生徒会始動
「そこまで進行していたとはな……。」
沙織が包み隠さず話した内容に、千夏先生は動揺を隠せなかった。
どうやら千夏先生が思っていたよりも、深刻な内容だったらしい。
一緒に話を聞いていた智香と瑞稀の2人も、深く息を吐いて心を落ち着けようとしていた。
そんな重い空気の中、千夏先生が口を開いた。
「実は昨日のお昼過ぎに学園に電話があったんだ。」
「電話ですか? 一体誰から。」
いじめのことを知っていた人間はめぐみのクラスメイト以外には、沙織と綾乃くらいの筈だ。
千夏先生は誰からの電話でいじめを知ったのか、沙織は気になっていた。
『もしかして、めぐみの家族とか?』
「学校指定の教科書類を売っている書店を知ってるか?」
「学校の近くのですか?」
「そうだ。その書店の店主のおばちゃんから昨日電話があったんだ。
最近同じ教科書を何度も買いに来る生徒がいるってな。」
「それって……。」
「あぁ。その書店は防犯カメラがあって、店主のおばちゃんが不審に思ってその生徒が来たときの映像を全部とっておいてくれたんだ。
確認したら、何度も教科書を買いに行っている生徒が伊藤めぐみだと確認ができて、さらにこんな紙まで見つかったから、こうして伊藤と最近やたらと一緒に行動している及川に事情を聞くことにしたんだ。」
千夏先生が事の流れ説明し終え、改めて沙織には厳重注意がされた。
「友人を助ける為に行動するのは素晴らしい事だが、今の及川は生徒会の役員っていう立場もある。
軽率な行動は慎むべきだったな。」
「すいませんでした。」
自分自身でも暴走していた自覚があった沙織は、素直に自身の非を認める。
生徒会役員の自覚が足りなかったのは事実だ。
千夏先生は「よし、やるか。」と言って立ち上がった。
「ここからは学園として対処するから、全員で準備に掛かるぞ。
しばらくは忙しくなるから覚悟するように。
今日は午前中の授業は公欠扱いにするから、生徒会の作業を行なってくれ。
千葉は学園の資料データの準備、勝又は及川の集めたデータの確認と整理。
及川、お前は今までやって来た事を続けつつ、毎日私に報告する事。及川にはこれから私が作業も教えていく。
各自取り掛かってくれ。」
「沙織、今持っているデータが有ればもらう。」
「はい、これです。」
沙織は、鞄に入れて持っていた、証拠の一部が入っていたUSBメモリを瑞稀に手渡した。
「たしかに。残りも明日までに持ってきてもらいたい。」
「わかりました。」
瑞稀はUSBメモリをしっかりとポケットにしまった。
「まさかまたあの部屋に行くことになるなんてなぁ……。」
智香は自身の鞄から生徒会室の鍵を取り出して、生徒会室の端にあった扉の施錠を開けた。
そして続けて扉の横にあるタッチパネルの部分に、自身の生徒手帳をかざすと『カチッ。』と音が鳴って扉のロックが開いた。
その扉はずっと鍵がかけられていて、沙織はてっきり物置か何かで普段は使われていないものだと思っていた。
「その部屋って使ってるんですか?」
「生徒会室の中からしか入れないから、実質生徒会役員が使う部屋だよ。
もっとも私は使いたくない部屋なんだけど……。」
智香が「はぁー。」とため息を吐いて部屋に入っていくと、瑞稀が智香に続いて部屋に入ってしまった。
沙織は千夏先生に「及川も早く来い。」と言われて、その扉をくぐって中に入った。
中に入ると、そこは小さな会議室のような部屋だった。
部屋には窓は無く、電気をつけないと真っ暗で何も見えないくらい暗い。
窓が無い代わりに空調設備がしっかりしているらしく、締め切っていた割には部屋の空気は快適だ。
千夏先生は壁に備えられていた電話を使って職員室に連絡を入れているようで、沙織たち生徒会役員の公欠を伝えていた。
智香と瑞稀は既に椅子に座って、千夏先生が電話を終えて話し出すのを待っている。
しばらくして千夏先生の電話が終わった。
「及川もとりあえずそこに座れ。
お前にはまず、この部屋の説明からしないといけないからな。」
千夏先生に言われた通り、沙織は空いていた席に座った。
「及川も含めて、いま一度この部屋のことを説明する。
まずこの部屋は防音室になっているので、外に声が漏れる心配は無いから、公に聞かれては問題がある話をするときはこの部屋を使う。
伊藤めぐみに関する事は、今後は生徒会室では無く、この部屋で作業する事。」
