醜い声の狼
とある北国の貧しい村の隣に、小さな森がありました。
この小さな森には、とても醜い声を持つ狼がいました。
幼い頃に親に捨てられるほど、とても醜い声でした。
大人になってからも、仲間達からそのとても醜い声を気味悪がられ、仲間に入れてすらもらえず、この小さな森に追いやられたのです。
ある日の夜、狼は夜空がよく見える、森から少し離れた、村の近くにある丘に登りました。
その日、夜空には絶え間なく、美しい流れ星流れていました。
狼はとても醜い声で叫びました。
「神よ!なぜ皆の声は俺の声より美しいのですか!」
しかし返事はありませんでした。
狼はとても醜い声で叫びました。
「神よ!なぜあなたは俺にこんなにも醜い声をお与えになったのですか!」
しかし返事はありませんでした。
狼はとても醜い声で叫びました。
「神よ!俺にだって、もっと良い一生を送る権利があったはずです!」
狼は何度も叫び続けましたが、返事はありませんでした。
狼の喉もとうとう枯れ始め、最後にとても醜い声で叫びました。
「神よ…!皆が羨むような美しい声を…俺にください…!」
するとどこからか「その願いを叶えてやろう」と声が聞こえてきました。
狼が驚いてとても醜い声で尋ねました。
「あなたは誰です?」
「私はただの悪魔だよ。何やら面白そうな声が聞こえたものでな。お前は美しい声が欲しいそうだな?」
悪魔はおかしそうにそう言いました。
「欲しいです!」
狼は必死に、とても醜い声で言いました。
「もしも俺が美しい声を手に入れ、誰かから愛されることができるならば!俺は命だって惜しくありません!」
「いいだろう。」
悪魔は言いました。
「ただ、美しい声をお前に与えるだけではつまらない。だからお前に代わりにこれをやる。」
悪魔はそう言うと、狼の舌に液体を垂らしました。
「この薬を舌につけたまま、美しい声の持ち主の喉を舐めろ。そうすれば、お前が死ぬその間まで、そいつの声を奪うことができるだろう。」
「奪われた者の声はどうなるのですか?」
狼がとても醜い声でそう尋ねると、悪魔は心底楽しそうに笑いながら言いました。
「そいつは今のお前のような醜い声になるだろうよ。だが安心しろ。奪ってから丸4日経った時、そいつはお前のことを忘れている。チャンスは一回だけだ。逃すなよ。」
悪魔はそう言うと、どこかに消えていきました。
次の日の朝、狼は森に入り、美しい声の持ち主を探しました。
「誰か!俺と話をしないか!」
狼は声を奪う相手を探そうと、とても醜い声でそう叫びました。
しかし、森の生き物たちは、いつものように狼の醜い声を気味悪がり、近づこうとすらしてくれません。
「やぁ、醜い声の狼くん、どうしたんだい?」
すると、一羽の美しい声の小鳥が話しかけてきました。
狼はとても醜い声で言いました。
「少しでいい、こっちに来てくれないか?話をしよう。」
狼は小鳥を近くまで引き寄せ、その美しい声を奪おうと考えていました。
「ハッ、何を言うと思ったら」
小鳥は鼻で笑って言いました。
「君の声は遠くから聞いただけでも眩暈がするほど醜いのに、近くで話しをするわけないだろ!」
小鳥はそう言うと、飛び去っていきました。
狼は他の動物にも声をかけましたが、誰にも相手にしてもらえませんでした。
その夜、狼がとぼとぼ歩いていると、丘から、今までに聞いたことがないほど美しい歌声が聞こえてきました。
狼が丘に行ってみると、そこには籠を持った10歳くらいの少女が、流れ星が絶え間なく流れる夜空の下で、とても美しい声で歌を歌っていました。
「あら、狼さん?どうしたの?」
少女は狼に気づくと、とても美しい声で狼に話しかけました。
「なぜ逃げない?お前は俺が怖くないのか?」
狼は自分を怖がらない少女に驚き、とても醜い声でそう尋ねると、少女は笑顔でとても美しい声で言いました。
「怖くないわ。あなたは私を食べるつもりなの?」
「…どうだろうな。」
狼はとても醜い声で言いました。
「ところで、お前は俺のこの声を聞いても逃げないんだな。」
それを聞いた少女は不思議そうに、とても美しい声で言いました。
「どうして逃げないといけないの?」
