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一貫校の新入生  作者: 相模原 光
入学編
12/59

自己中

「綾乃、めぐみ。2人ともなんで珈琲を飲んでるの?

 いつもは飲んで無いのに。」


「なんでって、気分だよ気分!

 それに自転車を漕いだら喉が渇いちゃって。」

「そうそう、ほら、沙織も珈琲に砂糖とかミルクを気分で入れたりするでしょ? それと一緒だよ!

 それに水分補給は大切だよね。」


 生徒会が特集された号外の校内新聞が発行された次の日の朝、なぜか朝から沙織の周囲では珈琲の匂いが漂い続けていた。

 その理由はいたって単純で、周囲の生徒達が、こぞって珈琲を持ち歩いていたからだ。


 しかし、沙織は何故そんな状況になっているのかを知らなかった。

 校内新聞が発行されてから、沙織はやはり恥ずかしくて掲載された記事を読んでいなかったため、記事の後半に載っていた真理先生のコメントを未だに読んでいなかったからだ。



 やっと慣れてきた学食も、珈琲の香りが立ち込めていて、まるで喫茶店のように感じる。


「なんか、他の人達も珈琲飲んでるよね……。それに私を見てる気がする……。」


 沙織の隣に座っていためぐみが、沙織の頭を撫でながらその理由を答えた。


「校内新聞に載ったんだから、注目されて当然だよ!

 それに真理先生のインタビューで『無理に話しかけないであげてね。』って書いてあったから、みんなは話しかけてこないんだと思うよ?」


「そっか……って、真理先生のインタビューって何!」


 沙織はそこで初めて真理先生のインタビューが掲載されていることを知った。


「あれ? 久美先輩がサンプルを持っていって確認してもらったって言ってたけど、もしかして読み切ってなかった?」


 急いで朝食を食べ終えた沙織は、ひとりで校内新聞が掲示されている場所へ向かった。

 2人はまだ朝食の途中だったために置いて行かれた。


 掲示場所に到着して記事の後半、沙織は自分が確認していなかった部分を読んだ。



 教えてもらった通り、そこには真理先生のインタビューが載っており、沙織に関する事が書かれていた。


「だから2人も珈琲を……。」


 そこへ追いかけてきた2人が合流した。


「沙織……そんなに慌てて行かなくても……。」

「大丈夫? 綾乃。

 沙織もご飯食べて直ぐに動くとお腹が痛くなるよ?」


「2人ともこの記事を読んだから珈琲を飲んでたんだ。

 2人の前ではもうリラックスできてたから、無理に飲む必要無かったのに。

 まだ私が2人と仲良くなれてないってこと?」


 沙織が涙目で2人に問いかけると、綾乃は動揺して慌てふためき、めぐみは沙織を抱きしめた。


「そんなつもりなかったの!

 沙織が私達と仲良くしてくれてるのはわかってる。だけど、沢山の人が居るところではリラックスできないんじゃ無いかって思ってやっただけだから!

 決してまだ仲良くなれてないなんて思ってないから!」


「私も、記事が出来上がって改めて読み返したら、沙織が忙しくなりそうだなって思ったし、沙織が一緒に居てくれなくなるかもって思ったら……珈琲を……。」


『2人は気遣ってくれてたんだ……。

 私と仲良くしてくれてたのに、なんで私は信じなかったの……。』


「ごめんなさい……2人の事、信じ切れてなくて。」

「いいの、私たちも言葉が足りなかった。」



 沙織は申し訳なさが込み上げてきて、めぐみの胸の中で泣いた。

 綾乃とめぐみは、ごめんねと言いながら沙織をなだめた。



「3人ともこんな所で何してるの?」


 3人に声をかけてきたのは瑞稀だった。瑞稀の背後には葉月もいた。


「何でもないです……私が勝手に2人のことを勘違いしていただけです。」


 そうは言いつつも、沙織の涙は止まらない。

 それどころか悪化してきていて、もう少しで過呼吸になりそうなくらい泣いている。


「とりあえず、この状態では授業どころじゃなさそうだし……。保健室に行こうか。」

「私が連れてく。」


 勢いよく名乗りを上げたのは、意外にも葉月だった。


「良いよ。写真を生徒会室に届けておきたかっただけだから、瑞稀が持って行っておいてくれれば。

 そっちの2人がこの子と一緒にいると、いつまでも落ち着かなそうだし。」


 沙織の泣いている原因が綾乃とめぐみなのだから、葉月のその判断は賢明だ。


「わかった葉月に任せる。2人は私と一緒に教室に行こうか。」


「はい……。沙織、落ち着いたら教室に戻ってきてね。

 なんだったら迎えに行くから!」

「私も。」


 瑞稀は綾乃とめぐみを連れてその場を去って行った。


 残された沙織は、葉月にまずは落ち着くようにと紙袋を口に当てられた。

 紙袋を使って深く息を繰り返すと、少しずつ落ち着きを取り戻し、自分の足で立つことができるようになった。


「……ゆっくり保健室に行こう。」


 葉月は沙織を抱き抱えて保健室へと向かう。

 ぐちゃぐちゃになった脳内がようやく落ち着いた沙織は、周りを見る余裕ができてきた。


『葉月さん、取材の時はあまり話せなかったな。

 寄りかかって歩かせてもらってるのがわかる。』


「あまり周りを気にしすぎると疲れるよ……。」

「気にしすぎですか……。」


 葉月は取材の時と変わらない声で、淡々と話している。

 その空気感が今の沙織には心地のいいものだった。


「周りの人よりも、自分を最優先にしないといけない時もある。

 肉体的だったり精神的にだったり様々だけど、最後に自分を守ることができるのは、結局自分なんだからさ。」


「自分を最優先に……。」

「やり過ぎると自己中になるから、そこは加減して。

 自分が弱っている時は自己中になる。弱っていない時に周りに目を向けて手を貸せばいい。

 今の君は自己中になっていい。」



 葉月の言葉は沙織が背負い込んでいた重荷を取り払ってくれるような、楽な気持ちにさせた。


『自己中になっていい……か……。』


「着いた。」


 入学式よりも先に連れてきてもらった保健室に、また同じ人に連れてきてもらった沙織だが、以前とは気持ちが違った。

 以前は、情け無い、申し訳ないなどの気持ちでいっぱいだった。

 今は、少し休ませてもらおうくらいの軽い気持ちだ。


「……しまーす。」


 葉月は小さな声で「失礼しまーす。」と言ったが、後半しか聞き取れなかった。


「はーい、どうぞー。」


 中からは真理先生の声が聞こえる。入学式の時と同じく、朝から保健室に居るようだ。


『前に来た時は、真理先生のペースに抗っていたけど、今日は流されてみようかな……。』


 沙織は葉月に連れられて、2度目の保健室へと入って行った。

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