駐車場に阿僧祇を連れてくるよう指示しておいたので、到着すると既に二人は其処で待っていた。

 阿僧祇は俺の二年前の記憶から大して変わっていなかった。天パの髪と、眠そうな目と、ズボンにインしたよれよれのチェックシャツ。見るからに未婚の冴えない三十代男。

「久しぶりだね、正念坂くん」

 正面で原付を停めた俺に対し、彼はチョークの粉がついた手をこすり合わせながら云った。そういえば、こういう癖がある奴だった。

 有紀暮が「すみません、先生。お忙しいところ待たせてしまって」と謝る。敬語は使えないんじゃなかったのかよと思うが、まあいい。

「こいつ忙しくねえだろ」

「いやあ……忙しくなくはないんだけどね」

 苦笑いを浮かべる阿僧祇。

「でも忙しいとは捉えないようにしているね。人は忙しいと感じたとき、創造性を失ってしまうから」

「あんた、由莉園を変な団体に引き入れようとしてたよな?」

 廊下や階段で頻繁に由莉園と立ち話しており、俺が来ると「この間の課題の話をね」だの「成績についてだよ」だのと誤魔化して去っていくので、なんの話をしているのか由莉園に訊いたことがある。彼女は、勧誘を受けているのだと云っていた。

「ああ……そうだね。変な団体じゃなくて、数学的な知的サークルなんだけどね」

「変な団体じゃねえか」

「偏見だなあ……。しかし彼女は応じてくれなかったよ。失踪してしまったのも残念だったけど……まだ見つかっていないんだよね?」

「しかし先生、姉は理系科目はそれほど得意じゃなかったと思うのですが」

 たしかに。理系よりも文系のイメージだ。

「いや、数学の成績も良かったよ? 学年でも上位三十名には入っていたんじゃないかな」

「その三十名全員を誘っていたわけじゃないだろ」

「ああ……単なる学力で誘っていたんじゃないんだ。なんと云うか、カリスマ性だね。きみ達なら納得してくれると思うけど、彼女はすごく人を惹きつける力があったから」

「カリスマ性があると、どうして知的サークルとやらに誘うんだ」

「説明して分かってもらえるかな……。それより、なぜ今になってそんなことを訊くの?」

「あんた、ポエマーbotだろ? その動機を確かめに来た」

 有紀暮が「ああ、正念坂さん!」と声を上げる。

「そんなストレートに訊いたら駄目じゃないか。もっと外堀から埋めていかないと」

 しかし、こいつがポエマーbotなら既に警戒を始めているだろうし、違うなら回りくどいことをするだけ時間の無駄だ。

「えーっと、僕が連続殺人の犯人だって云っているの? どうしてそうなるのかな……」

 阿僧祇は困ったように頭を掻く。いちいち仕草が胡散臭(うさんくさ)い。

 俺は有紀暮に説明を頼んだ。彼女は不承不承という感じで、被害者に刺青された麻雀牌の数字とパスカルの三角形との符号について話した。

「へえ! 面白いね! こう云っては不謹慎かな……」

「あんたが大好きなパスカルの三角形だろ。気付かなかったのか?」

「刺青の具体的な数字を知らなかったからね。テレビとかで報道されてないよね? たしかに興味深い話ではあるけど……それで僕を疑うのは無理がないかな?」

「それでいて()つ、由莉園に執着がある人間だ。あんたくらいだろ。すっとぼけるだろうから先に云うが、現場に残されている詩はどれも、昔に由莉園が書いたものだ」

「本当に? いや、そんなこと全然知らな――」

「パスカルの三角形に由莉園の詩を添えることで、自分が由莉園と結ばれた気にでもなってんのか?」

 俺の睨みを受けて本気と察したのか、阿僧祇はしかつめらしい表情をつくった。

「……事情はだいたい分かったけど、誤解だよ。僕に人殺しができると思う?」

 人殺しなんて誰だってできる。こいつが欲求不満から変態の妄想をこじらせ、連続殺人を通して百条市に自分と由莉園との勝手な合作を描き出そうとしたって全然不思議はない。

「あんた、携帯は持ってるよな?」

「持ってるけど……」

「これから今日の被害者が発見されるまで、俺とビデオ通話してもらう。仕事中も運転中も家に帰ってからも、被害者が発見されるまでずっとな」

 有紀暮が「なるほど!」と手を打つが、阿僧祇は顔を引きつらせた。

「そんな……そこまでしないといけないの?」

「あんたがポエマーbotじゃないなら困らないだろ」

「そうですよ、先生。ポエマーbotはその日のうちに死体が発見される場所を選んでいます。今日は清逸夜見川沿いだと分かっているので警察も巡回していますし、早ければ六時くらいには容疑が晴れますよ」

 現時点で既に犯行後という可能性は無視していいだろう。ポエマーbotの犯行時刻は夕方から夜にかけてと云われているし、こいつが勤務時間中に一時間ほど抜け出して犯行に及んでいるとも考えにくい。

「うーん……僕じゃないと分かったら、これっきりにしてくれる?」

 俺が返事しないのは肯定の意だ。阿僧祇は渋々と携帯を取り出した。

「音声はミュートしていいよね? 職員室の会話とか、きみ達には聞かせられないから」

「分かった。あんた自身と背景が映っていればいい」

「それできみ達の気が済むなら、仕方ないね……」

 早速この場からビデオ通話をスタートし、阿僧祇は顔の前で携帯を掲げたまま校舎内へと戻って行った。もっと自然に持てるだろと思うが、もとから挙動不審な奴だから周りもさして気に留めないだろう。

「これは妙案だし、それに阿僧祇先生もよく乗ってくれたね?」

 有紀暮はよほどこのアイデアが気に入ったらしく、しきりに(うなづ)いている。

「しかし、乗ってくれた時点で彼はポエマーbotじゃないのだろうか……?」

「よく見ておくことだな。アクシデントを装って画面を真っ暗にしてくるかも知れない」

 俺達も此処に留まっているつもりはない。後ろに乗せた有紀暮に映像の見張りを任せて、原付を走らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