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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

宮廷直属の従者、雑用ばかりの無能と追放され有名領主の元に再就職する〜え、スキル【従者】はメイド服じゃないと反応しない!?けど装備ボーナスが強くて最強すぎる!! 宮廷ですか?もう知りませんよ〜

「おいシアン!! まだ棚の整理が終わらないのか!? 次は廊下と室内の掃除だぞ!!」

「は、はい!! すぐ終わらせますので!!」


 廊下内に響く怒号。いつもの事だ、過剰な雑用を押し付けてはそれを十〜二十分で終わらせろと言われる。誰がどう見たってそんなの出来るわけがない、それでもボクはやる。……仕事だから。


「全く、お前はいつもトロいな……下級の仕事ばかりで情けないと思わないのか?」

「それが仕事ですので……」

「はっ、俺たちとは才能が違うからな才能が!!」


 嘘だ、お前たち上の人間は下に仕事を押し付けて楽してるだけ。下は毎日のように残業続きなのに、上は「後、よろしく!」と定時で帰り出す。


「ったく……本当にスキル《従者》持ち? いくら何でも魔法の才能が無さすぎるだろ」


 スキル、それは人一人に与えられた特別な能力。ボクに与えられたスキル《従者》は誰か主人に仕えるとステータスや魔力が上昇するというもの。上位の執事や従者はみんな持っている必須レベルのスキルだ。だからボクも主人に仕えている為スキルが発動すると思っていたのだが……


「スキルが発動しなくて……ボクもよくわからないんですけど……」

「ははははは!! スキルが発動しないなんてどうかしてるぜ!!」


 ボクは何故か《従者》スキルが発動しなかった。ステータスの向上や魔力の変化もなく、今まで己の力だけでやってきた。


「ま、無能くんに出来ることもあるって。がんばれよ!!」


 その為、周りの従者から無能のレッテルを貼られ今日にいたる。


「あー後、俺の仕事もやってくれよ? 先輩命令だ、断るとわかるな?」


 上と下の明らかな格差。これが我がイグニール王国宮廷の惨状だ。それでもボクは頑張り続けた。いつか運命の人とお付き合いしたい、その願いのために……


〜〜〜


「シアン、何故呼ばれたかわかるか?」

「はぁ……すみません、よくわからないです」

「かー……これだから下級の従者はダメなんだ、理解力が足りない」


 残業を終えた直後、ボクは何故か国王に呼ばれていた。

 国王ジャハラ・イグニール

 イグニール王国を統治する国王様だ。


「いやねぇ……最近新しい国と取引してて。ウチは綺麗で清潔、対応力も抜群の素晴らしい国と褒められたんだよ」

「……そうですね」

「いやー俺のことをこんなに評価してくれるなんて、嬉しいなぁ。従者達もそんな俺を見習って頑張ってほしいね」


 呆れた。この宮廷が綺麗なのは従者達が頑張っているからだ。問題事だって王様が無理やり従者達に押し付けて解決させてる。仮に失敗しても「従者の失敗を寛容に捉え次に繋げます」と、寛容な王として評判を上げる。で、その問題事の責任は下に取らせて……横暴もいいところだ。


「あー最近あった農民同士の争い? あれを見事解決したネロは素晴らしかった。お前と違ってあいつは有能だしな!!」


 それ、ネロさんが無理やりボクに押し付けたヤツじゃないか……危うく農民に殺されかけるしで大変だったんだぞ。それなのにネロさんはお金だけ渡して自分の手柄にしたからな……


「あーそれでさ? ウチは下の者でもそこそこ給料出してるじゃん? 俺優しいよねー……」

「は、はい……」

「でも無能に大金払うのもアホらしい、やっぱり出来るやつにお金渡したいのよ」

「なるほど……」


 ここまで文句ばかりだが唯一、給料だけ文句はない。出身関係なく従者として就職できれば一年目から驚くほどのお金が貰える。宮廷直属はバカにならない。だからこそ、すぐに人が辞めてもお金に困る貧困層からの就職希望が後を経たず、人手も無限に増え続けていた。


「だから無能は退職させたいの、お前みたいな」

「……え!?」

「シアン、お前は今日でクビだ」


 ここの従者は国王の気分で辞めさせられる事が多い。下は永遠に評価されず、上に利用され続ける。今まで自分のやってきた事に対して、この処分は重すぎる……自分に与えられた理不尽をボクは恨んだ。


