順応できなきゃいけません
金曜日の朝、ホームルームが終わると千夏先生が個人的に沙織に話かけた。
「及川。今日の放課後は予定通り聡美先生がいらっしゃるから、早めに生徒会室を開けてもらいたいんだが頼めるか?」
「はい、全然大丈夫ですよ。
ホームルームが終わったらすぐに向かいます。」
「あぁ、頼む。
ところで昨日の散策はどうだった?」
「とってもいい時間を過ごすことができました。」
沙織はとても明るい表情で千夏先生にそう伝えると、千夏先生もつられて少し笑った。
「有意義な時間になったようで何よりだ。
それじゃあ、放課後の事頼んだぞ。」
「あっ、千夏先生。これ……提案書です。」
「そうだった。今日の朝にって頼んでたな。
たしかに受け取った。」
沙織から提案書を受け取り、千夏先生は職員室へと戻って行った。
今度は千夏先生と入れ替わりで綾乃がやって来た。
「沙織、昨日は楽しかったみたいだね。
学園内の施設を全部見てまわったんでしょ?」
「とっても楽しかったよ!
学園内で初めて行った場所がすっごく多かったから、いろんなアイディアが出てきて刺激的な時間だったよ。」
綾乃は沙織の話に「うんうん。」と相槌を打ちながら、楽しそうに昨日のことを話す沙織を優しく見ていた。
「ところで今日はお昼ご飯、一緒に食べられる?」
綾乃がそう聞くと、沙織は最近あまり一緒に昼ごはんを食べられていなかった事に気がついた。
「うん、今日は放課後にしか予定が無いから、お昼ごはんは一緒に食べよう!」
「わかった、めぐみにも声をかけておくね。
と言っても、そのうち来るんだろうけど……。」
噂をすればなんとやら。
綾乃の予想通り、めぐみがやって来た。
「沙織ー!」
早速沙織の頬っぺたを、むにゃむにゃと揉みしだき始めると、いつもと違ってすぐに辞めた。
「珍しいじゃん、めぐみが自分から辞めるなんて。」
綾乃がそういうと、めぐみは綾乃に向かって手を合わせながら頭を下げた。
「ごめん綾乃、教科書貸してください!」
「忘れたの?」
「はい……。」
綾乃はため息を吐きつつも「仕方ないな……。」と言って自分の席に座る。
「何の教科?」
「世界史。」
綾乃は机の中から世界史の教科を取り出すと、それをめぐみに渡した。
「ありがとうございます!
あっ、そろそろ時間だから戻るね。」
めぐみは去り際にもう一度沙織の頬っぺたを揉むと、綾乃から借りた世界史の教科書を持って教室に戻って行った。
「まったく……騒がしいなぁ。」
「まぁまぁ。」
『なんだかんだ言っても、教科書を貸してあげる綾乃は本当に優しい人だなぁ。』
沙織の心がほっこりしたところで、授業開始の予鈴が鳴った。
1時間目の授業が終わると、めぐみは早速借りていた教科書を返しに来た。
「本当に助かったよ! ありがと!」
「どういたしまして。」
「じゃあ私、次は移動教室だから。」
そう言ってめぐみはあっという間にいなくなった。
「なんだか、今日のめぐみは忙しないね。」
「そうだね……まぁお昼ごはんは一緒に食べるから、その時にでも落ち着くように言っておこうか。」
「そうだね。」
午前中の授業が終わり、めぐみと合流して3人で学食で昼食にする。
テーブルに着くとおしゃべりしながら食べ進めていく。
「めぐみ? なんだか今日、バタバタしてない?
午後はもう少し落ち着いて行動しないと。」
「ごめんごめん。
1時間目の授業の教科書を忘れちゃって、焦ってたのを引きずっちゃっただけだから、もう大丈夫。
午後は落ち着いて行動するよ!」
めぐみはそう言って昼食のラーメンを啜った。
『お昼にゆっくりすれば落ち着くでしょ。』
昼食を終えると、めぐみは普段のペースに戻り落ち着いた様子で教室へと戻って行った。
残りの時間は綾乃と教室でおしゃべりをしながら過ごした。
「とりあえずは大丈夫じゃないかな?
