望まぬ有名人
学園の校則によって生徒会への所属が決定した沙織は、寮の自室へと戻っている途中だ。
周囲にも部活動を終えたらしい生徒が、数人単位で歩いていた。先日までと違うのは、他学年と一緒の生徒が増えたことくらいだ。
おそらく部活動で既に仲良くなったか、中等部の時点から知り合いで1年生が部活動に参加して帰宅時間が被ったかが理由だろう。
沙織も例外では無く、今日は先輩と帰宅していた。
智香と瑞稀も沙織と同じく寮生だったようで、途中まで一緒に帰りながら親睦を深めようと提案され、学食で夕食も共にしたのだ。
「そういえば智香先輩。以前に学食でお見かけした時は手伝ってるって言っていましたけど、あれは生徒会として手伝っていたんですか?」
『私は朝が弱いから生徒会として手伝わないといけないなら、就寝時間を早めないといけないから、とりあえず聞いておきたい。』
沙織と話しながら帰宅できるのがよほど嬉しいのか、智香はスキップでもやり出しそうな勢いで浮かれている。
「え? あの学食での手伝いは生徒会としてじゃなくて、個人的に手伝っただけだよ。
学食は調理部が中心に部活動として手伝っているけど、あの時はまだ新入部員が居なかったから人数合わせとして2、3年生からボランティアを募っていたの。
私はそのボランティアとして手伝ってたの。」
「ボランティアですか?」
「そう! 生徒会は部活動に所属する事はできないけど、手伝う事はできる。
いろんな部活動の生徒と関わるから、私は結構積極的に手伝ってるよ!」
智香は、生徒会長として自分にできることは何かを、考えて行動するタイプのようだ。
「ボランティアもいいけど、生徒会の仕事は他の生徒に頼む事はできないんだから、逃げないでよ?」
「逃げてはいないよ! 後回しにしてるだけ……。」
「それを逃げてるって言うんだと思うけど?」
『瑞稀先輩って生徒会室でも思ったけど、結構智香先輩に振り回されてそう……。』
「瑞稀ったら、またそんなに怖い顔してたら沙織ちゃんが話してくれなくなるよ?」
智香は瑞稀に怒られるのを回避するために、沙織を引き合いに出して背後に隠れた。
瑞稀は沙織に嫌われるのはよっぽど嫌なのか、渋い表情で悩んでいる。
「大丈夫ですよ瑞稀先輩。
今日で瑞稀先輩がとても心の優しい方だっていうのは理解したので、嫌いになる事は無いと思います。」
瑞稀はあまり表には出さなかったが、沙織の一言が嬉しかったのか、普段の鋭い視線よりもほんの気持ち程度瞼が上がった。
『やっぱり瑞稀先輩って、仕草が私のどストライクみたい。超かわいい!』
「瑞稀より私の方が先に沙織ちゃんとお話ししてたのになぁ……。」
「それはそれです。智香先輩には入学式前から助けてもらいました。先輩のことも嫌いにならないですよ。」
智香は瑞稀とは正反対に、感情表現が豊かだ。
沙織に抱きついて喜んだ。
「そういえばあの時に智香先輩と一緒に助けてくれた人はどなたですか?
