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一貫校の新入生  作者: 相模原 光
入学編
3/59

初めての友人

 教室のドアを開けると、先に教室へと戻っていった同級生達が、教室の後方ドアを開けて入ってきた沙織に一斉に視線を向けた。

 沙織以外の生徒は、全員が顔馴染みだからか入学式を終えた直後でも、仲良さげに会話をしていたが、沙織が教室に来た瞬間に全員が沈黙してしまった。


『先生早く来てください!』


 初めて教室に入った沙織には自分の席がわからない。あたふたしていると、前方のドアが開き、先程沙織と会っていた千夏先生が入ってきた。



「全員自分の席に座れー……。」


 千夏先生の一言で、沙織以外の生徒が次々に席に座ると、ひと席だけ誰も座らなかった席が残った。


『あそこが私の席ってことだよね?』



 そそくさと、沙織がただひとつ空いていた席に座ると、千夏先生は教室を見渡して自己紹介を始めた。


「よし……。私がこのクラスの担任の小野寺千夏だー。

 とりあえず明日の1時限目が自己紹介の時間にしてるけど、今自己紹介したい奴がいれば時間をとらないこともないが……。」


 そう言った千夏先生は、このクラスというか、この高等部で今年唯一の外部新入生であった沙織をチラチラ見ていた。


『いや、いやいや。こんな状況で自己紹介できるメンタルは無いよ? そんなの持ってたら入学式にちゃんと出席できましたから!』


 千夏先生の視線と同じく、教室のあちこちからの視線を沙織は感じ取っていたが、徹底的に気がつかないふりを続けた。

 ようやく諦めたらしい千夏先生が、明日のスケジュールを黒板に書き始めると、同級生たちは千夏先生の話に集中し始め、沙織は視線を感じなくなっていった。


「明日からは登校時間が通常通りになる。時間は守ってくれよ? 指導するの面倒だから……。」


『千夏先生の気だるそうな雰囲気で真面目なことを言われると、なんだかギャップを感じる。でも絶対に隙は見せないんだろうな……。』


「……聞いてるか及川?」


『ヤバい、妄想していたら聞き逃した。でも誰にも聞けないし、これ以上目立ちたくない。』

「はいっ、聞いてました。大丈夫です。」

「そうか……ならいいんだ。」


『はい、何いってたかもう聞けなくなりました!』


「それじゃあ今日はこのくらいで解散しようか。私は職員室でやることがあるんでね。

 気をつけて帰れよー。」


「千夏先生、さようなら。」

「はい、さようならー。」


 本当にやることがあるのか、千夏先生はそうそうに教室を出ていってしまった。

 そうなると同級生の視線は、全員分もれなく沙織に注がれるわけで……。


『ヤバい、早く戻らないと。視線が痛い。手汗だばだば出てるんだけど? なんか指が冷たい気がする……。誰かー助けてー!』


 指先と顔面が徐々に青白くなっていく沙織の様子を見て、右横に座っていたひとりの生徒が心配した様子で沙織に声をかけてきた。


「えーっと……。大丈夫?」

「だいじょばないです……。」


 唯一声をかけてくれた彼女に、沙織は助けてを求めて彼女の手をとった。


「冷た! ちょっと、保健室行く?」


 保健室にはあの真理先生がいたことを思い出した沙織は、無言で小刻みに顔を横にふる。

『真理先生はだめです、保健室に言ったらまた私はおもちゃにされます!』


 そんな沙織の様子に、彼女はさらに救いの手を差し伸べてくれた。


「それじゃあ……あなたは寮生?」

「はい……。」


 そう言うと彼女は沙織の手を両手で握って、目線を合わせる。


「私も寮生だから、一緒に寮に行く?」

「お願いします……。」


 彼女に手を繋がれて沙織は教室を出る。

『後ろから視線を感じるが、今はこの素敵な同級生にすがりましょう。えぇ、すがりましょうとも!』



 校舎を出てから彼女の案内に従って、学生寮のある方向へと歩いていく。

 その間も若干の視線が沙織に注がれているが、同級生がひとり横にいるだけで安心感があるのか、沙織は少しずつ落ち着き始めた。


『そういえば、こんなに面倒を見てもらっているのに、名前すら聞いていないじゃない! なんて無礼者なんだ私は!』


 沙織はちっぽけな覚悟を決めて、横に居てくれている彼女に話しかけた。


「あの、さっきはって言うか、ありがとうございます助けてくれて。

 私は及川沙織って言います。」


 沙織の唐突な自己紹介を、少し驚きながらも優しく聞いてくれた彼女は、続けて自身の自己紹介を沙織にしてくれた。


「私は小林綾乃。中等部では生徒会に入ってたから、この学校のことはある程度知ってるから、なんでも聞いて。」


『また生徒会ですか? この学校の生徒会の人達はどうしてこんなにお優しいのでしょうか?』


「えーっと、綾乃さん。」

「同級生なんだから綾乃って呼んで! 私も沙織って呼んでいい?」


 ぐいぐいと近寄ってくる綾乃は、沙織の手を両手で優しく握ると、キラキラした目線で沙織を見つめていた。

 沙織から見た綾乃の背後には、淡いピンク色の綺麗な花が見えてきていた。



『そんなに純粋な目で見ないで! 人見知りなんです私!』


 一向に視線を変える気配のない綾乃に、ついに沙織が折れた。



「沙織でいいよ……綾乃。」


 綾乃は沙織が名前を呼んだ瞬間に、一気に目をかっぱらいて嬉しそうに握っていた手を上下に振りまくった。


「そうよ、私は綾乃! これからよろしくね沙織!」

「よ……よろしくね?」


 こうして学園生活初日に、無事に沙織は友人を作ることができたのでした。


 初めてできた友人の小林綾乃に連れられて、無事に学生寮に着いた沙織は、これから3年間使うことになる部屋に向かった。

 もちろん、友人の綾乃も一緒に部屋に着いてきた。

 他の生徒は2人部屋なのに対して、沙織は編入生だからなのか1人部屋だった。


「沙織は1人部屋なのね……。荷物の片付け手伝おうか?」


 綾乃の提案を沙織は丁寧にお断りをする。


「そんなに荷物は無いから、大丈夫だから……。」


 沙織は綾乃の手をとると、手早く綾乃の肩にも手を添えて廊下へと連れて行く。


「今日はありがとう綾乃! 片付けは1人でやるから、今日は助けてくれてありがとう。また明日!」

「そう? それなら、また明日ね。」


 廊下で笑顔で綾乃に手を振り、優しくドアを閉める。

 綾乃が自室に向かって行ったのを音で確認した沙織は、ゆっくりとドアの鍵を閉めてその場にへたり込んだ。


「……めちゃくちゃ優しいひとしかいないんだけど。この学校。」


 日が傾き始めるまで、ドアの前でへたり込んでいた沙織は、ようやく部屋に置いてあった荷物の整理に取り掛かった。

 整理する前に、制服がシワにならないようにと、部屋着として持ってきていたジャージに着替える。


「とりあえず生活に支障がない程度には片付けよう……。」


 1人部屋だからといって、好き勝手使うのは気の小さい沙織の頭には浮かばなかった。

 律儀に部屋を半分だけ利用して、残り半分には自身の物を何ひとつ置くことはなく、荷解きを終えた。


 初日で疲れ切った沙織は、ジャージ姿のままベッドに横になり、目を閉じてゆっくりと呼吸を繰り返す。


『綾乃が友達になってくれてよかった……。』


 綾乃への、友人になってくれた感謝の思いを、心の中で呟きながら、沙織は翌朝までぐっすりと休んだ。

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