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一貫校の新入生  作者: 相模原 光
入学編
45/59

お楽しみはとっておく

「遅かったね! ゆっくりお風呂に入れたかな?」

「中での会話が聞こえていなかったとは言わせませんよ? 智香さん。」


 不貞腐れた沙織が智香に少し八つ当たり気味な態度で返事をする。

 先に上がっていた智香と瑞稀は、既に服を着てドライヤーで髪の毛も乾かし終わっていた。


「そんなにツンケンしないでよ〜。

 ほら、お水でも飲んで!」


 瑞稀が沙織に水を差し出す。沙織は水を受け取り、2回喉を鳴らして水を飲んだ。


「ありがとうございます。

 瑞稀さんも、気が付いたらお風呂場から居なくなってて……酷いです。」


「それはごめん。会話の内容が私には難しかったからつい……。」


『まったくうちの先輩達は……。

 まぁでも、中学生との会話もなんだかんだ楽しかったからいいけどさ。』


 沙織は体にまとわりついている水滴を、タオルでしっかり吸い取っていく。タオルで水気をとった後も、若干の湯気が沙織の体から出ていた。

 結構な時間お風呂に浸かっていたため、沙織の体はぽかぽかしていた。温まった体が冷える前に下着を身につけると、肩にタオルをかけてズボンを履いた。

 肩にかけたタオルで上半身を少し隠しつつ、髪の毛を丁寧にタオルドライして水気をとっていく。


 そんな沙織と一緒にお風呂から出てきた中等部メンバーは、のぼせたのか、はたまた会話に興奮していたのかはそれぞれだけれど、全員、沙織以上に顔を赤らめていて一気に水を飲み干していた。ほとんど全員が下着姿のままだった。