めぐみのいじめに関する話は、不特定多数の生徒に聞かれる恐れのある生徒会室では無く、この防音室で対策していくらしい。
「基本的には生徒会役員以外の入室は禁止されているから、誰かを連れてくる事は禁止だ。
どうしてもの場合は、生徒会顧問の私と生徒会長の千葉、2人共から許可を得てからにする事。」
生徒会室と直結した部屋だからか、この部屋は生徒会の顧問で責任者でもある千夏先生と、生徒会長の智香に権限があるらしい。
生徒会役員は、その2人からの許可を既に貰っているということなのだろう。
「この部屋に入室する際は、生徒手帳の中に入れているはずの学生証を、扉の横にあるタッチパネルにかざす事でロックが解除される。
鍵は生徒会室の鍵と同じだから、勝又と及川なら個人で自由に出入りする事ができる。」
『智香さんがかざしたのは、生徒手帳じゃなくてその中の学生証だったんだ。
確か学生証は中にチップが入っていて、図書館の本の貸し出しとかにも使えるって聞いてたけど、この部屋に入るのにも使うんだ……。』
沙織は自分の生徒手帳を取り出して、その中に入れてあった学生証を見た。
学生証は免許証のような見た目で、証明写真も入ってある本格的なものだ。
そういった作りの学生証だから入室管理なんかもできるのだろう。
「この防音室に入室中、生徒会室の方に生徒会役員以外の誰か来た場合は、部屋の明かりが1度だけ自動で消える。
この部屋を出たら必ず鍵がかかっているのを確認してから、生徒会室にその人物を入れる事。
この部屋のパソコンは高等部含め、学園の資料やさまざまなデータにアクセスができるから、学園の各生徒会役員など、許可された人間以外は利用しない決まりになっているからな。
誰でも見られる状態にはならないように注意する事。」
『千夏先生がここまで言うってことは、本当に重要なデータも保存されているって事か。
生徒会役員以外の人には、絶対に見られないように気をつけよう。』
「質問はあるか?
今の話に関係が無くても、気になった事があったら聞いてくれ。」
「はい先生!」
「なんだ及川。」
「この各席に備え付けられているパソコンは、どのくらいの作業で利用していいんですか?
データの管理や保存、編集なんかをここでやれたら効率的なんですけど。」
沙織は各机の上に設置されていたパソコンをどの程度使って良いのか、千夏先生に尋ねた。
この部屋でいじめの対応などをするなら、音声データなどの整理もこの部屋で行った方が効率的だからだ。
「このパソコンは、学園の資料データにアクセスできるパソコンだ。
学園に関するデータの管理なんかもできるから、フォルダが混ざらないように気をつけてくれれば使っても問題はない。
ここ以外には職員室に1台だけあるから、データの管理は徹底して行うように。」
「わかりました。」
職員室の1台と、この防音室の4台で合計で5台。
その5台のパソコン以外からは、保存データへのアクセスはできないらしい。
『データの移行をしないといけないか。』
「ちなみにだが……初等部に3台、中等部に4台、大学に5台、同じデータにアクセスできるパソコンがあるから、フォルダ名には高等部の『高』の字を冒頭に付ける事。
それから、高等部の5台以外のパソコンから入力されたデータにもアクセスできるから、必要に応じて閲覧しても良い。
逆にここで入力したデータにもアクセスがされる事があるから、変なデータは入れないように。」
千夏先生はそこまで説明すると、沙織の横に椅子を並べて座り、沙織の座った席のパソコンの電源を入れた。
「このパソコンをいじりながら説明した方が早いだろう。
千葉と勝又は使い方覚えてるよな?」
「覚えてます。」
「それじゃあ2人はそれぞれの作業に入ってくれ。」
画面に電源が入り、さまざまなフォルダが表示されていく。
千夏先生は今年の年度がまとめられたファイルから『高 1学年生徒データ』と書かれていたフォルダを開いた。
『フォルダの冒頭に『高』って書いてあるから、これは高等部のデータって事か。』
フォルダの中には検索システムがあるようで、マウスのカーソルがその検索場所に移動する。
「及川、伊藤に対していじめ行為をしていた奴らの名前をもう一度確認しても良いか?」
「えっと……鈴本果穂、菊地由理恵、佐々本亜美です。」
千夏先生がその3人の名前を入力すると、すぐに3人分のデータが表示された。
