No.6
だいぶお菓子が減ってきて、パンケーキも残り1枚になった頃。
…私が仕方なく複製したポテチやらポッキーやらをバリバリポリポリとつまみながら、ムギがさくに「ねぇねぇ恋バナしましょうよせんぱぁい?」とか言って自分の幼稚園の時の恋バナをし始めた頃。
たんたらたんたらたんたん たたたたたん
誰かのスマホが鳴る。
…もしかして私の?
「ごめん、私かも」
一同が、興味ありげな目でこちらを見つめている。
こんな遅くに、誰からなのだろうか。
…こんな遅くっていうか、、深夜だよ?
理学部+すばるちゃんは、私の神術で体内にカフェインを複製しているので、皆ピンピンしているのだが。
スマホを見ると、着信画面が表示されていた。
私のスマホで合っていたようだ。
「…もしもし。米優ですけれども…」
私が電話に出ると、部員は口を閉じた。
電話をスピーカーモードにし、部員全員に聞こえるように、黒い机の上に置く。
『もしもし、こんにちは。春織ちゃん!遅くにごめんね!元気にしてる?』
「あれ、斎藤さん…昨日会いませんでしたっけ…?」
『そーいえば会ったね!忘れてた!あははっ』
「ふふふっ」
私に電話を掛けてきたのは、斎藤さんだった。
幸変組織『流星軍』のギルドの受付さんである。
可愛らしい笑顔と、少し抜けていて面白いところが人気な受付さんである。
私たち『理学部』は、何度も彼女にお世話になっており、結構仲が良い方だと思う。
…因みに、補足として、輝和学園内には『流星軍』と『テンペスト』、どちらものギルドが存在し、彼女…斎藤さんはそこの『流星軍』で働いているのだ。
…そんな斎藤さんから電話がかかってくる、ということは…?
『それはいいとして。電話がかかってきた段階で分かったと思うけれど『アブソリュート』に依頼しようと思って』
おっ、と部員が喜ぶ。
幸変組織側から依頼が来るのは、初めてではないが、やはり嬉しい。
それだけ必要とされ、認められているという証である。
「本当ですか?ありがとうございます!」
『喜んでもらえて良かった。…でね?今回は…』
斎藤さんが、一瞬、話を止める。
私たちも、揃って息を止めた。
『京都に行ってほしいんだ』
僅かな沈黙。
「「「「京都…?」」」」
「…」
「…(・・。)ん?」
ぽきゅ、っと首をかしげながら、すばるちゃんも、食べる手を止めてこちらを見つめる。
…可愛い…じゃなくて。
「京都って…?」
私は再びスマホに向き直る。
『古都の、京都だよ』
「それは分かります」
『場所?』
「分かりますって。そうじゃなくて…」
『交通費?はこちらから出すよ』
「あー、ありがとうございます…じゃなくてっ」
『あっ、それで依頼の内容ね?』
「それですよ!」
『えっと…どちらかといえば『アブソリュート』よりも、『2人』に対してお願いなんだけど…』
2人に対して、お願い。
そういう場合には、どちらかといえばチームの能力よりも、個人の能力に関するお願いが多い。
「ほう。…その『2人』とは…?」
『ええっと…春織ちゃんと…』
「はい」
『…澄傘ちゃんに』
「すぅれすかぁ?」
ムギが、素っ頓狂な声を出す。
驚いている様子だが、とても嬉しそうである。
『うん。澄傘ちゃんだよ』
「私とムギですか…。それで、内容は?」
『えっと…実はね…?』
そして斎藤さんはこんな話をした…。
春織ちゃんと澄傘ちゃんにやってもらいたいことは『神社の改修工事』。
主に澄傘ちゃんは、金属部分の補正と塗装作業を。
春織ちゃんには、澄傘ちゃんの金属補充と木造部分をお願いしたいの。
えっと…5月16日から…6泊7日で…一週間。
一日三食、高級旅館での泊まりとお給料は保証されるし、交通費は私たちの方から出す。
お給料は大体…×××円くらいかな。
一日中働く訳でもなくて、休みの日もちゃんとあるから、観光とかもできるし、お土産も買えると思う。
だから…是非、受けてほしいかな。
「どうする?ムギ」
私はムギに目を向ける。
「うーん、別に悪い条件ではなさそうれすし、やってもいいんじゃないれすか?」
「だね…私も、いいんじゃないかなって思う。…斎藤さん、私たち、この依頼を受けさせて頂きます」
『ありがとう、春織ちゃん、澄傘ちゃん。詳細をまとめた紙をポストに入れておくから、当日までにしっかり読み込んでおいてね』
「「はーい」」
『じゃあ、切るねー!ばいばーい』
「ありがとうございましたー」
「ましたぁ」
電話を切る。
数秒後、部室のポストの中に何かが入る音が聞こえる。
…斎藤さんの神術だ。
『空間移動』、Aクラス。
読んで字のごとく、物を移動する神術である。
この手の神術者は非常に多い。
だが、その中でも、物の種類が限られていたり、重量、体積などの制限があったりする。
そんな中で彼女は、やや高め…いや、『空間移動系神術者』の中では最高クラスだと思う。
少なくとも私の知っている限りでは、彼女が一番だ。
