所属
「まずは現在の沙織ちゃんの状況から確認していこうか。」
それぞれの書類の準備が整い、早速、智香が説明を始めた。
沙織が部活動の書類を提出しなかったのが、根本的な原因で間違いはないが、智香達3人が順を追って説明してくれるようだ。
「まず、生徒手帳を見てもらっても良い?」
「生徒手帳ですか? わかりました。」
沙織は智香に言われた通り、制服のポケットから生徒手帳を取り出す。
「そしたら生徒会会則の校則ってページを開いて。」
生徒手帳なんて、わざわざ開いて読み込む生徒はほとんどいない。沙織の生徒手帳は渡された時のまま、綺麗な見た目をしていて折り目もついていなかった。
そのため沙織は、智香に言われたページを開くのに少し手間取る。
「はい……開きました。」
「それじゃあ、そのページを1項目ずつ読み込んでもらって良いかな? 私達のことは気にせずに。」
「はぁ……。」
『一体、生徒手帳に何が書いてあるんだろう……。
先輩達を待たせてまで、私が読まなきゃいけない校則があるってことかな……。』
沙織は素直にページを読み進めていく。
途中に少し気になる文言の書かれた箇所が、いくつか目に留まったが、とりあえず最後まで読んでいった。
「読み終わりました。」
沙織が読み終わったことを告げると、智香は頬を緩め、自分も生徒手帳を取り出して沙織に質問を始める。
「今、生徒手帳を読んでみて、沙織ちゃんは何か気になった事はあった?」
智香の表情に、やはり智香は意図して自分に読む時間を与えたんだと直感した沙織は、質問に素直に答える。
「何箇所か……校則の中に気になる文章がありました。」
「そこはどこ?」
智香は沙織の答えに、更に質問で返す。
「ひとつ目は“生徒は学園生活を充実したものにするため、学園内での課外活動の参加を推奨する。”ってところです。」
沙織の答えに智香はなぜその箇所が気になったのかを更に問う。
「千夏先生は入学式後のホームルームで、部活動は全員参加だから、1週間後の今日の昼休みまでに書類を提出するようにと言いました。」
『私は聞き逃していたけど……。』
「あぁ、たしかに言った。」
「ですが生徒手帳には“課外活動の参加を推奨する”としか書かれていません。」
どうやら沙織の疑問は、智香が望んでいたものだったらしい。
「それじゃあ、どうしてそんな矛盾があるのか。
そして、沙織ちゃんがここに来た理由はわかったかな?」
沙織は生徒手帳のページをめくり、自分の疑問の答えが書かれていた箇所を読んだ。
「新入生は在校生との交流を盛んにするために、学園内での課外活動には全員ひとつは参加すること。
つまり、最初に読んだ“課外活動を推奨する”という文章が適応されるのは在校生だけで、1年生の課外活動は“推奨“ではなく“確定事項“ということであってますか?」
沙織が導き出した結論に、智香は立ち上がり拍手を贈った。
「すごいね沙織ちゃん、やっぱり外部進学の生徒は馴染みのない会則には直ぐに気がつくね!」
「それだけこの学校の校則は変ってことじゃないのか?」
「まあまあ瑞稀……この校則のおかげで、瑞稀は沙織ちゃんと会話ができたんだから、悪い面ばかりじゃ無いと思って心に留めておいてよ。」
「智香は良い面しか見てない。現にこうして校則のおかげで迷惑をかけてしまってる生徒がいる事は問題だと認識しないと……。」
智香と瑞稀が言い合いに発展し始めた時、千夏先生が場を治めにかかった。
「2人ともそこまで。
及川の前で痴話喧嘩はまだ早い。話を進めて。」
「痴話喧嘩じゃないです!」
千夏先生に智香がすかさず反論する。
『痴話喧嘩って、まさか先輩達はお付き合いしてる?』
沙織は一瞬詳しい話を聞きたくなったが、まずは自分のことに集中しようと脳内を落ち着ける。
智香は一度咳払いをしてから話を戻す。
「つまり新入生、1年生である沙織ちゃんは、課外活動に参加しなければならないのに、その課外活動の一環である部活動への所属意思を示さなかった……。これが今の沙織ちゃんの現状。」
『改めて説明されると、なんだかこの学校の校則ってまわりくどい気がする。』
「だけど、課外活動が部活動だけとは限定されていませんし、今からでも部活動に所属すれば……。」
沙織の発言に、智香が『待ってました』と言わんばかりの、にこやかな表情になる。
『あれ? 何か地雷を踏み抜いた気がする。』
智香がしたり顔で天井を見上げると、部屋中に聞こえるほどの大きな声でわざとらしく話し始めた。
「部活動の所属書類はもう提出期限を過ぎたし、なにより今まさに自己紹介をしているだろうから、今から入部するのはとっても注目を浴びちゃうと思うんだけどな〜。」
『たしかに今から入部は注目を浴びるな……。
だけど部活動以外の課外活動なら。』
沙織の考えはお見通しだといった表情で、智香は更に沙織を追い詰める。
「この学園内の課外活動は、今のところ部活動くらいしか無いんだよな〜。」
「無いんですか?! 部活動以外に委員会とかは?」
「無いよ〜。この学園は部活動が沢山あるから、委員会を作っても活動する事が無いんだよね。
普通の学校では委員会がする活動を、部活動としてやりきっちゃうから。
このまま課外活動に参加しないと、生徒会として沙織ちゃんを校則違反者として対処しなくちゃいけない。」
部活動の書類を提出しなかっただけで、こんな大事になるなんて思わなかった沙織は、頭を抱えた。
『部活動に所属しないと校則違反なんて。
だけど、既に自己紹介を終えた部活動に、今から参加することもできないし……。
参加できたとしても心穏やかに活動はできない。』
「そこで私達の出番だ!」
智香がそう言うと、横に控えていた瑞稀が数枚の用紙を沙織に差し出した。
「これって……。」
「そうだよ! 沙織ちゃんはもう部活動に参加はできない。だけど私達生徒会も我が学園にわざわざ外部進学をしてくれた沙織ちゃんを、入学早々に校則違反者だなんて言いたく無い。
そこでこの用紙に書いてある事を沙織ちゃんに提案しようと思って、今日は来てもらったの。」
沙織に手渡された用紙には“生徒会所属申請書”と書かれていた。
「これはつまり、私に生徒会に入れって事はですか?」
「そう言う事! どうかな?」
沙織に残された道は、この手渡された用紙にこの場で名前を書いて渡すしか無い。
しかし寮の自室でひとり、ゆっくり過ごした1週間は沙織にはとても心地の良い時間だった。
綾乃との部活見学後に、自室に戻った時の安心感は最高だった。
部活動見学だけで疲労した沙織が、生徒会に所属するなんて、躊躇うに決まっていた。
沙織が結論を出せずにいると、瑞稀が沙織の横に座り先程渡した用紙の中の“生徒会所属者の条項”と書かれた箇所を指さした。
沙織はその部分に目を通す。
『生徒会に所属する者は、部活動への所属は許可されない……。』
「なんですかこの条項!
