第一話 恋愛呪
オカルトやホラー。科学的に証明されないものが存在するかしないかと問われれば、「わからない」と答える。それにたとえあったとしても、学ぶことにたいした意味はない。
だがだからこそ、おもしろい。人間の理解が及ばない領域。そこに一歩二歩と足を進める恐怖感、高揚感。それがたまらなく好きなのだ。
だからこれはあくまで趣味。意味のない、個人的な遊びだ。それを否定されれば、当然。
「天竹くん。聞いていますか、天竹空くん。そんな無駄なことをしている暇があったら勉強でもしてみたらどうですか?」
「聞いてるよ……宮本。聞いた上で無視してるんだ」
放課後教室で1人タロットカードに興じていると、2年B組委員長、宮本睦月が厳しい口調で声をかけてくる。機能美を追求したかのような、お遊び一つないセミロングの髪。きっちりとした制服。あざといと言われかねないニーソックスも、彼女が履いているなら単純に少し寒いけどタイツを履いたら暑いのだろうなと推測できるほどに、真面目すぎるクラスメイトだ。
こんな口うるさい真面目女なのに、メイクをしなくても顔はクラスの誰よりもかわいくて、胸や尻は大きくそれでいて細身なのだから普通の女子はやりきれないだろう。まぁ俺にはあまり関係ないが。
「人を無視するとは感心しませんね。それともそんな暗い趣味を持っているとまともなコミュニケーションがとれないのでしょうか」
「他人の趣味を否定する奴にコミュニケーション能力を語られたくないな」
「趣味って……。私だって普通の趣味をお持ちの方は否定しませんよ? 釣りやゲーム。一見無意味な趣味も、その人にとっては有効で意味のあるものです。ですがオカルトなんて。科学的に証明されない、存在しないものに熱中するのはいくらなんでも無駄すぎるでしょう」
「社会的に存在しなくてもいいんだよ。俺の中では存在してるんだから」
信じてる奴だけで楽しめばいい。それがオカルトというものだ。たとえなかったとしても結果に一喜一憂できる。きっと彼女にはわからないのだろうが。
「そこまで言うならいいでしょう。私に呪いをかけてください」
「はぁっ!?」
何を言うかと思えば……。机を挟んでため息をつく。
「呪いなんて危険なものやるかよ。失敗したら俺にかかってくるし」
「知らないんですか? 天竹くん。法律では呪いは存在しないことになってるんですよ。呪い殺しても無罪。なぜなら不可能だから。不能犯といって、できないことが明らかになっているんです」
「それは日本の話だろ? 呪術を法的に認めている国もある」
「だから呪いはあると? 馬鹿馬鹿しい。科学的に証明されないものが存在することなどありえないのです」
何を言っても平行線。こういうことがあるからオカルトの話を他人としたくないんだ。
「じゃあわかった。呪いをかけてやる。ただし簡単なもので、師匠のオリジナルだ」
「師匠?」
「オカルト研究会の先輩。俺とは違ってめちゃくちゃ霊感あるんだよ」
「はっ。高校生にもなってオカルト研究会とは……。その師匠とやらもまともな人ではないのでしょうね」
俺やオカルトが否定されるのはいくらでも我慢できるが、師匠を馬鹿にされて大人しくできるほど大人じゃない。俺はカバンから一つのお守りを取り出した。
「これはうちの神社で取り扱っている縁結びのお守りだ」
「天竹くんのおうちは神社なんですね」
「大空神社ってのが近所にあるだろ? そこの跡取り息子。それともお前は神社も認めないか?」
「いいえ、神社は日本が誇る文化と伝統ですから。意味がないとは思っていますが」
……やるとは言ったが、いざやるとなったら気が引けるな。
「本当にいいのか? 一応安全の面も考えて縁結びのやつだし、呪いってよりまじないに近いけど」
「おまじない? オカルト好きなのに呪いもできないんですか?」
「『のろい』も『まじない』も。同じ『呪い』って字を書くんだけどな」
強気だった宮本の顔に、初めて陰りが見えた。これだ。このぞくってくる感じがオカルトの醍醐味なんだ。
「か、構いません。オカルトも存在しませんし、恋愛だって不必要だと思っています。つまり成功などありえません」
「あぁそう。まぁ俺も成功するなんて思ってないけど。お前と付き合う結果になっても困るしな」
そう言い、俺は裁縫箱の中から赤い糸を取り出す。