「…少し一緒に話をしないか?」
狼は自分を怖がらないこの少女からなら声を奪えると考え、この少女のとても美しい声を奪おうと心に決めました。
「ええ、もちろん。」
少女は無邪気に笑って、とても美しい声でそう答えました。
「…君は本当に良い子だな。明日も来てほしいくらいだ。」
「本当?そう言ってくれると嬉しいわ。」
狼はどうやってこの少女から声を奪おうかと思いました。
すると、少女は持っている籠からリンゴを一つ出し、狼に渡しました。
「今日は一つしか持ってきてないけど、明日は二つ持ってくるわね。」
少女は夜空に絶え間なく流れる流れ星を見ながら、とても美しい声で話し始めました。
「狼さん、知ってる?流れ星が流れてる時は、神様が私たちの願いに耳を傾けてくれてる時なのよ。」
「…そうなのか。」
狼は適当に相槌を打ち、貰ったリンゴを食べながら、少女の声を奪う機会を窺っていました。
「そして、諦めずに、ずっとずっと流れ星に願うと、神様が願いを叶えてくれるんだって。」
「そうなのか、しかしそんなことより…」
狼が急いだ口調で、とても醜い声で言いました。
「少し寝たらどうだ?お前も疲れただろう。」
狼は少女を寝かせて、その隙に喉を舐め、声を奪おうと考てえました。
「んー、そうね。少しだけ寝ようかしら。」
少女はあくびをして、とても美しい声で言いました。
「でも、今日はずっとここにいるわけにもいかないの。だから、少ししたら起こしてくれる?」
「あぁ、起こしてやる。それまでゆっくり寝ると良い。」
狼は早口で、嬉しそうに、とても醜い声でそう言いました。
「ありがとう。」
少女は籠を頭の横に置き、横になりました。
そして、しばらくすると寝息を立て始めました。
すると、狼は少女が寝たのを慎重に確認し、簡単には起きないことを確かめると、少女の喉を舐めました。
「ん?どうしたの?」
少女は狼に喉を舐められたことに気づき、起きました。
すると、少女は自分の声がいつもと違うことに気づき、喉を触りました。
「あ、あれ?…声が上手く出ない…喉が…あれ?」
「ようやく…ようやくだ!」
狼は喜び、とても美しい声で叫びました。
「これで今まで俺をバカにした奴らを見返せる!これで俺は誰からも避けられない!」
「ど、どうしたの?」
少女はとても醜い声で、嬉しそうにはしゃいでいる狼にそう尋ねました。
「どうしたのだと?まだ気づかないのか?お前はバカだな!お前の声を盗んだんだよ!」
狼はそう言うと、混乱する少女を置いて、森の奥に走っていきました。
その次の日の朝、狼は意気揚々と森を歩くと、元気よくとても美しい声で言いました。
「誰か!俺と話したい奴はいないか!?」
すると、多くの動物が、狼のとても美しい声に惹かれてやってきました。
狼は皆に自分のとても美しい声を披露しました。
森の動物達は突然変わった狼の声に驚きつつも、最初は狼のとても美しい声を賞賛しました。
しかし、狼はだんだんと得意になり、他の動物の声を貶し始めました。
「今の俺の声より美しい声を持っている者は、この森には居ないだろうな!散々お前らは俺の声をバカにしてきたが、残念なことに、今のお前らの声は、俺の声よりも醜い!」
すると、動物達はそんな狼に嫌気が差し、以前より、さらに狼と距離を取り始めました。
「おい!どうしてお前らは俺を避ける!俺のこの美しい声が聞こえないのか!?お前らの望み通りの美しい声だぞ!なぁ!?次は俺のどこが不満なんだよ!」
一頭の熊が言いました。
「お前のその醜い心だよ。」
狼の周りには、また誰も居なくなりました。
狼はとぼとぼと森の中を、一人で歩きました。
すると、昨晩の少女が狼の方に歩いてきました。
「…俺を非難しにきたのか?」
狼は威嚇しながら、とても美しい声で言いました。
「この声をお前に返すつもりはない。帰れ。でなければ殺すぞ。」
少女は狼のそばまで来て、とても醜い声で、不思議そうに言いました。
「私はただ、あなたが昨日、また明日も来てほしいって言ってたから来ただけよ?あと、そんなにその声を気に入ってくれたの?なら別に返さなくていいわ。」
