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一貫校の新入生  作者: 相模原 光
入学編
8/59

交友の進展

 沙織は1日中そわそわして落ち着かないまま、ついに放課後になってしまった。

 綾乃は中等部で生徒会だったからなのか、緊張は全くしていない。

 むしろ1日中沙織のフォローに徹していたため、どこか疲れているようだ。


 そんな2人を心配してか、はたまた面白がってかはわからないが、緊張でガチガチになった沙織と、疲労はしているが、これから初の部活動に興奮している綾乃の元にめぐみがやってきた。


「2人とも、別々の意味で大丈夫?」


「私は大丈夫だけど、沙織は……。」

 めぐみが沙織に視線を移すと、机に突っ伏したまま動こうとしない沙織がいた。


「ほら沙織、綾乃が居てくれるんだしやらなきゃならない事なんだから覚悟を決めて行かなきゃ。」


『その覚悟がどうしてもできないんです……。』


 めぐみが沙織の腕を掴んで無理矢理立たせるが、顔は下を向いたままだ。

 綾乃が沙織の顔を両手で挟み、正面を向かせる。

 正面にはもちろん綾乃がいるので、顔が向かい合わせになった。


『綾乃……顔が近いよ……。』


 沙織が照れて視線を下に向けるが、綾乃はお構いなしに今度は挟んでいた両手で頬を揉み始めた。


「綾乃? なんで揉んでるの?」


 質問しても何も返さない綾乃はそのまま揉み続ける。

 沙織は綾乃に頬を揉まれ、ついには無抵抗状態になった。


「沙織、私がいるから大丈夫。

 私は部室で支度してから向かうけど、先輩達には沙織が人見知りしやすい子だって話しておくから。

 無理な取材は絶対しないって約束する。」


「本当?」


「うん、約束。」


 沙織は逸らしていた視線を綾乃に向けると、綾乃は笑顔で頷いた。

 沙織はどうにか感情を落とし込み、覚悟を決めた。



「よし! 沙織の覚悟も決まったみたいだし、それじゃあ綾乃は部室に行って支度してから生徒会室に行くって事で、沙織は私が生徒会室に届けるよ!」


 そう言ってめぐみは、沙織の腕から手を離し鞄を持った。


「ほら、綾乃も早く行って!

 先輩に沙織の事、ちゃんと人見知りだって言っておいて。」


「わかったよ。それじゃあ沙織の事頼んだよ!」

「取材中は綾乃に頼んだ。」


『こんなんで本当に生徒会役員なんて務まるのかな……。

 いや、やるって決めたんだからやらなきゃ!

 たくさんの人に助けてもらってばかりじゃ駄目だよね、早くしっかりしないと!

 今年中……来年……。うん、卒業までにはね!』


 沙織がそんなことを心で呟いている間に、綾乃は新聞部に向かって行った。


「ほら沙織、早く行こう!」

「うん、ごめんねめぐみ。」


 綾乃が教室を出てから数分で、今度は沙織とめぐみの2人も教室を出る。

 教室を出たのは2人が最後だ。廊下にも人の気配は無く、とても静かだ。


「めぐみは生徒会室までついて来てくれるんだよね?」

『そこからは綾乃が来るまでひとりで頑張らないと!』


「……。」


 先程の沙織の質問にめぐみは答えない。

 不安になった沙織は、もう一度めぐみに声をかけた。


「……めぐみ?」


 するとめぐみは、いきなり沙織に抱きついた。


「ちょっとめぐみ! 何?!」


 めぐみは黙ったまま沙織を抱きしめて離さない。

 沙織は自分の心臓の音が大きく聞こえて来る。同時にめぐみに抱きしめられた事によって、めぐみの体温も感じる。


『めぐみの体温を感じる……温かい。だけどこの状況は一体。』


 沙織は口を動かしているが、声が出ていない。

 口をぱくぱく動かすだけだった。



「やっぱり……沙織ってめっちゃ可愛い!」


 急にめぐみが声を出したかと思えば、突拍子のないことを言った。


「めぐみ? なんだか……大丈夫?」

「いやー、初めて会った時から沙織は可愛いなって思ってたんだよね!

