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一貫校の新入生  作者: 相模原 光
入学編
19/59

お部屋訪問

「おはようございます瑞稀先輩。」

「おはよう、なんだか私服だと新鮮だね……。」



 気合の入った大人びた服装の沙織に比べて、ジーパンに黒のパーカー姿の瑞稀は遠目で見たら初デートのカップルのような組み合わせだ。


 瑞稀のパーカー姿は周囲の人にはカッコよく映ることだろう。それくらい瑞稀に似合っている服装だった。


「それじゃあ行こっか。」

「はい!」


 瑞稀と並んで歩いて行く沙織は、目的地を聞いていない。

 図書室なのか、生徒会室なのか。はたまた外出してファミレスなんてことも想像していたが、案内されたのは高等部2年生の学生寮だった。


「瑞稀先輩……もしかして今日の勉強場所って、瑞稀さんの部屋ですか?」

「……だめ?」


「全然! というか、お邪魔してもいいんですか?」

「昨日片付けておいたから平気。」


『お片付けとかの事ではなく、私が先輩のお部屋にお邪魔してもよろしいのでしょうか? というか意味だったんだけど……。

 良いって言ってくれたから大丈夫だよね?』


「それじゃあお邪魔します。」


 瑞稀の案内で2年生の学生寮に入って行く。

 構造は同じだけど、周りにいるのが全員先輩ということもあって、沙織は緊張しまくった。

 けれど、入学式前の保健室に連れて行かれた時ほどの緊張感は無かった。


『生徒会に入ってからいろんな人と関わって来たから、少しはマシになってきたのかな……。』



 瑞稀の部屋のドア前までやって来ると、瑞稀は鍵を開けっ放しだったらしく、そのままドアを開けた。


『そういえば、瑞稀さんは誰とルームメイトなんだろう。』


「ただいま。」

「おかえり!」


 部屋には既に智香と葉月が一緒に居たようで、奥から声が聞こえる。そしてこの部屋のもう1人の住人が玄関で2人を出迎えた。


「おかえり瑞稀。

 えっと、及川沙織ちゃん……だよね? いらっしゃい!」

「こんにちは、瑞稀さんのルームメイトさんですか?」


「はじめまして、瑞稀のルームメイトで結城里菜って言います。よろしくね。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


「2年生ばっかりで落ち着かないと思うけど、早く部屋に入ってよ!」


 里菜は沙織を部屋に招き入れた。


「これは……。」


 部屋の構造は沙織の部屋と同じだったが、置いてある家具や物が違うだけで、だいぶ雰囲気は違って見えた。

 ただ、この部屋は人も多くいるのはもちろんだが、何より本とぬいぐるみが大量に棚に鎮座していた。


「これでも片付けたんだけど……まだ汚いかな?」

「汚くは無いです、物が多いとは思いましたけど。」


「ほらやっぱり、私達そろそろ断捨離しないとダメだと思うってこの間話し合ったんだよね〜。」

「だけど……まだ生活できてるし……。」


 どうやら瑞稀は断捨離に積極的ではないらしい。


「瑞稀は物をよく溜め込んじゃうんだよね、生徒会室の瑞稀の机の中とか、資料でいっぱいだし。」

「それは必要だと思って。」

「沙織ちゃんが生徒会に来る前にあんなに大量に処分したでしょ?