あとは午後の授業が終われば、めぐみは自宅に帰るだけだし。」
「そうだね。沙織は放課後はすぐに生徒会室に行くんだよね?」
「うん。今度、中等部の生徒会との交流会があるんだけど、それの打ち合わせのために中等部の生徒会顧問の聡美先生がいらっしゃるから、聡美先生がいらっしゃる前に生徒会室を開けなきゃいけないからね。」
「そうなんだ〜。
聡美先生が……久しぶりに会って話したいけど、私も新聞部の活動があるし……今日は聡美先生だけ?」
「うん、今日は聡美先生だけ。
この間は詳細な説明があったから中等部の生徒会から代表として、梓ちゃんに来てもらったみたいなんだけど、今回は聡美先生と千夏先生の打ち合わせもあるからね。」
綾乃と話していると、予鈴が鳴り午後の授業が始まった。
午後の授業はあっという間に終了し、帰りのホームルームも終えると、沙織は生徒会室へと向かうために急いで鞄に荷物をしまっていく。
「それじゃあまたね。」
「うん、生徒会頑張って!」
教室から出ると廊下でちょうどめぐみと会った。
「あっ、めぐみ!
また明日ね!」
「うん、おつかれ〜。」
生徒会室が見えてくると、まだ聡美先生は来ていなかった。
『待たせてたら申し訳なかったから、まだ来てなくてよかった〜。』
沙織は生徒会室の鍵を開けて中に入ると、いつも通りに窓を開けて換気をした。
沙織は時計を確認して、生徒会室を軽く掃除しながら他の人が来るまで時間を潰して過ごしていると、、生徒会室のドアをノックする音が聞こえた。
「はい。」
沙織がドアを開けると、ドアの前には聡美先生が立っていた。
「こんにちは及川さん。」
「こんにちは聡美先生。どうぞ中へ。」
「お邪魔します。」
聡美先生を生徒会室に招き入れ、掃除したてのソファーに案内して座ってもらった。
「高等部の生徒会室は、清潔ですごく気持ちがいいですね!
この間来た時も、すっごく生徒会室全体が整理されていて、梓ちゃんと一緒に中等部へ帰る時にその事を話しながら帰ったんですよ。」
「そうだったんですね。
ところで、梓ちゃんは無事に帰れましたか?」
聡美先生は少し苦笑いをした。
「実は2人で話しながら帰ったんですけど、途中ではぐれそうになってしまったので、梓ちゃんの制服の袖を私が掴んで帰ったんです。」
『今度からは、はぐれないように手を繋ぐ事を強くお勧めします。』
「中等部の敷地内では流石に大丈夫だったんですけどね〜。」
「それは……お疲れ様でした。」
沙織は聡美先生に瑞稀が生徒会室にストックしていたお茶をコップに入れた。
来客の時にもこのお茶を出していいと言われていたので、早速そのお茶を出した。
「あら、ありがとうございます。」
聡美先生は早速そのお茶をひと口飲んだ。
「このお茶は……もしかして勝又さんのご実家の?」
「はい。瑞稀さんから中等部の時に、聡美先生がこのお茶を気に入っていらっしゃったと伺ったので。」
それを聞いて聡美先生はとても嬉しそうに、さらにひと口飲んだ。
「もうすぐ千夏先生と先輩達もいらっしゃると思うので、もう少しゆっくりしていてください。」
「何から何までありがとう、及川さん。
私のことは気にしないで、及川さんは自分の仕事でもしていてください。」
『そう言われても、仕事……無いんだよなぁ。』
聡美先生にゆっくりお茶を飲んで待っていてもらう間に、沙織は週末課題のテキストを進める事にした。
なにぶん今週の沙織が担当する仕事は、とうに終了していて、瑞稀や智香の手伝いしかできることが無いからだ。
手伝う人がまだ居ないのだから、持て余した時間を有効活用するに越したことはない。
沙織はひとり黙々とテキストを進めた。
「及川さんは勉強熱心なんですね。」
「そうでも無いですよ?