 ずっと、ぎゅーってしたかったんだよね!」


 めぐみに愛でられて、沙織はますますパニックになる。

 腕をぱたぱた動かしてめぐみの腕から抜け出そうとしてみるが、全く抜ける気配は無い。


「いっつも綾乃の後ろとか横に居るし、なんだか小動物みたいに物陰から顔を半分だけ出してるみたいに見えてて、さっき綾乃が頬を揉んでるのを見て我慢できなかったの!」


 沙織を撫でまわすめぐみは、まるで沙織がふれあいコーナーの動物にでもなったような愛でかたでずっと抱きしめている。


『私はめぐみとは同級生……つまり同い年だから、小動物じゃないよ!』


 沙織は心の中で叫んだが、もちろんめぐみには届かない。

 めぐみに抱きしめられ、撫でられ、嫌な気持ちでは無いが、沙織はパニック状態だ。

 この状況では、チキンハートの沙織は耐えられるはずもなく、見事に半泣きだ。



「めぐみ、離してよー……。」


 どうにか絞り出した声は、泣くのを我慢している子供のようだった。

 自分の欲望のままに撫でまわしていためぐみは、そこで初めて沙織が泣き出しそうになっているのに気がついた。


「ごめん沙織!」


 めぐみは勢いよく沙織から離れると、その場で謝罪した。

 沙織はどうにか落ち着くために、入学式の後から常に持ち歩くようになったコーヒーを鞄から取り出して、香りを嗅ぎながら飲み進めた。


 飲み終える頃には涙は止まり、呼吸も落ち着いた。



「ごめんね沙織……本当にごめんなさい。」

「大丈夫、ちょっとびっくりしちゃっただけで、決してめぐみが嫌とかじゃないから。」


 沙織がそう言うと、めぐみは再度謝って自身の軽率な行動を反省した。


「でも意外だなぁ……めぐみってさっぱりした性格だから、私みたいなはっきりしないタイプの人間は嫌いなんだと思ってた。」


 沙織が少し笑顔でそう言うと、めぐみは照れた。


「小さい頃から可愛いものが好きで、見てると抱きついちゃう癖があったの。

 中等部に入る時から、人前でその癖が出ないように我慢してたんだけど、沙織と知り合ってからは凄く頑張らないと我慢出来なくて……。

 さっきの綾乃を見てたら、つい……。」


『めぐみは可愛いものが好きなんだ……。

 私は自分を可愛いとは思ってないけど、めぐみがそう言ってくれてすごく嬉しい。』


「あのさ、めぐみ。お願いがあるんだけど……。」

「何? 贖罪なら何でもする。

 一生触れるなって言われたら、沙織の前では手を縛ってもらって構わない!」


 めぐみは本気だと沙織はすぐにわかった。

 2度と目の前に現れるなと言ったら、本当に現れなくなるだろう。それくらいの気迫だ。


 ただ、沙織が望んでいたのはそんなことではなかった。

 めぐみが思っていたほど、沙織も普通ではないのだ。


 緊張しいで、人見知りで、それなのにひとりは寂しいと感じる。そんな沙織だけれど、沙織の本性はどれも違った。


 本当の沙織は……。


 めぐみに抱きしめられた時、落ち着こうとして鼻呼吸をしてたはずなのに、いつの間にかめぐみの制服の匂いを嗅ぐことを目的に鼻呼吸をしていたような人間なのだ。


 そんな沙織がこれからするお願いが、普通なわけがない。


「めぐみ。」

「はい……。」



「これからは一言でいいから、声をかけてからにしてもらえると、心の準備ができるから。

 そうしてもらえると助かる……。」


 想像していたお願いと、反対の事を言い出した沙織に、めぐみは驚いて声が出なくなった。


「駄目?」


 沙織のダメ押しに、今まで我慢していためぐみの感情は爆発した。


「駄目なわけない!

 え? 私これからも沙織のこと撫でて良いの? ぎゅーって抱きついても良いの?

 絶対にやめられないよ? 離してって言われない限り離さなくなるかもしれないよ?

 本当に良いの?」


『私はめぐみに撫でられるのも、抱きしめられるのも嫌じゃ無い。むしろ嬉しい。

 めぐみはそうしたい。

 どちらにとっても良い面しかない!』


「最初に一言、言ってくれるならね?」

「言うよ! 言うから!」


「それじゃあ決まり。」


 こうして2人の関係性は進展した。

 めぐみは相当嬉しいのか、顔のにやけが止まらない。


「それじゃあ、生徒会室に行こうか。

 ……手繋いでも良い?」


『なんだか付き合いたてのカップルみたいな話し方のような気が……まぁいっか。』


「いいよ、めぐみが一緒なら生徒会室にも頑張って向かえる気がするから。」


 2人は仲良く手を繋いで、生徒会室へと向かって廊下を進んで行った。

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