「…返さなくていいだと?見え透いた嘘をつくな。」
狼は驚き、そして言いました。
「あと、お前はどうやらバカなようだから教えてやろう。俺が明日も来てほしいって言ったのは、ただの話を合わせるための方便だ。お前にまた来てほしいだなんて、誰が本気で思うものか。」
それを聞いた少女も驚いたように、とても醜い声で言いました。
「あら、そうだったの?じゃあ、私はあなたと話したかったから来たってことになるのね。」
狼はその言葉を聞くと、顔を顰めました。
「…俺をバカにしているのか?二度とその醜い声を聞かせるな。そしてここには来るな。次来たら殺すぞ。」
狼はそう言うと、少女の引き止める声を無視して、森の奥に去っていきました。
その次の日の昼、一人で川の水を飲んでいる狼のところに、また少女が来ました。
「…来るなと言ったはずだが。」
狼は苛立ったように、とても美しい声でそう言いました
「昨日はりんごを渡すのを忘れてて…だから昨日はあなたそんなに不機嫌だったのね。気を悪くさせちゃったみたいでごめんなさい。はい、これ。食べて。」
少女はとても醜い声でそう言うと、手に持ってるリンゴを出して、狼に渡しました。
「…お前はどうやら手の施し用のないバカなようだな。」
狼は言いました。
「バカのお前にも分かるように教えてやろう。俺はお前のその醜い声を聞きたくないから、来るなと言ったんだ。リンゴを渡さなかったから怒って帰ったわけじゃない。」
少女はその言葉を聞くと、驚いた顔を見せて、とても醜い声で言いました。
「あら、そうだったの?あと、この声ってそんなに醜いかしら?結構これはこれで私は好きよ?」
「…嘘をつくな。」
狼はそんな少女を気味悪そうに見ました。
「どうして私が嘘をつかないといけないの?」
少女は不思議そうに、そう言いました。
「…三度目はない。次来たら殺す。」
狼はそう言うと、森の奥に去っていきました。
その次の日の昼、狼が一人で昼寝をしていると、また少女が来ました。
「…お前は殺されたいのか?」
狼はとても美しい声でそう言いました。
「殺されたいわけないじゃない。」
少女は無邪気に、とても醜い声で言いました。
「私はただ、あなたと楽しく話がしたいだけよ。」
狼は顔を下に向け、小さな声で言いました。
「…お前は俺が憎くないのか?お前のこの美しい声を、俺は奪ったんだぞ?」
少女は不思議そうな顔を浮かべ、リンゴを齧りながら、とても醜い声で言いました。
「憎いわけないじゃない。どうしてそんなことで、あなたを憎まないといけないの?」
「…お前は本当にどうしようもないバカみたいだな。」
狼は俯いたままでした。
「はい、リンゴあげる。」
狼が顔を上げると、少女の顔に今までなかった怪我を見つけました。
「…その怪我、どうしたんだ?」
狼がとても美しい声でそう尋ねると、少女は大したことではないように、とても醜い声で言いました。
「ん?これ?大したことじゃないわ。声が醜いからあっち行けって言われて、村の男の子に石を投げられたの。醜いわけないのにね。心配してくれてありがとう。」
「…その割にはヘラヘラしてるが、お前は怒りを感じないのか?」
狼は顔を顰め、とても美しい声でそう言いました。
「どうしてそんなことで怒らないといけないの?痛かったけど、ちょっと石を投げられただけじゃない。」
少女は、無邪気な笑顔でを浮かべ続けていました。
「…分からんな。」
狼は少し寂しそうに、とても美しい声で言いました。
「…とにかく、お前が何を俺に言おうが、声を奪ってから丸4日後、つまり明日の夜にはお前は俺のことを忘れることになっている。だから来ても無駄だ。」
「…そういうものなの?私があなたのことを忘れるなんて、あり得ないと思うのだけれど…」
少女も少し寂しそうに、とても醜い声で言いました。
「…ねぇ、また明日も来ていい?あなたのこと、絶対忘れないって証明するから。」
「…来るな。」
狼はそっけなく、とても美しい声でそう答えると、森の奥に去っていきました。
次の日の朝、少女が狼の方にとても急いでいる様子で走ってきました。
「…また来たのか。ここに来るなと何回も言…」
