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一貫校の新入生  作者: 相模原 光
入学編
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不穏な影

 沙織が課題に取り掛かって、早1時間。

 無事に全ての課題をこなし、沙織はひと息ついていた。


「ようやく終わったー。」


 沙織は椅子にもたれかかって腕を伸ばす。

 背中がバキバキっと音を立てながら筋肉が解される。


「結構時間がかかっちゃったな……。」


 普段よりも予習をしなくてはいけない教科数が多かったせいもあり、机の上は教科書やノートでいっぱいになっていた。

 そんな教科書やノートの山からスマホを見つけ出すと、スマホにメッセージが届いていた。


「綾乃からだ。」


 メッセージの差出人は綾乃で、早速内容を確認すると「話したい事があるから連絡ください。」と書いてあった。


「なんだろう?」


 課題も全て終わり特に予定もない為、綾乃へ「いつでも良いよ。」とメッセージを送る。

 すると綾乃から「今から沙織の部屋に行く。」と返ってきた。

 綾乃はどうやら直接沙織に話したいことがあるらしかった。


「今日の取材の事かな? それとも今度の初等部の取材の事かな?」


 見当がつかないまま、とりあえず教科書類を片付けて待っているとチャイムが鳴った。

 玄関を開けて綾乃を中に招き入れる。


「ごめんね急に。」

「全然いいよ。」


 シャワーを浴びたばかりなのか、綾乃の体からはトリートメントのいい香りが漂っている。

 しかし、綾乃は浮かない表情をしていた。


『なんか変な感じ……何かあったのかな?』


 先程までとあまりにも雰囲気が違う様子で、たまらず沙織の方から話をふる。


「何かあったの?」

「いや、ちょっと……その。」


 なんとも歯切れの悪い様子の綾乃に、沙織は余計に心配になってしまう。

 話があるからと部屋に来たのに、話そうとしない綾乃を見て、ますます不安になっていく。


「本当に何か変だよ?

 せっかく私の部屋まで来たんだから、ゆっくりでいいから全部話して?

