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一貫校の新入生  作者: 相模原 光
入学編
35/59

心も体も疲れる1日

 月曜日、週の初めで清々しいはずの曜日なのに、沙織は少し落ち着かない。

 言うまでもなく、昨日の綾乃との出来事がきっかけだ。


 いくら漫画でのシーンを再現しただけとは言え、恥ずかしいことには変わりはなかった。

 沙織はあの時の光景が目の奥に焼き付いてしまい、思い出すたびに顔を真っ赤にして声を押し殺して絶叫していた。


『はぁ……こんな状態で綾乃の顔を見て挨拶ができる気がしない……。』


 何度も何度も冷水で顔を洗って、少しでもいつも通りになるように努力してみるけれど、かえって意識してしまう。


「うわー!」


 部屋を出る前に、一度発散してから玄関のドアを開けた。


 廊下に出ると同級生たちが、既に数人学食へ向かい始めていた。


「おはよう沙織ちゃん。」

「おはよう。」


 廊下で同級生と挨拶することに、少しずつ慣れてきた沙織はそこで少し心が落ち着いた。


『これならなんとかなるかも……。』


 沙織がそう思った次な瞬間、目の前に綾乃がやって来た。


「おはよう沙織。」

「おはよう……綾乃。」


 ほとんどいつも通りに話しかけて来た綾乃に、沙織は少したじろいだ。


「学食行こうか。」

「そうだね、めぐみもそろそろ到着する筈だしね。」


 いつも通り2人で学生寮を出るが、沙織はいつもより綾乃と距離をとってしまう。



「おはよう! 2人とも。」


 いつもと同じく、学生寮の前で待っていためぐみも合流して学食で朝ごはんを済ませる。


 2人のいつもの様子と若干違う事を察知したのか、めぐみは食事中に2人のことをいつも以上に気にして見ている様子だった。


『なんとなく食べづらい……。』


 そしてとうとう、めぐみが2人に切り出した。


「2人とも様子が変だけど、昨日私が帰った後に何かあった?」


 綾乃と沙織は2人とも体をビクッとさせた。

 その反応にめぐみは確証を持った。


「まぁ、何があったかは聞かないでおくよ。

 一緒にご飯を食べてるってことは、喧嘩とかじゃないんでしょ?」

「そう! 喧嘩では無いから!

 ねっ、綾乃。」


「そうだね、喧嘩では無いから……昨日めぐみが帰った後に例の漫画の続きを少し一緒に読んでたんだけど、ちょこっとだけ「あ〜……。」ってなるシーンがあって、お互いに顔を見るのが少し恥ずかしいだけなの!」