〜〜〜


「はぁ……どうしようかなぁ」


 宮廷を追い出され、無職となってしまったボク。一応貯金はあるがいつまで持つかわからない。心の余裕を持つためにも、早いとこ次の仕事を探さないといけないのだが……


「冒険者……ボク魔法の才能がないからなぁ」


 残念ながら自分には戦闘魔法の才能がない。一応生活魔法なら使えるがあくまで生活用、戦闘には使えない。


「行く宛てがないなぁ……」


 スキル《従者》も誰かに仕えないと発動しないから、出来れば次の仕事も誰かの元に仕えたい。しかし、発動しないスキルを当てにしてどうする。持っていても発動しなければただの無駄。こんなボクを雇ってくれる人なんてどこにも……


「あら? あなたは確か……」

「へ?」


 唐突に後ろから声をかけられ、振り向くと……


「っ!? あなたは……エレノア様!!」

「やっぱり……お久しぶりね、シアン」


 銀髪のロングヘアーの綺麗な女性。

 エレノア・フェンニル

 圧倒的な美貌と知識を持つこの方はフェンニル家を統治する領主である。領地での作物の栽培はもちろん、その作物を生かした料理店を開いたりと幅広い事を行っているやり手だ。その行動力から貴族間での評判もよく、どう彼女に近づくか議論が起きる程だ。


「あの時はありがとう……あなたがいなければ農民達は今も争っていたわ」

「いえいえ……ボクは命令されたことをやるだけですから」


 数ヶ月前の事だ。

 人為的な要因で作物を荒らされた農民が、別の農民を疑ったことで殺伐とした争いに発展した。領主はこの時別の事件に追われて手が出せず、イグニール王国に応援を呼んだ……のだが上から下に仕事を押し付け合った結果、ボクがやることになったのだ。


「あの時はどうなるかわかりませんでした。けど、その後も無事でよかったです」

「ふふ、みんな仲良くやってるわ。特にあなたに対してはまた来て欲しい、なんて言われてるし」

「そうですか!! 嬉しいです……!!」


 結局犯人は別にいて見つけることも出来たが、途中農民に殺されかけるわで大変だった。しかもネロさんに手柄を横取りされる、という無茶苦茶な事まで発生した。けど、農民達が楽しそうならよかった、かな?


「それで? シアンはどうしてこんな所に?」

「それが……」


 これまでの経緯……とついでに宮廷での処遇についても話した。エレノア様は一つ一つに頷き、考え、真剣に話を聞いてくれた。


「はぁ……イグニールはどうしようもないと思ってたけど……ここまでとはね」

「給料はいいんですけどね、給料だけは……」

「給料がよくても、扱いが良くなければ本末転倒よ……」


 本当にその通りだと思う。ある時は上の失敗を押し付けられ、ある時は一ヶ月休み無しで働かせ続けられ、またある時は風邪でも無理やり仕事をさせられ……どうしようもないな。


「ねぇ、あなたがよければ私の従者にならない?」

「え!? いいんですか!?」


 ボクがエレノア様の所に!? まさかの申し出だった。


「ちょうど執事と同年代の子を探していたしね。農民達からも信頼されてるし、人材として申し分ないわ……ただし、条件がある」

「条件?」


 エレノア様の真剣な言葉に聞き入る。


「えぇ……イグニールとは違う、耐えなければ行けない試練がある。その試練を耐えれば、あなたには正当な評価も、お金も、休みも、全部保証してあげる。どう?」


 エレノア様のいう試練が何を意味するかわからない。けど、ボクに断る理由なんてない。仕事だってないし、ボクにとって得意な雑用職だ。


「ボクは……」

 

 スキルは発動しないけど、気合と根性でがんばった。宮廷のブラックな扱いにだって耐えたんだ!! ボクなら試練も乗り越えられる筈だ!!


「是非やらせてください!! ボクに出来ることならなんだってします!!」

「決まりね……じゃ、早速行こうかしら」

「はい!!」


 エレノア様が馬車を呼び、ボクもその中に乗る。新しい職場……ボクに出来るかわからないけど、精一杯やってみせる!!

 しかし、ボクは試練を甘く見ていた。エレノア様が宮廷とは違う意味で、鬼畜な側面を持つことに……


〜〜〜


「こ、ここがエレノア様の……」

「あら? 宮廷よりは落ち着いているでしょ?」

「こんなに広い農場はウチにありませんよ……」

「ふふ、それもそうね」


 エレノア様の豪邸はとにかく広かった。家はもちろん、周辺には広い土地があり作物を育てたり動物を放し飼いにしていた。


「驚いている所悪いけど、時間は有限よ。さっさと中に入りましょ」

「はい!!」


 遂に始まるボクの新しい仕事。慣れないかもだけど、がんばる!!


