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一貫校の新入生  作者: 相模原 光
入学編
5/59

連行

 入学式から1週間が経過した日の放課後。

 この日は昼休みまでに、新入生は自分がどの部活動に参加するのか、部活名を明記した書類を担任に提出する期限の日だった。


 沙織は綾乃に連れられて、さまざまな部活動の見学に参加したが、どの部活動も自身にしっくり来なかったようで、書類の提出期限の昼休みを過ぎても決められなかった。

 というか、そもそも目立たず静かに学生生活を送りたかった沙織は、部活動に入部する気は殆どなく、このまま帰宅部として寮の自室でひとりの時間を楽しもうと思っていた。


 今の時間は綾乃を含めて、同級生達は昼休みまでに提出した希望の部活動の顔合わせがあるため、その準備に勤しんでいた。

 部活動の書類を提出していない沙織は、1人で寮の自室に戻るだけだ。


「沙織はどこの部活動に決めたの? 私は新聞部に決めたよ! 部室に行くの楽しみ!」


 沙織が部活動の書類を提出していないのを知らない綾乃は、自身の学生生活初めての部活動に胸を踊らせながら沙織に聞いてきた。


「実は、まだ提出してないんだよね……。」

「うっそ! 提出してないの? それじゃあ今日からどうするの?」

「……帰宅部かな?」


 沙織が帰宅部と言った途端、綾乃は首をかしげる。


「沙織は書類を提出してないんだよね?」

「そう……だから帰宅部に……。」


 沙織が話を終える前に、綾乃は沙織の話を遮った。


「それはできないよ?」

「え? どうして?」


『どこの部活動にも所属しないのだから、帰宅部になるんじゃ無いの?』


 沙織が綾乃から理由を聞こうとした時、帰宅部に所属すると言っていためぐみがタイミングよくやってきた。


「2人とも早く部活に顔出ししないと、初日から先輩を待たせるのは良くないよ?」

「めぐみ、実は沙織が部活動の書類を提出してないみたいなの。」

「マジで? それじゃあどうするの?」

「だから……帰宅部に……。」

「沙織は帰宅部に所属するって書類も出してないんだよね?」


『綾乃のこの言い方は、まさか……。』


 綾乃の言葉に沙織は、帰宅部に所属するにも書類の提出が必要なことに初めて気がついた。

 そしてさらにめぐみが沙織に追い討ちをかける。


「帰宅部も部活動だから、書類を提出しないといけないんだよ。それに沙織は私と違って寮生だから、そもそも帰宅部には入部できないよ?」


『寮生ってだけで元々、帰宅部は入部できなかったの? どんな入部条件だよ。だったら尚更どうしたらいいの……。』


 沙織は部活動の書類を提出しなければ、自動的に帰宅部になるとばかり思っていた。

 書類にはクラスと名前を記入する箇所以外には、入部する部活動の記入欄しか無かった。そのため部活動に入部しない生徒は提出しなくても問題が無いと思い込んでしまっていた。


『まさか帰宅部も入部手続きが必要だったなんて……。』


「もしかして、部活動は全員参加だったりした?」

「入学式の後のホームルームで、千夏先生が言ってたの……もしかして聞いてなかった?」


 沙織は入学式後のホームルームで、自分が聞き逃していた話があったことを思い出す。


「緊張してて、あの日は殆どの話を聞き逃してました……。」

「めぐみ、この場合、沙織はどうなるのかわかる?」


 綾乃がめぐみに問いかけるが、めぐみも全く見当がつかないらしく、首を横に振った。

 沙織は中等部で生徒会に所属していた綾乃に、自分の状況を聞いてみる。


「中等部ではこういった状況ではどうしてた?

