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一貫校の新入生  作者: 相模原 光
入学編
30/59

準備前から全力になる人

「及川……及川。」

「沙織ちゃん、おーい。」



 いま、千夏先生と智香が沙織に声をかけていた……が、沙織は全く気が付いていない。

 校則変更のためのチェックマーク作業に夢中になってしまっていたためだ。


 見かねて瑞稀が沙織の肩を揺らすと、驚いて変な声を出してようやく気がついた。


「ひゃっ!」


「凄い集中力だったね!

 千夏先生と聡美先生の話し合い、終わったみたいだから、聡美先生をお見送りしたら千夏先生が話してくれるって。」


 沙織が見ると聡美先生が遠慮がちな様子で高等部生徒会の面々を見ていた。


「お見送りなんてそんな……大丈夫ですよ。」

「いえ、お出迎えができなかったのでせめて。」


 千夏先生は意外と頑なだった。


「それなら、軽くでいいですからね?

 廊下で挨拶程度にしてくださいね。」


 聡美先生はそう言ってテーブルの上にあった書類をまとめると、クリアファイルに入れて立ち上がった。


「それじゃあ私はこれで、生徒達に確認をし終えたらすぐに千夏先生にご連絡しますね。

 まだ生徒会室に残ってると思うので、早ければ明日には報告できると思います。」

「はい、お待ちしてます。」


 全員が廊下に出て聡美先生を見送った。



 聡美先生が見えなくなり、生徒会室に戻ると全員がソファーに座って千夏先生から話し合いの結果を聞かせてもらう。


「まずは来週の土曜日、日曜日に予定しておいた交流会はお泊まり会込みで予定を詰めてみた。」


 千夏先生のその言葉に、瑞稀は大変喜んだ。

 無言で喜びを噛み締めて、拳を頭上に突き上げた。


『瑞稀さんそんなにお泊まり会したかったんですね。

 まずは第一関門突破ですね!』


 生徒会役員の3人が嬉しそうな表情になった所に、千夏先生は一応補足を付け足した。


「とはいっても、中等部の生徒会役員達には保護者に同意をもらわないといけないから、まだ完全に決定したわけではないからな。」


「もちろんです。

 実現すれば中等部の子と仲良くなれますね! 瑞稀さん!」


 瑞稀は首を何度も縦に振って応えた。



「それじゃあ話を続けるぞ。

 今言った通り、もしお泊まり会が実現した場合は中等部、高等部の合宿所を利用する事になるが、実現しなかった場合にはもちろん、合宿所での寝泊まりは無しだ。

 ただし、合宿所は抑えてあるから施設内の部屋などは連日、自由に利用可能だ。」


「つまり、お泊まり会ができなくても合宿所自体は利用できるって事ですね。」


「その通りだ千葉。

 それで中等部の生徒会も、合宿所を使ってやりたい事があったらしくてな。お泊まり会ができなくても合宿所には行くことになるだろう。」



『中等部も合宿所で何かやりたかったんだ。

 合宿所は仲間では詳しく見てないから、何ができるのか想像つかないな……。』



 お泊まり会ができるかもしれないとなってから、ご機嫌な瑞稀は、中等部の生徒会からどんな提案があったのか千夏先生に聞いた。


「中等部からは合宿所で何がやりたいと提案があったんですか?」


「それがな……。」


 千夏先生が珍しく言葉に詰まると、智香が痺れを切らした。


「千夏先生? 中等部の子達は私達と何がやりたいと思ってるんですか?」



「お前たち高等部生徒会役員と……ただただ遊びたいらしい。」


『えっと……遊びたい? 私たちと。』


 千夏先生の言葉を聞いた3人は、一瞬だけ時が止まった。


「千夏先生、中等部の子達は何をして遊びたいんですか?

 というか、合宿所を遊ぶためだけに使っても良いんですか?」


「まぁ、交流会って名目があるからなぁ……。

 あからさまに騒がしくしなければ問題はないだろう。

 及川はまだ知らないだろうが、中等部と高等部の生徒だけが使える施設だから、毎年各クラスごとにレクリエーションをしたりすることもあるから、それの生徒会版だと言えば誰も文句は言わないはずだ。」