「おかえりなさいませお嬢様……って誰?」

「あぁリオ、この子新しい従者。教育係は任せたわよ」

「はぁ……あんたはいつも唐突だから何も驚かねーよ」

「ちなみに給料はその子と折半ね」

「え!? マジかよ!?」

「ふふ、冗談よ。結局驚いてるじゃない」

「あーもー……心臓に悪いんだよ……」


 エレノア様に振り回されている黒髪の男。

 目鼻立ちがしっかりしており清潔感もある。身体付きもよく、女性なら一度は見てしまう程のイケメンだ。


「あ、あの……シアンっていいます。今日からよろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ。俺様はこのフェンニル家に仕える超天才執事、リオだ。よろしくな」


 結構自分に自信がある人なのかな? 自分の事、超天才って言ってるし。けど嫌味な感じはしないかな。


「さてと、まずは領内を案内しないとな。こっちから……」

「ちょっとまって、シアンには最初にやるべき事があるの。それが終わってからでもいいかしら?」

「いいけど……何をするんだ?」

「さぁ……ボクになんの事か……?」


 二人して頭にハテナマークを浮かべる。必要書類のサインかな? けどそれなら馬車の中でやったし……


「シアンには従者としての正装に着替えてもらうわ」

「正装? そんなのある訳……むごご!?」

「あなたの為にとっておきの正装を用意したの……喜んでくれると嬉しいわ」

「は、はぁ……」


 リオさんが無理やり口を塞がれたのが気になるけど……まぁいいか。ボクはエレノア様に案内され、奥の部屋へと入っていった。


「えーと……これかな?」


 服が入ってそうなクローゼットが一つ。待たせるのも悪いし早く着替えよう、と思いクローゼットを開くと……


「え!? 本当にこれ!?」


 クローゼットの中には想像の出来なかったものが入っていた。本当にあってるの!? でも周りを見てもこれしかないし……疑心暗鬼のままボクは与えられた”正装”に着替える事にした。というかこれ、似合うのかな……


〜〜〜


「ダメじゃない、何でもかんでもペラペラしゃべったら」

「こっちのセリフだわ!! いきなり口塞ぎやがって……だいたいウチに正装なんてないだろ?」

「そうね、ウチに正装はないわ……ふふ」

「じゃああいつは何を……?」

「それは……あ、来たわよ?」

「え? 随分と早いな……って!?」

「う、うぅ……」


 ”正装”に着替え終わり、ボクは二人の前に立つ。


「随分可愛くなったわね……よかった」


 全身フリフリ、胸には赤いリボンが可愛く付いている。胸元の上部に布はなく、下はミニスカートと露出が多くてスースーする。少しでも屈んだら見えそうで、上手く歩けない。


「男だろあいつ……!?」

「あら? 似合うのに性別は関係ないでしょ?」


 そう……ボクは”正装”と言う名のメイド服に着替えたのだ。

 

「何考えてんだあんた!?」

「私の見立て通り……あなたの綺麗な顔は女装にピッタリ。もう女の子ね」

「どういうことですか!? はっ……まさかこれが試練!?」

「ふふ……あなたには今日からその服で働いてもらうわ」

「えーーーー!?」


 嘘!? ボク今日からこの服で働くの!? そんなの恥ずかしくて無理だよぉ……!!


「はぁ……横暴もここまで来たか……」

「横暴とは失礼ね。これは趣味よ、ただ私が楽しいだけ」

「それを横暴って言うんだよ……」

「ふふ、楽しそうで何よりだわ……けど!!」

「ひゃっ!?」


 エレノア様が近づいた瞬間、いきなりボクのスカートをめくり出した。


「!? な、何してんだ!?」

「ダメじゃない……下着が男物だなんて論外。女の子の下着も用意してたでしょ、ちゃんと履きなさい」

「あ、あれを履くんですか!?」

「?」


 そんな当たり前でしょ、みたいな顔しなくても!! 確かに下着は用意してあった。けど、可愛らしい女物のピンク色の下着なんて恥ずかしくて履けない。オマケに上下セット用意されてたし……もしかして


「あの……上もですか?」

「Aカップ用だから付けられる筈よ? 分からないなら私が付けてあげる」

「……後、メイド服ってロングスカートもあったような」

「ダメよ、あなたはミニスカートじゃなきゃ許さない。見えそうで見えない、そんなギリギリを恥ずかしがってるシアンが見たいもの」


 ドSだこの人!! この服は全部エレノア様の趣味なんだ。恥ずかしがってるボクを楽しむ為の……!!


