校内新聞
沙織が初めて生徒会の仕事? という名の説明会兼取材を終えてから3日が経過した。
あれから毎日、瑞稀からは生徒会の仕事を。明日香からは経理関係の仕事を教えてもらう日々が続いていた。
綾乃とは会うたびにいい記事になるように、先輩達と頑張っていると聞いていた。
記事の掲載は来週の月曜日に号外特別号として、新聞部から発行されるのが決定した。
新聞部は普段は毎週末、金曜日の昼に校内新聞を発行しているようで、今週は入学式と新入部員を迎えての各部活の様子などを取材した内容になるそうだ。
それと同時に生徒会をピックアップした特別号の記事も準備しているのだから相当忙しいと生徒会メンバーは予想していたが、充実した活動が行えていると生徒会へ新聞部部長の久美からの中間報告が届いた。
今日はサンプル記事が届く予定になっているので、沙織は少し落ち着きがない。
「沙織さん、校内新聞が気になるのはわかるけど、今は昨年度に実際に作成された資料を使っての仕事をしているんですから、集中してもらわないと困りますよ。」
「すみません明日香さん。」
『怒られてしまった……。』
沙織を注意した明日香だったが、沙織に仕事を教えはじめて既に4日が経過していた。
だから沙織の性格や癖もある程度知っているため、この状況で集中するのが難しいことも理解していた。
明日香は席を立ち、腕を頭上に高く上げて背伸びをすると、生徒会室の窓を開けた。
「少し休憩しましょうか、換気して外の空気を吸いましょう。」
「ありがとうございます、明日香さん。」
沙織は明日香と自分の分に加えて、自身の机で作業をしている瑞稀のも含めて、3杯の珈琲を淹れてそれぞれに手渡した。
「ありがとう沙織さん、いただきます。」
瑞稀は集中して作業をしていたようで、カップを渡されるまで気が付かなかったようだった。
「瑞稀先輩もどうぞ。」
「……! ありがとう。」
「先輩のはもう砂糖もミルクも入れてあるので、そのまま飲んでくださいね。」
「もう覚えてるんだ……。」
「生徒会に入ってから、もうすぐで1週間ですからね。」
「うん。そうだね。」
『やばい、先輩が笑ってくれてて嬉しい!
その少し視線を逸らしつつの笑みは堪らないです!』
沙織の頬が感情に比例して自然と緩んでいる。
「沙織さんって勝又さんの事を見るときの視線が、なんというか……憧れるではなくて、愛情のように感じるんだけど、気のせい?」
『完全に表情でバレてる! もう少し自重しないと……。』
「全然そんな事ないですよ?!」
「そう……。」
口先だけで誤魔化した沙織だけれど、明日香には通用しなかった。
明日香には嘘だと速攻でバレていた。
けれど、明日香は表面上は納得したように見せていた。あまり詮索して生徒会の和を乱すのは得策では無いと、一瞬で判断したからだ。
明日香のそんな気遣いに救われたとは気がつかない沙織は、自分の珈琲にミルクを入れて飲み干した。
「沙織……今日はミルク入れるんだ。」
「今日は入れて飲みたかったので。」
生徒会室にいる3人が、各々で気分転換をしていると、智香と久美が生徒会室へ入室してきた。
「3人ともお疲れ様! 新聞部からサンプルが届いたからみんなで見よう!」
「お待たせしました。今日中なら、まだ修正ができるので皆さんで確認してもらえますか?」
久美は生徒会室のテーブルに特別号と書かれた校内新聞を広げて、全員がそこに書かれている記事に目を通していく。
智香と明日香は、あらかじめ記事に使用予定の写真や文章の確認はしていたようで、完成品のチェック程度で目を通していたが、瑞稀と沙織はほぼ初見だったので、喰い入るように見ていた。
『えーっと……生徒会役員に新入生が就任。名前は及川沙織さん。
本学園の高等部では、唯一の外部進学者として入学された彼女が、高等部に新たな風を……って、大層なことを書かれているけど、まだ書類の説明とか仕事内容とかを理解するだけで手一杯なんですけど?』
沙織は周囲をチラ見してみるが、誰も疑問に思ってはいないようだ。
とりあえず、記事を読み進める。
『生徒会の先輩達には既に気に入られた様子で、連日彼女の生徒会役員としての仕事への姿勢は高く評価され、信頼を得ている様子だった。
また、経理部部長の橋本明日香さんも「沙織さんの仕事ぶりには毎回、目を見張る。できることなら経理部に欲しかった。」と話していた。
私、そんなに褒められるような仕事ができた手応えは全く無いです!
先輩方は過剰評価してますよ!』
沙織と同じく初見で記事を読んでいるはずの瑞稀は、沙織とは違い納得するように頷きながら記事を読んでいる。
そして、記事内で沙織に関してコメントしていた明日香はというと、今からでも沙織を経理部に引き込めないかと企んでいた。
表向きには言っていないが、経理部内では相当愚痴っていたようで、そのことも初めは新聞部にリークされて記事に載っていたのだが、写真チェックと同時に修正されてその文章は抹消された。
新聞部の一部の部員からは反発が起こったらしいが、久美と奈津美がどうにか落ち着かせたらしい。
その一件に関しては、生徒会役員は誰も知らないのだが……。
「皆さん、特に修正しておきたい箇所が無ければ、このまま月曜日に発行されますがよろしいですか?」
沙織以外の面子は全員問題ないと言っているが、沙織だけが異議を申し立てた。
「ちょっと待ってください! 記事で私のことを誇張し過ぎてる気がします。
私は全く役に立っていません。仕事も覚えていないし、先輩方に期待されるほどの実力も有りません。」
沙織がそう言うと、全員が顔を見合わせて智香が沙織にそんなことないと言う。
「だけど……全校生徒に向けてこんなに大々的に発信されると、期待に応えられない時のプレッシャーが……。」
沙織が記事の内容でプレッシャーを感じたのがわかると、智香と瑞稀は沙織の正面に立って言い放った。
「私達は3人で生徒会役員なんだから、それぞれがフォローして全校生徒の期待を上回れば良いじゃない?」
「智香の言う通り。だから、私と智香を助けてってお願いして生徒会に入ってもらった時から、沙織が困った時は私達が助けるって意味にもなったの。
だから沙織だけでプレッシャーを感じることは全く無い。」
「先輩……。」
智香と瑞稀が沙織をささえる。
『やっぱり、この先輩達と一緒で良かった……。』
沙織は2人に心から感謝した。
「それでは改めて、修正箇所は無しって事でよろしいですか?」
「はい!」
沙織も了承して、全員の確認が取れたと言う事で、久美はサンプルの特別号を最終決定記事として、月曜日の発行に間に合うように印刷をしに行った。
ただこの時、沙織だけが読めていなかった記事の後半部分には、保健室の先生である真理先生のコメントが載っていた。
入学式前に保健室へ運ばれたことを、新聞部は突き止めていたのだ。
そしてその時の話を真理先生に聞いてしまい、その流れでインタビューが掲載される運びになったようだ。
「沙織ちゃんはとっても緊張してしまう子なので、生徒の皆さんは優しく接してあげてくださいね。
無理に話そうとしてはダメよ。
そうだ、沙織ちゃんは珈琲の香りを嗅ぐと落ち着いてお話してくれるかも!
私は保健室に居るから沙織ちゃんに限らず、みんなもいつでも来てね!」