 私はどうすれば……。」

「中等部では、書類を提出しない人はいなかったから、こんな状況自体が初めてで、私もどうなるのかわからない……。

 それに高等部には高等部の決まりがあるし……。」


 中等部で生徒会に所属していた綾乃ですら、今の沙織の状況は初めての経験のようだった。


 綾乃とめぐみは、自分の部活動の顔合わせの時間も差し迫っている。

 いつのまにか、教室には3人以外の生徒は全員居なくなっていた。


 この状況は沙織を余計に焦らせた。

 自身に付き合わせてしまっている2人が、初日から遅刻しかねない状況に、沙織が耐えられるはずがなかった。



「2人とも私のことはいいから、早く部活動に行ってきて。意外と書類を出してなくても、どうにかなるかもしれないしさ。」

「だけど、書類は全員提出って千夏先生は言ってたよ?」

「私のクラスでもそう言われた。」


 沙織は2人をこれ以上引き止めないように、平静を装い話を続ける。


「だけど、実際は千夏先生も何も言わずに職員室に帰って行ったし、案外大丈夫かもしれないからさ……早く部活に行きなよ。

 私は目立たないように、教室で時間を潰してから寮に戻るから。」


 2人は顔を見合わせて、この状況をどうするか決めかねている様子だ。


『お願いだから、2人とも部活に行ってください!

 いっそのこと、今からでも千夏先生に事情を話しに職員室に行くべきか……。』


 沙織が2人を部活動に行くように説得していると、教室のドアが開き見たことがない生徒がこちらを見てきた。

 その生徒は智香と同じ色のリボンで、3人にとって上級生であることは一目瞭然だった。



 数秒間、お互いのことを見合うと、上級生の方から3人に話しかける。


「及川沙織って子、居る?」


 いきなり上級生にフルネームを言われた沙織は、あからさまに挙動不審になり始める。


『なんか知らない先輩が私の名前知ってるんだけど……。

 そもそもこの人、金髪だし制服は着崩してるし……ピアスなんていくつも耳に付いてるし。

 めちゃくちゃ怖いんですけど?』


 テンパってる沙織と違って、2人はこの先輩のことを知っているのか、少し落ち着いていたようだ。


「勝又先輩?」

「それで? 及川沙織って子は居るの?」


 綾乃とめぐみは顔お互いの顔を見て、この子が沙織ですと先輩に伝えた。


「この子が沙織ね……。あなた達は早く部活に行くように、まだ間に合うから早く行って。」


 先輩の気迫に押されて、2人は沙織に申し訳なさそうに手を振って教室を後にした。



 教室に残った沙織は、先輩のことがまともに見られていないのか、目が泳ぎまくっている。


「とりあえず、私と一緒に来てもらう。」


 先輩は沙織の腕を掴み、反対の手で沙織の鞄を持った。これで沙織は手を振り解いて逃げても、鞄が無いと部屋には戻れなくなってしまった。


『もしかして、あの書類を出さなかったから、私は今からボコボコにされますか?

