中等部の後輩
翌日、沙織は前日の件がどうしても気になってしまい、生徒会室にすっ飛んでやって来ていた。
生徒会室に一番乗りした沙織は、生徒会室の窓を開けて空気を入れ替える。
心地よい風が、生徒会室内に溜まっていた蒸し蒸しジトジトした空気を外へと追い出し、清々しい空気に変わっていく。
『は〜……空気が軽くなっていく……。
やっぱり換気って大事だね。』
生徒会室が空気の入れ替えと共に部屋の雰囲気が明るなっていき、沙織の気分も晴れやかになる。
「沙織ちゃん! 早いね。」
「お疲れさま沙織。」
「智香さん瑞稀さん、お疲れさまです。」
沙織と違って当事者の2人は落ち着いていた。
それどころか、通常通りに仕事の確認をし始めている。
『ちょっと先輩達! 昨日あれだけの事があったのに何も言わないとか、気になって仕事に集中できないんですけど?!』
沙織が2人の方をチラチラ見ていると、2人はやっと気がついた。
「あぁそうだった。
昨日あれだけ騒がせちゃったのに、沙織ちゃんに事後報告をしてなかったね。」
「昨日は沙織に迷惑かけたから、今日はちゃんと仕事しようと思ってたら報告するの忘れてた。」
「気づいてくれて良かったです!
ずーっと気になってて、仕事が手につかなくなっちゃうところでした。」
智香は沙織を呼び、鞄から今朝担任から渡された訂正済みの成績表を見せた。
『うっわ……智香さんの点数高っ!
これだけの点数が取れる人でも最下位の可能性がある2年生って、化け物集団じゃん……。
その頂点の瑞稀さんと葉月さんって、ラスボス?』
智香の広げた成績表には、とても成績順位が下位の生徒とは思えない点数が書かれていた。
表の上から順番に各教科名、学級平均点、学年平均点、個人点……。
沙織は昨日の騒ぎを起こした問題の数学のところに目を向ける。
『平均点……。』
「残念ながら、平均点には届きませんでした!
訂正前の結果よりは、平均点に近づきはしたんだけど、やっぱりそう簡単には平均点以上は難しいね。」
智香は笑いながら話していたけれど、やっぱり表情は悔しそうだった。
そんな智香と同じく、瑞稀も悔しそうな表情だった。
けれど昨日のような落胆の様子は無かった。
「残念でしたね。
だけど、この調子で勉強していけば、次の期末試験には絶対に平均点以上が取れますよ!
瑞稀さんもそう思いますよね?」
瑞稀は笑って頷くと、智香の頭を撫でて「次も一緒に頑張ろう。」と言った。
『瑞稀さんの優しい表情と、智香さんの気恥ずかしそうな表情。どちらも美しいです……。
生徒会に入って良かった。』
嬉し恥ずかしの智香に沙織の視線が刺さる。
「瑞稀? 沙織ちゃんが見てるからそろそろ……。」
「あっ! うん……。」
「続けてて良いですよ! 全然お気になさらずに。」
沙織はそう言うが、2人は辞めてしまった。
『もっと見ていたかったのになぁ。』
智香が広げていた成績表を鞄にしまうと、生徒会室のドアがノックされた。
「私が出ます。
はーい。」
沙織がドアを開くと、そこには綾乃が立っていた。
「お疲れ沙織!」
「綾乃? どうかしたの?」
沙織の後ろから瑞稀も、ドアの方にやって来た。
「ひっ!」
瑞稀がドアまでやって来ると、どこからか声が聞こえた。
よく見ると綾乃の背後に誰か居るようだ。
「あっ瑞稀さん! お疲れさまです。」
「うん、お疲れ。」
綾乃と瑞稀が挨拶をしていると、綾乃の背後に小さな人影が見える。
「綾乃、背後に誰か居る?」
沙織がそう聞くと綾乃は振り返り、背後に隠れていた小さな訪問者を沙織と瑞稀の前に一歩出させた。
沙織達の前に現れたのは、小柄な可愛らしい女の子だった。
沙織達、高等部の生徒とは違う色のブレザーを着ているその生徒は、この学園の中等部の生徒だった。
「ほら、ここが高等部の生徒会室。
それじゃあ私は新聞部の活動に戻ります! じゃあね〜。」
そう言うと、綾乃は早足で新聞部に戻って行ってしまった。
沙織と取り残された中等部の生徒は、2人ともどうすればいいのかわからず沈黙していると、見かねた様子の瑞稀が中等部の生徒の手を引いて生徒会室に入って行った。
とりあえず瑞稀に続いて沙織も生徒会室に戻った。
瑞稀が生徒会室のソファーにその生徒を座らせると、中で待っていた智香がその生徒に声をかけた。
「いらっしゃい!