「そんなんじゃ、従者として雇えないわよ?」

「あーわかりました!! 着替えてきます!!」

「似合ってるのは間違いないから、自信持ちなさい」

「ありがとうこざいます!! もぉ!!」


 下着を変える為、再び元の部屋へと戻っていく。出来ることなら何でもすると言ったのはボクだ。こうなったらヤケでもなんでもやってやる!! どうせすぐ慣れるだろうし……って慣れたら慣れたで大丈夫じゃないよね……


〜〜〜


「とりあえず、ここが最後だな。何せ広いから後で地図渡しとく」

「あ、ありがとうございます」


 着替えが終わり、ボクはリオさんに領内を案内して貰ってた。


「聞いてはいましたが本当に広いですね……」

「あぁ……俺もここを全て把握するのに一週間はかかった……」

「一週間で!? 凄いですね……!!」

「ふふん、超天才ならこれくらい朝飯前だ」


 とても一週間で覚えきれる広さじゃない。この家もそうだが、農場、牧場、養鶏場、おまけにそれらの加工場とか別の家とかとにかく色々ある。広すぎて全部回るのに夕方近くまでかかってしまった。


「しかし……本当に良く似合ってるな……初見じゃこれが男だなんて見抜けないぞ」

「え? そうですかね……?」

「わかってなかったのか……」


 昔から可愛いと言われることはあるが、女性の服を着るのは初めてだ。女装ってどちらかと言うと身長の低い人が似合うイメージがある為、170以上ある自分が似合うと思えない。


「その髪……地毛?」

「えぇ、母の真似で伸ばしてるんです……触ってみます?」

「!? いいのか……」

「はい……どうぞ」

「じゃあ……」


 髪に優しく触れられる。ボクは青い髪を腰の辺りまで長く伸ばしている。母親が好きすぎて、真似して髪を伸ばしたら意外と似合った為、今でも伸ばしたままにしているのだ。


「よく手入れされてる……綺麗だ」

「ありがとうございます……そんなこと、久しぶりに言われました」

「そうなのか? 同僚とか友達とか、一回くらい言いそうだが……」

「同僚や友達はいました。けど、残業続きで忙しく、話す機会があまり……」


 みんな忙しかった。ある人は話す暇もなく働き続け、ある人は精神病で倒れたりと、みんな自分の事に精一杯だった。


「なるほどな……ほんと、宮廷ってやべー職場だな」

「全くです……あはは」


 誰かと共に助け合う、なんてしてたら自分の仕事が終わらず残業が増えるだけ。それが、宮廷の日常だった。


「ウチは忙しいけど宮廷よりマシだ。まぁ……領主はあんなんだが根はいい。後、何かあったら俺に聞け、出来る限り助けてやる」

「……優しいんですね」

「領主命令だからな……後、同年代に対する同情だ……主にエレノアとか」


 リオさんの目が遠くなる。苦労することが多いんだろうなぁ……


「慣れますかね……?」

「ちなみに俺はここ一週間で五回驚かされた」

「さっきのも含めてですか?」

「さっきのも、だ」

「そうですか……ふふっ」

「……なんだよ」

「いや、少し笑ってしまって」

「今の笑う要素あったかー?」

「わかんないですけど、面白くて……あはは」

「ふっ、どういうことだよ」


 お互いおかしくなって笑い合う。こういうのも久しぶりだな。同年代の人と職場で笑い合う。エレノア様は少しおかしいけど、優しい人であると信じてる。それに、


「これからも、よろしくお願いします!!」

「おう!! あ、後……」

「?」

「敬語、同年代に使われると変な感じなんだよ。先輩命令だ、タメで頼む」

「うんっ……わかったよリオくん!!」

「くん、か……それはそれでなんか……いや、いいや……」


 同年代の先輩も優しいしなんとかなる!! がんばろう!! 明日からの本格的な仕事に向けて、ボクはそう決意した。


〜〜〜


「さてと、まずは簡単な仕事からだが……シアン、使える魔法の属性はいくつだ?」


 翌日、ボクはとある一室でリオくんから研修を受けていた。


「えっと……火、水、風、光の四つかな?」

「四!? 本当に四なのか!?」 

「う、うん……」


 人が使える魔法の種類をボクは詳しく知らない。けど、宮廷でボクは無能だったし周りはもっと使えるのではないだろうか。


「そんなに凄い?」

「あのな……使える魔法の属性ってのは普通一か二なんだよ。で、三あればまあ優秀、四なんて優秀どころの騒ぎじゃない」

「へー……そうだったんだ」

「ちなみに俺も使えるのは火、土、雷、闇、の四つだ……なんでこんなやつクビにしたんだ……」


 じゃあボクは優秀だったってこと?   