 中等部でも全員が提出していたのに、高等部の私が出してないからお怒りなのですか?』


 沙織の思いを知ってか知らずか、先輩は沙織の腕をいっそう力強く掴み、沙織に言葉をかける。


「部活の書類を出してなかったのはあなただけだ……。

 そのことについて今から話があるから、絶対に逃げるなよ?」


「……はい。」


 ここでもし逃げることができたとしても、この先輩は地の果てまで追いかけてくるだろう。

 それくらいの威圧感をこの先輩は放っていた。



 強引に引きずられるように先輩に連行される沙織は、時々聞こえてくる部活の自己紹介をしているであろう声を聞いて、書類を提出しなかった事を後悔していた。


『入学式から失敗し続けて、挙げ句の果てにはヤンキーの先輩に目をつけられ……。静かに学生生活を満喫したかっただけなのに……。』


 どこの部活動の声も聞こえなくなり、沙織の不安が極限まで高まったその時、先輩が足を止めた。


「ここ、入って。」


 先輩が案内した部屋は、扉の上に普通のクラスプレートとは少し違ったプレートが付けられていた。

 沙織はその文字を小声でつぶやいた。


「生徒会室……。」


 頭が混乱している沙織の事は気にも止めず、先輩はさっさと沙織を生徒会室へと連れ込んだ。



 生徒会室には、沙織の見知った人たちが居た。


「智香先輩……。」

「沙織ちゃん、やっほー!」


 智香を見て、沙織は安堵の息を吐く。

 本気でボコボコにされると思っていたらしい。そんな沙織の様子に、ヤンキーの先輩は少し落ち込んでいる。


「智香、やっぱり私が迎えに行ったのは間違いだったと思うんだけど……。」

「そんな事ないって、瑞稀が沙織ちゃんを迎えに行ってくれて助かったよ、ありがとう!」


 ヤンキーの先輩は、智香の言葉で少し照れた表情を一瞬だけした。


「及川は私が連れてきた方が早かった気がするんだが?」

「千夏先生!」


 智香の横に居た千夏先生を見つけて、沙織は書類のことを謝罪し始めた。


「千夏先生、書類を提出しなくてすみませんでした。」


 沙織が謝罪をすると、千夏先生は智香と視線を合わせてニヤリと笑った。

 沙織の横では、ヤンキーの先輩がそんな千夏先生と智香の表情を見て、呆れて深いため息を吐いた。

 そして沙織の肩に手を置いて「どんまい。」と呟いた。


 沙織はヤンキーの先輩に同情されて驚いたのか、顔を上げて3人の顔を見比べる。


「智香、千夏先生。なんだか可哀想になってきたから、早く説明してあげてください。」

「もちろん、説明はちゃんとするよ! だけど先に、瑞稀が自己紹介してあげたら?

 その見た目でいつも通りの話し方で連れてきたんだったら、沙織ちゃん、相当怖かったと思うよ?」


 智香がヤンキーの先輩にそう言うと、沙織とヤンキーの先輩は目があった。

 そして一瞬で沙織は目を逸らした。


 沙織の行動で、自分がまだ怖がられていることを悟ったヤンキーの先輩は、なるべく落ち着いたトーンで沙織に自己紹介を始めた。


「私は勝又瑞稀って言う。この高等部で生徒会副会長をやらせてもらってる……。」


 瑞稀の落ち着いた声に、沙織の体から恐怖で張っていた筋肉が少し和らいだ。


「さっきは急に連れてきて悪かった……ごめん。」


 沙織が先程まで威圧感を感じていた先輩は、謝罪をきっかけに可愛らしく見えてきた。


『やばいこの先輩……超かわいい……。

 これがギャップ萌えってやつですかね!』


「えっと……瑞稀先輩、頭をあげてください。全然大丈夫ですから。元はと言えば、私が書類を提出しなかった事が原因なので、先輩は悪くないです。」

「でも、怖がらせた……。」


「今は怖くないですよ? 瑞稀先輩。」


 沙織が「瑞稀先輩」と言った瞬間、瑞稀が驚きと嬉しさが混ざり合った表情をしながら頭をあげた。


「瑞稀のそんな顔、初めて見た……。」

「私も……勝又はこんな表情をするのかと驚いた。」


 智香と千夏先生が本気で驚いていると、少し沙織と打ち解ける事ができた瑞稀が、またも威圧感いっぱいのオーラをみに纏い、2人に向かって冷たい視線を向けた。


「私は自己紹介をしました。次は2人がこの子にしっかりと説明してあげてくださいね?」


 瑞稀の言葉は、やはり語尾に力のこもった言い方が普通のようで、先程の表情や話し方は稀なようだ。



 気を取り直した一行は、生徒会室の椅子に沙織を座らせて、沙織がこの生徒会室に連れてこられた原因である、部活動の書類の話をするために、それぞれが準備を始めた。


「これでも飲んでちょっと待って……。」


 瑞稀は沙織にお茶のペットボトルを渡すと、自分の仕事に戻った。


『瑞稀先輩って、見た目も言動もヤンキーみたいで最初は怖かったけど、優しい人だなぁ。』


 そんな事を考えながら、沙織はお茶を飲んでその時を待った。


『このお茶美味しい……。そういえば、瑞稀先輩はいつのまにこのお茶を買ってきたんだろう。

 後でちゃんとお礼を言わないと。』


 ペットボトルのお茶が半分になるより先に、3人の準備が整った。

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