 それだけ振り返る必要の無い資料があったって事なんだから、新しい物を買ったら同じ量の物を処分していかないと。」


 瑞稀は「だけど……思い出だし。」と言って諦めない。


「思い出なら私が写真に美しく納めてあげる。」


 葉月がキメ顔で話に加わった。


「そういえば、葉月はカメラの部品とか部屋にたくさんあるけど、すごく整理されてるよね?」

「私はカメラが好きだから。

 好きな物はちゃんと管理したいし、管理できないとカメラに失礼だと思ったから整理してる。」


 葉月はどこまでいってもブレない。



「好きな物だからちゃんと管理……。」


 瑞稀の表情が変わった。明らかにさっきまでの顔つきとは違う。


「今日から少しずつやってみる。」


「いいぞ瑞稀! 私も手伝うから、一緒に断捨離していこう!」

「片付けている時に写真が撮りたくなったら、いつでも呼んでいいぞ。

 片付けは勢いも大事だから。」


「生徒会室での片付けは私が手伝うよ。」


 2年生が断捨離話に華を咲かせているところに、ひとり入って行くことができない沙織は、とりあえず一歩下がってみた。


「ごめんごめん、沙織ちゃんの座る所、いま座布団置くから!」


 沙織が一歩下がったことに気がついた里菜が、慌てて座布団を用意して置いてくれた。


「どうぞどうぞ。」

「すいません、ありがとうございます。」


 沙織は早速、テーブルに鞄から教科書と筆記用具を取り出して行く。


「沙織ちゃんはやる気があるね! 私たちと違って。」


 智香は自分たちを自虐して笑って言った。

 間髪入れずに瑞稀が智香を叱責する。


「この中で1番成績がやばいのは智香なんだけどね〜。」


 笑っていた智香の表情は一瞬で曇った。


「えっ、瑞稀さん。智香先輩はこの中で低いってことですか?」


『そういえば葉月さんは2年生では2番目の成績だって聞いたことあったし、この部屋に居る先輩達はみんな頭が良いのかな?』


 智香以外の3人からの返事は、沙織が思っていた以上の返事だった。


「いや、智香は学年でビリだけど?」


 瑞稀が言った衝撃的なことを、当たり前のように頷いている葉月と里菜。


「智香先輩ビリなんですか?!」


「沙織ちゃん! そんなにはっきり言わないで!」


 智香の生徒会長としての振る舞いから、てっきり成績も良い物だと思っていた沙織は心底驚いた。



「ちなみに、私は真ん中くらいの成績だけど、葉月と瑞稀は抜きん出てるから、どちらかと言ったら私の成績は智香寄りかな?」


 里菜はそう言って葉月と瑞稀を見比べる。


「ちなみに葉月さんと瑞稀さんの成績は……。」


 沙織の質問に2人は解答を渋る。



 自分の成績を後輩に晒された事に、少しムキになっていた智香が八つ当たりのように大声で晒した。


「葉月は学年2位、瑞稀は学年トップ!」


『葉月さんの学年2位は聞いたことあったけど、瑞稀さんがトップ……。首席? 1位?』


「この間の写真撮影会に毎日参加しないって約束で、みんなに試験勉強を見てもらってたの……。

 まさか沙織ちゃんに成績を晒されるなんて思ってなかった。」


「まぁでも、成績がビリだとしても、赤点を取らなければ良いだけなんだから。

 気楽にやろうよ、リラックス。」


 葉月が慰めているが、成績がいい人からそう言われると素直に喜ぶのは難しい。

 心を抉られていく智香に、先程成績が近いと言った里菜もフォローに入る。


「でも、2人が教えてくれるなら安心できるでしょ?

 ねぇ智香ってば!」


 不貞腐れながらも頷く智香に、瑞稀も頭を軽く撫でた。


「ちゃんと約束を守って我慢できたんだから、今度は私が約束を守る番。

 今回の試験では、絶対に全教科平均点以上を取らせてあげる。」


「全教科平均点以上なら、単純に順位は真ん中くらいまで行くはずだよ!

 私も真ん中くらいの成績だから一緒!」


 あとひと押しでいつもの明るい智香に戻りそうだ。


「智香先輩。私はまだ1年生なので、2年生の難しい勉強のことはよくわからないですけど、智香先輩なら絶対にできます!

 生徒会長の仕事も、全て完璧にこなしてるじゃないですか!

 成績くらい、あっという間に上がっていきますよ!」



 沙織の言葉が決めてとなったのか、智香の目の奥に炎が見えた気がした。


「絶対に成績を上げて見せる!」

「よく言った! 私と一緒に平均点以上を目指そう!」


 智香と里菜は握手を交わして、テーブルの上の教科書とノートに視線を移し、早速勉強を始めた。


 その2人の様子に、瑞稀が沙織に耳打ちをした。

「ありがとう沙織。」

「いえ、とんでもないです。」


『瑞稀さんにありがとうだってー!

 感謝されちゃった! 耳打ちの破壊力半端ない!