まだお礼を言えてないので教えてください!」
「あれは私のルームメイトの子なの、今度紹介するからその時にでも挨拶してあげてね!」
『あの時の話し方から、瑞稀先輩とは別人だと思っていたけど、やっぱりそうだったみたい。
……というか、先輩達は同室じゃ無いの? そこにびっくりなんだけど?』
「智香先輩と瑞稀先輩はルームメイトじゃ無いんですか? てっきりおふたりで同室なんだとばかり思ってました。」
「生徒会メンバーは歴代の先輩達も、同室じゃ無いことが多いかな。
仕事を部屋に持ち込んで徹夜で作業してたり、生徒会室で泊まり込んで部屋が荒れ放題になったりした先輩達が何組かいたみたいで、それを回避する1つの案として、今は生徒会メンバーは同室にはならないみたい。」
『部屋に仕事を持ち込むって……そんなに生徒会は仕事が多いのか……。』
沙織がこれからの生徒会としての仕事量に絶望していると、瑞稀が瑞稀なりのフォローを入れる。
「その時は生徒会メンバーが2人しか居なかったのに部活動の役割が少なかったり、学園行事の準備で忙しかったからって生徒会の日誌に言い訳が延々と書かれていたけど、今は3人だから大丈夫。」
瑞稀のフォローを今の学園と比較して、ポジティブに捉える事ができた沙織は少し安堵する。
「生徒会の日誌にそんなことまで書いてあったの?」
「智香はもう少し先輩の活動記録を読もうね?」
智香を見る瑞稀は笑顔だったが、その目は据わっていた。
「わかったから、その笑顔はやめてください……。」
3人での会話に盛り上がっていると、智香と瑞稀の部屋がある2年生の学生寮に到着した。
「沙織ちゃん、寮まで送ろうか?」
「大丈夫です。入学して1週間も経ってるんですから、ひとりで帰れます。」
まだ話し足りなかったのか、智香は残念そうだ。
「そっか……じゃあまた明日ね!」
「お疲れ様、明日から放課後には生徒会室に来て。
教えておきたい仕事がいくつかあるから。」
「わかりました、お疲れ様でした。」
2人が学生寮に入っていくのを見送り、沙織はひとりで自分の寮へと戻って行く。
「最近は綾乃とめぐみが一緒に帰ってくれてたから、ひとりはなんだか寂しいな……。」
初日から数えて、初めてのひとりぼっちの帰宅に、沙織は寂しさを自覚する。
『そういえば、入学式の日からずっと綾乃が傍に居てくれてたな……。
そうだ、綾乃に今日の夕食を済ませたこと伝えておかないと。』
自室に戻り綾乃にLINEを入れると直ぐに返信が来た。
結構心配をかけていたようで、生徒会に入ったことで校則違反を免れたと伝えると、明日の朝食時に詳しく聞かせてと返ってきた。
ついでに夕食は綾乃も先輩と食べて帰るそうだ。
入学式ばりにいろんな事があったこの日、沙織は夕食も食べ終えていたので、さっさとシャワーを浴びて眠った。
翌朝、ぐっすり眠る事ができた沙織は、身支度を終えて綾乃の部屋に向かった。
「おはよう沙織、昨日は大変だったね。」
「おはよう、心配かけてごめんね。」
綾乃と寮を出てめぐみと合流すると、学食に向かいながら昨日の2人と別れた後の話を順に話していった。
学食で朝食を食べ終える頃には、昨日の出来事をほとんど話し終えていた。
「沙織はまんまと生徒会に嵌められたって事か……。
だけど、沙織が生徒会かぁ……。仕事のたびに毎回保健室に運ばれそうだね。」
生徒会経験者の綾乃が言うと、本当にそうなりそうなくらい仕事が多いのかもしれない。
「そうならないように努力します。」
「私は帰宅部だから、何かあったら声かけて。」
「ありがとうめぐみ。」
器を返却口へ返しに行きながら、今度は綾乃が昨日の部活動でのことを話し出す。
「実は昨日、部活に行った時に自己紹介をしたんだけど、1年B組だって言ったら先輩達の目の色が変わってさ……。」
唐突な綾乃の真剣な声に、沙織は少し鳥肌が立った。
『綾乃が入部したのって新聞部だったよね?
そこの先輩が1年B組に反応するって良い予感はしない。』
「うちの部活の先輩達、沙織が生徒会に所属する事を、私が自己紹介をした時点で既に知ってたみたいでさ……。」
「昨日って、私が生徒会に所属するのが決まったのは昨日の放課後で、部活動で自己紹介していた時だよね?」
綾乃は黙って頷いた。
「まぁ、沙織は有名人だから新聞部が目を付けていたのは想像できるけど……その情報網は凄いな。」
めぐみは驚愕の表情で感心している。
『私って有名人なの? 目立ちたくないんだけど?
新聞部に目を付けられてるって、絶対に心穏やかに過ごせなくない?』
「それでなんだけど、実は今日の放課後に新聞部が生徒会室に取材に行く事になってて、私もそのメンバーになったの。
沙織と面識があるならぜひ一緒に来てって部長に言われたの。」
綾乃は申し訳なさそうに言うが、沙織にとっては綾乃が来てくれるのが1番安心だ。
「綾乃が来てくれるならよかった!
他の新聞部の人達を知らないし、先輩に囲まれて精神状態が安定するわけがないから!」
「沙織が不安にならないように、綾乃が傍に居てあげれば今日の取材は大丈夫じゃない?」
「傍に居るというか、私が沙織にインタビューするらしい……。」
「綾乃が取材?」
こうして沙織は、入学して1週間で生徒会役員になり、初めてできた友人に校内新聞の取材をされる事になった。