歳の近い大人
土曜日の朝、沙織は高等部正門前に立っていた。
時刻は午前9時半を回ったところだ。
『なんだかんだ楽しみでこんなに早く来てしまった……。』
昨日は生徒会室での周囲のテンションにはついて行くことが出来なかった沙織だったけれど、なんであれ楽しみな事には変わりはなかった。
「及川か……早いな。」
「千夏先生! おはようございます。」
「あぁ、おはよう。」
千夏先生は昨日とは打って変わってテンションがとても低かった。
「あれ? 千夏先生はどうして学園内から?」
「言ってなかったか?
私は学園内の職員専用の部屋を借りて生活しているんだ。
だから及川たちと同じで、学園の敷地内に常に居る感じだぞ。」
『学園内に学生寮が有るから、先生達も何人か居るのは知ってたけど、まさか千夏先生がそうだとは思っても見なかった……。』
「そういえば、もう学校には慣れたか?」
「おかげさまですっかり慣れました。
少し強引でしたけど、今では生徒会に入ってよかったと思ってます。」
「それは良かった。」
千夏先生が普段通りのテンションに戻ってきて少し安心した沙織は、昨日の事を聞いてみる事にした。
「千夏先生……あの、昨日は……その、テンション凄かったです。
千夏先生のあんなテンション、初めて見たので少し驚きました。」
沙織がそう伝えると、千夏先生は頭を抱えた。
「及川、昨日のアレはわざとだ。」
「そうだったんですか?!」
『めちゃくちゃ乗り気だったから、千夏先生の新たな一面見ちゃった。
くらいに思ってたんですけど、アレはわざとだったんですか?』
千夏先生の言葉に動揺が隠せない。
「昨日は勝又がハイテンションっていう珍しい状況に加えて、千葉が慎重だったからな。
あんなに面白いことはない。」
『やっぱり千夏先生ってそういうところあるなぁ。
今、結構悪い顔してる……。』
「それに、校外での買い物の方が及川も楽しめそうだったからな。」
「私ですか?」
どうしてそこで自分の名前が出てきたのか、理解できない沙織はとても驚いていた。
「及川は勝又と千葉ともっと仲良くなりたいんだろう?
仲良くなりたい人とは、一緒に出かけたりするのも良い方法だと倉持先生から言われてな。
教師らしく導いてみようと頑張った結果だ、昨日のアレは。」
「千夏先生はそんなに私の事を……。」
「一応、無理やり生徒会に入れた原因だからな。
無理やり入れたんだから、環境に配慮して整えるのは義務だと思っただけだ。」
そう言って千夏先生は少し照れた様子で、沙織から視線を逸らした。
『思った以上に千夏先生って可愛い……。』
沙織は千夏先生に一瞬でときめいた。
沙織は千夏先生と一緒に、智香と瑞稀が来るのを待った。
その後も少々ぎこちない会話を続けて、早20分が経った頃ようやく2人の姿が見えてきた。
「おはようございます。
千夏先生も沙織ちゃんも早いね。」
「おはようございます。」
朝だからかいつもより若干テンションが低い2人も合流して敷地から出ると、歩いて近くのショッピングモールへと向かった。
「私服の生徒と買い物は、ちょっと変な感じがするな。」
「私たちからすれば、千夏先生との買い物の方がよっぽど変な感じがしてますよ?」
「まぁ、生徒と買い物なんてほとんどの教師はしないからな。私も新鮮だ。
……それにしても、今の高校生はだいぶおしゃれなんだな。
私の時はジャージ以外は全ておしゃれ着扱いだったんだが。」
そう言って千夏先生は3人の服装を見比べた。
「そうですか?
そんなにかしこまった服装では無いと思いますけど。
私含めて智香さんも瑞稀さんも、普通の格好ですよ。」
沙織がそう言っても、千夏先生にはいまいちピンときた様子はない。
智香も沙織と同じく今日の服装はいつも通りらしく、沙織の意見に賛同している。
「一応、女子高生ですからジャージは運動する時以外はなるべく着ませんよ。」
「そうは言っても、さすがに部屋ではジャージだろう?」
千夏先生が真顔でそう言うと、3人はさすがにと言った表情で頷いた。
「だけど、千夏先生も今日はいつものスーツ姿じゃないのでなんだか新鮮です!」
「新任の時に教師らしくスーツを着ていたら、いつのまにかスーツ以外を着るタイミングを失ってしまっただけだ。
休日は羽を伸ばすために、スーツはなるべく見ないようにしている。」
『最初に頑張りすぎて、後々に力を抜くことが出来なくなっちゃったんだ。
千夏先生って真面目だなぁ。』
「千夏先生! 今日はせっかくの楽しいお買い物なんですから、思いっきり羽を伸ばしましょうね!」
智香が普段のテンションに戻ってきたようだ。
若干テンションが高い。
「千葉は羽を伸ばしすぎないように注意しろよ。
一応、うちの生徒も多く遊びに行く場所なんだから、そんな場所で生徒会長がはっちゃけてたら、示しがつかなくなる。
適度で頼むぞ。」
智香に対して千夏先生が釘を刺すと、少し落ち着きを取り戻した。
そんな智香の横に並んで歩いていた瑞稀は、今日はほとんど話していない。
けれど、見た感じは元気そうだ。
『それにしても……なんだか瑞稀が静かな気がするなぁ。』
沙織は瑞稀の様子が少し気になり、瑞稀に話しかけた。
「瑞稀さんも今日は一緒に羽を伸ばしましょうね!