「たしかに、私たちも去年は合宿所でクラスレクをやってた。」

「中等部の時には合宿所全体を使ってかくれんぼとかやったっけ。」



 智香と瑞稀は合宿所での思い出を口にした。


『なんだか合宿所って名前だから、何かの練習だったり進学校とかによくある勉強合宿所とかをやるための施設だと思ってたんだけど……だいぶイメージが変わったなぁ。』


「千夏先生、智香さんたちの話からすると、合宿所では何をやっても良いってニュアンスに聞こえるんですけど、中等部の子達は具体的にやりたいことが決まってるんですか?」


「それに関してはこれを見てくれ。」



 千夏先生はそう言って沙織に1枚の手紙用紙を渡した。

 手紙は綺麗な文字で文章が綴られていたけれど、内容は高等部生徒会役員に向けたお願いごとが書いてあった。

 沙織は渡された手紙を音読した。


「高等部の生徒会役員の皆さん、今回は一緒に交流会ができると言われてとても嬉しく思っています。

 聡美先生から交流会でやりたいことがあれば、案を出してほしいと言われたので、私たちはいくつかの案を出してまとめました。

 結論から言いますと、私たちは先輩達と遊びたいです。

 一緒に遊んで少しでも仲良くなりたいと思っています。

 ですが私たちが遊びの内容まで全て決めてしまうと、先輩達を私たちに付き合わせてしまう形になってしまうのではないか、といった意見も出ました。

 そこで今回の交流会では、私たちだけではなく、先輩達も合宿所内でできる遊びをそれぞれ持ち寄って、全員で遊びたいと思っています……。

 補足。テレビゲームでもアナログゲームでも何でも平気です……。」


『中等部の生徒会役員は、梓を含めてとても素直な子が多いんだろうなぁ。』



 沙織が手紙を音読して、それを智香と瑞稀も聞いて内容を確認していた。

 沙織が手紙を読み終えると、瑞稀が紙とペンを用意し出した。



「……何で遊ぶ?」

「瑞稀さん、呑み込み早くないですか?」

「沙織ちゃん、こういうのはスピードが大事だよ!

 得意なゲームとかある?」


『智香さんもフットワーク軽いなぁ……。

 えーっと、テレビゲームはひとりでやることが多かったし、アナログゲームはやったこと自体が少ないんだよなぁ。』


 沙織は悩んでいると、沙織とは正反対に智香と瑞稀がすごいスピードで遊びを提案していく。


「メジャーな遊びだとトランプとかかな?」

「トランプはいろんな遊び方ができるからいいかも。

 私は実家では昔、ペットボトルに水を入れてボーリングとかしてた。

 生徒会室でお茶のペットボトルを洗ってとっておけば足りると思うけど。」


「いいね! それでスコアとかも出して大会みたいにするのも面白そう!

 他には瑞稀はどんな遊びをしてた?」


「ツイスターゲームとか、カルタとか……意外とアナログゲームやってたみたい。」

「アナログゲームは体を動かしてするゲームも多いから、交流会でやるのは良いかもね!」


『2人ともすごいスピードで出てくるじゃん!

 私はそんなにアナログゲームで遊んだことないんです! お友達が少ない人特有のアレですアレ!

 ……これはお二人に任せるのが一番良いかも知らない。黙っとこ。』



 そんな事を考えていた沙織だったけれど、2人が沙織のそんな考えを読み取ることは全くなかった。

 むしろ沙織はどんな遊びをしたいのか、すごい目力で聞いてきている。


「……私はオセロとかしかアナログゲームをやったことが有りません。

 もっぱらひとりでテレビゲームとかです……はい。」


「そうなんだ……どんなゲーム?」


 純粋に気になった智香は、沙織が普段はどんなゲームをしているのか気になったようだ。


「えっとですね……。」


『ヤッバイ! 普段のひとりでやってるゲームなんて、ドチャクソグロいゲームとか、乙女ゲームとか……そんなのばっかで、とてもじゃないけど口に出してタイトルを伝えることなんてできないゲームばっかりなんだけど!

 グロいゲームなんて、15歳未満は〜って指定があるゲームだから言ったところで中等部の子達とは絶対にできません!』



 沙織は冷や汗をかきながら、何かタイトルを伝えられるゲームがないかを頭の中から探していたけれど、全く出てこなかった。

 それどころか、反対に最初に頭の中をよぎった物よりも、もっと言えないゲームばかりが浮かんでくる。



『普通の人が楽しめるゲームってどれー!』


 口籠もった沙織の様子に、何かを勘づいた千夏先生は助け舟を出してくれた。


「……まぁ、遊ぶ内容なんて当日のテンションで決めるのもありなんじゃないか?

 準備だけしておいて、内容は当日の流れに身を任せて決めた方が、案外楽しめるかもしれないぞ。」


「それもそうですね。

 それじゃあ、動画とか必要な物の準備だけはしておいて、あとは当日って事にしておこう!」


 千夏先生の提案に智香がうまく乗ってくれたおかげで、沙織のパニックは落ち着いた。


『千夏先生ありがとうございます!』



「えっと、中等部からの提案はそんなところだ。

 あとはこちらからの提案についてなんだけどな、聡美先生は好意的に賛同してくれていたから、あとは中等部の生徒会役員が乗ってくれれば決定するだろう。」


「沙織ちゃんの提案なら大丈夫だよ!