 多少話がねじ曲がった形でめぐみに伝えてしまったけれど、大まかは綾乃の言った通りだ。

 実際と違う点は「読んだ。」では無くて「実演した。」と言うところだけだ。


 恥ずかしくなって、気まずくなってしまったのは事実なのだからと、2人はめぐみにそれ以上のことは言わない。


『お願いめぐみ! 深くは追及しないで!』


 2人の真剣さがめぐみにも伝わったようで、めぐみは少し前のめりになって手を組み、テーブルの上に乗せた。


「その話、詳しく聞かせて……。」

「詳しく?!」


 沙織が大袈裟に反応してしまったけれど、めぐみは特に様子は変わらずに続ける。


「漫画の続き。

 ネタバレは控えめで。多少なら可。」


 めぐみの隣に座っていた綾乃は「はいはい。」と言って、なるべく小声で話し始めた。

 2人の向かい側に座っている沙織には、2人の会話の内容は聞こえないけれど、昨日の綾乃の様子から、先程めぐみに言った通りの話で伝えてくれている筈だ。


 沙織は2人の会話が気になりつつも、コップに残っていた水をゆっくり飲んで、鼻から空気を吸って深呼吸をした。



「えっ、そんなシーンが?」


 めぐみが綾乃から話してもらった事に、少し反応を示している。

 そんなめぐみの顔はみるみる赤くなっていく。



 そして綾乃がめぐみから離れて、会話が終了した後、めぐみは顔を赤らめたまま黙ってしまった。


 自分の所持していた漫画が全ての原因だと認識している沙織は、黙ってしまっためぐみの反応に戸惑った。


『綾乃は一体、どこまでの事をどういう風にめぐみに伝えたんだろうか……。』


「めぐみ?」


 めぐみは少し間を置いて口を開いた。


「それは……たしかに気まずくなる。」


『本当に何を話したの?!』


 綾乃を見ると、知らん顔で朝食のトレーを片付けようとしている綾乃と目が合った。

 じーっと綾乃と目を合わせていた沙織に対して、綾乃はニッコリ笑っただけだった。


「ほら2人とも、早く片付けないと朝のホームルームに間に合わないよ!」


 めぐみと話てスッキリしたのか、綾乃だけがいつもとなんら変わらない心境で月曜日をスタートさせた。

 そして綾乃程ではないけれど、いつもと同じくらいの心情に落ち着いた沙織。


 今3人の中で一番心穏やかでは無いのは間違いなくめぐみだろう。




 朝食を片付け終わると、それぞれ荷物を持って各教室へ歩いて向かった。

 途中で綾乃が2人と分かれて部室に向かうと言い出した。


「私ちょっと部室に用事があるから、2人で先に行ってて!」


 それだけ言って綾乃は部室へと行ってしまった。


「それじゃあ私達だけで教室に行こうか。」

「そうだね……。」


 いつもよりもスキンシップの少ないめぐみに、沙織は若干の物足りなさを感じながらも、漫画の一件が頭をよぎり押し黙ってしまう。

 めぐみも綾乃からネタバレで、まぁまぁな内容を聞いたのか、いつもの勢いは全く無かった。



「それじゃあここで……また後で。」

「うん、それじゃあ……。」


 ほとんど会話をしないまま、2人ともそれぞれの教室に到着してしまい、そのまま別れた。


 教室に到着して10分ほどが過ぎると、綾乃が戻ってきた。

 脇には部室から持ってきたであろうノートパソコンを脇に抱えていた。


「おかえり綾乃、そのパソコンは?」

「あぁ、このパソコンで次の校内新聞に載せる予定の記事を書いてるの。

 書いてるって言っても、本当にちょっとした記事なんだけどね。」


 綾乃は謙遜していたけれど、入部してまだ1ヶ月程しか経っていないのに、既に記事を書いているのはすごいと沙織は感心していた。


「それはすごいね!

 次の校内新聞、楽しみにしてる。」

「ありがとう。

 それより、めぐみは? いつもならまだここで沙織の横から離れないで時間いっぱいまで粘ってるはずだよね?」


 綾乃は不思議そうに周囲を見渡したけれど、自分の教室に行ってしまっためぐみがあるはずは無かった。


「めぐみは今日はもう自分の教室に戻っちゃったよ。」

「そうなんだ。」


 綾乃はそう言って鞄とノートパソコンを片付け始めた。

 沙織は片付けている綾乃に椅子ごと近づくと、小声で今朝の学食でめぐみに何の話をどこまでしたのか問いかけた。


「あ〜……とりあえずは、漫画の内容しか話して無いよ。

 流石にそれ以外は……ね?」


 綾乃がそう言うと、沙織はようやくひと安心した。


「ところであのメモ書きはどうしたの?」

「もちろん消しました。」


 沙織は目の下に若干できたクマを指差しながらそう言った。


「そうなんだ、面白かったのになぁ。」

「私は面白いく無い!」


「だけど、メモ書きが消し終わってるならあの漫画、貸してくれない?

 続きが気になっちゃって。」


「いいよ! しっかり全部消しましたから。」

「それは残念。」


 2人は今日の夜、綾乃の新聞部と沙織の生徒会、それぞれの活動が終わり次第、連絡を取って漫画を貸し出す事に決めた。


「綾乃が読み終わったら、そのままめぐみに貸してあげて。」

「わかった。

 めぐみに渡すなら、少しずつの方がいいよね?

 自転車通学だし。」


「そんなに直ぐ帰ってこなくても困らないから、綾乃もゆっくり読んでくれてていいからね?」

「わかった、ありがとう。」


『めぐみには後で連絡しておけばいいかな?