いっつも瑞稀さんは沢山の仕事をしていますから。」
「あ、うん。そうだね。」
「どうした勝又。
なんだか今日はおとなしいな。」
千夏先生と沙織が瑞稀の様子を気にしていると、智香が「あー。」と言って説明をしてくれた。
「瑞稀は緊張してるだけだから気にしないで大丈夫。」
「緊張ですか?」
瑞稀を見ると、たしかに智香の言った通り緊張しているみたいだった。
「人がたくさん居るところに行く前は、いつもこんな感じだよ?
場所に着いてしまえば普段通りの様子に戻るんだけど、それまではずーっとこんな感じ。」
智香の説明に瑞稀はみんなから顔を背けるが、耳が赤くなっていた。
『瑞稀さんって副会長だから人前に出ること多いよね?
仕事に支障無かったのかな?』
「あー……だからあまり人前に出ないのか。」
「そうですよ、千夏先生今更気が付いたんですか?」
『智香さん、今更は余計だと思いますよ?』
千夏先生はニッコリ笑うと、智香にひと言だけ伝えた。
「千葉、お前はお昼ごはんを自分で会計しろ。」
「ちょっと千夏先生!
今日は千夏先生のおごりじゃないんですか?!」
智香はすごい勢いで千夏先生の腕を掴む。
「気が変わった。
及川と勝又の分は約束通り私が払う。」
「そんなぁ……。」
智香は落ち込んでしまった。
ショッピングモールに行くまでの間に、智香の感情はジェットコースター並みに激しく揺れ動いていた。
その様子に、沙織は千夏先生が智香をからかって楽しんでいる事を知った。
千夏先生は終始、笑っていたからだ。
普段とは明らかに違う様子の千夏先生だったけれど、そのおかげなのか沙織たちの雰囲気もいつもよりリラックスしていた。
「千葉、そう落ち込むな。
ほら見えてきたぞ。」
千夏先生が指さした方向に目を向けると、大きなショッピングモールが見えてきていた。
沙織は入学してから初めての外出で、気分が高まった。
「おっきいですね!」
「沙織ちゃんもテンション上がってきたね!
さあ、今日は楽しむぞー!」
「はい!」
「2人とも、興奮し過ぎて交流会の準備に必要な物を買い忘れないようにな。
勝又は2人から少しずつでもテンションを分けてもらえ。」
「善処します。」
こうしていよいよショッピングモール内に入った生徒会一行は、交流会関連の現時点で確定した内容で必要な物を順番に買いに向かった。
沙織が必要な物を書き出していた用紙を見ながら、全員で店を見て買い集めていく。
「沙織ちゃん、これとこれどっちが良いかな?」
「そうですね……智香さんが右手に持っている方にしましょうか。」
「沙織、これは必要な物だったよね?」
「あー忘れてました! ありがとうございます瑞稀さん。」
「ひととおりカゴに入れたら声かけてくれ。
会計はまとめて私がしておく。」
「千夏先生太っ腹ー!」
「経理部に出すレシートだからな。
余計な物は入れるんじゃないぞ?」
千夏先生はそう伝えると店の外にある椅子に座って、3人から会計の合図が来るまで待った。
「こんなもんですかね、お会計にしましょう。」
「千夏先生読んでくるから、瑞稀と沙織ちゃんは並んでて。」
智香が千夏先生を呼びに店の外へ向かうと、程なくして千夏先生が智香と一緒に戻ってきた。
そしてすぐに順番が回ってきて、会計をしてもらった。
「レジ袋はご利用になりますか?」
店員がそう聞くと、千夏先生は「あっ。」と言って店員に袋をお願いしようとした時、瑞稀が千夏先生の横にスッと移動して鞄からエコバッグを取り出した。
「大丈夫でした。」
瑞稀が持って来ていたエコバッグに購入した商品を詰めて、店を出た。
「結構な金額だったなぁ……。」
一時的とはいえ、立て替えた千夏先生には結構な出費金額だったらしい。
少し凹んでいた。
「千夏先生、お昼ごはんは自分たちで買いますから、気を落とさないでください。」
調子が戻った瑞稀は千夏先生を気遣ってそう言うが、千夏先生は気持ちだけ受け取った。
「大丈夫だ勝又……。
私にはクレジットカードという手段があってだな。」
『あっ、お金が無いのにクレジットカード払いするのは良く無いって、お母さんから言われた気がする……。』
