しおれた花には荒療治
生徒会室のソファーに腰掛けた沙織は、瑞稀がどうしてあんな状態になったのか、智香に詳しい説明をしてもらった。
智香の話を要約すると、智香の成績を上げて中間試験で全教科平均点以上を取る、と目標を立てていたけれど、残念ながら平均点以上にならなかった教科があった。
そしてその平均点に届かなかった教科は、瑞稀の得意教科である数学で、自分の教え方に問題があったのではと思い詰め始めた。
そして今に至る。
「それであんな状態に……。」
沙織は瑞稀が引っ込んでしまっている机に目をやる。
とても机の下に人が居るとは思えないくらい、瑞稀の気配は感じられない。
「あの……智香さんと千夏先生の会話で少し気になった事があるんですけど、聞いてもいいですか?」
「うん。何が聞きたい?」
沙織は2人の会話に出てきた「あれ。」という表現に、もしかするとこの状況は初めてでは無いのではないか? と思っていたのだ。
「もしかして瑞稀さんって、この状態になったのは何回もあるんじゃないですか?」
沙織がそう聞くと、智香は瑞稀の机をチラッと見てから答える。
「……何回かね。」
「それなら、以前に同じ状態になってしまった時は、どういった方法で瑞稀さんは戻ったんですか?」
智香が過去の記憶を思い出して、沙織にひとパターンずつ話していく。
「えーっと……高等部に入ってからはピアスを開けて気分転換して戻ったり、髪の毛を染めたり。
あとは生徒会室の清掃を、年末掃除並みに徹底してやったりかな……。
中等部の時には、ひたすら校庭や花壇の草取り、実家までマラソンして帰宅……。」
『智香さん、まだ続きますか?
エピソードが多すぎて分からなくなってきました。
そもそも瑞稀さん、へこみ過ぎでは無いですか?』
それでも智香の話は終わらない。
「あとは妹ちゃんに慰めてもらってたりしてたかなぁ。
妹ちゃんが会いに来た時が、1番元気になってたなぁ。」
話の流れで急に出てきた「瑞稀の妹。」に沙織は思わず智香のことを二度見した。
「い、妹?! 瑞稀さんの妹さん?!」
沙織の驚き具合にさらに智香が驚いた。
「……あ、うん。そうだよ。
瑞稀の妹ちゃん。」
沙織の食いつきに智香は一瞬怯んだけれど、気を取り直して話を続ける。
「瑞稀さんの妹さんに今回も来てもらうってできないんですか?
1番効果があった方法なら、瑞稀さんの復活も早いんじゃないですか?」
沙織の提案に、智香は難しい表情で「うーん……。」と言って黙ってしまった。
「難しそうですか?」
智香は気まずそうに頷いた。
「妹ちゃんに前に来てもらった時は、妹ちゃんは初等部、瑞稀が中等部の時だったんだけど、今妹ちゃんは中等部で思春期……。
というか、反抗期らしくて……。」
「反抗期ですか……それはたしかに、来てもらうのは厳しそうですね。」
『1番効果が期待できそうな提案だったけれど、瑞稀さんの妹さんに来てもらうのが難しいのなら、他の方法のが良さそうだ。
ピアス……は、もうたくさん着けているし、髪の毛も染めすぎると髪の毛が傷んでしまうって聞いたことあるし……。』
沙織は智香の話してくれた、以前瑞稀が元に戻るきっかけになった方法を、ひとつずつ今の状況と照らし合わせて効果がありそうな手段を探す。
「体を動かして気分転換してもらうのが、1番現実的な方法ですかね。」
「私もそう思ったんだけど、机の下から出てこないんだよね〜。
無理に引っ張り出すのは……私が原因なのにそんなことするのはちょっと……ね……。」
智香は結構、今の瑞稀の状態に責任を感じているようだった。
沙織は天井を見て頭を休ませる。
ふと横に目をやると、千夏先生が静かに自分の仕事を片付けていた。
沙織はその千夏先生が仕事している横に立った。
「千夏先生、何か良い方法は無いですか?」
最初から状況を理解できていた千夏先生は智香と同じく、瑞稀のこの状態を知っているはずだ。
もちろん、復活過程も。
そう考えた沙織は、千夏先生にも意見を聞いておきたかったのだ。
「及川の言った通り、今できることの中で効果が期待できるのは運動させることだ。
いくらうちの高等部に、ピアスや髪色の決まり事がないと言っても、勝又は結構やりまくってるからな……。
それ以外の方法で、気分転換ができるようにならないと、そろそろいけない頃合いだと思っていたところだ。」
「そう考えると、なおさら運動が無難な方法ですよね。
やっぱり、少し強引にでも外に連れ出して、体を動かして気分転換させるのが1番……。」
沙織がそう言うと、千夏先生は仕事の手を止め、沙織に身体と視線を向けた。
「及川。勝又はなぜ机の下に丸まって引きこもっていると思う?」
急な質問に戸惑ったけれど、沙織は冷静に考えて自分なりの答えを出す。
「智香さんと全教科平均点以上を取ると約束したのに、自分がその約束を果たせなかったから……ですかね。」
「それじゃあ次。」
千夏先生は淡々と沙織に質問を続ける。
「どうして生徒会室に来たと思う?