 いやでも、


「《従者》スキルも発動しないから弱いよ? 生活魔法レベル」

「そうなのか? スキルが発動しないってのも妙な話だが……試しにあそこの暖炉に火を放ってくれ」 

「うん、わかった」


 近くの暖炉に近づき手を向けようとした……が。


「っ!? シアン……」

「? 何?」

「その……スカート短いから……気をつけろ」

「へ? ……っ!?」


 急いでスカートの後ろを手で抑える。暖炉に火をつけようと屈んだ時、後ろのスカートが持ち上がり、ピンク色の下着が見えていた。


「……ありがとう」

「気にするな……」


 妙に気まずい空気。


「じゃ、じゃあやるね!!」

「お、おう!!」


 無理やりぶった切るように暖炉に再び向き合った。すっごく恥ずかしかった……けど、こうなったのも全部エレノア様のせい。ボクは悪くない!!


「はあぁ……」


 さっきの事を忘れるよう、炎のイメージを頭から手に集中させ、魔力を込める。


「ん?」


 魔力はどんどん増加していきやがて手よりも大きい炎に……あれ、こんなに大きく出来たっけ?


「っバカ!! 危ない!!」

「え?」


 瞬間、リオくんに手を捕まれ魔力を抑えられる……が間に合わない。暖炉に放たれた火は勢いを増し、やがて小さな爆発を起こした。


「けほっ……リ、リオくん大丈夫!?」

「あぁ……けど、今のはなんだ……?」


 暖炉は焦げ、未だ煙を出している。幸いにも火はリオくんの土魔法でおおわれ消えたけど……


「わからない……いつも通り軽く魔力を込めただけなんだけど……」

「軽く!? 軽くであんな事なるか普通!?」


 ボクは普通に魔法を出しただけだ。いつもの感覚なら暖炉にちょうどいい火がつく程度。爆発なんて起きる筈もないし、だいたいそこまでの魔法は使えなかった。


「うーん、もしかしてな……シアン、少し外に出るぞ」

「え? う、うん……」


 一体何が起きてるのだろうか……不安と疑問が残る中、ボク達は外に向かった。


〜〜〜


「さてと、ここなら派手にぶっぱなしても大丈夫だろうな」


 何も無い平野。辺りを見渡しても、木や建造物は一つもない。このように未開拓の広い土地がフェンニル領内にはいくつもあるらしい。魔法の練習や集中したい時にリオくんもよく使ってるみたいだ。


「シアン!! 俺に思いっきり魔法をぶつけてくれ!!」

「え? 大丈夫?」

「俺様を誰だと思ってる? どんな魔法が来ても、対応してやるって!!」


 自信満々で魔法を受ける体勢に入るリオくん。さっきの感じを見てたからか、自分の魔法に不安を持っている。けど、


「大丈夫だ!! 俺を信じろ!!」

「……うん、わかった!!」


 ボクだって、自信を持たないと


「いくよー!!」

「おう!!」


 きっと大丈夫!!


「はぁー……」


 魔力を集中させ両手に水のエネルギーを込める。


「……」


 水のエネルギーはどんどん膨れ上がり、最終的に自分の身体より何倍も大きな水球になった。


「アクアボール!!」


 巨大な水球を放つ。水球は加速し、やがてリオくんの目の前にまで到達した。避けなければ大怪我は免れない。そんな一撃なのだが、


「クエイクスウォール!!」


 巨大な土の壁がリオくんの目の前に現れる。そこに水球が激突し、土の壁にひびが入った。


「くっ……だが俺だってな!!」


 ひびが大きくなる……と思ったら壁が治っていく。魔力で補修したらしい。補修された壁は先程よりも固く強くできており、水球を受け止め続ける。しかし、


「ぐっ……!?」


 水が波のように押し寄せ、土の壁に再びひびを入れる。そしてひびが完全に割れた時、水球は完全に形を失い、はじけ飛んだ。


「すごい……」


 はじけた水が、雨のように降り注ぐ。今まで、コップ一杯分の水しか出せなかった。そんな自分が軽い津波レベルの水を操り、リオくんを追い詰めた。


「はぁ……はぁ……防げないのかよ……だが、これでわかったぜシアン」

「……何が?」

「お前、《従者》スキル発動してるぞ」

「……え!?」


 驚くべき事実。今まで一度も発動しなかった《従者》スキルがなんで今になって!?


「この威力はどう考えてもスキル込みのものだ……間違いない」

「けど、今まで発動しなかったのは何でだろう……」

「さぁな……ステータスのスキル画面ちゃんと見たのか?」

「う、うん……何度も見たけど、確認してみる」

「そうしてみろ」


 ステータス、と呟き自分のステータスを表示させる。そこには自分の身体能力や使える魔法が示されている。


「えっと、スキルスキル……」


 画面をスクロールさせ、スキルの項目を見る。そこに書かれていたのは……


スキル《従者》

これを持つものは誰かに仕える事でステータス、魔力が向上する。


 今まで何度も見返した説明だ……ってあれ?