「そこまで無理しなくても大丈夫ですよ。」
「いや、実を言うとほとんど学園内から出ないから、クレジットカードを使ってないんだ。
だから、たまには使っておかないと……。
ほら、学園内での買い物は自室の鍵で出来るだろう?」
千夏先生は何か言いかけたけれど、すぐに話題を逸らして話を続けた。
沙織たちはとりあえず、千夏先生が逸らした話題にあえてスルーして会話を続けた。
「千夏先生の部屋の鍵も、学生寮の鍵と同じなんですね。」
「統一した方が学園内での金銭管理がしやすいからな。」
『まるで学園がひとつの街みたい。』
「とりあえず、ちょっと早いが昼ごはんにしよう。
何か食べたいものはあるか?」
千夏先生が3人に聞くと、ショッピングモール内の案内板のところまで行って飲食店を探す。
「千夏先生、私は自腹だと行けるお店がファストフード店だけなんですけど……。」
ここに来る道中に自腹を言い渡されていた智香が、自分の財布の中を確認してそう言った。
「はぁ……冗談だよ。
いったい、いつになったら冗談だとわかってくれるのかね、この生徒会長は。」
智香はその言葉を聞くと、目を見開いて千夏先生にもう一度確認をした。
すると今度はあからさまに冗談だとわかるように、千夏先生が返答した。
「どうしても自腹でファストフードが食べたいんだったら、無理にとは言わないけど……。」
「ぜひみんなと一緒に、ファストフード以外を食べたいです!」
「だったら早く店を決めてくれ。」
千夏先生からの許可をもらい、3人でお昼ごはんを食べる店を決めることになった。
「やっぱり学園内では食べられないものが良いよね!」
「ファストフードも学園内では食べられないものだけど?」
「なんでそう言う事言うの瑞稀。」
「やっと元の瑞稀さんに戻った気がします!」
「人混みに慣れて来たから……。
ほら、早く店決めないと。」
智香の言った学園内では食べられないものを判断基準にして話し合った結果、真っ昼間から焼肉食べ放題に決定した。
「高校生は胃袋も元気だなぁ……。」
焼き肉屋に到着して席に着いた千夏先生は、小声でボソボソっと呟いた。
「そんなこと言うほど、私たちと年齢離れてましたっけ?
千夏先生はまだ20代だって思ってたんですけど。」
智香は千夏先生の年齢を大まかに知っていたような口ぶりで、千夏先生の年齢を聞いた。
「たしかにそこまでお前たちと離れてもいないし、まだ20代だけどな……。
20代って言っても色々なんだよ。」
千夏先生はそう言ってメニュー表を開いた。
この店はランチ時間帯は通常よりも安い値段で食べ放題ができる焼き肉店らしい。
「金額的には1番リーズナブルでしたし、私たちのお腹も満たされること間違い無いですね!」
「及川良くやった。
ただし、奢ってもらう時に金額を気にするのはとてもいいことだけど、それを口にしないのが大人のマナーだ。
私はいいが、そう言ったことを気にする人もいるからあまり口には出すなよ?」
「気をつけます。」
「まぁなんであれ、早くコースを選んで食べよう。
せっかくの焼き肉だ。」
千夏先生は手早く4人分の食べ放題コース、ドリンクバー付きを注文した。
「かしこまりました!
少々お待ちください。」
店員がメニューを下げてドリンクバーのコップを取りに行っている間に、千夏先生はスマホを取り出して何かを確認している。
すると千夏先生は3人に向かって、嬉々とした様子でスマホ画面を見せた。
「3人とも喜べ、特に勝又!
今、聡美先生から連絡が入った。
中等部の生徒会役員は全員、保護者から許可を貰えたらしい。
これでお泊まり会ができるぞ。」
瑞稀は沙織が今まで見た中で、1番の嬉しそうな表情で喜びを噛み締めていた。
沙織と智香もそんな瑞稀の様子に、一緒に喜んだ。
「お待たせしました〜!
ドリンクバーのコップ4つですね。」
4人は順番にドリンクバーを取りに行くと、戻って来た時には既に食べ放題の肉がテーブルに乗っていた。
「焼き肉で正解でしたね!」
4人はドリンクバーで軽く乾杯をして、焼き肉を食べ始めた。