 だって交流会の内容として、とっても良いアイディアだったしさ!」

「私も沙織の提案が交流会でできれば、中等部の生徒会役員の子達と仲良くなれる気がするから、絶対にやりたい。」


「ありがとうございます、まさかそんなに先輩達に好評だったとは。

 提案した甲斐がありました。」

「聡美先生も是非とも交流会でやりたいと言っていたから、中等部生徒会役員も賛同してくれるだろう。」



 沙織が提案した内容は、高等部生徒会で高評価だっただけでなく、中等部生徒会顧問の聡美先生にもどうやら高評価だったようだ。


「聡美先生にも好評だったんなら、色々準備をしておいた方が良いかもしれない……。」


 瑞稀は遊びがたくさん描かれた紙を裏返すと、その紙とペンを沙織に渡した。


「沙織の提案が採用された時に、必要になるものをここに書いていって。

 明日からの休みに、足りないものを買いに行こう。

 学園の円滑な運営のために行う交流会での出費だから、経費で落とせる。」


「そういえば、生徒会室の鍵を使えば生徒会で必要な物も買えるんでしたよね?

 でも良いんですか? そんな事にお金使っても。」


 沙織は瑞稀にもう一度確認するが、瑞稀はそんな事を気にしなくていいと言わんばかりに紙とペンを沙織に押し付けている。

 すると千夏先生が真剣な表情で会話に入ってきた。


「いや、駄目だ。」

「どうしてですか千夏先生!

 瑞稀の言う通り、学園の円滑な運営に必要だからという名目で行う交流会なんですよ?

 経費で落としてもいいじゃないですか!」


 智香は瑞稀と同じ考えだったようで、千夏先生が「駄目。」と言った理由を聞いた。


 3人の視線が千夏先生に向かう。



「校内では無くて、校外のお店で買い物をする!」


 千夏先生は、3人が思っていたのと違うところに焦点があたっていたらしかった。


『えっ、そこ? 千夏先生そこなの?

 経費うんぬんじゃ無くて、学園内で買い物するってところに反対だったの?』


「校内で買い物すると、たしかに生徒会室の鍵を使えばすんなり経費として処理ができるが、それだとお前たちはゆっくり買い物をしないだろう?」


「お昼休憩のついでに買っておく……くらいですかね?

 わざわざ何度も買いに行くのも面倒ですし。」


「そうだ千葉。

 今お前が言った通り、学園内で揃えようとするとわざわざ買いに行くのは面倒だと感じるだろう。

 それに本来欲しい物とは違っていても、まぁいっかと言って妥協するのが目に見えている。」


『何だか千夏先生の雰囲気がいつもと違う気がする……。』


 沙織と同じく千夏先生の雰囲気の違いに、智香も戸惑っているようだ。

 そんな2人と違って、何故か瑞稀だけは千夏先生の話についていっている。

 むしろ盛り上がり始めた。


「交流会で妥協はしたく無いですね。

 千夏先生の言う通りかもしれません!」


『あれー、瑞稀さん?』


「そうだ勝又。せっかくの交流会を準備段階から妥協していいのか?」

「よくないです!」


 どんどん千夏先生と瑞稀の会話がヒートアップしていく。


「だったら、限られた商品しか置いていない学園内ではなく、妥協することなく納得できる商品が見つかる可能性の高い校外に買い物に行くのが望ましいと思わないか?!」

「思います!」


『もう変なテンションになっちゃってるよ……。』


 沙織と智香はこの時、既に2人のテンションにはついていけなくなっていた。


「なので明日、土曜日に高等部生徒会は学園の外に必要な物を買いに行く事にする!」

「おー!」


「ちょっと待ってください千夏先生!

 明日ですか? そんなに突発的に買い物に行って、ちゃんと経費で処理ができるんですか?」


『智香さんはとことん経費になるかどうかが気になるらしいけど、やっぱりツッコミどころはそこではない気がする……。』


「安心しろ千葉。

 ちゃんと経費で処理してみせる。」

「千夏先生もそう言ってるし、心配し過ぎだよ智香。」


 いつもの智香と瑞稀とは正反対の立ち位置で話す2人を、沙織はぼんやりと眺めている。

 なんとなく、自分はこの3人の決定に従うのが正解だと思ったからだった。



 まだ納得ができていない智香に、千夏先生はとっておきの切り札を使った。


「生徒会として校外での活動という事だから、お昼ご飯も経費で処理できるはずだ。」


「……それは本当ですか?」

「本当だ。」

「経費として処理して問題はありませんか?」


 千夏先生はソファーに深く座ると、ゆっくりと自信満々に言った。


「千葉……私はお前たちと違って、成人した立派な大人だ。

 経費として処理できなかった場合は、私のポケットマネーで処理すれば問題はない!」


『千夏先生、熱でもありますか?

 お茶でも飲んで落ち着かないと……。』


「行きます!」


『いや智香さん?!』


「それじゃあ明日、朝の10時に高等部正門前に集合だ。

 私服でいいぞ。」

「はーい!」


『考えるのは辞めておこう……。』



 今週の校内での生徒会活動はこれで無事に終了した。


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