 何かあったの?」

「うん、ちょっとお水もらってもいい?」


 沙織はすぐに水を持って来ると、綾乃はひと口飲んで気持ちを落ち着けた。

 ひとまず綾乃の方から話し出すまで、沙織は黙って待っている事にした。

 綾乃はゆっくり、ひと口づつ水を飲んでいき、沙織が渡した水を全て飲み切った。


「もう一杯持ってこようか?」

「大丈夫、ありがとう。」


 綾乃はそう言うとようやく話を切り出した。


「ちょっと見て欲しいものがあるんだけど……。」

「何?」


 綾乃は一冊の教科書を差し出した。

 先程まで沙織が課題をするのに使っていた教科書だ。


「もしかして課題の事?」


『綾乃の方が私よりも成績が良いから、私に課題のことを聞きに来た訳じゃなさそうだけど……。』


「中を開いて見て欲しいの。」


 綾乃から教科書を受け取って開く。

 教科書には何かの用紙が挟まっていたらしく、そのページが開いた。


「その挟まってる紙、開いて見て。」


 沙織が用紙を開くと、その用紙にはめぐみの写真付きで誹謗中傷が書かれていた。


「何……これ。」

「実はさ……。」


 沙織が用紙を見て絶句していると、綾乃は重い口をなんとか開き、その用紙を見つけた経緯を説明し始めた。


 綾乃は沙織と別れた後、取材の内容をある程度まとめてからシャワーを浴びた。

 そのあと、沙織と同じく課題に取り掛かろうとした所、教室に教科書を忘れてきたことに気がついた。

 しかし、既にシャワーも浴びてしまっていた為、教室に戻るのは少し気が引けた為、寮の同室でめぐみと同じクラスの生徒に教科書を貸してもらい課題を始めることにした。

 課題をする為に教科書を開くと、その紙が出てきという事らしい。


「その同室の子は?」

「もちろん直ぐに聞いたよ。

 そしたら昨日授業で使った時にはその紙は入って無かったって……。

 教科書は今日の放課後まで教室に置いていたから、いつから入っていたかもわからないって。

 もちろんその紙が入っていた事は知らなかったって。」


 沙織は今日のめぐみに対して感じた違和感は、もしかしてこれが原因なのではと思った。

 綾乃は更に同室の子から聞いた話を続ける。


「最近、めぐみのクラスではめぐみに対してちょっかいを出してた人がいたみたい。

 同室の子も含めて、ほとんどの生徒はその事を批判して嗜めてるみたいだけど、取り巻きを含めて数人はいくら言っても辞めないらしい。」

「それじゃあ、この紙も?」

「うん……その人達の仕業かもしれないって。」


 改めて誹謗中傷が書かれた紙に視線を向けると、めぐみに良くしてもらっている沙織にとって、その用紙には見るに堪えない文言が並べられていた。

 それは綾乃にとっても同様で、だからこそ沙織の部屋にやって来たようだった。


『これは完全にいじめだ……。

 絶対に、めぐみに対するいじめはこれだけじゃ無い!』


「これ、めぐみも知ってるのかな。」

「わからない……本人に聞く勇気が無くて、どうしていいかわからなくて沙織の部屋に来ちゃった。」


 もし知っていても、本人から話がされていないという事は、知られたく無いということになるし、知らなかった場合は沙織達がめぐみを傷つけてしまうことになりかねない。

 2人は良案を見つけられないまま、黙り込んでしまった。


 沙織はテーブルに広げられたままの見るに堪えない用紙を一瞥し、長く重い沈黙を破る勇気を絞り出した。


「綾乃にさ……話したいことがあるんだ。」


 震えた声で話し出した沙織の話を、綾乃は顔を上げ静かに耳を傾けた。


「私がこの学園に入学したのは、中学生の時にいじめにあったからなんだ……。

 同級生からいじめられ始めて、最初は庇ってくれたりしてくれる子もいたんだけど、学年が上がっていくにつれて止めてくれる人も減って、最終的に私の周りにいたのは、いじめてくる人と傍観者しかいなかった。」


 沙織は苦しくなって涙が出始めてしまった。

 深く呼吸をする事を意識しながら、なんとか話を続ける。


「そのまま高校受験の時期に差し掛かって、同級生達はみんな地元の高校に進路希望を出してる事を知って、どうしても離れたかった。

 今離れなきゃ、自分を守れないって思った。だけど、どうすればいいかわからなくてひとりで悩んでた。

 そんな時、家族がこの学園のパンフレットを渡してくれたの。

 この学園の高等部は内部進学者がほとんどで、私を知っている人はいない事と、学生寮が敷地内にあるから自宅から通わなくてもいい事。

 どうしても無理だったら、家族みんなで引っ越そうとも言ってくれた。

 家族がそこまで言ってくれたから、私もこの学園に入学する事にしたの。」


 沙織の入学した経緯を聞き、綾乃はひとつずつ質問をしていく。


「同級生が庇ってくれた時、沙織はどうだったの。

 嬉しいとか思った?」

「正直な所、庇うだけでそれ以上助けてくれないんだって思ったよ。

 同情してるだけなんだろうなって。」


「庇ってくれる人がいなくなってからはどうしたの?」

「学校も休みがちになったかな。

 その頃はまだ家族に話はしてなかったけど、何があったのか理解してたと思う。」


「どうやって家族に話したの? いじめのこと……。」

「私が学校を休んだ日、家族から有給を使って休みになったからって、急に外に連れ出されたんだ。

 隣の県まで移動して、1日中遊んだ。美味しいものも食べて、体も動かして。

 スマホでこの旅館に泊まりたいって言って、急に電話し始めたかと思ったら、本当にその旅館に泊まることになったし。」


 楽しい思い出を語り、少しだけ部屋の空気が軽くなった。


「沙織の家族は勢いがいいんだね。」

「そうなんだよね。

 その旅館の部屋でゆっくりしていた時、家族がスマホで撮っていた写真を見せてもらったの。

 久しぶりに笑ってる自分を見た気がした。

 私はまだ笑えたんだって思ったら、家族に学校の事を話してた。」


「そうだったんだ……。」

「無理をして笑っている時と、本当に楽しくて笑っている時は表情が違うって。

 地元から離れたいって思うのは、全く悪いことじゃ無いって言われた。

 自分の生きやすい環境を探す事は、前進しようとしている証拠だって。」


「前進しようとしている証拠か……。」


「それでこの学園を受験することにしたんだ。

 家族以外には全く相談しないでね。」

「学校の先生にも?」

「うん。私の中学の先生は、最初から特に何もしてくれなかったから……。

 そんな人達に沙織の大切な進路を相談する必要なんてないって、お父さんが言ってね。

 両親揃って三者面談に来たんだ。」


 沙織が笑いながらエピソードを話したことで、綾乃も少しずつ笑顔を見せ始めた。


「沙織のお父さん強いね。」

「おかげでとても助かったよ。

 三者面談に両親揃って来てくれて、担任に向かって『願書だけ書いてくれたらそれでいいから。』ってお母さんが言ったら続けてお父さんが『これ以上、沙織の足を引っ張ったら、同級生の進路を全て絶ってやるからな。』って。」


「担任を脅したんだ。」

「そう、おかげでこの学校に通える事になったから家族には感謝してるんだ。」


 沙織はひと呼吸おいて改めて綾乃と向き合った。


「いじめられてた私が言い切る。

 いじめられてる人には、絶対的な味方が必要だって!」

「私がなれるのかな……。」

「綾乃なら大丈夫。私も一緒にめぐみの味方をするから!」


 2人で絶対に何があってもめぐみの味方でいる事を誓い、一度本人に聞いてみることにした。

 綾乃もスマホを開き、いざとなったら、めぐみの家まで走って行くと言い切った。


「まずは私が話してみるよ。」

「お願い。」


 綾乃に会話の主導権を渡し、沙織は綾乃の横についていることにした。


「かけるよ……。」


 綾乃が覚悟を決めて通話ボタンを押す。

 呼び出し音以上に、自分の心臓の音が聞こえる気がした。


「もしもし?」


 いつもと同じような声色でめぐみが電話に出た。


「めぐみ? 今ね、沙織の部屋にいるんだけどさ。」

「え? 自慢してる?