 生きてて良かったー。』


 沙織はひと通り心の中で喜びまくってから、ペンを持ちノートと教科書を開いた。


 図書室のように静かにしなければいけない環境ではないからこそ、お互いに質問したり答えたりする声が聞こえる。

 直近まで受験勉強をしていた沙織は、その時とは違った勉強の仕方に手応えを感じていた。

 今までは教科書を見て自分で解決しなくてはいけなかった問題も、今は先輩達に聞いてヒントをもらうことができる。

 これほど安心できる環境は無いだろう。


「あの……この問題ってどう解いていけば良いですか?」


 沙織が質問すると、先輩達は教科書のどこを見れば良いかを教えてくれたり、自分の1年生の時のノートを取り出してくれたり、沙織にとって最高の勉強環境だった。



 勉強に集中していた沙織がふと顔を上げると、ちょうど瑞稀がお茶のペットボトルを差し出した。


「これ、息抜き。」

「ありがとうございます。

 そういえばこのお茶ってどこで売ってるんですか?」


 沙織がもらったお茶は、生徒会室で瑞稀からもらったお茶と同じだった。


「これは私の実家で作ってるお茶。だからいっぱい有るんだけど、校内では購買部が売ってるくらいかな。」


「実家で作ってるんですか? ペットボトルのお茶を?」


 沙織の隣で勉強していた里菜も、背伸びをしながら会話に加わった。


「瑞稀の実家は会社を運営してるの。つまり社長?」


「瑞稀さんはつまり……。」

「社長令嬢。」

「そんなに大きな会社じゃ無いから、社長令嬢なんて……。」


 瑞稀は謙遜しているが、瑞稀が社長令嬢なのは事実で間違いはない。

 沙織は空いた口が塞がらなかった。


「瑞稀さんって、私が初めて会う別次元の住民ですね。」

「でも一緒に居て楽しいよね!」


 里菜は笑顔でそう言い切った。


「そうですね、瑞稀さんは瑞稀さんですもんね。

 今まで以上に瑞稀さんのことを知れて嬉しいです。」


「……。」


 瑞稀は唇を噛んで喜びを噛み締めていた。


『そんなところが可愛いんですよ瑞稀さん!』


 衝撃の事実がいくつも発覚したが、順調に試験勉強は捗った。

 お昼ご飯も適度に食べて、夕方まで試験勉強は続いていった。



「沙織ちゃんも、明日も一緒にやる?」


 沙織は是非ともまた参加したいと思っていたので、瑞稀から参加の誘いが来て喜んだ。


「是非とも参加させてください!」


「それじゃあ今日はここまでにして、明日も今日と同じ時間でいいかな?」

「はい!」



 各自が荷物をまとめて部屋を片付けていく。

 テーブルに広がっていた教材が無くなっていき、大きなテーブルが顔を出す。


「それじゃあまた明日ね!」

「お邪魔しました。」

 智香は上機嫌で葉月と自分たちの部屋へ戻っていった。


「それじゃあ私も。」

「私が送るよ。」


 玄関の扉を開けて帰ろうとしていた沙織の背後から、里菜が追いかけて来た。


「瑞稀は今から部屋掃除をするらしいから、私が送るよ。」

「悪いですよ……。」

「いいからいいから。」



 半ば強引について来た里菜と一緒に、1年生の学生寮へ向かって歩いた。


「瑞稀と仲良くなってくれてありがとうね、沙織ちゃん。」

「急にどうしたんですか?」


「瑞稀はあんな見た目だから、後輩と仲良くなるのが難しくって。

 同級生には成績もトップって事もあって、関わりづらいって思っている子が多いの。

 だから沙織ちゃんが瑞稀と仲良くしてくれてて嬉しかった。」



 里菜の表情は穏やかだった。


「瑞稀さんの優しいところ、生徒会でたくさん見てましたから。」

「沙織ちゃんのお友達とも仲良くなれたって、この間、部屋ですごく嬉しそうに話してくれて、部屋での瑞稀の表情が明るくなったの。

 全部沙織ちゃんがこの学校で生徒会に入ってくれたから。」


『生徒会には強引に引き込まれた感じだったんですけどね……。』



 いい雰囲気を壊すのはよろしくないので、沙織は何も言わずに笑顔で返した。


 学生寮の入口に到着して、里奈は自室に帰っていった。

 部屋に戻った沙織は早速、教えてもらった箇所の復習を始めたが、先程までと違いとても静かな空間になかなかペンが進まなかった。


『明日もあるし、今日はここまでにしよう。』


 そっと教科書を閉じてペンをしまった。

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