引きこもるのなら、生徒会室に来るよりも、自分の部屋へ帰った方が落ち着くと思わないか?」
『そういえば。
千夏先生の言う通り、どうして瑞稀さんは生徒会室に来たんだろう。』
沙織が考え込み始めると、千夏先生はそんな沙織の手を取って両手で優しく握った。
「人が引きこもるのには、必ず原因がある。
他人から見たらちっぽけな理由でも、本人にとってはとても大きい理由だ。
そして、その原因から受けるストレスを緩和する方法として、人は引きこもるんだ。
だからその状況を、周囲が勝手な判断で無理やり辞めさせるのは、得策とは言えない。」
『原因……ストレス……。
無理やり……。』
「……私の考えかたでは、瑞稀さんが余計に傷ついてしまいますね。」
「そうだな。
それに今回の主な原因は、勝又の繊細なメンタル面の部分が、千葉との約束を果たせなかったという事実によって傷ついた結果だ。
直接の原因に、及川は関わっていない。
だから及川が、特に何かをしなくちゃいけない理由はない。」
自分の考えを改めさせてくれた千夏先生の言葉を、聞き入っていた沙織は、千夏先生の最後に言った言葉に衝撃を受けた。
「ちょっと待ってください先生。
最後になんておっしゃいましたか?」
「まぁまぁ良いこと言ってるんだから、しっかり聞いておけよ……。
直接の原因に及川は関わっていないんだから、及川が特に何かをしなくちゃいけない理由は無いと言ったんだ。」
『さっき千夏先生は「瑞稀さんを使い物になるように戻して、私に協力しろ。」って言ったよね?!
私が何かしなくちゃいけない理由は無いって、それじゃあどうすればいいのよ!』
千夏先生は混乱した様子の沙織から、握っていた両手を離して仕事に戻った。
「簡潔にまとめると、及川は特に何も変わらずに、いつも通りに勝又と接して、勝又が仕事を片付ける手伝いをしてくれさえすればいいんだ。
勝又も生徒会室に来たってことは、ただ引きこもりたいだけじゃ無くて、生徒会の仕事を終わらせないといけないと思って、あの机の下に丸まっているのはその間をとっての行動な訳だ。
及川が勝又の仕事をあらかた補佐できると思って、私に協力しろって言ったんだ。」
千夏先生の話からすると、沙織は当事者では無いのに頭を悩ませ、瑞稀の行動の意味を考えずに話を無理やり引っ掻きまわして、おまけに千夏先生の仕事の邪魔をした訳だった。
「千夏先生! 最初からそうやって簡潔に言ってくださいよ。
そのままでいいなら、智香さんと話し始めた時にそう言ってくれれば、直ぐに私も仕事をしましたよ。」
沙織が少しムキになってそう話すと、千夏先生は口角を上げた。
「面白かったから。」
『この先生最低だ!
生徒が悩んでいたり、落ち込んでいる状況を楽しんでた!
さっき廊下で話した時に、かっこいい先生だなぁ……。なんて思ってしまった数分前の自分を引っ叩きたい!』
「よし、とりあえず及川はこの書類をまとめていってくれ。私はこの書類を職員室に置いてくるから。
少しの間、勝又と千葉を頼むな。」
千夏先生はそう言って、書類を持って生徒会室を出て行った。
職員室から戻ってくるのは、10分前後かかるだろう。
『というか……瑞稀さんと智香さんを頼むって?』
智香を見ると智香もソファーで半泣き状態になっていた。
「智香さん?!」
「瑞稀は……約束を守るために、頑張って勉強を教えてくれたのに……私が点数を取れなかったばっかりに……。」
『もうこれ、どうしたら良いのよ!
誰かー!』
沙織がいくら心の中で叫んでも、状況は変わらない。
数分間、頭を空っぽにして気持ちを切り替えると、沙織は自分の机に向かい、仕事を確認し始めた。
『もう開き直ってやる!