 今連絡するの……なんか気まずいし。』



 そして月曜日の学校生活が始まった。



 この日の昼食は、めぐみはクラスの子に誘われたらしく、綾乃と2人で学食で済ませた。

 学食で昼食を食べ終えると、綾乃の新聞部の記事作成のために教室に戻ってきた。


「そういえば先週、梓ちゃんが高等部に来てたから気になって色々調べたんだけど、今度の土日に、中等部と高等部の生徒会が合同で交流会をするんだってね!」


 生徒会役員と顧問しか参加しない予定の交流会だから、綾乃が知っている事に驚いた。


「よく知ってるね。」


『新聞部……すごい情報網だなぁ。

 綾乃の行動力も相まって。』


「一応、新聞部の先輩達から「気になる事があったら直ぐに調べなさい!」ってよく言われてるからね。

 梓ちゃんがひとりで高等部に来ていただけで、とんでもない事だと思ったから調べたの。」


「そんなに梓ちゃんがひとりで居る事ってすごい事なんだね。」


 綾乃の話し方から、梓の方向音痴がそれだけ酷いと沙織は改めて感じた。


「酷いなんてもので表していいものか……。

 ある種の天才かな?」


『それは少し酷くない?』


 そんな雑談がひと区切りすると、綾乃は机にノートパソコンとメモ帳を取り出して作業をし始めた。


 沙織はしばらく作業をしている綾乃を眺めて、自分の机から持って来ていた小説を取り出して静かに読書をして、残りの昼休み時間を過ごした。




 午後の授業を終えると、綾乃はまた忙しなく新聞部の部室へと向かっていってしまった。

 この時には、流石に沙織もいつも通りに戻っていた。


 けれど、めぐみは教室にやって来なかった。


『そんなに恥ずかしく感じる漫画を、めぐみに貸しても大丈夫だろうか。

 もしかして、読んだショックで学校に来られなくなったりしたら……。』


 いつもと違い、めぐみが一向にやって来る気配がなく、沙織の不安はどんどん膨らんでいく。



 そんな矢先、沙織のスマホにめぐみからメッセージが届いた。


「帰宅部の活動があるから、今日はもう帰るね!

 また明日!」


 どうやらめぐみは既に下校してしまったようだった。


「……少しくらい顔見せてくれてもいいのに……。」


 少ししょぼくれながら、沙織は生徒会室へ向かった。


 生徒会室では智香と瑞稀、そして千夏先生が既に揃っていた。

 智香と瑞稀は既に仕事を開始していたようで、軽く挨拶を返すとまた机の上の資料に目を移した。


「遅くなりました。」


 沙織も急いで自分の机で仕事を始める準備をする。


「まだ時間前だから気にするな。

 と言いたいところだが、今週はいつもの仕事に加えて土日の準備も進めていかなきゃいけないからな、早速仕事を進めてくれ。

 これが今週中に及川にやっておいて欲しい仕事の一覧だ。

 目を通したら取り掛かってくれ。」


「はい。」


 千夏先生から資料を受け取り、沙織は早速作業を開始した。


 そして作業を開始して1時間半。

 生徒会役員3人とも、この日の仕事を片付け終わった。


「沙織ちゃんもだいぶ仕事が早くなったね!」

「私たちに聞きに来ることも減ったし、間違いも無い。」


「先輩達が沢山教えてくれたおかげですよ!」


 智香はとても嬉しそうに沙織の頭を撫でた。


「こんなに優秀な生徒会役員をもって、私はしあわせものだよ〜。」


 今日はめぐみにスキンシップをされなかったから、沙織は智香に頭を撫でられてとても嬉しい。

 すると瑞稀も智香から沙織を奪い取り、頭をポンポンと優しく撫でた。


『いや〜、先輩達に取り合いされるってなんて嬉しいんだろうか……。』


 幸福感に包まれた沙織はにやけ顔が止まらない。



「よし。3人とも仕事が終わったようだし、今日は残りの時間は全て、交流会の準備を進めよう。

 そんなに大した準備は無さそうだが、早めに準備を終えて抜かりがないようにしないとな。」


 千夏先生が土曜日にショッピングモールで買って預かっていてくれた物を、テーブルに広げていった。


「千夏先生、中等部の生徒会にはあの件、伝えてもらえましたか?」

「及川が言っていたやつだろう?

 しっかりと聡美先生に伝えたから大丈夫だ。」


 それを聞いて安心した沙織は、早速交流会の準備に取り掛かった。

 今回の交流会では、お泊まり会の部分以外、高等部からの提案は沙織が発案者だ。

 そのため準備段階から沙織が指示していく事になっていた。



「沙織ちゃん、これはどうしよっか。」

「そうですね……もの自体は完成なんですけど、もう少しデザインに凝ってもいいかもしれませんね。

 智香さんの手腕にお任せしてもいいですか?」

「任せて沙織ちゃん!

 中等部の子達があっと驚くデザインにするから。」


「この用紙には個人で好きに書いていいんだよね?」

「はい! 瑞稀さんが好きに書いてください。

 その方が面白いですし、それが目的ですから。」


「及川、合宿所のこの部屋でやろうと思ってるんだが、広さとかは大丈夫か?」

「そうですね……この広さなら大丈夫だと思います。

 ただ念のため、前日に下見とかはできませんか?」

「手配しておこう。」



 入学してから最も主体的に動き回り、さらに先輩や顧問の先生に指示を出して、沙織の披露は溜まっていった。

 けれど、作業自体がとても楽しかったからなのだろうか、沙織がその疲労を感じることは無かった。



 生徒会での仕事が終わり自室に帰って来た沙織は、早速綾乃に連絡を入れた。


「今から部屋に向かうね!」


 そう返信が返ってきて、程なく綾乃がやって来た。


「生徒会お疲れさま!」

「うん。これ、綾乃が読んでた巻の続き。」


 メモ書きを全て消した漫画を綾乃に渡した。


「ありがとう、借りるね!」



 綾乃は沙織が疲れていると悪いからと、漫画を受け取ると直ぐに自分の部屋に戻って行った。



『綾乃……お願いだから、ルームメイトには見られないところで読んでね!』


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