7話:女の子が誕生と観光とディズニーランド
「桂子さんの実の御両親も何かお土産を持ってきては、博和、見たさに高科家を訪れた」
「4月を過ぎて7ヶ月目に入るとハイハイし始め立ち上がる準備でもしてるような仕草を始めた」「そして、6月の初旬、ついに初めて博和が一瞬、立った」
「この時、祖父母は、思わず万歳するほど喜んでくれた」
「この光景を見ていた孝明と奥さんの桂子さんが目頭を熱くしていた」
「暑い夏になると北側の庭で買ってきたビニール製のプールに水を入れて行水を始めた」
「すると博和が最初、怖がっていたが、一度、水に慣れると大好きになった」
「そのため、いつまでも水浴びを楽しんでいた」
「そして、離乳食が始まり、好き嫌いも出て来た」
「やがて8月になると家の中で転んでも、また起き上がり粘り強さを発揮していた」
「その博和の姿、実に微笑ましい光景であり、両親はもちろん、祖父母も喜んだ」
「その転んだ時の表情、立ち上がった時の表情を写真を数多く撮った」
「秋になり涼しくなった1979年11月13日に再び妻・桂子の妊娠が判明」
「出産予定日が1980年6月11日とわかった」
「やがて、1980年が空け、長男の博和が歩き始めた」
「1歳を過ぎて実家の畳を歩き回り倒れても起き上がった」
「そして、家の中の大きな柱を手でたたいく姿が実に可愛かった」
「こうして、暖かくなり実家の桜の花が咲き始め1週間後に満開となった」
「その1週間後には、桜吹雪になって舞い散った」
「その後、近くの林の若葉が眩しく輝き6月を迎えた」
「やがて妻・桂子が産婦人科に入り6月11日早朝、可愛い女の子を出産した」
「そして、若葉にちなんで高科若子と名付けた」
「泣き声も長男、博和の時よりも小さく可愛らしい声が聞こえた」
「8月中旬、一番暑い頃に妻の桂子はスーパーの仕事に復帰した」
「夏場は大変だろうと19時過ぎに勤務するスーパーまで家から夫の孝明が車で20分かけて迎えに行った」
「そして涼しくなり秋風が吹き、10、11、12月が過ぎて1981年となった」
「今年も高尾山・氷川神社に初詣でに行き、家族の健康と繁栄を祈願して帰って来た」
「そして、男の兜と鯉のぼり、女子におひな様を両親が孫のために買ってきて飾るようになった」「長男の高科博和はわんぱくで木登りをして、よく足をすりむいたりして傷が絶えなかった」
「そして、ある時、母の桂子さんが孫。若子の泣き声を聞いて良い声してるわと言った」
「将来、きっと歌が好きな子に育つわよと勝手なこと言っていた」
「夏が来て8月の日曜日、今年は孝明と桂子さんが長男の博和を東京サマーランドに連れて行き泳がせると喜んでくれ。泳ぐ真似をした」
「やがて、涼しく育児に忙しく1981年も駆け足で過ぎていき1982年を迎えた」
「昭二の方は独身貴族を謳歌し八王子飲みに言ったり歓楽街で楽しいで派手な生活をしていた」
「そして、昭二のアパートに女性達が訪ねてくるようになったと噂が立った」
「一方の高科孝明は、酒も飲まず、早寝早起きで家の近くを散歩して健康的な生活を送っていた」「そして、近くの親戚からの野菜と米を安く譲ってもらった」
「奥さんの桂子さんも自分の勤めるスーパーで見切り品を買ってきた」
「そして、質素な生活を続けてしっかりとお金を貯めていた」
「父のシビックが古くなり大勢が乗れる様にとハイエースを子や孫のため買ってくれた」
「1982年4月8日、新しく買ったハイエースで、家族6人で中央高速に乗って山梨の御坂へ行き、ピンク色の濃い桃の花と淡いピンク桜の花を同時に楽しんで帰って来た」
「夏、相模湖インターチェンジから中央高速道路で韮崎インターチェンジで降り清里高原へ行った」
「そして、高原の涼しい夏を満喫して高原ドライブをして奥蓼科の温泉と宿に泊まった」
「みんなで夕食をとって翌日、岡谷の鳥居やまびこ公園で諏訪湖と八ヶ岳を眺めた」
「こうして、その日の夕方、高尾の家に戻ってきた」
「その後、11月に山梨の昇仙峡に紅葉を見に行き、湯村温泉に泊まった」
「夕飯に山梨名物のほうとうを食べて実家に帰った」
やがて1982年が終わり1983年を迎えた。1983年5月14日土曜日、ソロバン教室も休みにして、高科律子さんも桂子さんも休暇をとって、開演したばかりの東京ディズニーランドへハイエースに乗ってでかけた。