千夏先生の言った通り、私は直接は関係ないんだから。
それに瑞稀さんと智香さんが仕事できないからって、私まで仕事をしなくて良い理由にはならないし。
自分ができる仕事をさっさと全部片付けて、千夏先生に押し付けてやる!』
沙織は勢いよく仕事に取り掛かっていく。
けれど、沙織がひとりでできる仕事の限界は、あっという間にやってきた。
『この仕事……わからない。
というか私がひとりでできる仕事、もう無い。』
それでも生徒会の仕事はまだまだ残っていた。
沙織は机を勢いよく手で叩いて立ち上がると、高等部に入学してから1番大きい声で叫んだ。
「先輩達も仕事してくださーい!」
沙織の声は生徒会室の外にも響き渡った。
生徒会室にいた智香と瑞稀は、思わず耳を塞いだ。
沙織はソファーで怯んでいた智香の手を引っ張り、生徒会長と書かれているプレートの置かれた席に座らせると、智香の目の前に書類の山を『ドンッ!』と置いた。
「あの〜……沙織ちゃん?」
沙織は智香に対して、静かにどすの利いた声で「仕事してください。」とだけ言うと、今度は瑞稀のところへ向かった。
椅子を横に避けて、机の下にいる瑞稀と同じ目線になるようにしゃがむと、智香とは違って、いつもの口調に戻して瑞稀に話しかけた。
「瑞稀さん、私がひとりでできる仕事はもうありません。
早く次の仕事の指示をください。」
瑞稀は少しだけ、顔を沙織の方に向けた。
「このまま机の下に引きこもって、今度は私が生徒会の仕事を満足にできないのは、仕事を教えきれていなかった自分のせいだって理由で引きこもるんですか?」
沙織は瑞稀に冷たくそう言うと、自分の机に戻って荷物をまとめ始めた。
『あぁ……私って最低だなぁ。
試験勉強を教えてくれた先輩に対してこんなこと言って……。』
その様子に思わず智香が声をかける。
「沙織ちゃん?」
「瑞稀さんが私に仕事を教えてくださらないので、今日は帰ります。お疲れ様でした。」
荷物をまとめ終えた沙織は、鞄を持って席を立つ。
「待って沙織ちゃん!
仕事なら私が教えるから、帰らないで。」
智香の真剣な表情にも、沙織は引かない。
「私は自分の今日の仕事を終わらせました。
先輩達が仕事をしていない時間に、私は仕事をしたんです。帰ってもいいと思いますけど?」
沙織の発言に智香は口籠ってしまった。
「待って智香!」
机の下から瑞稀が顔だけ出した。
いつもと違って、視線に力強さを感じない。
「生徒会の仕事をしなくちゃいけないのはわかってたけど、どうしてもできなかった。
……智香、約束を守れなくてごめん。
……沙織も、生徒会の仕事を丸投げしてごめん。」
瑞稀は2人に深々と頭を下げた。
数秒の沈黙が続き瑞稀が頭を上げると、気持ちに整理がついたのか、表情はスッキリしていた。
「これからは、もっと気持ちの整理が上手くできるように頑張るから、2人にはもう心配させないで済むように頑張るから、一緒に生徒会の仕事をさせてください。」
瑞稀の言葉で、沙織に普段通りの穏やかな表情が戻った。
「まったく……手のかかる先輩達ですね。
もちろんいいですよ。」
沙織は自分の机に戻って席に座った。
「えっ?!
沙織ちゃん、なんかさっきと雰囲気が……。」
鞄から再び筆記用具を取り出しながら話始める。
「先輩達が元に戻るように葉っぱをかけただけですよ。
本当に帰るつもりはありません。」
「なんだ……。
私はてっきり、この流れで生徒会まで辞めちゃうのかと思ったよ。」
「まだ全然仕事を覚えきれてないですし、恥ずかしいですけど、先輩達のこと好きですから……。」
「それは……ありがとう。」
なんとも言えない雰囲気が生徒会室に広がっていく。
「戻ったぞ。
2人は復活したか?」
ちょうど千夏先生が生徒会室に戻ってきて、改めて生徒会は活動を開始した。
「そうだ、職員室に行ったら2年生の先生達が話し合っていてな。」
「2年生の?
何かあったんですか?」
「点数の入力ミスがあったらしくて、2年生の成績表はまた明日の朝に改めて渡すそうだ。
千葉、平均点以上が取れてると良いな。」
千夏先生の報告で、生徒会にさらに活気が戻った。