「お風呂上がりの一杯は最高に体に染みるねぇ!」

「お風呂上がりはコーヒー牛乳じゃないの?」

「コーヒー牛乳を飲んじゃうと、カフェインで眠れなくなりますよ?」

「それなら牛乳単体で。」

「水以外を飲んじゃったら、また歯磨きしないとですね。」

「え? お風呂に入る前に歯磨きするタイプ?」


 中等部メンバーは相変わらず話題がつきないらしい。どんどん話題が変化して会話が尽きる様子はない。


「ツイスターゲームでも思いましたけど、中学生と高校生っていろんな面で『差』を感じます。」

「沙織ちゃんはまだ数ヶ月前はその中学生だったじゃん。」

「私と智香はもう1年以上前。」


 タオルドライを終え沙織が上の服を着たその時、脱衣所の扉が開く音が微かに聞こえた。


「お前達、早く服を着て頭を乾かさないと風邪をひくぞ。」

「随分と長風呂していたみたいだけど、みんなのぼせてない?」


 タオルと着替えを持った千夏先生と聡美先生が、脱衣所の中に入って扉を閉めると、着替えを終えていた高等部メンバーの方へ歩いて来る。


「千夏先生、聡美先生。今からお風呂ですか?」

「あぁ、明日の打ち合わせとかしていたらこんな時間になっていたから、お風呂にでもと思っていたんだけど……全員、明日の朝に起きられるんだろうな?」


 千夏先生は下着姿で話している中等部メンバーを尻目に、生徒を代表して智香に視線を戻す。


「大丈夫ですよ、まだ夜の9時前ですから。

 それに普段の登校時間と変わらない時間に起きれば、何にも問題ありませんから!」


「私は、慣れない環境では寝られないかも……。」


 楽観的に返答をした智香の横で、真逆の返答をする瑞稀。

 2人の正反対の返事に千夏先生はクスッと笑うと、そのまま2人を中等部メンバーの方へ体の向きを変えさせる。


「中学生を早く着替えさせて、責任持って部屋まで監督しろよ?」

「監督は先生の仕事では?」

「その先生が今から風呂に入るから、その間頼むぞ年長者!」


 千夏先生はそう言って智香と瑞稀の背中をぐいっと押した。

 そして横に向き直り、突っ立っていた沙織の頭をタオル越しにグシャッとした。


「うわっ!」


 沙織の視界にタオルがかかる。

 そのタオルを頭から下ろすと、いたずらをした子供のように少し口角をあげた表情の千夏先生を視認する。


『また千夏先生は……。』


「ほら及川も、さっさと頭乾かせよ?」

「はーい。」

「うちの生徒、もう少しだけよろしくね!」

「先輩達も居るので安心してください。」


 千夏先生と聡美先生は、脱衣所スペースでさっさと服を脱ぐと、浴室へと消えていった。


 沙織も千夏先生に言われたように、今は誰もいない洗面台の前にやって来た。

 ドライヤーは全部で5つあり、その中で沙織は1番端の席に座り、その席にあったドライヤーを手に取った。

 後方で話している他のメンバーを鏡越しに見ながら、沙織はドライヤーの電源を入れ、髪の毛を乾かし始める。


 沙織の髪の毛が半分ほど乾いたくらいで、中等部メンバーが徐々に洗面台に集まってきた。

 最初にやってきた美琴はショートヘアーなので、先に洗面台に来ていた沙織よりも早くに乾かし終わりそうな様子だ。


「美琴、次貸して〜。」

「はいよ。」


 1番最後にやって来た梓は、タイミングよく美琴と交代してドライヤーを使い始めた。

 沙織もようやく乾かし終え、洗面台をティッシュペーパーで軽く掃除してから席を立つと、少し後ろで椅子に座って待っていた智香達の元に合流する。


「沙織ちゃんは使い終わった場所を掃除してえらいね!」

「そうですか?」

「寮の部屋も綺麗だったけど、結構掃除してるの?」


『そんなに綺麗だったかなぁ?』


「掃除機とかではやって無いですよ?

 朝は時間が無いですし、夜は音がうるさくて迷惑になりますから。かわりに粘着ローラーとかハンディモップではやってますけど。」


『掃除機は片付けも面倒だしスペースを取るから、買ってすらいないんだけどね。』


「それでも毎日やってるんでしょ?」

「まぁ……一応は。」


 智香は感心した様子で頷いている。


「やっぱり綺麗な部屋を維持するには、毎日こまめに掃除するのが1番なんだよね。

 美琴ちゃんは自宅から通ってるけど、自分の部屋は綺麗な方?」


「私は実家だからって安心感で全く自分からは掃除していないです。

 使ったものを片付けるくらいしか……。」


 美琴は苦笑いをしながらそう言うと、隣で座っていた瑞稀の顔が暗くなる。

 その様子をチラッと見て気がついた智香は、瑞稀の肩を軽く2回叩いた。


「まずは物の定位置を決めるところからだね!」

「うん……。」


『少しずつですよ瑞稀さん!』


 心の中で瑞稀にエールを送ると、洗面台からドライヤーの音が消えた。


「奈々さん、大丈夫ですか? 歩けますか?」


 洗面台の方から聞こえてきた未来の声に、話をしていた4人は慌てて駆け寄る。


「大丈夫奈々ちゃん! 具合悪くなっちゃった?」

「横になる?」


 智香と瑞稀の2人が手早く準備しようと動き始めると、元から奈々と一緒にいた3人が2人の手を止めさせた。


「違うんです! そんなんじゃなくて!」


 梓が1番慌てた様子で首を横に振る。


「すいません、私が紛らわしいことを言ったから。」

「奈々さん、ドライヤーの途中で寝始めちゃって、私と未来で代わりに乾かしていたんですけど終わっても反応無くて。」


 やっぱり具合が悪いのかと高等部メンバーが心配していると、沙織達と同時に来た美琴だけは事態を理解し始めた。


「私も一緒に奈々の事を起こそうとしてやっと反応があったんですけど、やっぱり眠いみたいで……。」


 3人がそう説明すると、智香と瑞稀は改めて奈々の様子を確認して安堵した。


「よかった何とも無くて。」

「だけど、今日はもう休んだ方がいいかもね。

 みんなも奈々ちゃんと同じように疲れてるはずだから。」


「あれ? 瑞稀さんはお泊まり会の夜を楽しみにしていたのに、いいんですか?」

「疲れている中学生を無理やり付き合わせるのは良く無いでしょ。それに、日中の交流会中も充分楽しかったからいいの。」


「そうですね、明日もありますしね!」

「そうでしょ?」


 周囲の声に反応したのか、奈々が半目を開けた状態で顔を上げた。けれど奈々はやっぱり眠いようで、頭が前後左右に揺れている。


「奈々ちゃんもみんなも、今日は疲れてるから早く寝ようか!