「お願い!薬草探しを手伝って!お母さんが熱が出てて大変なの!」
少女は息を切らしながら、とても醜い声で言いました。
「根元が赤くて先が黄色い薬草!この森のどこかに生えてるはずなの!その薬草を使えば、お母さんは助かるらしいの!」
「…何をいうかと思えば、どうして俺が手伝わなきゃならな…」
「お願い!手伝って!」
少女は目に溜まった涙を拭きながら、必死に狼に、とても醜い声でそう伝えました。
「…分かった。探してみる。だが期待はするなよ。」
すると、狼は少女の元から離れ、森中の動物達を訪ねました。
「根元が赤くて先が黄色い、病に効くらしい薬草を一緒に探してくれないか?」
狼は森の動物たちに、とても美しい声で言いました。
「…頼む。これは一生に一度の頼みだ。手伝ってくれるなら、俺は何でもする。…俺がこの森から出て行ってもいい。…それと、この前は俺が悪かった。…ごめん。」
森の動物たちは珍しく素直な狼に驚き、一部の動物は薬草探すのを手伝ってくれました。
長い時間が経ち、辺りはすっかり暗くなりました。
狼は森の動物たちの協力によって、なんとか薬草を見つけることができました。
そして十分な量を集めると、狼は薬草を口に咥え、少女のところまで、急いで走りました。
「お、お前…何があったんだ…?」
狼が少女にところに着くと、少女は足からたくさんの血を流していました。
「狼さん…!手伝って…くれたの…?…わ、私は大丈夫よ…ちょっと崖から落ちゃっただけだから…」
少女はしんどそうに足を引きりながら、とても醜い声で言いました。
「あ、ありがとう…私の分と合わせれば足りるわ…」
少女は血をたくさん流している足を引きずりながら、少女が薬草を集めた籠を、狼に渡しました。
「…わ、私は大丈夫だから…薬草を早く…村のお母さんの所に届けて…お願い…」
少女はとても醜い声でそう言うと、地面に倒れて、気を失ってしまいました。
「…どうしてなんだ。」
狼は少女を村まで運ぼうと、少女の服を噛んで、必死に村へ引きずろうとました。
しかし、このままでは村に着くまでに死んでしまいそうなほど、少女の足からはたくさんの血が流れていました。
「どうして…お前はいつも…」
狼の目からは、いつの間にか涙がぽろぽろと流れていました。
狼は涙を堪えようと上を向くと、夜空には流れ星が絶え間なく流れていました。
狼は流れ星に向かって、とても美しい声で叫びました。
「神よ!なぜこの子はこんなにも優しく、そして不憫なのですか!」
しかし返事はありません。
狼はとても美しい声で叫びました。
「神よ!なぜこんなにも優しい子が、いつも酷い目に遭わなければならないのですか!」
しかし返事はありません。
狼はとても美しい声で叫びました。
「神よ!この子は誰よりも良い人生を歩む権利を、持っているはずなのです!」
しかし返事はありません。
「神よ…この子の命が助かるならば…俺は美しい声なんて要りません…俺の命だって惜しくありません…」
狼はとても美しい声で叫びました。
「だから…どうか…どうか…!この子を助けてください!」
その時、発砲音がどこかから聞こえました。
狼は頭を撃たれ、死んでしまいました。
翌日、少女は猟師である叔父さんの家で目を覚ましました。
「目を覚ましたかい?」
叔父さんは少女に言いました。
「叫び声が聞こえて向かってみたら、狼に襲われてたんだ。怪我はまだ治ってないから、安静にね。」
「…あ!薬草は!薬草は母に届けられましたか!?」
少女は起き上がり、とても美しい声でそう尋ねました。
「ああ、籠に入っていた薬草のおかげで、快方に向かってるよ。」
叔父さんはそう伝えた後、ふと気付いたように言いました。
「ん?声の調子、戻ってないかい?」
少女は4日前から、何故か調子の悪かった喉に手を触れて、とても美しい声で言いました。
「…あ、本当だ…風邪だったのかな?」
「ところで」
叔父が不思議そうに言いました。
「あの珍しい薬草を、どうやってこんなにたくさん見つけたんだい?」
少女はその言葉を聞くと、首を傾げて、とても美しい声で言いました。
「…あれ?…誰かが手伝ってくれたような…?思い出せない…」