~旅の相棒が出来ました。~
魔法の実験をするために、家の周りくらいは出たことがあったけど
本格的に外に出るのは実に5年ぶりだ。
リコルは、てくてくと魔の森をゆる~く闊歩する。
襲ってくる魔物は、適当にちゃちゃっと魔法でやっつけた。
リコル「なんか、素材とか取っておいたら売れるかな~?」
なんて、ぼんやり考え事をしながら散歩するノリで、街へ歩きだすけど・・・
リコル「歩くのめんどくさくなってきたな・・・・・」
引きこもっていたせいか、身体を動かすのがしんどく思える。
リコル「初日だし、ズルしてもいいよね・・・・」
パチンと、リコルが指を鳴らすと
何もない空間にドアが出てきた。
ドアの先は、リヴェル王国の城下町へつながっていた。
そこにほいっと入ると、
あっという間に町へ着いた。
誰にも気づかれないように、路地裏に出るように座標を設定した。
きょろきょろと、周りを見回していると
大きな怒鳴り声が聞こえた。
「クソ!もうこいつも使いモノにならないな!!!」
「奴隷として売れもしねえし、廃棄しちまうか?」
「治癒魔法をかけてやる金もねえしな」
「ったく、若いくせにすぐやられちまってよ・・・・」
と、話し声が聞こえる。
そしてそこには3人の男性の人影。
会話をしている二人の身なりはそれなりにいいが、
もう一人は、ほぼ裸で、ぼろぼろだ。
鉄でできた手枷をつけられている。
大きな剣で切られたんだろうか。
肩から背中へ大きな傷があり、そこから血が滲み、肉が見えている。
そのまま放置していたら間もなく力尽きて死ぬだろう。
リコル「・・・・いたそう。」
思わず、物陰に隠れたまま口に手を当てて呟いた。
「お前はもう、ここで終わりだ」
「じゃあな。」
身なりのいい二人は、そう言って
ぼろぼろになった男を置き去りにしていった。
置き去りにされた男は、髪もぼさぼさで、顔もヒゲで良く見えなかった。
声も何も出さない。
もう、言葉を発する気力もないんだろう。
リコル「・・・・・」
ちらりと、物陰から顔を出した。
その時、置き去りにされた彼と目があった気がした。
その目には、諦めと、絶望が宿っていた。
助けて、どうする?って思ったけど、
私は、なんとなく彼の元へ駆け寄った。
そして――
リコル「もう、大丈夫だよ。」
パチンと、指を鳴らした。
淡い光が、彼の全身を包み込んだ。
目の前の彼が、目を見開いた。
「・・・・・・・あなたは・・・・」
リコル「私は、リコル。もう、痛い所はないかな?」
「・・・・・・・はい・・・・・ありがとう・・・・ございます・・・・・ありがとうございます・・・・・」
そう言って、目の前の彼は、震えながら私に対して土下座をした。
地面に頭をこすりつけながら。
きっと、そうしろと今まで教えられてきたのだろうか?
リコル「ちょ、ちょっと、顔をあげて!治癒魔法をかけただけだよ・・・」
「このご恩・・・・どうお返ししたら・・・・・・・」
リコル「いいっていいって!!それより、身なりを整えたほうがいいよ!またあの人達に見つかったら、捕まっちゃうかもしれないから。ね!」
そう言って、彼の返事も聞かないまま
私は彼を宿に連れて行った。
「アンタ、連れているの奴隷か?うちは汚物を置ける部屋なんてないよ」
そう言って、しっしっと手をやる店主に、
リコル「宿泊代です。」
と、カランと金貨を投げる。
両親が遺したお金だ。
宿屋の相場は知らないけど、足りるだろう。
「・・・・・・は!?え?!」
店主は驚いた後に、すぐに表情を戻した。
「・・・・・・2階の角部屋を使っていい。ベッドも二人分ある。」
リコル「ありがとう。じゃ、行こっか。」
くるりと振り向いて、後ろをついてきていた彼に目をやると、
戸惑いながらもゆっくりと後をついてきた。
――
部屋につくと、
彼は地べたに跪いたままだったので、
リコル「普通にしていいよ。とりあえず、お風呂入ってきて。髪とヒゲも切ってね。」
どうぞと、私は収納魔法でしまっておいたナイフを彼に渡した。
彼はこくりと頷くと、そのまま風呂場へ向かった。
その間に、彼が着る新しい服を見繕う。
家にあった、父親の服でもいいかな?
茶色い長袖のシャツと、黄土色のズボンがあったので
それを収納空間からぺいぺいっと取り出した。
家ごと持ってきたので、クローゼットにもそのまま空間をつなげられるから便利だ。
さすが私、かしこいなぁ。
なんて自画自賛しながら、洋服と靴を一式取り出して
浴室のドアの横に置いておいた。
リコル「・・・・・・・さて、これからどうしようかなぁ・・・・・・」
ぼふっとベッドに横になり、ぼんやりと天井を見上げる。
ノープランで家を出てきて、やることとか何も考えてなかったな。
ぼやぼやーっと色々考えていると、
お風呂場から彼が出てきた。
髪とヒゲで隠れていたけど、
なかなかカッコいいのではないか?