「この3人だな……。
こんな感じで名前で検索ができるから、及川の好きにいじってみろ。
間違ってもデータは消さないようにな。」
千夏先生は沙織にマウスを渡すと、智香の席に行ってしまった。
ここからは沙織が自分でデータを確認していく。
まずは表示された3人分のデータを順に目を通していく。
『鈴本果穂 (スズモトカホ)1年A組
陸上部所属 初等部から入学。
成績……。
結構ひとりずつ細かく書かれてる。』
沙織が画面をスクロールしていくと「備考」と書かれた欄が出てきた。
備考欄には入学前と入学後の、その生徒の傾向などが記載されているようだった。
『備考(中等部)
中等部から所属し始めた陸上部にて、同部活所属の伊藤めぐみとライバル関係にあるよう。
お互いの記録を意識している影響で成長が早く、高等部での活躍も期待されている。
備考(高等部)
中等部と同じく陸上部に所属したが、ライバルが居なくなった影響で記録の伸び悩みが懸念されている。
記録更新ができにくくなり始めてから、ストレスによる他人への八つ当たりなどの行動が度々見られる。
陸上部の活動も参加頻度が低くなり始めている。
……これって、やっぱり自分の記録が伸びなくなったからめぐみに当たってるって事だよね。』
沙織は次の人物データに移動する。
『菊池由理恵 (キクチユリエ) 1年A組
写真部所属 中等部から入学。』
そのまま備考欄まで画面をスクロールしていく。
『備考(中等部)
園芸部での活動で、中等部敷地内の花壇の世話を積極的に行っている。
交友関係は広く無いが、おとなしい性格で分け隔てない対応をするため、同級生からの信頼は厚い。
相手にも公平な対応を求める傾向がある。
備考(高等部)
写真部に所属し、植物の写真を多く撮っている。
同部活所属の2年、永野葉月に憧れている様子だが、一方的に憧れているため写真技術などの会話も皆無。
他の写真部所属の生徒が永野葉月と写真技術の会話をしていても、会話に混ざる事なく遠くから嫉妬の視線を送っている事がある。
……この菊地由理恵って人は、嫉妬心からめぐみのいじめに加わった?』
そして最後に、綾乃が過剰に反応した人物のデータに移動する。
『前の2人のデータも結構細かく書かれていたけど、この人はどんな事が書かれてるのか……。』
沙織は1度、目を閉じて深呼吸をしてから画面に視線を戻した。
『佐々本亜美 (ササモトアミ) 1年A組
帰宅部所属 初等部から入学。』
先程の2人と同じように備考欄まで飛ばしていく。
亜美の備考欄はパッと見でもわかる程、中等部の行数が多かった。
『備考(中等部)
バスケットボール部に所属していたが、1学年時に怪我で退部し、その後から素行不良が目立ち始める。
同級生であった花村詩音に対するいじめ行為を行なっていたことが発覚し、10日間の停学処分となる。
停学後も反省は見られず、他人を馬鹿にする発言や、喧嘩を煽り立てるなどの問題行動が複数回報告されている。
カウンセリングの実施後もあまり変化は見られない。
備考(高等部)
帰宅部に所属し下校時間が他生徒よりも早い為、中等部生徒への恐喝まがいの行為や、他校生との喧嘩などが目撃、通報されている。
遅刻、早退なども多く、素行不良は中等部から継続しているもよう。
近隣商店街でのシャッター等への落書きや、看板の破損、万引き行為などの目撃情報もあり、現在警察が捜査中。
捜査結果は学園高等部に連絡が入る事になっており、現時点で可能性が最も高い生徒であると現状報告を受ける。
……綾乃が言っていた通りの問題生徒じゃん!
こんな人と関わってたら、本当に犯罪に巻き込まれそうだよ。
しかも中等部の時からいじめをやっていて、停学処分になったのに反省無しって……。』
ここまで読んだ沙織は、検索システムにカーソルを合わせ、亜美の備考欄に出てきた「花村詩音」という人物を検索してみた。
しかし、高等部のデータに「花村詩音」の名前はヒットしなかった。
沙織の想像通り、この「花村詩音」という生徒は既にこの学園には在籍していないらしい。
沙織はいじめがあった3年前の中等部の生徒データから検索することにした。
『えっと……3年前の中等部、1学年の生徒データフォルダを呼び出して。』
フォルダを読み込みそこで検索した結果、ようやく「花村詩音」のデータが表示された。