部活に参加しろって校則で言われたと思ったら、今度は参加は許可しないって……。
意味がわかりません。」
「その通り。この学園は色々と校則がわかりにくくてね。」
智香は真面目な顔で沙織に話す。
「私達生徒会は、この校則に則って沙織ちゃんを生徒会に迎え入れようと思ってる。
ちょうど部活動にも所属していないし、何より私と瑞稀は今は2年生だけど、生徒会にも後輩が居ないと卒業時に引継ぎができない。それはとても困る。」
「だから私に生徒会に所属しろと?」
「沙織ちゃんだから頼んでる。沙織ちゃん以外の子が同じ状況だったとしても、私達生徒会はこの提案をしなかった。今頃校則違反者として処分を言っているところだよ。」
智香の表情は本気だった。
真っ直ぐな視線で静かに処分の話をした智香からは、先程までのおちゃらけた雰囲気は全く感じられない。
それは沙織の横に座っている瑞稀も、部屋の隅に立っている千夏先生も同じだった。
今生徒会室に居る沙織以外のメンバーは、全員が沙織の生徒会所属を本気で望んでいた。
「結論を出す前に、ひとつ聞いても良いですか?」
「もちろん。」
沙織は目一杯に息を吸い込んだ。
「お昼休みに書類を提出する様に言わなかったり。
生徒会室に連れて来て見せてくれた、この“生徒会所属者の条項”って書類を何日も前から準備したり。
各部活で自己紹介をし始めた放課後のタイミングに合わせて、生徒会室に連れてきたり……。
先生と先輩方は、わざとこうした行動をとった訳ではありませんよね?」
沙織は3人の目を、順番に見ながらそれぞれに確認をする様に問いかけたが、目が合った瞬間に全員が視線を逸らした。
「昼休み前に全員が書類を提出したと思っていたけど、確認したら及川のだけが無かったから。
決してわざと声をかけなかった訳じゃないぞ。」
「書類を何日も前から準備したりなんてしてないよ〜。
あくまで千夏先生から部活動の所属申請書を提出していない新入生が居るって聞いたから、念の為書類を準備しただけだし。」
「そうそう、それに私が迎えに行ったのはタイミングをみてじゃなくて、ただ放課後だったからであって……。」
3人がそれぞれの言い訳を並べる。
『千夏先生はいつもと違って目が泳いでいるし、何より声が裏返っている……つまり嘘。
智香先輩は事前に準備はしていないって言ったけど、書類の隅っこに印刷日時が書かれている。その日時は3日も前……つまり嘘。
瑞稀先輩は放課後だったからと言ったけど、他2人の行動から考えると、今日の放課後に実行する事は知っていて私を連れて来るタイミングは前々から考えていた……つまり嘘。』
沙織はまんまと3人の作戦にはめられたのだ。
沙織は言い訳を言って黙ってしまった3人を、改めて順番に見る。
そして先程、目一杯吸った息と同等量の空気をため息として吐き出した。
「……わかりました。」
「え?」
「生徒会に所属しますよ、入学して早々に校則違反者になるのは嫌なので。」
『本心はここでこの流れに乗らないと、なんだか後悔する気がしたからなんだけど。』
「本当にいいの?」
「違反者にならないなら所属はしませんけど?」
「する! 所属しないと校則違反者にするから、だからこの書類に名前書いて!」
智香がペンを差し出し、瑞稀が用紙の名前記入欄を指さす。
沙織が用紙に名前を書くと、千夏先生が用紙を受け取った。
「私が生徒会の顧問だから、これで書類の提出は完了だ。及川、ようこそ生徒会へ。」
「これからよろしくね沙織ちゃん!」
「よろしく。」
正式に生徒会所属が決定した沙織は、3人に改めて迎え入れられた。
3人が表情豊かに沙織を歓迎しているなか、沙織は自分の心にあることを誓った。
『次からは書類の提出期限は全部メモしておこう……。2度とこんなことにならないように。』
そして智香と瑞稀に仕返しを決めた。
『2人が付き合ってるのか、徹底的に調べ上げてやる!』