「これを舐めろ」
「は?」
「髪の毛とか爪でもいいけど、呪術的には体液の方が効き目があるからな。本当は血の方がいいんだけどそういうわけにはいかないし」
「……わかりました。いいでしょう」
宮本が赤い糸を口に含み、唾液をつけると俺に渡してきた。その反対側に俺の唾液もつける。
「これで俺と宮本が繋がった。そしてこれをお守りの中の内符に括りつける。これで終わりだ」
「何か呪文的なのはないんですか?」
「別に付け加えてもいいけど、変なことがあっても怖いからな。こんなもんでいいだろ」
「どうやら効果はなかったようですね。では私はこれで」
まぁ効果がないことはわかりきってたけど……なんだろう。もっと食って掛かってくるかと思ったし、ほんのりと頬が赤いような気が……。
「きゃぁっ!?」
宮本が帰ろうと俺の前から消えようとしたその時、その脚と机の脚が絡まり、俺の身体へと倒れ掛かってきた。
「いた……」
それによって俺の身体は床へと倒れ込み、その上に宮本が覆い被さってくる。
「宮本、どいてく……!?」
俺に覆い被さる宮本のその表情。それはとても正常だとは思えなかった。
「こ、こんな……こんなの……っ。ありえません……っ」
瞳孔が開き、荒い息を吐く宮本の身体。口から唾液が垂れ、俺の頬へと垂れてくる。普段の宮本からは、考えられない行動。まさか本当に……!?
「空っ! すっごい霊力感じたんだけど大丈夫っ!?」
2人しかいない教室で重なる男女。そこに現れたのは、キャップを被り、制服の上に黒いパーカーを羽織りながらも生脚を出した暑いのか寒いのかわからない少女。
「師匠っ!」
俺のオカルトの師匠、藤間襟奈さんが教室に駆けつけてきてくれた。
「この前やった縁結びのまじない! それやったらクラスメイトの様子が……!」
「……これ空んところのお守りじゃん……なるほどね。だいたい掴めた。空この子のこと好きなんだ」
「違いますよ!」
「冗談冗談。大方煽られたんでしょ? 空のことはよくわかってるから」
師匠が机に置かれたままのお守りを拾い、冗談を言いながらも難しい顔をする。
「わ、私は……どうなって……!?」
「これ自体は簡単なまじない。効果なんてほとんどない。でも空の体液と空の神社のお守りを使ったら……そりゃ空にとっては強力な呪いになるよ。空自身霊感は全然だけど霊力すごいし。まぁつまりさ」
師匠が俺たちを一瞥し、ため息をつくように言う。
「空とその子が結ばれるように世界が調整される。その影響の一つとして、その子は空のことが。大大大大大好きなベタ惚れ状態になったってわけ」
オカルトは危険なものだ。好奇心はあるが知識はあまりない俺では判断が下せない状況がいくつもあった。だから俺は、師匠の判断を全面的に信じることにしている。だから……つまり。
「宮本、俺のことが好きになってるのか……!?」
「なってない! 好きなんかじゃ……全然……! いやぁぁぁぁっ!」
普段の宮本からは考えられない口調に、信じるしかなくなった。俺はとんでもない呪いを宮本にかけてしまったんだ。
「解いて……解いてぇぇぇぇ……!」
「……人を呪わば穴二つ。つまり呪いをかけた方も何らかの報いを受けるってこと。でも今回は空の力を使っている分空に影響はない。でもそれを祓ったら……どんな報いが空に向かうか想像できない。ようするに、あたしは絶対にお祓いなんてしない」
「じゃあ……俺と宮本は付き合わなきゃいけないんですか……!?」
そんな……そんなの嫌だ……! だって俺は……師匠のことが……!
「祓う、じゃないけど強引な手を使えば何とかすることはできる。でもその準備をするために数日はほしいかな。それなりに危険な手だし」
師匠は俺以上のオカルト好き。危険なことは進んでやる。そんな師匠がここまで安全策を講じるってことは、それだけ確実な危険が迫っているということ。だからそれについては何も言うつもりはない。でもそういうことは、つまり。
「私は天竹くんが大好きなまま、数日間過ごさなきゃいけないんですか……!?」
俺と宮本の、地獄のような強制的な恋愛が始まることを意味していた。
ホラーっぽいですが怖い部分は少なくしていきます!
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