半日常と変化
次の日の放課後、沙織は生徒会室で智香、瑞稀と通常業務をこなしながら2人にも初等部、中等部の事を聞いていた。
2人も初等部からこの学園に通っていた為、結構詳しく話をしてくれていた。
「初等部は普通の教室が多い印象だったけど、中等部の校舎は特別教室が多い印象かな。
初等部でのクラブ活動は通常教室でする事もあったけど、中等部では専用の教室で部活動をしてたからなのかな?」
「それもあると思う。あとは単純に初等部の方が学年が多くて通常教室が多かったから、それもあるんじゃない?」
「かもね。
まあ、何にしてもこの学園は敷地が広いだけあって、各部の施設も充実してるから、学園内の全部見てまわるなら、許可証が今月末までの期限なのは有難いかもね。」
サラッと言った智香の言葉に、沙織は一瞬たじろいだ。
『今月末までって、まだ2週間以上有るのにそれで丁度いいって……。
まぁ、高等部の案内だけでも結構時間がかかったからそうなのかな?』
仕事がひと息ついた瑞稀が、椅子にもたれながらひとつ提案をする。
「沙織に任せられる仕事が増えたから、生徒会の仕事はほとんど溜まらなくなってきたし、明日の放課後にでも試しに行って来たら?
中等部なら生徒会の子達に連絡入れて案内もしてもらえるかもしれないし。」
「でも瑞稀さん、急にお願いすると梓ちゃん達も困ると思いますから、ここは予定をすり合わせるところから……。」
沙織がそう言うと、智香が自分のスマホ画面を沙織に見せてきた。
「梓ちゃんと美琴ちゃん、明日の放課後で大丈夫だって!」
スマホ画面には梓から沙織がいつ中等部に来るのか、智香に催促している文言が並んでいた。
智香が「明日の放課後は?」と送ったメッセージに対して「私と美琴の2人が案内します!」と返信が返って来ていた。
当の本人抜きでいつのまにか予定が決まっていた。
「行っておいで!
明日の生徒会の仕事は私と瑞稀の2人でやっておくから!」
「中等部の生徒会が案内してくれるなら、ほとんどの場所を見られると思うよ。
それも放課後だから部活動とかも。」
笑顔で提案してくれた2人の好意を、沙織はありがたく受け取ることにした。
「わかりました、早速明日の放課後、中等部に行って来ることにします。」
「明日の放課後に連絡をくれれば迎えに行きますだって、梓ちゃんから。
連絡先は交換してあるんだよね?」
「はい、中等部の生徒会メンバーとは全員と交換してます。」
「それじゃあ明日は、授業が終わったらそのまま梓ちゃんに連絡を入れて中等部に行って来るといいよ。生徒会室に寄ると時間が勿体無いし。」
「そうさせてもらいます。」
その時、生徒会室のドアがノックされ経理部の明日香が入室して来た。
「なんだか楽しそうな話をしていたけど、入っても良かった?」
「全然構わないよ! 昨日の交流会関係?」
「そう。土日の生徒会の交流会で利用した合宿所での費用は校内活動費として処理したから、それの確認をしてもらいたくてね。」
それならと、瑞稀が数枚の用紙を持って明日香と向かい合う形で座って話を始めた。
「布団関係の費用は被服部に……。」
『被服部って確か3年生の加藤由紀さんが部長の部活だよね? 真理先生と仲良しの。
布団関係の費用は被服部に払うのか……。』
沙織は明日香と瑞稀の話に耳を傾けながら、学園の経理を少しずつ理解し始めた自分に成長を感じて嬉しくなった。
「それじゃあ、この内容で経理処理しておきますね。」
「うん、お願いします。」
明日香と瑞稀の話し合いが終了し、明日香は瑞稀から用紙を1枚だけ受け取ると生徒会室を後にした。
「これで交流会関係の事後処理は全部終わった。」
「お疲れ様瑞稀。」
「お疲れ様です瑞稀さん。」
沙織と智香の2人も、各自の仕事は終了して静かにひと息ついていた。
「今日はもう帰ろっか。私も沙織ちゃんも仕事終わったし、瑞稀もどうせ終わってるんでしょ?」
「明日香が今日中に来ることは想定してたから、昼休みにある程度終わらせておいて正解だったよ。」