SクラスではなくAクラスの理由は、種類の制限によるものだ。
『動物のみ不可』…。
植物は可能である。
シャーペンも。消しゴムも。
ただし、動物のみ、できない。
誰もが1度は憧れる『瞬間移動』はできない訳だ。
私の知る中では、人間の移動は可能、みたいな神術者もいるのだが、その人は確かBクラスであった。
そこさえ可能であれば、彼女は確実にSクラスだろう。
…っと。
私が考え事をしているうちに。ムギは既に封筒を適当に破り、中身をほおり散らかして読んでいた。
分かっているのか分かっていないのかはともかくとして、何やら大きく頷いている模様。
私も、ムギが持っている紙を覗き込む。
…実に細かな内容が書かれていた。
横から覗き込んで把握できるような量では無い。
またの機会に読むかぁ。
と思いながら私がそっとムギから離れようとした時。
「ちょっとハルせんぱい!!見てくらさいよこれ!」
と言いながらムギがバシバシと私の背中を叩いた。
「…もう…何?」
そちらにちらっと目を向けると、こんな文字が目に入った。
『着物コンテスト出場決定のお知らせ』
日付は、私たちが依頼を受けた1週間のうちの3日目だった。
「…は?…ムギがやれば?」
「ダメれすよ。だって…見てくらさい?『米優春織様』宛と『小麦原澄傘様』宛がありますもん」
「…は?」
なんで私まで出ることになってるんですかねぇ?
私は、ムギが持っている、私宛ての紙を奪い取る。
「『貴方様は写真応募による着物コンテスト予選を通過したため』…予選って何よ」
「すぅも知らないれす」
じゃあ誰が勝手に私たちの写真を応募したんですかね、、、ねぇ、斎藤さん?
「『上位者にはトロフィー、賞状、賞金、中高生向けファッショ』」
「賞金!?」
私が続きを読んでいると、ムギが横から食い付いた。
…この部活は、お金が大好きな奴が多い。…本当に。
「出ましょう、ハル先輩!そして最新型の電子顕微鏡を買いましょう!!」
「確かにね…私達にはお金が無いからね」
私は、『着物コンテスト』へ出場することを了承した。
「せーのっ」
「「京都、上陸!!!!」」
新幹線での旅の末、私達は京都に上陸した。
「ちょっと暑いれすねぇ…」
そう言ってムギは、少しだほっとしたパーカーを脱いだ。
日が地面をジリジリと焼き付けている。
「そうだね…アイスとか食べたい」
と私が呟くと、ムギは太陽に負けないくらいキラキラと目を輝かせて言った。
「京都といえば〜…抹茶!れすよ!抹茶アイス、食べましょう!!」
抹茶好きな私は、ムギに負けないくらい目を輝かせて大きく頷いた。
「ただ…どこにあるんれすかねぇ…そーゆーお店って」
「それなら!…甘味処『まっちゃかふぇ』っていうお店が有名らしくって!抹茶スイーツなんでもござれでちょっとお高めだけどほんとに美味しいんだって!!お店の一番人気は『抹茶ティラミ」
「分かりましたよ、ハル先輩の抹茶愛は…じゃあそこに行きましょーか」
「やったあ!!!!」
これじゃどっちが先輩なのか分かったもんじゃない。
澄傘はそう思いながら、春織を引き連れて『まっちゃかふぇ』とやらに行くことにした。
「ああぁ…ひあわしぇぇ…」
「れすねぇ…」
2人して手を頬に当て、うっとりしながら言う。
テーブルには、抹茶オレ、抹茶ティラミス、抹茶パフェ、抹茶ソフトクリーム、抹茶プリンetc……と、とにかく緑の食べ物がずらりと並んでいる。
…罪だ。これは罪だ。
「ハルしぇんぱぁい、シュークリーム一口くらさぁい♡」
自分の分もきっちりあるにも関わらず、春織から一口貰おうとする澄傘。
「いいよ♡その代わりにかき氷ちょーだい♡はいっ、あーんっ♡」
それに対して♡を飛ばしながら、シュークリームを澄傘の方へ向けて答える春織。
どうやら抹茶パワーでまともな判断力を失っている模様。
「んっ♡…ふわぁ、おいひいれすぅ…」
なんだかいちゃいちゃしている2人である。
「美味しかったれすねぇ…って、ハル先輩はまだ抹茶ラテを飲んでますか…」
「んーっ♡」
「…正気じゃないれすね…」
ここは自分がしっかりしなければならないと思った澄傘であった。
「ハルせんぱい!!…次のとこ行きましょうよ…」
「「づがれだああああ」」
高級旅館の部屋に入ると、2人同時にバタンと倒れ込んだ。
暖かなライトと肌触りの良い畳が2人を受け入れる。
甘味処『まっちゃかふぇ』の後は、様々な観光地を巡った。
お寺やら、神社やら。
という訳で、観光地という観光地を分速で巡って行った2人は、思い出と共に疲労を溜め込んだようだ。
「でも、楽しかったれすね!」
「ね!ほんっとーに!!!!」
と、今日のことを思い出しながら私は答える。
ムギも歯を出して笑った。
抹茶ティラミスが大人の味だったとか、抹茶ラテが甘くて美味しかったとか、抹茶ソフトクリームが濃厚だったとか、………いや、ちゃんと観光地のことも覚えてるからね?