少し緑がかった髪に、金色のきらきらした目が
目を引いた。
背も高くて、がっちりとした体格をしている。
リコル「あ、終わった?」
「・・・・・・はい・・・・あの、服とか・・・・・その・・・・ありがとうございます・・・・・」
リコル「私のお父さんのお古なんだけど、少し小さかったね・・・」
「いえ・・・・・・着せて頂けるだけで・・・・・本当に・・・・・」
リコル「・・・・・・・・」
「・・・・ほんとうに・・・・・・・」
そう言って、彼はぼろぼろと涙を流した。肩が震えている。
どれだけ、怖くて、痛い思いをしてきたんだろう。
会った時の状況を思い出して、少し胸が痛くなった。
リコル「もう、痛い思いをすることもないし、身なりも整えたから・・・・誰かわからないよ。だいじょうぶ。」
にこっと微笑んで、彼の肩に手を置くと、
少しびくっとした後に、優しく私の手を両手で握りしめた。
「貴方は、私の命の恩人です。どうこの恩を返せばいいのか・・・・わかりません・・・・」
リコル「見返りなんて、求めてないからいいよ。ところで、あなたはなんていう名前なの?」
そう尋ねると、彼は困ったように
「344番です」
と答えた。
リコル「サンビャクヨンジュウヨンさん?え?」
「・・・・私は、リヴェル城下町の闘技場にいた剣闘士・・・・いわば、奴隷です。名前はありません。」
リコル「・・・・そう・・・・じゃあ、ゼロさんね。ゼロさん。」
「・・・・・ゼロ?」
リコル「うん、あなたの人生は、これから・・・ゼロからはじまるよってことでゼロさん。」
「・・・・・わかりました・・・・ありがとうございます。生涯、この名前を大事にします。」
彼はそういって、また土下座をしようとしたので、
慌てて止めた。
リコル「わー!!いいって!いいの!」
ゼロ「・・・・・・・・・・はい。」
リコル「ゼロ、これからは自由にして大丈夫だからね。あ、あと、これ。」
ぽんと、私はゼロの手の上に小さな袋を置いた。
ゼロ「・・・・・これは・・・・?」
リコル「当面の、生活費とか・・・・お金。ゼロ、体格もいいし、これで装備買って冒険者とかしたら、独りでも暮らしていけると思・・・」
と、言い切る前に、
ぐいと、胸に向かって袋を返された。
ゼロ「・・・・・これは・・・受け取れません・・・・・」
リコル「・・・・・・ゼロ・・・・・」
ゼロ「お金も、何もいりません・・・・・・私には行く場所がありません・・・・どうか、ご迷惑でなければ貴女の奴隷にして下さい。」
そういって、真剣な顔つきで、ゼロは私に頭を下げた。
リコル「ど、奴隷・・・・・・・・!?」
ゼロ「はい、貴女のためなら何だってします・・・・どうか、どうかお傍に置いてください。」
あまりにも、必死に懇願されるので、私はどうしていいかわからなかった。
リコル「・・・・・・う・・・・・・うう・・・」
ゼロ「・・・・・・おねがいします・・・・・奴隷印を付けて下さっても大丈夫です。」
奴隷印・・・・・奴隷が、主人に逆らわないようにつけられる印のことだ。
逆らおうとすると激痛が走ったりとか、奴隷が死ぬみたいな制約印のことなんだけど・・・・
まさか、そこまで決意が固いとは・・・。
これは、断れなさそうだなぁ。
なんて思った私は、彼の提案を一部だけ受け入れることにした。
リコル「わかった、じゃあ一緒に行こうか、ゼロ。」
ゼロ「・・・・・・!!ありがとうございます!」
私がそう返事をすると、彼の表情がぱぁっと明るくなった。
リコル「ただし、奴隷としてじゃなくて、一緒に旅をする仲間としてね。」
ゼロ「・・・・・・・仲間?」
リコル「うん。仲間。上下関係とか、いらないの。私はゼロと対等な関係がいいから。」
ゼロ「・・・・・そう、ですか・・・・・・・」
リコル「敬語も、いらないよ。普通に話して。それが一緒に連れてく条件。」
ゼロ「・・・・・え、えっと・・・・・わ、わかった・・・・・」
戸惑ったように、恐る恐る返事をするゼロを見て、
私はふふふっと笑ってしまった。
リコル「私は、リコルって言うの。改めてよろしくね、ゼロ。」
そう、私が手を差し出すと、彼は恐る恐る握手をした。