「なにこれ……」

「ん? どうした?」

「いや……スキル説明に何故か補足が……」

「補足?」 


 スキル項目の近くに”補足”と書かれた謎のページがあった。今までこんな事はなかった。恐る恐る、その補足ページを見ると……


補足:メイド服を着ないとスキルは発動しない


「えーーー!?!?」

「ど、どうした!?」

「メイド服を着ないとスキルが発動しないって……補足で」

「……はぁ!? なんだその説明!?」


 ボクだって意味不明だよ!? 確かに今までメイド服なんて着たことなかったけど、スキルの発動条件に服装が関係するだなんて!! ま、まさかエレノア様はこの事を見抜いて……


「どうやら私の株が上がりそうなので来たわ」

「うわ!?」


 と、思っていたら背後からエレノア様が現れた。


「いきなり出てくるなよ!! てか仕事どうした!!」

「ひと段落ついて休憩中なの。で、メイド服がスキルの発動条件、だったわね?」

「は、はい……」

「やっぱり……見立て通りだったわ。流石私」

「偶然だろ!!」


 目は泳いでるし発言にも嘘くささが透けている。だいたいメイド服着せたのも自分が楽しむ目的だって最初に言ってたじゃん!!

 けど、


「ま、これであなたはメイド服が適正だって分かったわね」

「うぅ……複雑……」


 これでボクはメイド服から逃れられないとハッキリしてしまった。スキルがちゃんと使えるのは嬉しいけど、なんだか喜びきれない。後、スカート短くて本当に恥ずかしいんだよなぁ……せめて長さを……


「あの……スカートをロングに……」

「ダメよ、パンチラハプニングという最高のイベントを引き起こせるのだから」

「おい!! さっきの見てたのか!?」

「あら、なんのこと? 私はメイドが暖炉に火を付けようとしたら執事がスカートの中を覗いてた、なんて知らないわ」

「凄く詳しい!! 結局全部見てるじゃないですか!!」


 この人どこで見てたの!? というかあの一部始終を見られたのは凄く恥ずかしすぎる!!


「さてと……それじゃあそろそろ戻るわね」

「本当に何しに来たんだ……」


 まあ基本的にはポジティブな事だ。魔法は強化されリオくんにあんな魔法まで使わせた。ステータスも強化されてるだろう、今後の仕事の幅が広がる。この姿でやり続ける、というのは大きすぎるデメリットだけど……