「瑞稀さん、お昼時間も仕事してたんですか?」
「明日香の経理処理は早いからね。
生徒会の交流会関係の費用だから、抜け漏れが無いようにと、通常業務の準備をちょっとだけしてただけ。
お昼はちゃんと食べたから心配しないで?」
『瑞稀さん、働き過ぎが常態化している気がする……。』
沙織の心配をよそに、2人は机の上を片付けて帰り支度を始めた。
沙織も机の引き出しに使った道具などを片付けて、鞄を持って席を立つ。
3人が生徒会室の外に出て扉に鍵をかけると、千夏先生がやって来た。
「今日はもう終わったのか?」
「はい、今から帰るところです。
何かありましたか?」
「いや、及川にこれを渡そうと思ってな。」
千夏先生は1枚の用紙を沙織に手渡した。
「今月中の初等部、大学それぞれの案内してくれる人の予定だ。
中等部の案内は中等部生徒会に連絡して頼む様子だったから、それ以外の初等部と大学で案内してくれる人が居ないか聞いて来た。」
用紙にはカレンダーのように日付が書かれており、初等部、大学の欄に時間かバツマークが書かれていた。
「バツが書かれている日付は案内ができない日、時間が書いてある日付は当日の昼休みまでに連絡を入れてくれれば案内できるそうだ。」
「ありがとうございます!」
「ちなみに、バツが書かれている日付は案内ができないだけで、見学する分には構わないそうだ。
2人までなら同行者を認めるとも言ってもらったから、同行者がいる場合は私に同じく昼休みまでに伝えてくれれば良い。」
千夏先生はそう伝えると「お疲れ。」といって職員室の方へ帰っていった。
3人も校舎を出て学食で夜ご飯を食べると、各寮の部屋へと帰宅した。
「急だけど明日か……。」
明日の放課後に中等部へ学校見学しに行くことになり、何かとソワソワし始めた沙織は、布団に潜ったり執拗に部屋の片付けをし始めるが全く落ち着かない。
「まさかこんなに早く見学しに行けるとは思わなかったなぁ……。
交流会やったばかりだけど、学校見学となるとまた違った緊張感が。」
沙織は千夏先生からもらった用紙にも改めて目を通す。
「せっかく千夏先生が連絡して予定表も作ってもらったし、案内してくれる人がいる時の方がいいかも。」
予定表をマジマジと見ながら、生徒会の仕事との兼ね合いを考えながら大まかに学校案内の予定日を吟味していく。
明日の放課後に中等部へ行くことは決定している為、生徒会の仕事も考えて初等部は平日で週末か次週の初め、大学は土日にも案内がしてもらえるようなので許可証の期限内の土日に予定しておくことに決めた。
「そういえば同行者も2人までならっていってたしな。」
沙織はダメもとで綾乃とめぐみにメッセージを送ってみると、めぐみからすぐに返信が帰ってきた。
めぐみは予定があるため行く事ができないと返答が来た。
『残念……。まぁ、急だししょうがないよね。』
続いて綾乃からも返信が来た。
綾乃はまだ部室で新聞部の活動をしていたらしく、部長の久美と一緒に取材をする奈津美の2人に確認をとっていたらしい。
久美と奈津美の2人から了承をもらったからと一緒に行くと返信が来た。
続いて中等部の学校案内が明日の放課後になった事と、初等部、大学の今の所の予定日を伝えると、数分で返信が来た。
明日の中等部と、平日の放課後に予定している初等部の学校案内には同行することはできるが、土日に予定していた大学には他の部の取材があるため行くことはできないと書かれていた。
「新聞部、忙しそう。
とりあえず明日の中等部と平日の初等部の学校案内は一緒に来てくれるみたいだから、千夏先生には明日、朝のうちに伝えておこう。」
中等部と初等部にはひとりで行く事は無くなったが、大学という未知の領域にひとりで訪れる勇気がそうしても出なかった沙織は、他に一緒に行ってくれる人を考え始めると、すぐに智香と瑞稀が頭に浮かんだ。
『今月は生徒会の活動は土日休みだし、誘ってみようかな?