中等部の生徒会会長。」
智香がその生徒と握手をすると、自己紹介をしてくれた。
「えっと、はじめまして。
高等部の生徒会の皆さん、熊谷梓と言います。
よろしくお願いします。」
梓はひとりずつに丁寧にお辞儀をして自己紹介をしていく。
沙織も自己紹介をしてもらうと、今度は智香から自己紹介をしていく。
「改めて、いらっしゃい梓ちゃん。
私は高等部で生徒会会長をしている千葉智香って言います。よろしくね。」
「同じく、生徒会副会長の勝又瑞稀。
よろしく。」
『次は私だよね?』
沙織も緊張しながらも自己紹介をしていく。
「同じく高等部生徒会で……。」
『あれ? 私ってそういえば役職無い?』
沙織は言葉に一瞬詰まると、智香が不思議そうに沙織を見る。
「どうしたの沙織ちゃん?」
「えっと、智香さん。そういえば私って、生徒会で役職無いですよね?」
「あー……そういえば決めてなかったね。
何がいい?」
『そんな簡単に今決めるの?
とりあえず先に自己紹介を終わらせちゃお。
梓ちゃんが待ってる。』
気を取り直して自己紹介を続けることにする。
「生徒会役員の及川沙織です。
役職は後で決めます。」
「なんでもいいよ〜。」
「決めるのは後でいいです。
ところで梓ちゃんはどうして高等部の生徒会に?」
沙織が梓に質問すると、梓は制服のポケットから1枚のプリントを取り出して沙織に手渡した。
「これは?」
「今日の放課後に、高等部の生徒会室に行って来るように、顧問の先生に言われたんです。
プリントには生徒会同士の交流って書いてあって……。」
梓に渡されたプリントには確かに「交流会」と書いてあった。
けれど沙織と瑞稀はそんな話、今初めて聞いたといったリアクションでプリントを見ている。
2人と違うリアクションをしていたのは智香だった。
「そうだった……。
そういえば今日が顔合わせだったね。
2人には今日説明しようと思ってたんだけど、すっかり忘れてた。」
智香は机から2枚のプリントを取り出して、沙織と瑞稀に1枚ずつ渡した。
「中間試験の前に千夏先生に渡されてたプリント。
今日の放課後に、中等部の生徒会会長が来るからって連絡が書いてあった用紙。」
申し訳なさそうに智香が言うが、瑞稀は静かに怒っていた。
「今日がここに書いてある日付当日だけど?
目の前に中等部の生徒会会長の子も居るけど?」
「面目ありません……。」
「連絡事項があったら、すぐに共有しておかないと、こうなっちゃうんだから、次からは気をつけてね。」
「はーい。」
生徒会長の智香を叱っている、副会長の瑞稀の様子を目の当たりにして、梓は少し戸惑っていた。
『梓ちゃん戸惑ってる……。
まぁ、普通は生徒会長を叱る副会長なんてそうそういないしね。
私もこの生徒会に入ってから、初めて見たし。』
あらかた智香への軽い説教が終わると、梓が智香に質問を切り出した。
「あの、それでなんですけど。
顧問の先生には高等部の生徒会室に行けばわかるって言われて、私もプリントに書いてあること以外は何も聞いていないんです……。
何をするのかご存知ですか?」
今、生徒会室に居るメンバーで唯一「交流会」を知っている可能性のある智香に、3人の注目が集まる。
「私もそこまでは詳しく無いけど、知ってる事を話すね。
まず現状として、今の中等部と高等部には、知り合いの生徒会役員がお互いに居ない状況なんだって。
中等部と高等部では、合同で行事をすることが年に何回かあるんだけど、その時に生徒会役員が誰ひとり面識無いのは、行事の進行に支障が出るんじゃ無いか?
……と言う話が職員会議で出たらしい。」
「智香の話から考えると、合同行事の前に生徒会役員で顔合わせをしておくために、この交流会って言うのが計画されているって訳か……。」
「そういうことみたい。
ただ、私も何をするのか全く知らされてないんだよね〜。」
ここで全員が交流会を催す前段階として、高等部の生徒会室に梓が呼ばれたことは理解した。
けれど、肝心の顧問が誰も居ない。
千夏先生どころか、中等部の生徒会顧問も居ない。
「とりあえず、千夏先生達を待ってようか。
梓ちゃんはここに座って待っててね。」
「はい、ありがとうございます。
お邪魔します。」
梓はソファーに座って初めて来た高等部の生徒会室を、キョロキョロと見渡している。
『さすがに中学生に珈琲はないかな……。』
沙織は梓にお茶を出す。
「ありがとうございます。
……沙織先輩。」
「ゆっくりしてて。」
『先輩だって! この学校に来て初めて「先輩」って呼ばれちゃったー!』
沙織は心底喜んだが、さすがに恥ずかしいので表には出さないように気をつけた。
「私はもう一度今週の仕事を確認しておく。
その交流会があるなら、予定を詰めておかないと余裕が無くなるかも知れないから。」
「そうだね。瑞稀、頼んだ。」
瑞稀は早速残っている仕事と、先倒しにできる仕事の確認作業に入った。
智香はスマホを持つと、沙織に「梓ちゃんの事お願いね。」と言って生徒会室のドアを開いた。
「あの智香さん!