〜〜〜


「さて、窓拭きを始めよう……」


 広い廊下にびっしり張られた窓。ボクの身長以上もある高さだ。


「しかし、ここも広いな……がんばらないと」


 宮廷と同じくらいの窓の数。ボクの映らない視界の先にも窓はある。だがこれくらいは慣れている。無心で、ただひたすらに丁寧に窓を拭いていく。


「……あれ?」


 いつの間にか、最初の地点より離れていた。いつもならこの時点で少し身体が痛くなる……けど全然平気だ。


「もしかして……《従者》スキルのおかげ?」

 確かにステータス向上はあった。イマイチ実感できないでいたけど、疲れを感じない理由はこれかもしれない。以前より動きやすくなった身体を駆使し、ボクは窓拭きを進めた。


~~~


「すごい……あっという間に終わった」

「結構早く終わったな……ここ、広いのに」

「こんなに広い場所、前は十五分もかかってたのに……凄い」

「十五!? それでも早いだろ……」


 前はかなり遅かったと思うけどなぁ……とにかく、かなりステータスが向上しているのは間違いない。力も、早さも、正確さも、今までやってきた雑仕事が楽に、早く終わらせることが出来た。と、


「雑務はほとんど終わったし……どうしようか」

「あら、それならこれなんてどう?」

「うわっ!? またいきなり!?」


 もうこの人は神出鬼没なんだな……早いうちに慣れないと。そして、エレノア様が暇をしていたボクに持って来た仕事はかなりヤバめの奴だった。


「最近、牧場の方で牛を食べる魔獣が現れたって報告があったの。調査も兼ねて二人で行ってくれないかしら?」

 

魔獣という単語を聞いてゾクッと身体を震わせる。

 魔獣、それは自然に存在する悪い魔力と獣が混ざり合う事で生まれる存在だ。未だ発生原因は分かっておらず、多くの冒険者や住民を苦しめてきた。


「えっ……ボクに倒せるかな……」

「倒せなくてもいいわ、フェンニル家の従者として戦闘経験は積まないと。それにリオもいるし」

「あぁ、万が一の時は俺がなんとかする」


 確かにスキルが発動し、戦闘が出来るようになったのなら慣れないと。出来る仕事の幅が広がればそれだけ信頼だって貰える。せっかく雇ってくれたんだ、出来ることは増やしたい。


「じゃ、お願いね……くれぐれも危険なことはしないように」

「わかってるって……いってきまーす」

「い、いってきます……」


 それでも不安は消えず、ボク達はエレノア様に見送られながら、家を後にする。戦闘か……あんまりやった事ないけど精一杯がんばろう。


〜〜〜


「で? その魔獣が現れたのはいつ頃なんだ?」

「二日くらい前です。朝起きて牧場を覗いたら……牛達が……牛達が……!!」


 牧場主が崩れ落ちその場で泣き崩れる。何回も掃除はしただろう。しかし、牧場にはいくつもの血の跡と生臭い匂いが残っており、この惨状を物語っていた。


「この噛み砕き方は牛じゃない……おそらく東の森か……現れるとしたらあそこしかない」 

「領内でも魔獣って発生するの?」

「一応結界は張ってあるが……たまにな。何せこれだけ広い土地を完璧に守るなんて不可能だ」

 

 こんな広い土地に結界を張るのもすごいが、無理もある。結界は張るのに膨大な魔力と時間を消費する。しかもそれで防ぎきれるかと言うと……あくまで気休め程度だ。


「とりあえず俺達が調査する……牧場の周りに警護を呼んだし、おやっさんは残りの牛を守る為にここにいてくれ」

「あぁ……ありがとう……!!」


 とにかくまずは調査だ。ボク達は牛達を食べた魔獣を探す為、森の中へ入っていった。


〜〜〜


「っ!! 血だ……また新しいな」

 

 木々や地面に付いた血の跡。おそらく食べた牛達のものだろう。辺りを見渡しても人為的に荒らされた形跡のある木や草が多い。


「この先に……魔獣が」

「シアンは魔力を集中させておけ……こいつはやばい」

「う、うん……」


 魔獣なんてほとんど見たことがない。一体どれほど恐ろしく、凶悪な存在なのだろうか。


「ズオオオォ……」

「「っ!!」」


 と、突然聞こえる低い唸り声。安全な生物の鳴き声じゃない。


「ォオオオオ……」


 声が近づき、同時に木々を倒す音と共に足音が聞こえた。


「ハッハッハッ……」


 これが命の危機というやつなのか、背筋が凍り足元がすくむ。そして怯えながら、後ろに感じる気配を察知し振り返ると、


「……」


 ニヤリとソイツが笑った。全身真っ黒な体格に熊のような頭には三本の角。口元には最近のとのであろう生物の血がびっしり付いていた。生物の常識を超えている。

 間違いない……こいつが魔獣だ


「ズォオオオオオオ!!」

「っ……!!」


 頭が真っ白になる。恐ろしい化け物を前に頭が混乱し、どう行動すればいいか、どう対処すればいいのかが全くわからない。


「……アン!! シアン!!」

「はっ!!」


 リオくんの呼びかけで思考が蘇る。


「俺が前衛で戦う!! お前は後ろから魔法で援護してくれ!!」

「わ、わかった!!」

 

 リオくんが魔獣に斬りかかり、ボクも魔法の準備をする。大丈夫、ボクは今までの無能なんかじゃない。スキルを目覚めさせ、魔法だって強くなったんだ。リオくんだってサポートしてくれる……と、思っていたその時


「ブオオオオオ……」

「……え?」


 目の前の魔獣とは違う鳴き声が……ボクの右方向から聞こえた。


「ォオオオオオオ!!」

「は……?」

「嘘……でしょ……」


 木々をなぎ倒し、熊のような体格をした魔獣が目の前に現れる。


「あ……あ……」


 牛を食べた魔獣はもう一体いた……? ただでさえギリギリの状況に、これは想定外の事態。再び思考が止まり、諦めと死というマイナスの考えが湧き上がる。しかし、


「……シアン!! お前がやるんだ!!」


 そんな絶望でも諦めない人がいた。攻撃をかわし、剣を魔術に突き立て必死で応戦する姿。


「魔獣ごときに怯むかよぉ!!」


 魔獣の激しい攻撃にも屈さず、隙を見ては剣を振る。そこに恐れなんて感情は存在しない。あるのは……魔獣を倒すという信念のみ。


「お前は今までのお前じゃない、スキルだってちゃんと発動している!!」

「……!!」


 そうだ、ボクだって戦える。リオくんも必死なんだ、それなのに……ボクが怯えて立ち止まってどうする。


「大丈夫だ!! スキルを……自分を信じろ!!」


 ボクはもう、弱い頃の自分じゃないんだ!!


「フレイムボール!!」

「ブモォ!?」


 もう一体の魔獣に向けて火球を放つ。火球は魔獣の頭に命中し、轟音と共に爆発した。


「ブモォ……!!」

「うわっ!?」

 

 魔獣は勢いで放った火球如きで怯む魔獣ではない。魔獣の腕が伸び、爪を用いてこちらを攻撃してきた。


「なんて……力……」


 地面はえぐれ、痛々しい程に残された魔獣の爪痕。当たったら無事で済むとは思えない。さっきは偶然かわせたが次以降は攻撃が命中する可能性が高い。だったら、


「ウィンドアタック!! 連射!!」


 左手で強風の魔法を連射。魔獣は風に押されて中々前に進めない。その隙に、ボクは後ろへ後退し魔獣との距離を離した。ボクはリオくんと違って接近戦に慣れていない。ならば強力になった魔法の一撃を遠くからかまし安全に倒そう。


「はぁぁぁぁぁ……」


 左手で魔法を連射しながら、右手に魔力を込める。瞬間的に発動する魔法は気休め程度だ。だが、精一杯溜めた魔力の攻撃ならどうだ。威力はリオくんとの戦いで実証済み。

後は……と考えたのが甘えだった。


「ブモォオオオオオオオ!!」

「なっ……!!」


 魔獣は強風を無理やり突破し、こちらへ向けて突進してきたのだ。強風もそれなりの強さなのに、それを突破する馬鹿力をこいつは持っている。想定外の出来事と馬鹿力によるスピード……ボクに対処する余裕なんてなかった。


「ああああああああああああ!!」


 魔獣の三本の角がボクの腹を突き刺す。そのまま近くの岩まで突進され二重の苦しみを味わった。


「はあっ……はぁ……」


 そこにあるはずの肉が無理やり消し飛び、大量の出血と痛みを引き起こす。苦しみで脳が支配され、意識が耐え切れず失いそうになる。それでも、ボクはこいつを倒すために……魔力の充填をやめてなかった。


「ホーリー……フラッシュ」

「ブモッ!?」


 魔獣の目元に強力な閃光を放つ。これでしばらくは動けない。傷は最悪だが状況としては悪くない。突進を喰らったことで魔獣との距離が近い。本来は遠くから放つ予定だったが仕方ない。


「これで……終われ……」


 確実に、一撃で終わらせるべく、ボクは右手に溜めた魔力を解放。魔獣の口元に向けて魔法を放つ。


「フレイム……バースト!!」


 勢いよく放出された巨大な炎が、魔獣の口の中に入り込む。口から体内に入り消化器官を全て燃やし尽くし、想像を絶する苦しみを魔獣は味わった。


「……」


 体内を燃やされ、生きる機能を失った魔獣がその場に倒れる。相変わらず角は刺さったまま、けど……ボクは倒せた。一人で魔獣に勝てたんだ。しかし、


「あ……」


 激痛に耐え切れる程、ボクは戦闘慣れしていない。痛みに脳が限界を迎え、ボクはそのまま気絶した。