清水寺?とか、金貨くじ?とか。
なんで金貨のくじなんだろう…って疑問には思ったけど!
「じゃー…お風呂、行きますか?」
「だね!」
「お風呂の場所は…」
とムギが言うと、
『露天風呂は、2階と8階です』
と、どこかから機械音が流れた。
2人してはっと振り向く。
…タブレットらしきものが、壁に埋め込まれていた。
ムギがてててっとそちらへ走って行き、画面に触れる。
「ハルせんぱい!!見てくらさい!」
「んー?なになに?」
タブレットを覗き込むと、2階と8階のフロアマップに赤い点が表示されていた。
どうやら、客の会話を聞き取り、施設の場所を案内してくれるらしい。
食事の紹介など、旅館についてだけでなく、旅館周辺の観光地やお土産屋なんかも案内する機能が備わっている模様。
「わっ、すごい」
「さすが高級旅館れすねぇ…」
と、それぞれが呟く。
「とりまお風呂行きますか!…おっ、露天風呂だってー!効能は…疲労回復…私達にピッタリじゃん!」
「「ふわああ…」」
少し熱い湯に浸かると、今日の疲れがじわじわと回復していったように感じた。
私達は、ただ無言で外の景色を眺める。
上を見上げれば、月明かりが暗闇にポツンと輝いていた。
よくよく見れば、北斗七星らしきものを見ることが出来る。
今日は本当に、良い一日を過ごせたと思う。
これも、ムギのお陰だなぁ…と、隣に座っているムギを見つめる。
私からの視線に気が付き、ムギがこちらを向いて、首を傾げた。
…ありがとう、ムギ。
私の、最高の後輩になってくれて。
刺身。寿司。刺身。
私達の目の前に、次々と刺身や寿司が並べられる。
「…なんれすかこのしあわせなくうかんはもうたべていいれすかがまんできないれす」
「うーん…いいんじゃない?」
「やったあああああああああああああああいただきますううううううううううううううう」
ムギが壊れた。
先程まで壊れていた私が言うなという話ではあるが、ムギが壊れた。
物凄い勢いでムギがお寿司の皿を平らげる。
…本当に、味わってる…?
「…私も食べよ。いただきます」
箸で一枚マグロの刺身をつまみ、醤油に半分程浸してから口に運ぶ。
マグロ本来の旨味や酸味が感じられる。
「…美味しい」
なんだかご飯が進む美味さである。
続いて、イクラの寿司を食べる。
海苔がパリッと鳴った。
口の中で弾けて、濃厚な甘さが広がる。
「…美味しい」
先程から美味しいとしか言っていないが、そんな言葉じゃ表現出来ないほど美味しい。
一気にバクバクと食べているムギは逆にもったいない。
…あれ?
ムギの寿司が復活している。
深く味わいながら食べているようだ。
まさかの2周目…?
気付かなかった。
私も…食べたい。おかわり、したい。
抹茶スイーツ…?なんですかそれ?
私がお昼に抹茶スイーツを爆食いした訳がないじゃないですかーあはははは。
そんなことを考えている内に、いつの間にか私のお寿司もなくなっていた。
無意識のうちに食べ終えていたようである。
「おかわりください!!!!」
ああ…言ってしまった…。
部屋に戻った後、余程疲れていたのか、ムギはすぐに眠りについてしまった。
「すぅ…」
と寝息をたてるムギは、神術者とはいえやはりまだ中学生な訳で。
中学生らしくて、とても可愛らしい。
…自分も中学生なのだが、正確に言えば人生2周目。
足せば26、27歳くらいのお姉さんなのである。
世界が異なり、『神術』なんてものがある世界に生まれてきたのだが。
この子にとっては、それが『当たり前』の生活で。
少し、不思議な気持ちになる。
とはいえ、そろそろ自分の前世の年齢を越えそうで。
どんどんこれが『当たり前』になっている自分もまた、不思議だなあと感じる。
いつか私は、前世の記憶を忘れてしまうのかな…。
『藤ヶ谷華折』としての14年間を。