 先生達は……まだ出てくる気配は無いし、とりあえず全員で部屋に移動しよっか。」


 智香の声かけで、全員で移動することが決まり各自で荷物を持ち始める。


「全員、自分の荷物を忘れないように。

 奈々ちゃんは……歩くのは難しそうかな。奈々ちゃんの荷物は……。」


「奈々の荷物は私が持って行きます。」

「それじゃあ梓ちゃん、奈々ちゃんの荷物をお願い。

 沙織ちゃん、悪いけど奈々ちゃんを支えてもらうの手伝ってもらっていいかな?」

「もちろんです。」

「瑞稀は先に部屋に移動して、奈々ちゃんがすぐに寝られるようにしてもらってもいい?」

「うん。」


 沙織と智香が奈々の事を両脇で支えると、奈々はふらつきながらも立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。


「沙織、智香。2人の荷物は私が持って行くから、ちゃんと支えてあげて。」

「わかった。」

「お願いします。」


 瑞稀は沙織と智香の荷物も含めて、3人分の着替えやタオルを持つと、他の中等部メンバーを引き連れて先に部屋へと移動していった。


 沙織と智香は奈々のペースに合わせてゆっくりと移動していく。

 移動中、何度もふらつく奈々の体を2人で必死に支える。


「沙織ちゃん、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。廊下が広くて助かりました。」


 歩いている間も2人の支えが無ければ、その場で倒れて眠ってしまいそうなくらい奈々の睡魔は強いらしい。


「智香先輩、沙織先輩!」


 荷物を置いた梓が部屋の扉を開けて待ってくれていた。


「ありがとう、梓ちゃん。」

「いえ、それよりも先輩達にこんなに迷惑かけて……この人、布団に投げましょう。」

「まぁまぁ。」


 通常時の倍以上の時間をかけて部屋にたどり着くと、沙織と智香は、瑞稀達が準備してくれていた布団に奈々を寝かせる。

 奈々は横になるとすぐに寝息を立て始めてしまった。


「よっぽど眠かったんですね。」

「お布団までたどり着いてよかったよ。

 何度壁にぶつかりそうになったか。」


 沙織と智香も布団の上で休んでいると、瑞稀がやって来て智香の隣に座った。


「2人ともおつかれ。荷物はあそこにまとめておいたから。」


「ありがとうございます、瑞稀さん。」

「ありがと!」


 3人で眠ってしまった奈々や、他の布団で楽しそうに会話している中等部メンバーを見ながら、今日の交流会がとても有意義な会だったと談笑していると、ようやく千夏先生と聡美先生もやってきた。


「まだまだ元気そうだな。」

「本当に、若いっていいわね。」


 先生2人も高等部メンバーの横に座り、会話に加わる。


「聡美先生も、すっぴんとは思えないくらい綺麗な肌をしてるじゃ無いですか。

 大人の色気って感じがします。」


 智香は憧れの対象を見るように目を輝かせながら、聡美先生の肌を食い入るように見て言った。


「エイジングケアをしているからこの程度で済んでるのよ。

 やってなかったら……考えたくも無い。」


 智香は続けて千夏先生のことも観察する。


「千葉、私の顔をあんまりジロジロ見るな。」

「千夏先生は……なんだか化粧をしていないと童顔ですね。」


 童顔と言われてムカついたのか、千夏先生の顔に怒りを感じる。それでも智香は止まらない。

 それどころか瑞稀まで智香に賛同し始めてしまった。


「たしかに、同級生でも違和感ないかも。

 それかひとつ年上?」

「でしょ? やっぱり千夏先生は童顔なんだよ!」

「お前らなぁ……。」


『千夏先生、めちゃくちゃ怒ってる!

 智香さん達の言う通り、千夏先生は童顔だと私も思うけど、これ以上はやめておいた方が……。』


「及川、お前も2人の意見に賛成! みたいな表情をしてないか?」

「えっ?」


「顔に出てるぞ。」

「千夏先生、いいじゃないですか。

 努力しても、童顔は手に入らないんですから……。」


『聡美先生、仲裁してくれてるのかよくわからないですけど、千夏先生を止めてくれてありがとうございます!』


「そうは言っても、化粧をしないと大人っぽく見られないのはちょっと……。」

「化粧で若く見られようとして、若作だって言われるよりよっぽどいいですよ!」


 聡美先生は千夏先生の肩を掴むと、前後に力強く揺さぶり始めた。


「聡美先生!

 千夏先生の頭がもげちゃいます!」


 千夏先生の頭は激しく揺れ、このまま頭だけ飛んでいってしまうのではないかと心配になるくらい動かされていた。


『先生達、お風呂前にお酒でも飲んでる?