今は私がひとりでできる仕事が無いので、週末課題を進めているだけですし。」
聡美先生は沙織のその姿勢を謙遜だと捉えたようで、さらに沙織を褒めた。
「うちの生徒会の子達も、今回の交流会で良い刺激をもらって、及川さん達高等部の生徒会役員のみんなみたいに、勉強にももう少し力を入れてもらえると嬉しいんですけどね……。
高等部の生徒会役員は、3人とも勉強熱心だって、中等部の職員室でもたびたび話題になるんですよ。」
「そうなんですか?!」
『なんともお恥ずかしい……。』
沙織が照れていると、聡美先生はさらに続けた。
「高等部の2年生は、学年全員が頭が良くて平均点もとても高いから、その中で首席を取り続けている勝又さんはもちろん、千葉さんも今回の試験では殆どが平均点以上だったと聞きました。
及川さんもこの学園で初めての試験だったのに、とても良い成績を取られたみたいで、本当に皆さん素晴らしいと思います。」
「そんなこと無いですよ。
私は瑞稀さん達先輩や、綾乃達と一緒に勉強したと言っても、殆ど教えてもらっていたようなもので、私の本来の実力ではあり得ないくらい良い成績だっただけですし……。」
沙織は中間試験は自分ひとりの力で取れた成績では無いと、成績表をもらってからずっと思っていた。
上級生や同級生の頭がいい人達から教わったのだから、自分が頑張ったから取ることのできた点数では無いと思い、どこか劣等感を抱えていた。
「それでも、ちゃんと成果が出ているんですから、それは誇って良いと思いますよ?」
聡美先生が優しく微笑んで話してくれたおかげで、沙織の劣等感は少し和らいだ。
自分の努力が全てでは無いとしても、試験中はひとりで頑張ったのだから、それも実力だと思うようにした。
沙織と聡美先生の雰囲気が和んできたその時、ようやく千夏先生と瑞稀と智香の3人が一緒に生徒会室にやって来た。
「遅くなってすいません聡美先生、お待たせしました。」
「聡美先生こんにちは!」
「こんにちは。あっ……そのお茶。」
「はい、頂いてます。
相変わらず美味しいお茶ですね。」
「ありがとうございます。」
智香と瑞稀は各自の席に、千夏先生は聡美先生と向かい合わせになるようにソファーに座った。
2人の先生は早速、交流会の提案書をテーブルに広げて話し合いを始めた。
智香と瑞稀が来たので、沙織は週末課題のテキストを鞄に仕舞うと、智香と瑞稀の席の間に向かい、そこで2人に今日は何を手伝えばいいのかをそれぞれに聞いた。
「そうだなぁ……私もそれほど仕事が溜まってる訳じゃないんだよなぁ。
瑞稀は? 仕事溜まってる?」
瑞稀は仕事のスケジュール管理をしていた予定表と、現在進めている仕事を照らし合わせながら確認していく。
「私もあんまり無いかも。
あと残っているのは、来週にならないと手がつけられない仕事がほとんど。」
『あれ? 智香さんも瑞稀さんも、交流会の件があったから、てっきりお手伝いできる仕事があると思ってたんだけど……。
2人とも仕事終わらせるの早くないですか?』
どうやら沙織の担当している仕事どころか、今週の生徒会の仕事はほとんど残っていないらしい。
とても素晴らしいことなのだが、一気に沙織が手持ち無沙汰になってしまった。
「それなら、沙織ちゃんにはこれをお願いしてもいいかな?
生徒会の仕事って訳でも無くは無いんだけど……。」
できる事が無くて唖然としていた沙織に気を使ってか、智香が一冊の書類を差し出した。
沙織は智香から受け取った書類を確認していく。
沙織はその書類に見覚えがあった。
「実は沙織ちゃんが生徒会役員になった時に、この学園の校則が変だって話になったでしょ?
それで瑞稀と2人で校則の確認をしていたんだけど、小学校からずっとこの学園に通っていた私たちからすると、どこがどう変なのかいまいちピンとこなくてさ。
良くも悪くも受け入れてたって感じかな。
それで、よかったら沙織ちゃんが確認してくれないかな?」
「校則の確認って……もしかして校則を変更するんですか?」
智香が頷くと、瑞稀が詳しい説明をしてくれた。
「これから先、沙織みたいに外部進学してきた生徒が受け入れるのが難しい校則を、私たちが生徒会役員のうちに変更する必要があるって2人で話してた。
まだ正式には決定してないけど、次の生徒総会の時に生徒会からの提案として出したいと思ってた。」
『たしかに、すんなり納得のできなかった校則がたくさんあったのも事実だけど、生徒会の仕事を続けてみて、多少の強引さは今でも感じるけれど、ちゃんと考えられて作られた校則だとも思えるようになった。
現に今では校則を受け入れて、生徒会に入って楽しく学生生活を送っているわけだし……。』
「沙織ちゃんが入学してくれたのをきっかけにして、学園をいい方向に変更していきたいと思ってるの。
手伝ってくれないかな?」
この高等部で既に校則を納得して受け入れていた2人にとっては、今からの校則変更には何にもメリットが無いはずなのに、沙織をきっかけに将来の高等部を真剣に考えて行動しようとしていた。
そんな2人のの話を聞いて、沙織も協力する事を決めた。
「もちろんです。
私が変な校則を洗い出しますから、お二人とも覚悟していてくださいね!」
沙織はそう宣言して、早速自分の席で書類を開いて赤ペンでチェックマークを入れていった。