 羨ましいって思われたいんでしょ!」

「そうじゃなくてさ!

 あのさ、最近変わった事あった?」


 一瞬めぐみが言葉に詰まったのが通話越しでもわかった。


「別に、特になーんにも変化ありません!」

「……私にそんな嘘が通じると本気で思ってる?」

「嘘って……なんのことだか。」

「めぐみのクラスで何があったのか、少しだけだけど知ってる。

 特に今日は様子がおかしかったから、気になってたけど、私じゃ頼りなかった?」


 少しヒートアップし始めてしまった綾乃を、手で軽く制止して落ち着くよう促すと、めぐみが大きめの声で反論した。


「違う! そうじゃなくて。」


 めぐみが話し出すのを2人で黙って待つと、めぐみは先程と打って変わって諦めたような声で話し出した。


「原因は私にあるから、私が自分でなんとかしないと……。」


 めぐみの言葉に我慢できず、沙織は思わず声を出した。


「あのね、めぐみ。

 やられた側は、自分に原因があるって思い込みやすいんだ。

 私もそうだったから、今のめぐみの気持ちはよくわかる。」

「沙織も?」


 いつもより明らかに弱々しくなっためぐみの声に、寄り添うように沙織は言葉を続ける。


「だから、まずは私と綾乃に今のめぐみの考えていること、気持ちなんかを何でもいい。

 まとまってなくてもいいから、全部話してほしい。」


 綾乃も少し落ち着いて沙織に続く。


「私と沙織が全部聞くから。」

「ずっと聞いてるから、少しずつ。

 話したく無い事は無理に話さなくてもいい。」


 沙織と綾乃は顔を見合わせ、めぐみの返答を待った。


『ここから先は、めぐみに任せよう……。

 これ以上は無理に聞くと拒絶すると思うし、少し整理する時間が必要かな……。』


 沙織は過去の自分と重ねて、今のめぐみには少し時間が必要だと判断してとにかく待った。

 綾乃もそんな沙織に従って、なんとか言葉を我慢している様子だ。


「最近、2人とあまり関わらないようにし始めたのは気がついてた?」


 めぐみがひとつずつ探りながら話し出した。


「私はなんとなく。綾乃は?」

「私もあんまり朝に会わなくなったな〜程度かな。

 部屋に遊びに来てたりしたから、そこまでは……。」


「急に避け始めたら余計に不自然かなって思って、少しずつ避けるようにしてた。

 放課後は特に……。」

「それで沙織からの学校見学の誘いも断ってたわけね?」

「うん。」


 放課後の誘いを意図的に断られていた事に、沙織は少しだけショックを受ける。


『意図して避けられてたんだ……。

 でも、ちゃんとめぐみにとって意味のある行動だったはずだから、ちゃんと聞かなくちゃ。』


 すぐに気持ちを切り替え、スマホに耳を傾ける。


「なんか私の交友関係をよく思っていない人が何人かいるみたいで、それでなるべく人と関わらないようにしてたんだ。」

「めぐみの交友関係に文句言う人がいるの?」


 綾乃がまた口調を強めで返す。

 沙織もそんなことで文句を言う人がいるとは、全く思っていなかったので、綾乃と同様に驚いた。


「文句というか、癪に触ったって言うのが正しいのかな……。

 とにかく不快な思いにさせてたみたいで。」

「つまり、めぐみの交友関係に嫉妬した人が嫌がらせをしてるってことか……。」


 沙織はめぐみの話を聞いて、少し要約してみた。

 シンプルだけどこうした些細な出来事がいじめに発展する事は、自身の体験から重々承知していた。

 けれど綾乃は釈然としない様子だ。


「だけど、私はこの学園に入る前の幼稚園から一緒だし、あまりめぐみも含めてだけど、この学園の生徒ってあまり交友関係に変化があるように思えないから、嫉妬って言われてもピンとこないかも。」


 綾乃が言った事にそういえばと沙織は納得したが、めぐみは理由を付け加えてそれを否定した。


「それが、そうでもないんだよ。

 今年に入ってから、今まで関わりの無かった先輩達と仲良くしてもらってたし、部活が帰宅部になってから放課後の自由な時間が増えたから。」

「そっか……部活が変わって、人間関係も変化してたから。」

「多分。だから私が原因だと思って……。」


 2人はめぐみが自分の原因だと思い込んでいた理由に、多少は納得したものの、それでもめぐみが嫌がらせを受ける理由にはなっていない事を根気よくめぐみに言い続けた。


 そして、めぐみに対するいじめをどう対処していこうか話し合いを始めた。

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