~~~


「本当に申し訳ないわ」


 意識が回復した後、最初の面会は領主の謝罪から始まった。


「いえ、いいんです……頭を上げてください」

「とにかく傷が治るまでは安静に。安心して、魔獣に対する成果と被害を元に、給料は支給し続けるから」

「そんな……そこまでしなくても」

「今回の件は領主の判断ミスが招いたこと。新人に魔獣退治を命じ、大怪我を負わせるだなんて大失態よ。この程度じゃ償いきれないわ……」


 申し訳なさそうな表情を浮かべるエレノア様。あの後、もう一体の魔獣を倒したリオくんに領内の医療施設へ運ばれた。なんでもエリクサーという超高級な薬品を投与されたらしい。そのおかげか、二日で目が覚め傷もほぼ塞がってくれた。


「ボクは戦うという事を学べたからいいんです。確かに大怪我はしましたけど……だから、そんなに謝らないでください」

「けど……」

「早く元気になって、お仕事いっぱい頑張りますから!! ね?」

「ふっ……なんで私が励まされてるのかしら」


 やっと笑顔になった。正直、今回の件はボクにとっていい経験だと思う。多少の困難がないと成長は出来ないって言うし……嫌な思いなんて少しもない


「仕事があるから私はこの辺で。ゆっくり休んでね」

「はい!! ありがとうございます!!」


 自分の成長を実感しながら、ボクは再び眠りについた。今もこれからも、新しく出来る事に挑戦し続ける。けど、メイド服はまだ恥ずかしいかな!!




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