どちらに行くんですか?」
「千夏先生を探して来る。
いつもならもう来ててもいい時間なのに、連絡も無いし。ちょっと様子を見て来るよ。
千夏先生が来たら連絡ちょうだいね。」
智香はそう言って生徒会室から出て行った。
「沙織はこの子と話でもしてて。
沙織の仕事は昨日でほとんど終わってるから。」
瑞稀は沙織を梓の向かい側に座らせて、同じお茶を出すと机に戻った。
『……いったい、何を話せばいいんだろうか。
梓ちゃんとの共通の接点なんて……。』
沙織が話題に悩んでいると、梓の方から会話を振ってきてくれた。
「沙織先輩は外部進学者なんですよね?」
「えっ? あ、そうだよ。」
「私も中等部からこの学園に入学したので、ちょっと勝手に親近感がありまして……。
こんなに早くにお会いできて嬉しいです。」
中等部の後輩に、面と向かって「会えて嬉しい。」なんて言われて、沙織が表情に出るのを我慢できるはずはなかった。
思いっきり口元が綻んでいる。
『梓ちゃんに「会えて嬉しい。」なんて言われたら、幸せすぎます!
幸せすぎて今日が私の命日なんじゃないかと思ってしまう。』
しかし、いつまでも梓に話題提供をしてもらうのは少し気が引けた沙織は、どうにか会話が出来そうな話題を考えた。
そして梓が綾乃と一緒に生徒会室に来たことを話題にしてみることにした。
「そういえば梓ちゃん、さっき綾乃と一緒に来たけれど、中等部で知り合いだった?」
「はい! 去年まで綾乃先輩も、私と一緒に生徒会役員でしたので。
高等部の敷地内に居た私に声をかけてくれて、この生徒会室まで案内してくれたんです。」
綾乃の面倒見の良さに、沙織は感心して梓の話を聞いていた。
「綾乃はすぐに気がついてくれるよね。
私もクラスで一番最初に助けてくれたのが綾乃だったんだ。」
沙織が綾乃とのエピソードを口にすると、梓は目をキラキラさせて話に食いついた。
「さすが綾乃先輩!
だけど、てっきり高等部でも生徒会に入ったもんだと思っていたので、少しビックリしました。」
『私は今の梓ちゃんの反応にビックリしました〜。』
「部活動に憧れてたみたいで、今は新聞部に所属してるよ。」
「はい、さっき案内してもらっている間に綾乃先輩からそう聞きました。
新聞部に入部されたのは知っていましたが。」
「そっか……綾乃が高等部で生徒会に入らなかったから、生徒会役員同士の面識が無いのか。」
瑞稀は2人の会話を聞きながら、今回、急遽交流会が予定されたのは、そういったことが職員室で話題に上がったからだろうと思いながら、作業を続けていた。
「中等部では綾乃先輩が新聞部に入部したことを記念して、綾乃先輩が初めて携わった校内新聞を、中等部校舎に掲示したんです!
その記事に沙織先輩も載ってて、ぜひお会いしたいと思っていた次第です!」
「中等部はすごい盛り上がりなんだね……。」
沙織は話を続けようと息を吸ったその時、梓の言った言葉に引っ掛かりを覚えた。
『校内新聞が中等部の校舎に掲示された?
その記事を見て梓ちゃんは私に会いたいと思ってくれていた……あれ?
もしかして私、中等部の校舎に晒されてる?』
この学園は変なところでフットワークが軽いらしい。
また変なところで有名人になっていたことを知った沙織は、気まずい気分になった。
突然、瑞稀のスマホから着信音が鳴った。
「智香だ。ちょっとごめん。
もしもし……。」
瑞稀は智香と通話し終えると、沙織と梓に千夏先生達が見つかったから、一緒に生徒会室に戻ってくると伝えた。
数十分後、生徒会室に智香と千夏先生、そして沙織とははじめましての先生がやって来た。
「ただいま〜沙織ちゃんありがとうね!」
「おかえりなさい智香さん。」
「やっと見つけた!
よかった梓ちゃんが居た……。」
はじめましての先生は、薄っすら額に汗を滲ませたままソファーに座った。
その先生に瑞稀がすかさずお茶を出す。
「ありがとう勝又さん、いただきます。」
その先生は一気に水を飲み干した。




