入学式前から
小学校から大学まである女子一貫校の制服に身を包んだ及川沙織は、高等部の入学式に参加する為、校門を抜け広大な敷地内へと足を進めていた。
周囲には同じ制服に身を包んだ生徒が多数いるけれど沙織と顔馴染みの生徒は誰一人として居なかった。
今年度の新入生の中で、中等部以外からの進学者は沙織だけだからだ。
周囲の生徒が沙織に気が付き、ひそひそと会話をしているがなるべく気にせずに進んでいく。
しばらく進んで行くと道が分かれており、学生寮の看板が立っている方向から更に生徒がやって来る。
彼女達も沙織に気が付きチラチラと沙織を見ているが、誰一人として話しかけては来なかった。
『入学を決めた時からこうなる事は想像していた。私だって転校生を興味津々に見ていたことくらいあるし、話しかけていいのかわからず、ある程度の距離を保って自分から近づく事は殆ど無かった。』
沙織は平常心を保とうと頭をフル回転させて冷静になろうとしていたが、本来の彼女はそこまで冷静に行動できる人間ではない。
手足は先の方まで冷たくなり、視界がどんどん狭くなっていく。
そんな沙織の様子を見て心配になった周囲の生徒達は、沙織の周りに集まってきているが何と声をかけていいのかわからないのか、一定以上近づいて来ない。
まるで沙織が触れてはいけない危険物かのように近づいて来ない生徒達に、助けを求める余裕は今の沙織には全く無い。
完全にテンパってしまい、入学式が行われるホールとは違う方向に進み出してしまった沙織に、生徒達をかき分けて向かって来た人影がその手を掴んだ。
「あなた、顔が真っ青だけど大丈夫?」
校内に入って初めて沙織にかけられた言葉は、沙織を心配する言葉だった。普通は同じクラスの前後左右いずれかの席に座った生徒との[これからよろしく]的な会話なんだろうが、全く違った。
声がした方へ視線を向けると、自身や周囲の生徒達とは違う色のリボンを付けた生徒が立っていた。
『そうだ、この学校って学年によってリボンの色が違ったんだっけ?』なんて思っていると、声を掛けられた安心からか、力が抜けへたり込んでしまった。
「大丈夫じゃ無さそうね、保健室に行きましょう。立てる?」
腕を掴まれて立たされるともう一人来たようで、反対の腕も掴まれた。
二人に抱えられるように保健室に連れて行かれると、保健室のベッドに寝かされる。『まだ入学式前なのにな……』
仕切りカーテンが閉じられ、連れてきてくれた上級生と保健医の先生の会話だけが聞こえて来る。
「あとは任せてちょうだい、多分慣れない環境に緊張したのね。ゆっくり休ませておくから、あなた達は早くホールに向かいなさい。入学式に遅れるわよ。」
『私もその入学式に出席するんです』
「お願いします、行きましょうか。」
「へーい。」
「失礼しました。」
「失礼しったー。」
上級生が出て行ったのか、保健室は静かになった。『というか、一人変な言葉遣いの人が居たような気がするけど。気のせいだよね?』