 いつもと様子が違うんですけど。』


「先生達も眠いなら寝ましょうよ。

 さっきから変ですよ? ほら早く!」


 智香が間に入り千夏先生から聡美先生を引き離すと、動きが止まった千夏先生の髪の毛はボサボサだった。

 中等部メンバーは沙織達が話している間に眠たくなっていたのか、話し声はだいぶ落ち着いてきており、全員が布団に収まっていた。


「ほら聡美先生はそこのお布団ですよ。

 千夏先生はこっち。智香!」


 瑞稀が聡美先生をうまく中等部メンバーが眠りかけている場所の布団へ連れていくと、聡美先生の顧問としての立ち居振舞いをうまく引き出すことに成功した。


「こちら側の明かりは消しておきますね。

 高等部の皆さん、お騒がせしました、おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」


 中等部、高等部で別れるように敷いた布団の間にあった仕切りが、聡美先生によって丁寧に閉められると、沙織たちのいるスペースだけが照らされていた。

 仕切りを隔てて眠っている中等部メンバーに気を配りながら話していると、千夏先生が智香と沙織の耳たぶを少し引っ張った。


「さあお前ら、中学生はしっかりと自分たちの体調や明日の予定に合わせてお休みになったけれど、お前たちはいつまでも起きているんだい?」

「ちょっと千夏先生、痛いですよ!」

「そうですよ! あと、瑞稀の耳も引っ張ってください。不公平です!」


 千夏先生は智香と沙織の耳から手を離すと、そのまま布団に座り瑞稀の耳を引っ張る様子はない。


「あのな千葉、勝又をよく見てみろ。

 もう既に意識の半分くらいが夢の中だ。今、耳を引っ張ると目が覚めるだろうが。

 私は寝ろと言ってるんだ。」


 瑞稀は目を閉じて頭を下に向けたまま、微かに「うん。」と言っているだけで、厳密には会話をしていなかったようだ。


「わかりましたよ、寝ます。寝ますから!

 沙織ちゃんも、もう寝よっか。」

「そうですね、明日も有りますしね。」


 千夏先生は瑞稀を横にして布団をかけると、部屋の明かりを消した。


「お休み。」

「おやすみなさい。」


 合宿所の全ての電気が消え、沙織も自分の呼吸を感じるほど周囲も静かになった。

 普段の寮の自室と違い他の人の呼吸音も聞こえている状況は、沙織が素直に眠れない原因にもなっていた。


『みんな直ぐに寝ちゃったなぁ。

 私も早く寝ないと、明日の朝食班の集合時間に起きられなくなっちゃう。』


 人間、焦ると余計に眠れなくなる生き物で、沙織の意識はよりハッキリとしていきついにはまぶたが完全に開いてしまった。


『あれ? コーヒーを飲んだ後みたいに目が冴えてる。

 ヤバいよ、眠くなくなってきちゃった!』


 沙織はどうにか眠ろうと体勢を変えて目を閉じるが、全く変化はおきない。

 沙織以外は全員眠ってしまったのか、沙織が寝返りをうつ音に誰も反応を示さない。


『本当にみんな寝ちゃってる! 私も早く!』


 沙織はもう1度寝返りをすると、隣で沙織の方に向かって横向きで眠っている智香の顔が、暗闇に目がなれた沙織の目に留まる。


『智香さん、かわいい……。』


 そのまま少しだけ体を起こして周囲を見渡すと、千夏先生と瑞稀も静かに眠っている姿が確認できた。


『千夏先生も先輩たちも、もう寝ちゃってる。

 ……人の寝顔って、見てると心が和むんだ……。』


 沙織は再び布団に入り直すと、目を閉じてゆっくり呼吸を繰り返し、ようやく眠りについた。




「沙織ちゃん、起きて!」

「……ん。」


 小さい声で沙織の布団を揺らしながら起こそうとしている人物に、沙織は夢の世界から現実の世界に意識が連れ戻される。


『せっかくかわいい女の子と遊んでたのに……。』


 沙織はゆっくり体を起こすと、既に着替えを済ませた智香の姿があった。

 どうやら先程の声の主は智香だったようだ。


「おはよう沙織ちゃん、早く着替えないと集合時間に間に合わないよ?」

「は~い……。」


 軽く背筋を伸ばして大きなあくびをすると、全身に酸素が行き渡り、沙織の脳みそが活動を始めた。

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