予定がなければって付け加えてっと……。』
メッセージの最後にもし予定が無ければと付け加えて、生徒会のグループラインにメッセージを送る。
大学は生徒会の活動予定が入っていない土日に予定したこともあり、もしかしてと思って智香と瑞稀にメッセージを送ってみたが、2人ともすぐに返信が来た。
2人とも大学の見学には行く予定をしていたらしく、詳しく説明が聞く事ができるのはありがたいと快諾してくれた。
『智香さんと瑞稀さんが一緒なら、私がひとりで行くよりもたくさんの事を聞く事ができそう!』
正直なところ高校に進学したばかりの沙織がひとりで大学の学校案内に行っても、何を聞いてどこを案内して欲しいのかなどを伝えるのは絶望的だと感じていたため、2人の快諾はとてもありがたい事だった。
生徒会の仕事が残っていない土日に予定することだけを決めて、グループラインを閉じた。
大まかな予定と同行者が決まり、沙織はまた新しい予定が埋まった嬉しさに満たされた。
この学園に入学した当初と比べて、明らかに変わった自分の心情に嬉しさを感じ、沙織は久しぶりに自宅へと連絡を入れて見ることにした。
学園に入学してから、最初こそ毎日のようにメッセージを送っていたが、生徒会に入り、沙織自身が明るくなっていくにつれて1週間であった出来事などを一気に送るように変化していた。
先日の週末は交流会があったこともあり、時間をとって連絡をするのは久しぶりだった。
沙織は自宅に電話をすると、母親が出た。
沙織は交流会で中等部の後輩と仲良くなれたこと、クイズ大会で優勝賞品として許可証をもらったこと、その許可証を使って明日の放課後から高等部以外の案内をしてもらえることになった事など、最近の嬉しかった出来事を全て話した。
沙織が話すことを、母親は全てに相槌をして一緒に喜んでくれた。
沙織が話し終わると、母親は「楽しい学生生活を送れているようで良かった。」と言った。
「この学校に入学して良かったよ、ありがとう!」
沙織は母親に感謝を伝えると電話を切った。
「本当に変わったな、私。」
沙織は入学した当初の事を思い出してみると、おどおどした人見知りだった事を思い出し、ひとりで部屋で赤面し始めた。
「シャワーでも浴びて課題やって寝よっと……。」
自分以外、誰もいない部屋で勝手に恥ずかしくなってしまった沙織は、急いでシャワーを浴びて課題に取り掛かった。
シャワーでスッキリ気分転換する事ができたのか、あっという間に課題が終わった。
終了した課題を忘れないように鞄にしまっていると、ふと目に入った授業のノートを手に取った。
ノートをめくっていると、明らかに途中から書き方が変わっていた。
「そういえば先輩たちと試験勉強をしてから、ノートのとり方が変わった気がする……。」
試験勉強前は板書を移すことだけに集中していたが、最近のノートは先生の発した言葉を端々にメモしている事に気がついた。
試験勉強の時に瑞稀たちに教えてもらっていた時に、メモをする癖がついていたらしく、ノートを見返すだけである程度の授業内容を思い出す事ができた。
「こんな変化もあるんだなぁ……。」
ひとつひとつは小さな変化のようだが、入学当初から比べると沙織の中では大きな変化になっていた。
沙織はノートを閉じて明日の持ち物確認を終えると、早めに就寝することにした。
電気を消して布団に入ると、入学して数ヶ月で起こった自身の変化と、これから卒業までにどれだけ変わる事ができるのかを想像して、ワクワクした気分で眠りについた。
夢の中での沙織は高等部の生徒会で仕事を続け、同級生をはじめ先輩後輩にも慕われ成績も優秀な生徒になっていた。
毎日のように生徒会の仕事に従事しながらも、休み時間には綾乃やめぐみと楽しい時を過ごす。
まさに充実した毎日を送っていた。
そんな夢を見て目覚めた朝はとても目覚めが良かったようで、普段はやらないカーテンと窓を開けて朝日と少し冷たい空気を全身に浴びながら背伸びをするなんてことをかっこつけてやってみた。
「アラーム前に起きると気分が違うな〜。」
顔を洗い身支度を整えていつでも部屋を出る事ができる状態にしたところで、スマホの充電を忘れていたことに気がついた。
「あー!」
幸いにもまだ時間はあると慌てて充電器に差し込む。
「夢と現実ってやっぱり違うよね……。」
充電器に差し込むと、丁度スマホはアラームを鳴らし出した。
「危なかった……。いつも通り起きてたら充電しないで学校に行かなくちゃいけないところだった。」
今日は放課後に梓たちと連絡を取ることになっていたため、充電が切れていると大問題になるところだったと、冷や汗が背中を伝った。
夢の中の沙織になるには、まだまだ変化していかなくちゃいけないと沙織は悟った。




